最近思うのは、世の中の人たちが何を目的にして生きているのかという事。人の生きる目的は様々だ。権力欲・金銭欲・承認欲・性欲など、限りある時間を駆使しその目的達成のために努力しているだろう。しかし、どんなに立派な人生の目的を標榜していても、すべての人は年を取り、気力・体力共に低下してくる。その時各個人はどのように考えるのだろうかと。

私が欲しているのは知識であるため、目的達成は果てしないと言えるだろう。そして、知識欲の最大の目的は宇宙の始まりと終わりにあるわけだが、物理学や量子力学を知る度に、世を構成するすべての物質が虚無であることがおぼろげに見えてくる。多くの人の人生の目的は「物質欲」を主とするものと思われるが、本質的に虚無である物質を限りある人生の目的にするのは、私には理解できない……。虚無を物質として認識できるのは、原子を構成する電子が反発し合うからに過ぎない。そして、原子を構成する原子核と電子もまた、さらに細かく細分化でき、いずれ物質は無になる。つまり真空であるべき空間に、何ものかが存在し、そこには無限のエネルギーが存在するわけだが、この矛盾に焦点を当てることこそが、すべての人に共通する人生の目的ではないだろうか?

 

近年GPUの進化速度がすさまじく速くなっている。これに並行して仮想空間の進化発展も著しい。フォートナイトに代表されるように、現実の空間から仮想空間に主たる活動範囲を移すといった人も現れるだろう。CPUの速度もどんどん上がり、半導体を構成するウェハーもどんどん小さくなっていく。これに伴いパソコンの処理速度も速くなり、仮想空間内で生きる存在は、ドラゴンボールのような「精神と時の部屋」も使用可能になるだろう。これからはPC内での時間操作も可能となり、自由に使える時間の量も変わってくる。現実世界でより多くの金と権力を持つものが、この世界に入る事が許され、庶民との格差はますます広がっていく。昨今の世界権力者の動きを見ていると、こうした仮想空間での世界構築を本気で推進しているように思える。映画マトリックスで世界を支配している真の権力者は機械とOSで、人間の役割は発電だったわけだが、我々の現実社会も若干形が違っても、同じことをやっているように思える。現実世界の権力者はAIと一体化し、仮想空間での時間を操る神になろうとしているわけだが、彼らは本当の真実を手に入れられるだろうか。

 

物理学や量子力学をかじった人なら、この世は仮想空間だといった論を聞いたことがあるだろう。仏教でいうところの色即是空・虚空会・授記といったものだ。物質は虚無であり空間を無限の真空とするなら、コンピューターの仮想空間でのアルゴリズムとなんら変わりない。多くの研究者がこの世を仮想現実であることを否定しない事からも、おそらく誰も真実はわからないのであろう。私が信じるものとしては、やはりこの世は仮想空間で、我々がフォートナイトをつくったように、何ものかが我々と同じ目的で仮想空間をつくったという事だ。解決すべき問題があり、無限の時間が必要と考えた、もしくは存在理由を知るために現実の空間たる我々の空間をつくったという事だろう。だから本質的な答えを先送りするのではなく、今出す必要があるのではないだろうか。仮想空間から脱出に成功した実在の人物として、釈迦や老子が挙げられている。老子は実在したかは定かではないらしいが、彼らの思想で共通しているのは「解脱」だ。解脱を明確に解説できないが、私の今の結論は物欲を捨て、一切のこだわりを排し、己の思考を滅塵する事だと思っている。自我がある以上思考を滅塵させるのは不可能であるが、究極の人生の目的とは自己滅塵ではないだろうか?