実務から見た刑法総論その4「犯罪論体系 不毛なドグマから単純化へ」
刑法学説上は、犯罪とは構成要件に該当する違法有責な行為であるという定義のもと、構成要件論、違法論、責任論の概念構成が百家争鳴で素人の理解を困難にしている。
犯罪概念というのは、歴史的変遷のもとで構成されてきたもので、その成立要件、構成要素も理論的に整理されてきたのは近代以降であり、上記3分体系がドイツで確立したのも20世紀に入ってからである。
ここで構成要件とは(この定義自体争いがあるのだが、最大公約数的にいえば)、刑罰法規に定められたないしその解釈によって定立された個別的な犯罪行為の型ないし枠をいう。「法律無ければ犯罪なく、法律無ければ刑罰なし」という、いわゆる罪刑法定主義の要請を受けるものである。例えば、刑法199条の「人を殺した」行為、刑法235条の「他人の財物を窃取した」行為である。
違法性とは、形式的には刑罰法規に違反することであり、実質的には、法益の侵害・危険(法益侵害説)ないし社会倫理違反(規範違反説)をいう。
刑法における法益保護ないし社会倫理秩序の維持の要請を受けるものである。具体的には正当防衛、緊急避難等の違法性阻却事由(正当化事由)がある場合、適法行為と評価され、違法性は否定される。
責任とは、違法な行為を行ったことに対する道義的ないし法的な非難可能性をいう。
責任能力のない者や故意・過失がない者は、非難できないので処罰しないという「責任主義」の要請を受けるものである。
このように犯罪成立要件を3つにわけ、分析的に検討することには、刑法の適正な適用(恣意的処罰の防止)の目的に適合するという(平野龍一「刑法総論Ⅰ」90頁以下参照) 。構成要件の内実、その機能、違法性や責任との関係、故意の犯罪論体系上の位置づけ等学説の変遷については、平野・前掲87頁から102頁など代表的な教科書を参照してほしい。
刑事裁判実務も、一応上記概念を認め、構成要件という用語も用いているが、その概念内容や故意の体系上の位置づけをどう考えるかについて、特に定義をのべているわけではない。また定義付けしなくてもたいして困らないのである。
つまり、刑事訴訟法上、有罪判決するためには「罪となるべき事実」を認定し、「犯罪の成立を妨げる理由」を当事者が主張する場合は、その判断をすると規定されている(刑訴法335条)。そして、「罪となるべき事実」は起訴状で具体的に日時場所方法等を特定して示される犯罪事実・訴因であり、罪名及び罰条によって法律構成が明示される。罪となるべき事実は、刑罰を基礎づける積極的な犯罪成立要件にあたる具体的な事実であるので、犯罪の原則的要件(客観的要素・主観的要素を含む)にあたる事実である。
他方「犯罪の成立を妨げる理由」は、正当防衛などの違法性阻却事由、責任無能力(心神喪失)などの責任阻却事由と解され、起訴状に訴因として積極的に示す必要はない。犯罪の例外的消極的要件である。
つまり、犯罪の認定上は、「罪となるべき事実」と「犯罪を妨げる理由」の二分体系で必要にして十分であるし、上記3分体系のドグマとくに構成要件概念、故意の体系上の地位などの概念構成にとらわれる必要がない。もちろん、かかる2分体系と上記3分体系を整合的に理解することも可能であるが(※)、構成要件の違法推定とか責任推定とかのドグマがまた生じるので、あえて整合的に解する必要もないかもしれない。ちなみに平野龍一「刑法総論Ⅰ」102頁以下は、3分体系を概説しつつも、犯罪成立の一般的要件(犯罪類型)、犯罪阻却事由(違法阻却事由・責任阻却事由)の順番で犯罪論を論じている。問題解決的思考であるが、刑事手続きとの整合性からも、一歩進めて二分体系による犯罪論の再構築があってよい(従来の3分体系のドグマを引きずっているが、原則・例外の二分、客観的要素・主観的要素の二分法の組みわせによる方向性として前田雅英「刑法総論講義」参照。)
※ 実務が、「罪となるべき事実」=構成要件という理解のもとで構成要件概念を用いる場合は、ここでの「構成要件」は故意過失など主観的要素を含むことになる(これが、構成要件・違法・責任のすべての成立要件をさすならば、一般構成要件ないし全体構成要件=単なる犯罪成立要件の意味であり、違法・責任と区別された3分体系における一つの要件=特別構成要件の意味ならば、故意を構成要件要素として理解し、いわゆる構成要件的故意を肯定していることになる[構成要件・違法有責類型説 小野清一郎博士等]。なお、構成要件を違法類型とし、故意過失を責任類型として違法類型と責任類型を合わせたものを犯罪類型と理解する立場からは[平野龍一博士]、「罪となるべき事実」は犯罪類型を意味することになる。)。
また、故意とは、構成要件該当事実の認識認容という場合は、「客観的構成要件」該当事実の認識認容の意味であり、主観的要素を含まない(故意を規制する構成要件)。この意味での「構成要件」は、客観的な要素ないし要件であり、いわゆる「罪体」と同義である。
また、「実行行為」(刑法43条、60条)とは、「構成要件に該当する行為」と定義されるが、ここで該当する「構成要件」には結果は含まれない、狭義の行為である。
このように「構成要件」という用語も文脈ないし解釈の仕方により、意味が異なっていることに注意しなければならない。
補足「故意と3分体系のドグマ」
故意を構成要件要素として故意=構成要件該当事実の認識認容と定義すると、正当防衛の事実がないにもかかわらずあると思った、いわゆる「誤想防衛」において、正当防衛は構成要件該当事実ではないので、故意は阻却されない(否定されない)ことになる。しかし、判例通説は、誤想防衛において、故意は阻却され、誤想に過失がある場合は過失犯が成立するという。
かかる判例通説の結論は、古典的3分体系では、構成要件=客観的要件のみ、違法性=客観的違法要素のみ、責任=故意、過失であり、故意の認識対象たる犯罪事実を構成要件に該当する違法な事実と定義付けできたので、故意の成立を否定しても問題はなかった。
しかし、現代的3分体系が構成要件の段階で故意犯と過失犯を区別するため、故意を構成要件の要素と理解するようになると、誤想防衛の場合、(構成要件的)故意があるが、他方で(責任の)故意がないという矛盾したことになり(構成要件と責任における故意の二重の地位・[団藤重光博士、大塚仁博士等]、なお、さかのぼって故意犯の構成要件該当性ないし構成要件的故意が否定されるということになれば、いわゆる「ブーメラン効果」となり、体系は破たんする。)、さらに過失犯が成立するとなると誤想防衛の場合、構成要件で故意犯と過失犯の区別がつかないことになる。
このため、古典的3分体系へ回帰する見解[平野龍一博士等]や、違法性阻却事由を構成要件要素とする見解[いわゆる「消極的構成要件要素の理論」中義勝博士等]もある。もっとも、端的に故意阻却を認めない見解[厳格責任説]もあるが、誤想防衛を故意犯をとする結論について支持は少ない。
この点、実務的には刑法38条1項の「罪を犯す意思」の解釈であり、この「罪」は犯罪成立要件のうち主観的要素を除いたもので、客観的構成要件に該当する違法な事実[適法な事実はこれに含まれない]と解すれば、誤想防衛の場合、刑法38条1項により、故意を阻却すると解すれば足りると思われるし(ちなみにドイツ刑法では明文上、法定の構成要件に当たる事実を故意の認識対象と限定しているので、消極的構成要件要素の理論をとらないかぎり、故意阻却の結論をとることは難しく、学説上、せいぜい故意の責任を制限し、過失犯の法的効果を帰結する「制限責任説」がぎりぎりの解釈のようである。)、また、誤想防衛を故意阻却事由と理解し、「犯罪の成立を妨げる理由」と解すれば、複雑な理論構成を考えなくてもよいのではないだろうか。
結論からいえば、犯罪論の再構成ないし単純化していく方向性がわかりやすいし、裁判員裁判にもなじみやすいと思うんですが、どうでしょうか。