の翌日、手水舎の水が出なくなり
「水栓を開いてください」
と弁護士を通じて解体業者にお願いしたところ
「無事、手水舎から水が出た」
と報告を受けて安心していた。
今日、実家に行くと母が
「数日前からまた水が出なくなり、
手水舎の水は枯れている。
掃除は、お隣がバケツで
運んだ水でしてると電話あった。」
と…。
神社の防火用水のバケツが
一つに減っていたため
「水が出ないようにして
神社に放火して
地上げするつもりでは?」
という都市伝説(笑)まで
実家町内に発生していた。
母は、病院より神社の
水道が急ぐという。
軽い脳梗塞に
なっている予兆があり
通院させるために
帰宅したのに…。
水道局に電話をしてみると、
電話に出たかたは
最初、話が見えずに
「そんな話をうちにされても…」
と言われていたけれど
すぐに折り返し電話を下さり
「工事担当に当日の
状況と工事内容を
確認したところ
『解体業者が
機械で引っ掛けて
水道管を破損したため
水が噴き出していた』
そうです。本来なら
『メーターの水栓で
バルブを止めれば
止まるはずが
バルブのパッキンの
経年劣化で止まらず
パッキンだけでなく
バルブごと水道局側は
新しいものに変えました。』
と報告を受けました。
ですから、神社側の
水道管は破損していますから
直さない限りバルブを開くと
水が噴き出します。』。」
あーーーーやっぱりか。
解体業者を信じようとして
心の中で「ありがとう」と
ひとりで唱えてみたりして
私自身は安らかな
気持ちになってたのだけど現実
裏切られてしまっていたという。
16日
「バルブ締めとけよー」
という業者の声を
町内の人が聞いている
16日夜
水が噴き出しているのを町内の人が見つけ
水道局に連絡、工事課担当者が来るが
ガレキの下にメーターが埋もれて立ち入れず。
17日朝
解体業者がメーター付近のガレキを移動し
水道局の工事課担当者が
バルブを新しく交換。
(水道管を割った報告なし)
17日
手洗い舎の水が出ず
バルブを開くよう
弁護士を通じて
解体業者に連絡してもらう。
(水道管が割れていると知らず)
〜神社側の水道管が
割れているため
水が噴き出したので
その後解体業者が
黙ってメーターのバルブを
締めたと思われる。〜
30日
水道局に確認して
神社側の水道管が
解体機械で割れていたと知る。
やれやれ![]()
病院は一週間伸びて
来週MRI検査。
大己貴命(おおなむちのみこと)様。
伊弉諾命(いざなぎのみこと)様。
伊弉冊命(いざなみのみこと)様。
猿田彦命(さるたひこのみこと)様。
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)様。
天智天皇様。
大友皇子〜弘文天皇〜様。
どんなお考えが
おありなのでしょう?
何かお考えがあって
ご相談されて
いい方向に進むように考えて
やって下さってるのでしょう?
後になったらきっと
「ああ、そうだったのか!」
とわかるのでしょうね…
私の基礎体力測定中でしょうか??![]()
![]()
私、さすがにちょっと
くたびれてきました。
【松明殿稲荷神社について】
祭神
大己貴命(おおなむちのみこと)
伊弉諾命(いざなぎのみこと)
伊弉冊命(いざなみのみこと)
猿田彦命(さるたひこのみこと)
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
安置
天智天皇像(木像)
大友皇子像〜弘文天皇〜(木像)
伏見稲荷大社の境外〜けいがい〜末社。
創建天暦2年(948年)
8年後の勅〜みことのり〜による燎祭〜りょうさい〜で、
炬火殿〜たいまつでん〜の号を賜り
宝永8年(1711年)から現在の場所に建つ。
江戸時代に出された
「都名所図会〜みやこめいしょずえ〜」に
伏見稲荷大社春の稲荷祭のとき、
当神社の氏子の人々が松明〜たいまつ〜
をともしてその神輿〜みこし〜を
迎えるのを古例としていたことから
「松明殿」〜たいまつでん〜
の名で呼ばれたと記されている。
干ばつから民を救った井戸とされる
木喰正禅養阿〜もくじきしょうぜんようあ〜
の銘のある1つの石をくりぬいて作った
手洗石と井戸も境内にある。
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