甲骨文字百顆印 第六十五顆 / 白文・7mm角・新疆彩凍石
01 「衆」という文字について
| 意 味 | おおい |
| 成り立ち | 會意文字。三人が集まる形。甲骨文字では太陽(または城壁)の下に三人が並んで集まっている樣子を描いたもの。時代を経て現代の字形に変化した。 |
| 部 首 | 人 |
| 現代漢字の畫數 | 12畫 |
| 甲骨文字の畫數 | 8畫ほど |
「众」という異體字がある。三つの「人」が集まった形で、これ以上ないほど直接的な表現だ。三人集まると多くなるという発想は、「森」の回で木が三つ重なると数え切れないほどになるという話を書いたのと同じ構造だ。古代の文字では、三つ重ねることで「たくさん」を表すパターンがあちこちに出てくる。
02 身近なところに衆がいた
「衆」という字を見た瞬間に、いくつかの言葉が浮かんだ。
烏合の衆。まとまりのない集団を指す言葉で、なんとなく失礼な響きがある。皆の衆。こちらは時代劇などで耳にする親しみやすい呼びかけだ。衆議院。日本の立法機關の一つで、これはかなり日常的に使われる言葉だ。合衆國。アメリカ合衆國の「衆」もこれだ。
こうして並べてみると、かなり身近なところで使われている字だということがわかる。でも、字そのものの意味を意識したことはほとんどなかった。
03 日本獨自の用法を知らなかった
今囘調べていて、知らなかった用法が一つあった。
「衆」には日本獨自の使い方として、複數の人への敬稱という意味があるらしい。「皆の衆」の「衆」が、単に多いという意味だけでなく、複數の人に対する尊重の氣持ちを含んでいるということだ。
日常の話し言葉で使うことはほとんどないので、意識したことがなかった。でも、そういう意味が含まれているというのは、「禮」の回で書いた相手への敬意という話とも重なる。言葉の中に、敬意が込められていたのだ。
04 太陽の下か、城壁の下か
今囘一番引っかかったのが、甲骨文字の上の部分が何を表しているかという點だ。
太陽という說と、城壁・囲いという說がある。どちらを取るかで、情景がまったく違ってくる。
太陽の下に三人が集まっているとすると、炎天下で働いている情景だ。今だったら「熱中症になるからやめとけ」と言いたくなる状況だが、古代においては屋外での集團作業が日常だったのだろう。炎天下で汗を流しながら労働する人々の姿が「衆」の起源というのは、ずいぶんリアルだ。
城壁という說の方は、囲まれた空間の中に人々が集まっているイメージだ。城壁というより間仕切り、あるいは囲いと考えると、今に置き換えやすくなる。
05 四疊半に三人は少しきつい
間仕切りの中に三人、という解釋をもう少し現代に引き寄せてみた。
今の最小單位でいえば、部屋だろうか。部屋の中に三人が集まれば、小さな「衆」が成立するということになる。六疊の部屋なら一人あたり二疊分のスペースが確保できるので、まだ余裕がある。ただ、四疊半に三人となると、一人あたり一疊半しかない。これはかなりきつい。
解釋が合っているかどうかはわからないが、面積で考えてみると急に具體的になって面白い。
06 烏合の衆という言葉について
烏合の衆、という言葉について少し考えた。
烏、つまりカラスが集まっても統制がとれない、という比喩から来ている言葉だ。多くの人が集まっても、目的やまとまりがなければ意味がないという意味だ。
「率」の回で人を率いることが苦手という話を書いたし、「盟」の回で同盟より棲み分けという話を書いた。烏合でもいい、という感覚が個人的には少しある。まとまりがなくてもそれぞれが自分の場所で動いていれば、それはそれで一つの形だと思っている。
07 制作について
今囘も白文。字體は甲骨文字風で仕上げた。擊邊は入れた。彫る前に研いだ。
制作メモ
- 印 式:白文
- 字 體:甲骨文字風
- 印 材:新疆彩凍石(7mm角)
- 印 刀:刀匠印刀 三號(彫前に研磨)
- 擊 邊:あり
-
上の部分が太陽なのか城壁なのかという疑問を持ちながら彫った。どちらを意識するかで、印面の重心が変わってくる氣がした。三人の人の形をどう表現するかが今囘の工夫どころで、三者が均等に並ぶバランスを意識した。
08 甲骨文字百顆印 これから
六十五顆目で「衆」が加わった。
烏合の衆から合衆國まで、皆の衆への敬意、炎天下の労働者、四疊半の密度計算。今囘も一字からいろんな方向に話が広がった。次の一顆も、自分のペースで向き合っていく。
生成AIさんに作成いただいた画像はこちら、
民家の壁に・・・(;^ω^)
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