いま住む町は入梅して、はやくも一週間がたつ。

6月のあたまに、来たる夏に備えて日焼け止めを購入し、それも去年の50ml二本も使い切った経験から、今回はわざわざ大目にした。

が、待ちに待った夏は顔を出しただけで、知らぬ間に雨雲のうしろに姿を隠してしまったのだ。

どうも、125mlの日焼け止めもしばらくはお預けのようだね。

たっぷり塗って、健康的な肌色に焼けたかったのになあ…

というかまあ、半か月過ぎると、また太陽さんざんになるだろうから、せいぜいこのしっとりとした2、3週間楽しもうじゃないか。


そんな日々の中、きのうも雨。

午後、夕飯を食べに出かけ、帰りはスイカ一個の半分を片手にした。

そして、寮近くの歩道をふと思い起こして、それの雨の中の様子が見たくなった。

ふらりとそこへ足を運ぶ。

緩やかな雨脚がすべてのものをこころよい音で打っている。

ぽつりぽつりと

傘にも響く。

思ったとおり、川沿いの道は雨できれいに洗われている。

ところどころ見かけるミミズが雨天のたびに出てきて、どこまでものろのろと這ってゆくつもりらしい。

そういえば、よく晴れ間にぱさぱさになったミミズの死体を見かけるな。。

水たまりに溺れず、晴れたら日照りで命奪われずにいたいのなら、やっぱり道を急いでほしいものだ。

といいつつも、そんなのん気な生き方がたまらなく羨ましいときがある。

だって、人間は、人生はスイカさえあれば結構だ、と思っちゃいけないだろうから。

一ヶ月前のいまごろ、天気はまだ肌寒く、

にもかかわらず、暖かい日を狙ってコートを脱ぎ捨てようとしたわたしがいた。

このみずみずしい季節を、待ちかねていたのです。


やがて、カレンダーがめくり、

それとともに、まわりの空気もなんだか夏っぽさを感じさせ始めた近頃、

暖かさが暑さに変わろうとする近頃、

もうすぐ梅雨かなと思われる近頃、

また、なにかを脱ぎ捨てたい気分になったのです。


そして、きのうついに遂行したのだ。

といっても、サンダルで出かけてきただけなんだけど。

が、それがいけなかった!

午前はよく晴れてよかったものの、昼になると雨が降り出して、

帰ってきたときは、足も履き物もびっしょり。

泥まみれで気持ち悪かった。

冷えてもいた。


一足先に履き替えるのは早すぎたみたい。

風邪引かなければいいのですが。

それと、目の前に来ていた夏が一気に遠のいてしまったような気がします。


春はまだまだこの世に未練があるようです。

きょうの帰りのバスで、隣に一人の女の子が座っていました。
年頃は三、四歳くらいでしょうか。
気づいたら、もう眠ってしまっているようです。
小さな体がバスと一緒に揺れる。
そして、次第にこっちに寄りかかってくる。
ぐっすりでした。
見ず知らずだが、わたしにはこの子ことがかわいかった。
枕になって(汗)あげられるのも、いまだけなんだろう、と考えてそっとしておいた。


一瞬、まわりのものがなんだかやさしく見えた。
気のせいでしょうか。

バスを降りようとして席を立ったら、彼女のお母さんが後ろから来た。
なぜさっき席交換しろとでも言ってこなかったんだろう。
もしかして、そちらもそっとしてくれたの、じゃないのかなあ。
それはもうわかりようがない。

その後は、子どもなら娘がいいな、なんて思ったりした。
まだまだ遠い先の話だが。



題名はあるドラマCDに示唆をもらったもの(・ω・)/。


といっても、それほど大げさなことでもないのだが…

ただ、そのときの自分がひやひやしてて、いまさら思い出してもちょっと背中にひんやりと感じるものなので、メモにとどめておこうと思いました。


事件は去年の夏の初めのころのある晩にさかのぼる。

ベッドに入っていたわたしのふわふわした意識のなかへ、水の音がながれてきた。

どうせ夢なんだろう。でなくても、上か下の階のトイレの音にちがいない。だれにもわたしの爆睡の邪魔はさせまい!!と寝ている自分に念を押した。

しかし、音がなかなか止まらない。

そこでしかたなく目を覚まし、手探りで音が聞こえる場所にたどり着く。

トイレでした。

どうも下の階のトイレからのようです。

こんな妙な音を聞きながら寝るわけにはいかないだろうと思って、下へ行ってみた。

部屋にノックしてみたが、誰も出てこない。

まさか、シャワーとかしてて、あしを滑らしちゃって、頭を打ったわけ、じゃないよね?!想像が変にふくらんでいく。

またノックすると、

やっと、眠そうな顔が出てきて、そして壊れた水道を止めてくれた。やああ、頭打ってなくってよかったあ…


ついでに、もう一件です。

先日の夜、

ざあざあざあざあーーー

と、また水の音で目が覚めた。

ベッドを降りて、即座トイレへ。

そこへ入った瞬間、足にある感覚がつたわった。

水浸しになってる!!

あららら…今度はうちのトイレだ。どこからか、水がぐんぐん出てくる。

水道のメーターは狂ったように回っている。

近づけようとしたら、手までびしょびしょで、ひやりとする。

どうして止まらないだろう。

そこで、メガネかけてまた出直し。

運よくスイッチを見つけ、オフにすると、

とまりました。よかった…やっぱりだめだったら、どうしようと思ったよ…


身辺にありふれたごく普通なものがときどきユニークなすがたに変身して現れる。

年に一度、水道の神様がわたしのユメをくすぐってくるみたいに。

さあ、ぐっすりの夜はいつかまた引き裂かれることになるのだろうか。

最近、キレルということばがよく頭に浮かぶ。そして、自分はその主役だったりする…


きょうも、とある店で危うくキレかけたところでした。
商品のことで店員に尋ねようとして、もうすぐ閉店時間だったためか、相手にされず、二三回問い合わせしたものの、あごでしゃべるわ、腕組んで椅子に座っているわ、ちっとも付き合ってくれる気がない。
あんまりだと思って、ちょっと!!と、店員のおばさんに文句をつけてやった。
しかし、ひどいことに、こちらが腹を立てているというのに、向こうからは一向に返事がない。


あれ、だんまり作戦?


まさにそれです。結局、相手にされずじまいでした。

海路近くの店でのできごとでした。上海のオモテはなんて恥ずかしいことを!!

その後もひっかかってしょうがなかった。帰りに反省してもみた。
店員のサービス精神について、それと、腹立てた自分のことも。

ここで少し日本のサービス業のことを思い出す。それはそれは、丁寧だし、お客さんを思いやるし、いいイメージばかり思い浮かぶ。こっちとは正反対です。もっとも、ちやほやするような親切さも気持ち悪いが、せめてお客さんをそれ相応に扱ってほしい。うちのばか息子でも旦那でもないから、バカにされて普通はおこるっつうの!サービス提供している以上、やるべきことととるべき態度をわきまえてほしい。要するに、「自分」を仕事に持ち込まないことは大事だ、と思う。


さて、自分はどうだったのか。

正直、こっちも姿勢をどうにかしないと、と思った。
キレルことは気持ちいいことです。機嫌をコントロールしないで思うまま相手にぶつけていいから。
ただ、飼っているわんこをつなげとかなければ、後で人に噛み付くことになりかねない。それと同じように、自分をしっかりコントロールしないと理不尽な人間になりかねない。人のぐちをこぼすまえに、まず自分を省みるといい。


けっこうシンプルな答えだが…


こんなシンプルな答えにたどり着いたばかりのわたしでした。