甲骨文字百顆印 第六十六顆 / 白文・7mm角・新疆彩凍石
01 「德」という文字について
| 意 味 | よい行い |
| 成り立ち | 會意文字。『彳(進む)』と『直(まっすぐな目)』と『心』の組み合わせ。まっすぐな心を持って正しい道を進む、という意味から人德・道德を表す漢字になった。 |
| 部 首 | 彳(ぎょうにんべん) |
| 現代漢字の畫數 | 14畫 |
彳・直・心という三要素が揃って「德」になる。「得」の回で彳が十字路の左側を表すという話を書いたが、今囘もこの部首が登場した。道を進む、という動作が「德」の根幹にある。進む方向と、進む時の心の状態と、見ている目。それが全部揃って初めて德ということになる。
02 逆にすると怨になる
成り立ちを知って、面白いことに氣づいた。
まっすぐな心で正しい道を進むのが「德」なら、邪な心を持って惡しき道を進むとどうなるか。「怨」になるという。
德と怨は表裏一体だ。同じ構造の正反対にある。まっすぐさが曲がり、心が歪むと、德が怨に変わる。これは字の話だけではなく、人間の状態としてもそのまま当てはまる。德のある人が急に怨みの人になるわけではなくて、少しずつ方向がずれていくのだろうと思う。
03 德を積んでいるのだろうか
彫りながら、自分はちゃんと德を積めているのだろうかと考えた。
德というのは、自我を捨てて人のために行うことだとされる。見返りを求めない行爲、承認を必要としない善行。それが德の本質だとすれば、自分がやっていることがそれに当たるかどうか、正直なところ自信がない。
毎朝のゴミ拾いは、「寶」の回でも書いた通り、今も続けている。自分なりに気持ちよくやっているが、その行爲によって何か氣持ちいい感覚を得ているとしたら、それは完全な無私とは言えないのかもしれない。やっていること自體は同じでも、動機の純粋さの問題が残る。
04 3S欲求の話
「得」の回で所有・承認・支配という三つの欲求について書いた。その時は3S欲求と名付けた。
德を積む話をしていると、この3S欲求が邪魔をする。人のために何かをしながら、承認されたい氣持ちがどこかにある。所有したい氣持ちが行動を歪める。支配したい氣持ちが相手への押しつけになる。これらが少しでも殘っているうちは、完全な意味での德にはならないということだ。
全部取り除くことができるのかというと、正直なところ難しい。人間である以上、何かを望む氣持ちは消えない。ただ、それを自覺していることと、まったく氣づいていないことの間には大きな差がある。自覺した上で、できる限り方向を整えていく、という積み重ねが、德に近づく道なのかもしれない。
05 不德の致すところ、の誤用
「不德の致すところ」という表現がある。
謝罪やお詫びの場面でよく使われる言葉だが、実は使い方に誤りがある場合が多いらしい。この表現は自分自身の行爲の至らなさを指すものであって、他者の行爲や出來事に対して使うのは誤用だという。
「貴方の不德で事件が起きた」という言い方はできない。あくまで「私の不德の致すところ」というように、自分に向けて使う言葉だ。知らなかった。日常的によく耳にする表現でも、こういう落とし穴があることがある。「鑄」の回で一次情報まで遡る話を書いたが、言葉の使い方にも同じことが言える。
06 彳という部首との再會
「德」の部首である彳(ぎょうにんべん)は、「得」の回でも登場した。
「得」は十字路の左側を歩きながら価値あるものを手にするという成り立ちだった。「德」は同じ彳を持ちながら、進む方向が目と心によって決まるという構造だ。同じ部首でも、組み合わさるものによって意味がまるで変わる。
道を進む、という動作は同じでも、何を得るために進むのかと、どんな心で進むのかでは、辿り着く場所が違う。「德」と「得」は、方向が近いようで、実は全然違う話をしている。
07 まっすぐな目で見るということ
「直」という字には、まっすぐな目という意味がある。
物事をありのままに正しく見つめる、という意味だ。これが「德」の構成要素の一つになっている。先入觀なく見る、感情に流されずに見る、自分の都合で歪めずに見る。そういう目の在り方が、德ある行動の前提になっている。
「鳴」の回で意識を向けると見えてくるという話を書いたが、まっすぐに見るということはその逆で、余分なものを取り除いて見るということだ。見えすぎることも、見えなさすぎることも、直ではない。ちょうどいい見方というのが、德への道の入り口なのかもしれない。
08 制作について
今囘も白文。字體は甲骨文字風で仕上げた。擊邊は入れた。彫る前に研いだ。
制作メモ
- 印 式:白文
- 字 體:甲骨文字風
- 印 材:新疆彩凍石(7mm角)
- 印 刀:刀匠印刀 三號(彫前に研磨)
- 擊 邊:あり
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彳・直という要素を7mm角に収めた。
09 甲骨文字百顆印 これから
六十六顆目で「德」が加わった。
德を積んでいるかという問い、3S欲求との葛藤、不德の誤用、彳との再會、まっすぐな目の話。一字を掘り下げるたびに、自分の行動を見直す時間になる。甲骨文字百顆印はそういう意味でも、続ける價値のある作業だと改めて思っている。
生成AIさんに作成いただいた画像はこちら、

習字うまいですね・・・(;^ω^)

お、、、おだんご、、、?
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