実務から見た刑法総論その5「正当防衛その1 防衛の意思の考察(上)」
1 正当防衛とは、「急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずした行為」をいう(刑法36条1項)。例えば、突然暴漢に襲われた者が、自己の身を守るために暴漢を殴って軽微なけがを負わせた場合、傷害罪の構成要件に該当するも、正当防衛が成立し、違法性が阻却され、無罪となる(※1)。
通説は、正当防衛を違法性阻却事由と理解し、その要件として①「急迫不正の侵害」、②「自己又は他人の権利を防衛するため」、③「やむを得」ない行為(必要性・相当性)を必要とする。 ②の要件は行為者に主観的な防衛の意思が必要(※2)と判例通説は理解している。
今回は、防衛の意思について偶然防衛と誤想防衛を題材に若干の理論的検討を加え、判例における防衛の意思と積極的加害意思の理解、その関係について考察する。
※1 正当防衛の本質、正当化根拠については、学説上、「自然権」「本能」「正当防衛に歴史はない」といった個人の権利・利益の保護の観点からの説明のほか、「正は不正に譲歩しない」「法の自己保全」「法確証の利益」といった法秩序の観点からの説明、「正対不正」の場合、不正の侵害者の法益は失われるなどの説明が主張されている。かみくだいていえば、緊急時の不正な侵害に対する防衛行為が適法なものとして認められる根拠は、個人の権利利益の擁護と防衛権の行使を認めることで不正な侵害から法秩序を守り、その維持に貢献することにあるといえようか。詳細は各種刑法総論の教科書の記載に譲る。
※2 防衛の意思については、学説上は、客観的違法論を徹底する立場から不要説も主張されているが、ここでは、判例実務の必要説を前提にする。理論上の根拠としては、防衛する「ため」という文理解釈のほか、客観的違法論を修正し主観的違法要素・主観的正当化要素を認める立場にたつこと、偶然防衛の場合に正当防衛を認めることは妥当でないなどが考えられる。なお、違法性の本質論のドグマについては、ここでは深く立ち入らない。正当防衛の各要件の吟味、基準の定立などの具体的解釈にそのまま役立つとは思えないからである(正当化の根拠論も同じ)。各論的な吟味の上、本質論について立ち返り、検証するのが妥当と思われる(追って執筆予定の最終章「正当防衛論の整理…犯罪阻却事由・抗弁事由の観点から」で若干触れることとする。)。
2 偶然防衛と誤想防衛…防衛の意思と故意との関係について
偶然防衛とは、客観的には正当防衛の要件を満たしているが、主観的には正当防衛という認識がない場合である。例えば、講談事例であるが、AがBを銃で狙って撃ち殺したが、BもAを銃で狙って撃ち殺そうとしいたが、Aは、このことを認識していなかった場合である。偶然防衛は防衛の意思がないので、正当防衛は成立せず、Aには故意犯、殺人罪が成立する(通説※3)。
誤想防衛とは、客観的には正当防衛の要件を満たしていないが、主観的には正当防衛だと思った場合である。例えば、AはBが銃で自分を殺そうとしていると思って、身を守るためにBを銃で撃ち殺したところ、Bがもっていたのはおもちゃのピストルだった場合である。誤想防衛は、行為者に正当防衛の認識があるため、故意が阻却され、過失犯が成立する(通説)。
この二つのケースを比較すればわかるとおり、故意という観点からみると、偶然防衛においては故意があるが、誤想防衛には故意がない。他方、防衛の意思という観点からみると、偶然防衛には防衛の意思はないが、誤想防衛には防衛の意思があるということである。
つまり、正当防衛の認識という防衛の意思は故意の裏面であり、誤想防衛=防衛の意思の存在は、故意阻却事由となる。
さらにいえば、客観的に正当防衛の要件を満たし、主観的に防衛の意思がある場合、正当防衛が成立するが、故意はないことになる(※4)。
このことから、実務上、弁護人が正当防衛の主張をして罪責を争う場合、弁護人の抗弁としては正当防衛と同時に故意阻却も主張しているとの解釈が成り立つ。もっといえば、正当防衛の客観的要件が認定できない場合、誤想防衛となるので、予備的抗弁としての誤想防衛ないし故意阻却の主張を弁護人がすることも考えられる。
※3 なお、学説上偶然防衛においては、防衛の意思不要説からの無罪説のほか、必要説・不要説から未遂説を主張する見解もある。詳細は各種刑法総論教科書参照のこと。
※4 故意と防衛の意思の関係については、単純に考えると、犯罪は客観的側面(罪体)と主観的側面(故意)で成り立つが、その裏面である正当防衛(適法行為)も客観的側面と主観的側面(防衛の意思)で成り立つ(客観・主観の対称関係)。ただし、犯罪の客観的側面(罪体=客観的構成要件)と正当防衛の客観的要件は同時に成り立つ(並存する)が、通説の立場からすれば主観的側面である故意と防衛の意思は同時になりたたない(並存しない)。なお、構成要件違法有責類型にたち二重の故意を認める立場からは、客観的構成要件該当事実の認識である構成要件的故意は防衛の意思と並存するが、責任故意においては、やはり防衛の意思と並存できないはずである。
なお、この故意と防衛の意思の関係は、誤想過剰防衛がからむと複雑になる。狭義の誤想過剰防衛とは、客観的には急迫不正の侵害がないのにあると思って行為にでたが、仮に急迫不正の侵害があったとしても過剰な行為と評価される場合をいう。誤想防衛の延長線上にある行為であるが、過剰性について認識のある場合、通説は故意は阻却されないという(故意の誤想過剰防衛)。つまり、過剰防衛は違法行為であり、誤想防衛と異なり、主観的に客観的構成要件に該当し違法な事実認識があるので、「罪を犯す意思」、(責任)故意が成立するという(故意犯説)。しかし、本来の過剰防衛は、正当防衛の要件のうち③の「やむを得ない=必要性・相当性」を欠いた場合であるから、②の防衛の意思をうちにふくんでいるはずである。しかし、防衛の意思=故意阻却事由だとすると、故意の誤想過剰防衛も故意が阻却されるのではないか(過失犯説)という疑問もある。他方、故意の誤想過剰防衛の場合は、防衛の意思はそもそも認められないという考えもありえよう。そうすると誤想でない本来の過剰防衛で過剰の認識がある場合(故意の過剰防衛)も防衛の意思がなく、刑法36条2項の過剰防衛に、そもそも当たらないので、刑の任意的減免の恩典は受けられない、逆に過剰性の認識がない場合は防衛の意思があるので、その場合は同条項の過剰防衛として刑の任意的減免の恩典の余地があるという限定解釈も文理上可能である。後述するが、いわゆる積極的加害意思の問題は、過剰性の認識がある「故意の過剰防衛」の問題として、防衛の意思がない(防衛の意思阻却事由)として理解することができるように思われる。