インターネット・デジタル著作権の刑事規制その2 電子書籍、名誉毀損 | 刑事弁護人の憂鬱

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インターネット・デジタル著作権の刑事規制その2 電子書籍、名誉毀損


1 電子書籍の「自炊」業者の違法性


  iPadの普及で電子書籍が注目をあびており、既存の書籍を裁断し、スキャナーで電子書籍化することを「自炊」とよんで、一部の愛好家ではやっているようである。この作業には既存の書籍を裁断することが不可欠だが、このことに着目し、書籍の裁断、スキャナーによるPDF化まで、「自炊」の電子書籍作成を請け負う業者が出現し、話題をよんでいる。個人が所有の書籍を電子書籍化(一種の複製)を行うことは私的利用の範囲内であれば、適法として許される。問題は、この「自炊」業者の行為である。「自炊」業者自体は私的利用で「自炊」を行うわけではないので、無断複製違法という評価が一応成り立つ。
  ところが、個人が「自炊」すること自体、適法だとすると、「自炊」を手伝う行為を共犯的行為ととらえると適法行為に加担する違法な共犯という図式になる。いわゆる共犯と身分(刑法65条1項2項)、違法身分の連帯性の論点となり、刑法総論上の難問を引き起こす可能性がある。つまり、個人でやれば適法なのに業者に頼むと違法となるとか(個人の私的利用が一種の消極的身分?)、裁断だけ業者に頼んだ場合、業者の行為は適法なのか違法なのか(直接の複製行為は行っていないが、その準備、幇助的行為である)、適法違法判断のグレーゾーンの問題が生じるのである。(裁断だけの場合は、単に私的利用の延長線上の行為の一種として適法と思われるが、スキャナー取り込みとの限界ラインには不透明なものが残る。複製行為という実行行為の有無だけ決して良いのかどうか…)
「自炊」業者が刑事摘発されたニュースはまだ聞かないが、ガイドライン含めて文化庁とか基準を示したほうがよいのではないか。適法違法評価が分かれる領域に容易に刑事介入による急な摘発は、謙抑主義や刑事政策の観点から望ましいとは思われないが、反面、私的利用の名を借りた無断複製行為の氾濫も疑問でもあるし。


2 インターネットと名誉毀損


  そもそも、名誉毀損罪は、公然事実を摘示し他人の名誉を毀損した場合に成立する(刑法230条)。事実は虚偽であれ真実であってもかまわない。しかし、その行為が「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」とされる(刑法230条の2第1項)。判例通説は、表現の自由を尊重した例外的違法阻却事由と解している。さらに判例は、真実性の証明ができなかったときでも「 確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しない」とする(真実性の誤認に相当性がある場合に名誉毀損罪不成立とする。最大判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁。学説は結論を支持するも、違法阻却と理解する見解、責任阻却と理解する見解、過失の名誉毀損を処罰するものと理解する見解などがある。)。
 
  インターネット上のホームページに名誉毀損記事を書いた場合の相当性の解釈に関し、興味深い判例(最高裁平成22年3月15日決定)が最近でている。
  すなわち、インターネット上の名誉毀損の相当性判断につき、第1審は、ネットは利用者が自由に反論でき、情報の信頼性も低いので、故意のうそや、可能な事実確認をしなかった場合に名誉毀損が成立すると緩やかな相当性判断を示した。つまり、ネットの自由、反論の可能性、ネット情報の信頼性が低いことから真実だと信じる理由が可能な事実を確認したかどうかといった緩やかな基準で相当性を判断して良いという見解を示したのである。
  これに対し、第2審の東京高裁は、ネットで真実ではない書き込みをされた場合、被害は深刻になり、ネットは今後も拡大の一途をたどると思われ、信頼度の向上が要請されること考慮し、第1審の緩やかな基準での相当性判断を排斥した。
  さらにその上告審は、「個人利用者がインターネット上に掲載したものであるからといって,おしなべて,閲覧者において信頼性の低い情報として受け取るとは限らないのであって,相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。そして,インターネット上に載せた情報は,不特定多数のインターネット利用者が瞬時に閲覧可能であり,これによる名誉毀損の被害は時として深刻なものとなり得ること,一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく,インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないことなどを考慮すると,インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきものとは解されない(最高裁昭和41年(あ)第2472号同44年6月25日大法廷判決・刑集23巻7号975頁参照)と判示し、第1審の緩やかな相当性判断を改めて否定した。


 これは、ネットの名誉毀損の広汎性、被害の深刻性、反論の非容易性等を考慮し、相当性判断を緩やかに解する理由はないということである。つまり、インターネットの表現を他の手段の表現と区別して特別扱いしないということである。インターネットはその表現行為の容易性、匿名性から、誹謗中傷、名誉毀損記事を書くことの規範的障害はゆるくなり(誰もが犯しやすい)、反面、多くの人間がインターネットを利用することからするとその影響力は大きく、反論にしても削除要求にしても現実には容易ではないといった事情を考慮した判断であろう。
 この判例から、ネットでの発言であっても他の言論と同様に確実な資料根拠のない虚偽の名誉毀損発言は許されないというガイドラインが導かれることになる。
 なお、事実を摘示しない悪口でも、ネットで行えば、侮辱罪(刑法231条)の成立はありうるので、やはり、ネットでの悪口、中傷誹謗はつつしまなければならないということになる(あたりまえといえばあたりまえだが…)