横領罪のおける法律上の占有  | 刑事弁護人の憂鬱

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 「横領罪における法律上の占有」


第1 法律上の占有の意義


 1 横領罪の占有には事実上の占有だけでなく法律上の占有も含むとされる。


なぜなら、横領罪においては、委託者との関係で「濫用のおそれがある支配力」が問題とされるからである(通説)。判例は不動産の登記名義人(二重譲渡 最判昭和30・12・26、昭和34・3・13等)、船荷証券・倉荷証券等の物権的有価証券の所持人(大判大正7・10・19)、未成年者所有の不動産を管理する法定代理人・後見人(大判大正6・6・25)、法人の代表者(大判昭和7・4・21)、不動産の管理処分における包括的代理権者を不動産や特定物の占有者、すなわち法律上の占有を認めている。なお、未登記の不動産については、事実上の管理支配しているときに占有が認められる(最決昭和32・12・19。原則として未登記不動産には法律上の占有は認められない趣旨と解される。)。ちなみに本件のような物権的有価証券・預金以外で不特定物の未登録動産に関して法律上の占有を認めた最高裁判例はない。


 2 学説は、これらは処分可能性があるから占有を認める、すなわち横領罪における占有とは処分可能性を意味するものと解するものもある(西田典之「刑法各論第2版」224頁)。


 しかし、判例は他方で勝手に登記名義人となった者の不動産売却について、法律上の占有を否定する(大判大正5・6・2)。これは、登記名義人で処分が事実上可能であったにもかかわらず、法律上の占有を否定したのである(林幹人「刑法各論」278頁。ただし、林教授は、占有を「他人から委託されたために「有効に」処分する可能性がある場合」と解している。)。


 つまり、占有があるから、処分が可能なのであり、処分が可能であるから占有があるというのは論理が飛躍しているのである。例えば、不動産の登記名義が前主のままで買い取った者が第三者に転売する場合、有効な不動産処分権はあるが、買い取った者は登記名義人ではない以上、法律上の占有はない。


 本来処分可能性というのは委託の趣旨としてどのような権限が与えられていたかの問題であるし、占有と処分がイコールになるのならば、「自己の占有する他人の物」ではなく「自己が処分できる他人の物」に構成要件を作り替えてしまって、背任罪の存在意義もなくなってしまう。


そもそも、判例が法律上の占有を認めているのは、有効な登記名義人である事実、物権的有価証券の物権的効力、包括的な代理権(後述)といった要素に着目して法律上の占有を認めているのであり、広く処分可能であるからという理由で法律上の占有を認めているわけではない。




第2 東京高等裁判所昭和42年12月26日判例タイムズ221号218頁


1 表記裁判例は、法人所有の不動産について法律上の占有が認められるために興味深い判断を示している。すなわち、


「およそ法人所有の不動産については、これを事実上管理支配する者のほか、法人の代表者又は法人財産の管理処分に関し包括的代理権を有する者もまた刑法上の占有者であるが、前示認定事実によつてみれば、被告人は右いずれの者にも該当しないのであるから、前記会社所有に係る右各不動産の占有者にあたらないことは明白といわなければならない。」


 2 この裁判例は、さらに不実の代表者登記にも法律上の占有を認めなかった。

第3 処分権と法律上の占有概念


 1 事実上の占有は、現実的支配関係であり、法律上の処分権に左右されない
 2 法律上の占有の典型的な例は預金の占有であるが、これも預金口座の引き出し可能性という事実上の支配関係を基礎として、有効な処分可能性の場合を前提とすべきである。登記名義人でも名義人という形式的支配関係という事実が基礎としつつ、法的に有効な処分可能性を前提にしている。法人財産については、その財産処分についての権限が法的に及ぶ者、包括的代理権という有効な代表者、有効な包括的代理権と言った財産に関する支配関係が前提とする。

 3 つまり、何らかの財産に対する形式的支配関係(物理的現実的支配関係はなくてもよい)があり、かつ法的に有効な処分の可能性がある場合の限度で「法律上の占有」を認めるべきである(形式的支配関係を補完するものとして法律上の有効な処分可能性というファクターを考慮する。もっともこの点を委託の趣旨の解釈に組み込んでもよいかもしれない。)。

 4 なお、前述した横領罪の占有を「濫用のおそれのある支配力」とする通説的見解は、権限逸脱を横領、権限濫用を背任とする区別の基準との関係で整合性がとれるか疑問も残るし、占有概念の拡張の論理ではあっても制限する合理的な基準(内在的制約)を何ら提供しないという点で再検討する余地がある。



初出 平成20年 横領被告事件 公判前整理手続き 意見書 若干の加筆補正