許された死刑囚〜殺人者でも天国に行ける理由 | 死ぬまでに必ず知っておくべきこと - JESUS

1998年2月3日、米国テキサス州で、ある女性の死刑が執行されました。

 

 

彼女の名前は、Karla Faye Tucker(カーラ・フェイ・タッカー)といい、罪名は強盗殺人でした。

 

 

 

 

1959年に生まれたカーラの幼少期は、薬物中毒の母親、3人姉妹の末っ子だったカーラだけ婚外性交渉(母親の不倫)によって生まれた事実、そしてそれが原因で両親が離婚など、決して穏やかなものではありませんでした。

 

 

そのような環境もあってか、カーラは8歳で喫煙を始め、12歳で薬物とセックスに溺れ、14歳の時には学校を中退して売春を始めます。

 

 

初めの結婚は16歳の時でしたが、長くは続かず、21歳の時、つるみ出したバイカー仲間を通し、14歳年上のDanny Garrett(ダニー・ギャレット)と出会い、付き合い始めます。

 

 

 

1984年6月13日午前3時頃。

 

 

 

いつものように仲間たちと薬物を使用しながら過ごしていたカーラとダニーは、その後Jerry Dean(ジェリー・ディーン)という男性のアパートに侵入します。ジェリーは、カーラの親友のボーイフレンドで、侵入したのは、ジェリーが修理していたモーターバイクを盗むためでした。

 

 

寝室で寝ていたジェリーの上にカーラが馬乗りになると、ジェリーは抵抗を試みます。

しかし、ダニーが部屋にあった丸頭ハンマーでジェリーの後頭部を何度も殴り、ジェリーは瀕死の状態となります。

 

 

ダニーがモーターバイクの部品類を自分の車に積み込んでいる間、ジェリーと部屋に残ったカーラは、苦しんでもがいているジェリーがうるさいので、壁に立てかけてあったツルハシを使ってジェリーを殴りつけ、そこに戻ってきたダニーが胸を突き刺し、ジェリーは生き絶えました。

 

 

モーターバイクを車に積もうとダニーが再度部屋を後にした直後、カーラはベッドの中に誰かがいることに気付きます。

 

 

前夜に旦那と喧嘩し、パーティーで出会ったジェリーと一夜を共にしていたDeborah Ruth Thornton(デボラ・ルース・ソーントン)という女性でした。

 

 

 

デボラの存在に気づいたカーラは、ジェリーを殺すために使ったツルハシで、デボラを何度も打ち付け、彼女の心臓に最後の一撃を与えます。

 

 

 

カーラはこの時のことについて、「一撃を加える度に強烈なオーガズムを感じた」と後に証言しています。

 

 

 

 

あまりにも残酷で悪魔的な犯罪を犯したカーラとダニー。

二人は犯行後も相変わらず薬物でハイになり、罪の意識など全くなく、むしろ自分達のしたことを誇らしく思うほどでした。

 

 

 

そんな驕り高ぶりが災いし、二人は犯行から数週間後、逮捕されます。

 

 

 

警察に協力し、盗聴器をつけていたダニーの弟に、犯行の詳細をベラベラ言いふらしたからです。

 

 

 

殺人罪で刑務所に送られたカーラは、投獄後しばらくして、刑務所内で開かれた教会のイベントに参加することにします。興味があったわけではなく、ただ監房仲間がみんな行くというので、ついていっただけでした。

 

 

 

刑務所では聖書が無料で入手できると知らず、その場で聖書を盗んだカーラは、監房に戻ってから、聖書を読み始めます。

 

 

 

そして、気づくと床にひざまずき、天の神に許しを求めていたそうです。

 

 

 

神の言葉を通し、生まれて初めて本当の愛を知ったカーラは、彼女の罪を償うために十字架にかかったイエス・キリストを受け入れ、クリスチャンとなります。

 

 

 

 

しかし、そんなカーラを待ち受けていたのは、死刑宣告でした。

 

 

 

カーラは、犯行は薬物影響下であったこと、また自分は行いを改め生まれ変わったことを理由に再審及び死刑回避を求めましたが、どちらも却下され、カーラは判決から14年後、薬物注射によって処刑されました。

 

 

 

処刑の約1ヶ月前、カーラはある有名司会者からインタビューを受けています。

 

 

処刑日が近づく中、「調子はどうか」と聞かれたカーラは、

 

 

 

「神が様々なことを明らかにしてくださっていることにワクワクしています。毎日新しいこと、本当に沢山のことが起き、それに関われることが嬉しいのです。多くの人に影響を与えるでしょう。それに関われることは喜ばしいことです。ここにも神のご計画があるのです。

 

 

 

また、インタビューの最後に、悪に満ちた過去、自分の犯したことによる罪や後悔、そして間近に迫った死に直面しながら、どうしてポジティブでいられるのか、神の力だけではないはずだ、と尋ねられたカーラはこう答えています。

 

 

 

「もちろん、神の力です。それが神の喜びと呼ばれるものです。私のような行いを犯し、その罪が許されたとき ー そして、それでも愛されていると知った時、それは私たちを変えてくれるのです。私は本当の愛を経験することができたのです。今の私は、本当の愛とは何なのか、許しとは何なのか、知っています。私がしたような恐ろしいことでさえ、許されると知ったのです。神は私を許してくれました。私はイエスが十字架で成し遂げたことを受け入れました。この場所を去った時、私はイエスを共にいるのです。

 

 

 

 

 

 

カーラのように恐ろしい罪を犯した罪人が許されるということに対し、

 

 

 

「都合が良すぎる」

 

 

 

と多くの人が思います。

 

 

 

 

「悪人が許されて、真面目に生きている自分が許されないなんて、ありえない」

 

 

 

そう思う人もいます。

 

 

 

 

しかし、それは罪の基準を自分の物差しで測っているからそう思えるのです。

 

 

 

 

 

完璧で公平な神にとって、小さな優しい嘘も殺人も、その重さは同じです。

一つでも罪がある人は、神の目には皆罪人です。

 

 

 

「律法全体を注意深く守っていても、一点ででもつまずけば、その人はすべてを破った者となるのです。」(‭‭ヤコブの手紙‬ ‭2‬:‭10‬‬)

 

 

 

 

心の中で誰かを憎むことも、実際に殺人を犯すことも、神にとってはどっちも殺人です。

 

 

「だれでも兄弟を憎む者は、心の中で人殺しをしているのです。言うまでもないことですが、人殺しをする者に永遠のいのちはありません。」(‭‭ヨハネの手紙Ⅰ‬ ‭3‬:‭15‬‬)

 

 

 

 

 

カーラは、自分の罪を全て認め、命をかけて自分の罪を償うほどに愛してくれたイエス・キリストを受け入れました。だから、殺人者であっても天国に行くことができました。

 

 

 

 

カーラと違って、真面目に一生懸命生きている人が天国に行けないのは、自分は罪人だと認めず、その罪を背負ったまま自力で天国に行こうとするからです。

 

 

 

 

 

「キリスト・イエスに属する人が罪の宣告を受けることはありません。 なぜなら、いのちを与える御霊の力が、罪と死の悪循環から解放してくれたからです。」(‭‭ローマ人への手紙‬ ‭8‬:‭1‬-‭2‬‬)

 

 

 

 

 

 

罪の許しと永遠の命という神からの贈り物は、全ての人に差し出されています。

 

 

 

 

一人でも多くの人が、カーラのように神からの贈り物を受け取り、天国に行くことができますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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