根管治療中の歯。

ようやく目処がついたようで一息かなと思っていたのだが
食事をするとどうにも痛みが抜けない。
二週間が経ち、予約日の今日、諸々話をする。

保険内治療でできることは全て終わったということで
あとは封殺して残る細菌を殺しましょうとなったのですが、
この痛みは....埋め込んだ薬のせいかとも思っていたのですが
なんと、この二週間の間にその歯が割れていた!!

その破片がいたずらをしていたらしい。
その破片は取り除いたのですが、結局、根管治療が終わったところで
その歯がダメになるという。。

結局、ほぼ抜歯かな....と。





学生だった頃、北海道に合宿に行った後輩から、小瓶に入った毬藻をお土産にいただいた。
観光用の養殖毬藻だと思うんだけれど(そもそも本当に自生している毬藻はとってはいけなかったはず)
お気に入りでずっとデスク周りに置いていた。

ところが、ある日、気がつくとそれがない。
いつの間にか転がり落ちたそれは、すぐ横の窓のレールの餌食になり粉々....
ガラスの破片、白砂、そしてカラカラに乾いた毬藻の残骸。

後悔先に立たず....

「ん?!....北海道でエース級の知名度を誇り、三本柱の一角を担うとはいえ、
しょせん単細胞生物、もういちど水につけてみるべ。」

と、これまた単細胞的脳細胞の指示に従ってみると、

なんということでしょう!!

東京の水道水の中、見事な復活を遂げられました!!

その後はとりあえず転がっていた薬瓶に移し替えて、と。

そのうち100均ででも手頃なブツを探してまいりませう。



このところの仕事終わりは22時。

外に出るとポツンと一滴。

「雨?」

でも、それ以後、なにも起こることなく。

ひたすら蒸し暑い職場、週末に加えて、予想外の作業も加わり、押し々々の作業でクタクタ。
昼食後、なにも食べていなかったので、ちょっと立ち寄り。

ところが、ちょっと食事をしているうちに外は雨。
それも結構本降り。傘がない。
「うわぁ〜真っ直ぐ帰っていれば....」と考えても後の祭り。
バス停にたどり着くまでに結構濡れてしまった。

それでもバス停は高架の下、雨は凌げる。
10分程でバスが到着。
suicaに残金がないのでチャージ。
ところがお金は吸い込まれたのに、チャージされない。
あれこれ機械をいじるもダメ。後ろに伸びる人の列.....気まずい。
ドライバーが両替用(?)に用意していたほうから返金してもらう。
そのお金で再びチャージしようとしたけれど、今度は吸い込むことすらしない。
たぶん最初のお金は内部で噛み込んだようだ。
しょうがないのでここは現金でお支払い。

降車後も雨の中をただひたすらに歩く。

まさにあの一瞬の判断、だったなあ。

明けて今日はいい天気。明日からはまた崩れそうな予報に
洗濯して、布団干ししてジタバタと。
昼食もアスパラ、ソーセージをゆがいてパンと珈琲。
朝食のような昼食。

隙間をぬって、ずっと動かしていなかったpower mac G4、i-macを用あって
起動してみるが、どれも起動せずダメ。
あれこれ策を労すも徒労に終わる。

最後の最後、録画しておいた「血の轍」が面白かったのが唯一の救いの1日。







いよいよ始まる次の季節に向けてといいますか

今回は紫陽花です。

子供の頃は好きな花の部類でしたが、

いまは....それほどかな?




いつの間にやら、またまた庭に敷き詰められたドクダミの花。

負けられない戦いがはじまる!!

でも、それは今日じゃない!!!

天気が良すぎる、暑すぎる!!!!



観ました「サンダ対ガイラ」HDリマスター版。

そんな都合よくはいかないでしょ(苦笑)的ラストにはびっくりでしたが、
メーサー銃がこんなに活躍したのはこの映画だけかもしれない。
でも、登場時、あんなに送電鉄塔からケーブルを引いたり、なんだかんだセットした末に
やっとビ〜ム発射!!だったのに
次の登場場面ではガンガン移動した末にいきなりバンバン撃ってなかったか?

結局、これは何が言いたい映画だったんだろうか?
いや、怪獣映画に何かにつけ理由を求めるのは、思い込みが強すぎるのかもしれない。

単に兄弟喧嘩を映画にしただけかも。。

なにより、そのネーミングが山に生息しているからサンダで
海から出現したからガイラだったとは。おいおい....

ようするに

「山だ!!海ら!!」だったのか。



知人が制作、撮影。

なんとなく挑戦されたような気がしたので(笑)




このサイトでたまにアップしていた「flowers」
ポストカードにしてみました。

使う用があったのと、たまたま用紙が残っていたのもあって。

あと、なんでしょう、衝動かな。

画面上で行なわれることってその段階では「画像」で
紙に定着させる事で「写真」になるというか、完結するというか。
もっとも、「画像」という言葉自体は銀塩時代から使ってはいたのですが、
「写真」という意味ではなかったと思うんですよね。

言葉あそびのように思う人もいるかもしれないですが、
その画面の設定、観ている環境で色々に見えてしまうあやふやなものなのです。
いまさらな話ですが、ついその環境に浸っているとそれが絶対だと思い込んじゃったりしてしまう。

それを紙に定着させる事で、それが絶対的な形、意志になる。
これはこういう画なんだと。

そんな主張をしてみたくなるわけですよ。



このあいだ書いた金森幸介さんのライヴで、気になった曲があった。

「大阪には愛がない」「美しい絵を描く人達がいる」「静かな音楽になった」など

金森さんの歌言葉って、端的な言葉がタイトルになっているから、

若輩者の私めでもタイトルが頭に残っている曲は聴いているうちに「あ、あの曲がこれなんだ」と察することができる。

そんな中、タイトルにも記憶がない曲が。

で、帰宅後、探ってみると「たとえば」という楽曲であることがわかった。

早速、歌詞を起こしてみる。

おいらは気になる歌があると歌詞を「ことば」として書いてみることにしている。

そうするとその歌が本当にいいのか、自分の単なるその場の空気なのかがわかる。

「歌詞検索をすればいいじゃん」などと言ってはいけない

そうはいかない大人の事情というものがあるのだ!!

で、「たとえば」は....間違いなく前者でありました。










昨日は仕事を途中で切り上げ、金森幸介さんのライヴに出かける。
店に入ってチャージをどうするのかちょっと思案していると
お店の外で払ってくださいと。

そういえば人がいたけれど、
お客さん風だったし....?ともう一度表に出る。

で、予約していた〇〇ですけれど?と伝えると
あ、スタッフの人かと思いましたと言われてしまった....

再び、店内に戻る。
なにしろ満員も満員、とても撮影なんてという状態。
金森さんに許可を得るタイミングも逃しちゃったんで、無しにする。

前後半の2部構成。
後半は立ち上がって聴くことにする。
確かに音楽を感じるために来ているんだけど、それだけなら極論、音源を聴いていればいい。
やはり、ライヴに行くってことはリアルで聴くということもあるけれど
歌う様を視覚で捉えることで感じる何かもあると思っているから。

さて金森幸介若輩者の私めとしましては、キーになる言葉で
あ、これがあの歌なんだとか、たどたどと聴いておりました。

終了後、外に出ると夕方よりもずいぶん強くなった風に吹かれて
金森さんがくわえ煙草でお話をされていました。
その姿が画になりそうだったので、撮影しようかと何度か逡巡したのですが
まあ次をと思い....で、その次は本当にあるのか?
金森さんがライヴ中に語った意味とは別で、
この出不精にその次があるのかという意ではあるのですが。。
まあ、その次を次の糧にしようと。

中央線に乗ると普通列車だというのに結構な混みようで。
かなり空腹なことに気づく。
ひさしぶりに「noro」に寄って加藤さんに「ご飯!!ご飯!!!」と1000000回唱えようかと考えたり、
このまま三鷹まで行って「リトルスターレストラン」で儲からない客をやろうかと考えたり。
ま、飲み屋の「noro」にいきなり行ってそれもないかと考え直し、
「リトルスターレストラン」は今夜は貸切ときたもんだ、と。

結局、吉祥寺で下車、井之頭公園を突っ切って歩いて帰るいつものパターンに。

相変わらず風が強い。

そういえば金森さんのきょうの歌は風みたいだったなあ。