音楽酒場すなふきんでの高橋研&the acoustic gentlemen(吉岡誠司(bass) 佐藤史朗(acc.) 中井いち朗(vln.))ライヴに参加してきました。
 
昨年の一回目は超満員だったこともあり、天気も冴えないということで
手ぶらの参加を考えていたのですが、(最近結構ありますが....)
グッドストックトーキョーでのライヴの時、
吉岡さんのカット4人のカットがなかったなあと
いうことで中テレレンズ一本だけぶら下げていくことにしました。

 

が、高橋研さん自身が「あの時の人々はどこへ行ってしまったの?」と

MCの取っ掛かりにしちゃうちょっと残念な状況となってしまったのですが、

それは「矢沢永吉・東京ドーム」の為という事にして、開演です。

 

 

来年、古希を迎える研さんは2026年、ライヴイベント70本を掲げているわけですが、そんな話の中で、「70歳でなくて17才だったら良いのにねえ...」と

歌い出したのが「17才/南沙織」からの「ローズガーデン/リン・アンダーソン」

研さんがリン・アンダーソンを意識したのかジョー・サウスをイメージしたのかは

わからないのですが、研さんの音楽造詣を考えると両方でしょうね、きっと。

 

 

セットリストとしては新曲を含め、先月のグッドストックトーキョーとほぼ同じだっ

たのかなと思います。(まだまだ楽曲に対する知識が追いついていないのです)

 

 

ライヴは後半に向けて盛り上がり....

 

それでは今回のテーマ、吉岡誠司(bass)さんをB/Wで。

 

 

 

 

 

 

 

9月末、ちょっと長距離を走ろうかなと考えたことがあって、

それこそ数十年ぶりにタンクバックを引っ張り出してみた。

その中から出てきたのがこれ。

 

かつての主力だったエクタクローム64のブローニーフィルム。

5本ずつパーマセルでまとめてあるから、撮影で使った残りかな。

まあ我が家にはこんな期限をとっくに切ったフィルムがぽろぽろと

おいてはあるのだが。

135〜4×5まで、エマルジョンテストして本数キープして....
もはや化石のような話かな?
 

 

 

 

goo blogの閉鎖に伴い、いっそやめてしまおうかとも思いましたが、

ここに引っ越してきました。

 

テーマの変更だけでもおおごとですな、めげそう....

 

 

 
 
「雪の月光写真師 / 若林純夫」で始まったこの日のライヴ。
いつも通り、一部が好きだった、今歌いたいフォークソング、二部は自身作の歌の構成。
え?と思ったのは「放送禁止歌 / 山平和彦」が歌われたときのことだった。
この曲が歌われたこと云々ではなくて、この歌の平成版「平成今日歌」が
鎌倉研さんの所属するトランジスターレコードから発売されていたということ。
IZNA・鈴木ちえのふたりがトランジスターレコード35周年記念ライヴで歌ったのが昨年のことだったので記憶に残っていたのだ。
まあなんてことのないことといってしまえば確かにそうなのだが、
うっす〜いながらも縁みたいなものを感じてしまったのだ。
 
この日、ブルースハープでちょこっと参加の足立研さんとライヴ前に話をする。
とにかくこの人、神出鬼没といいますか昨日まで東京にいたと思ったら、
今日は九州、気がつくと海外にいるといった具合で。
最近の旅先でのダブリンで路上ミュージシャンとセッションをしてきたという話題に。スティービーワンダーの曲ができるか?といわれたそう。
「ん?I JUST CALL TO SAY I LOVE YOUとか?」と我ながらあまりにもベタなと苦笑したくなるほどの選曲だなと思いつつ話すと、
「それは二曲目だった」と。
またビートルズのTシャツを着たミュージシャンとセッションする際の
選曲はやっぱりビートルズだったなんて話をしながら、
なんというか誰にでも、どこででも、洋楽に疎いおいらでもわかるような
いわゆる「これ!!」という曲があるんだなあということ、
そんな彼らの「この曲知ってる?できる?」「あ〜知ってる知ってる!!」などと話をしている様、ライヴの情景、その後のつながりを想うとき、
「世界が全部こんなに単純だったらいいのにねえ....」
というのが口を吐いてでた言葉だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
とにかく気勢が上がらず、午前に予定していた常用薬のための通院もヤメ。
うつらうつらやり過ごす。
今日はカメラも持たず、ふらりと出かけようと、いつもより出かける時間を遅らせバス停へ。それでも予定していたバスより一本早い便が来る。
しかし、満員で留まることなく素通り。まあしょうがないよねと
次を待つ、が、これも目の前を通り過ぎていく....
 
なんだ?
 
その時頭をよぎる京王線が倒木で止まっているというニュース。
バスの起点はその京王線。
これは電車の乗客が全てバスに流れているなと。起点から詰め込むだけ詰め込んで発車しているとなるとこれは待つだけ無駄では。
少しは間で待つ人のこと考えろよと思いつつ、一旦帰宅。
一番確かなのは駐輪する場所のことを考えず
バイクで一気に行ってしまう手。
次は京王バスで三鷹、久我山に出て吉祥寺に向かうというルート。
しかしこれは三鷹方面は場合によってはまたバスに乗れない可能性が。
考えているうちにどんどん時間が削られ、キャンセルも考える。
え〜いと自転車でバス停へ。バス停横の駐輪所に自転車を入れたところで
三鷹行きのバスが。意外と空いてる。
でも....この先、三鷹までのルートはこの時間混んでいる可能性が高い。
結局これを見送り、反対側のバス停に向かう為信号待ちをしているところで
反対側にバスが着く。しかし、信号は変わらない。
これを見送ったらいよいよ手詰まりだ。
青に変わった瞬間にダッシュ、その目の前を一台の車が通り過ぎる。
危うく信号無視の車にぶつけられるところ....
結局、久我山から吉祥寺、そこから東中野という大回りなルートを使い、
開場10分前にじみへん到着。
そこから修さんとあれこれ話をしているうちに会場から10分が過ぎていた。
え?こんなに誰も来ないの??と思いつつ
中に入るとすでに観客がぎっしり....
なぁ〜んだ....
 
久しぶりだったまるちゃん。
その日、おいらが着ていたのが、あの「さかうえT」だったことに
気づいてはおるまい(W)
 
 
 
 
 
 

 
グランドラインがこんな結束じゃダメでしょって感じなので直しましょうと。で、いざ、ビニールテープをはずしてみるともはや被殻がボロボロと崩れる状態。
 
ラインごと変えるのはちょっと手間なので、
ホームセンターに走り、大きめの熱収縮チューブを購入、
上から被せて手当。それをコルゲートチューブでさらに覆う。
 
 
おまけというわけではないけれど、
キャブレターのキャップを塗装しました。
 
 
 
さて頼んだ時には今日着くはずだったのだが、明日になっている....
というわけで、前回以後、コツコツシコシコとやってきたことを。
 
まず、リアに続いてフロントのウインカー周りのネジ等を交換。
こっちはステーの交換も考えていたので
ウインカーのラインを一旦外さなくてはならない。
面倒なので途中でラインをカットしてステー交換、その後、繋ぎ直す。
 
 
<交換した以前のステー・サビサビですな>
 
そして懸案のキャブレター。
何度かのトライ&エラーの後、ジェットの交換からちょっと離れてニードルに
ワッシャーを噛ませることにする。
近所で購入したワッシャーはサイズが大きすぎてロックパーツがかからない。
で、ネットでM4なんて極小ワッシャーを注文。
 
<なんとこれで900円!!>
 
一応サイズを考えて頼んだつもりだったのですが、遊びますなあ。
いいのか、これ?内径はもっと小さくても良かったのかな??
 
で、試走。
上は機嫌が良さそうなんだけれど、アイドリングからの開けはじめでエンスト。下が濃すぎるか....
キャブを外してスローを下げようとしたんだけれど、外してから手元にあるスロージェットが一個しかなく、それがノーマル仕様のFTRの番手だったので、
流石にここまでは下げられないなということで、交換をしないまま、元に戻す。
 
というわけでスロージェットを注文。
それを待っているというわけ、さ。
 
 

 
 
ある意味、高橋研さんの素のワンマンライヴは初めてかもしれない。
 
それにつけても、この人にはいつも驚かされる。
今回のライヴの一曲目、徐に歌い出されたのは「かくれましょう」だった!!
いや、まさかこんな曲がいきなり出てくるなんて、さ。
意表をつかれるとはまさにこのこと。
 
ここからはご自身の作品、提供曲を中心に歌がつぐまれていく。
 
そしてずっと気になっていたあの曲。
前回のライヴでそのタイトルを話されたのだが、一部のワードしか覚えてなくて
それを頼りに、考えられる言葉に脳内変換したり、歌詞の一部を入力したりして検索をかけたのだがぜんぜんヒットしなかったあの曲。
今回も聴くことが出来ました。
 
来年のイベントが発表され、
アンコールには現在の世情のようだということで
「さようなら世界夫人よ / 頭脳警察」
 
ライヴ終了後、研さんから預かったご挨拶の言葉を研さんに伝える為、
ちょっと居残ってお話をさせていただきました。
その時、思い切って例の曲のことをお訊きしてみました。
「落とし穴しかない場所 / Powder」とのこと。
少し短くして歌っているんだと。
そのイメージからご自身の曲もしくは提供曲かと思っていたので
カバー曲だと聴いて驚きました。
 
そして店を出ると絵に描いたような綺麗な三日月が出ていましたよ。
 
と、美しく終わる予定だったのですが.....
 
 
そんな会話との研さんとの会話を隣で聞いていた方が一曲目のことを訊いてきたのです。
なのでそれは「かくれましょう / よしだたくろう」ですよと。
まあ、ここまでは普通の会話。問題はここから。
「この曲も短くして歌ってるんですよね....」などと口走ってしまった!!
ごめんなさい、ちゃんとフルコーラス歌っていらっしゃいました。
その時おいらの頭にあったのはドレミ楽譜の吉田拓郎全集の特徴のある手書き文字でつらつらと書かれた歌詞。しかもその曲は「かくれましょう」ではなく
「私は狂っている」の長い歌詞だった。
さらに「このアルバムに入っていたんじゃないかな?」と研さんが取り出したLP。
それが「オンステージ第一集・ともだち」だったか「第二集」だったのかは
わからなかったんだけど、それもすっかり勘違いをしていまして自分としては「人間なんて」か「伽草子」に入っていたんじゃなかったかと思っていて。
 
ベッドに入り、その日の会話を思い返しているうちに、なんとなく不安のようなものを感じましていても立っていられず、起き出し、
CDを片っ端から取り出すも、自分の考えていたアルバムにはない!全然入っていない!!「TAKURO TOUR 1979」にはあるけれど、これじゃない。ましてや「Oldies」のものであるはずもなく。
ボロボロのドレミの楽譜を押し入れから取り出し、確認、でも、目次はロストしてる。アルバムを探すもなぜか見当たらず、
しょうがないパソコンを立ち上げ、検索をかけてこの勘違いを確信しました。
 
その後、ただただ眠れない夜を過ごし、ただただ思うのはあの時、研さんが取り出したのが「オンステージ第一集・ともだち」の方であってくれということ。
そう、「かくれましょう」が入っているのは「第二集」の方なんです。
 
完全に記憶違いをしていました、すみませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
おぉっ!!なんて大層な冠タイトル(笑)
 
鎌倉研ツアー二日目は
鈴木柊平 ・沼田謙二朗、若手二人とのスリーマンライヴ。
 
<鈴木柊平>
 
<沼田謙二朗>
 
で、トリの研さんです。
ひさしぶりに「泣くかもしれない」を歌ってくれました。
 
えっと、一応、おいらのリクエストということでしたが、
覚えがない!!....わけではない.....が、
 
あれは何年前〜♪
そう、Fomieでのこと、リクエストある?と訊かれて
その場では曖昧な返事をしたのですが、イベント通して
割と同じ曲が歌われだしている気がしたので
「”〜かもしれない”二連発なんてどうですか?」とオーダーしたのです。
そのうちの一曲は25年前とあるライヴで研さんが歌った曲で(おいらは聴いていない)
聴いてみたいなと思っていたもの。
そちらの方はしばらく後のライヴで「歌えないなあ」とお返事をいただいていてその際、もう一曲の「泣くかもしれない」の方は
「演るね」ということだったのですが、
まあ、ライヴの流れもあってスルーとなったのでした....からの今回!!
 
そのMCを聞きながら
どっかのラジオ番組のお取り置きリクエストかい!!と思わずツッコミを....(笑)
 
 
 
沼田謙二朗さんのギターヘッドに下がるマスコット。
その行為が懐かしいなあと思って撮ったのですが「お守り」でした。
弦切ってるじゃん....
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
確か、FOLK HOMIEで最初にコロナの影響で中止になったのが
丸山圭子さんゲスト回だったのではなかったか。
その後、再演されることなく、イベント自体が休止となってしまった。
初めてライヴで聴けるのを楽しみにしていたので残念だった。
個人的にはそんな思いのあるリベンジ回的ライヴでした。
 
 
<鎌倉研&穴水祐輔>
 
<丸山圭子with穴水祐輔>
 
アンコールは三人で「遠い世界に」
 
前のほうにいたので気がついていなかったのですが、
いつの間にか聴衆もかなりの数になっていて、あとで振り返って驚きました。
歌あり踊ありのなかなかカオスなライヴ....