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Drunk on Speech

このサイトは慶應義塾大学英語会Chief of Speechだった作者が、今まで学んできたこと・感じてきたことを公開しているものです。

大学生向けのエッセイを次々と公開していく予定です。どうかみなさんのSpeech作りの参考にしていただければと思います。


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「Speechの醍醐味は何か」と聞かれれば、私なら「他人より7分間だけ勇敢になれること」と答えます。普段は温厚でおとなしい人でも、ひとたび壇上に上がると、その圧倒的な存在感を聴衆に見せつけ、勇ましくSpeechを披露する、それこそがSpeechの素晴らしさだと思います。孤独な壇上で自分の意見を述べるのには、すさまじい忍耐力が要求されます。しかし、それに打ち勝った者には、他人よりも7分間だけ壇上で勇敢になれるチャンスが与えられるのです。

勇敢になるためには、自分がこれから披露するSpeechに大きな自信を持たなくてはなりません。図書館で調べただけで、一切の経験や実地取材もしたことがなく、自分が掲げているテーマと共に暮らしている人に会ったことすらない人間が、薄っぺらな情報を組み合わせて作った自分のSpeechに自信を持つことが出来るでしょうか。

実際に自分のテーマに対する真の理解を得ていない状態では、具体例をふんだんに盛り込むことが出来ず、ごくごく表面的な現状分析がなされ、誰にでも書けるようなブツ切れの意見だけが空しく散乱しているだけになってしまうのです。

日頃から様々なことに問題意識を持ち、日常の世界を広げ、長い時間をかけて調査を行い、肌でつかんだ情報を基にSpeechを作り上げ、それを何度も補強していくことなしに優勝をつかむことは出来ません。シーズン直前に図書館に駆け込み、みんなと仲良く生ぬるいキャンプに参加して、決められた型に自分のSpeechを当てはめているだけでは優勝できないことなど目に見えています

自分の選んだテーマに真剣に向き合い、自分にしか語れない独創的な考えを生み出し、さらにそれを深く考察し、自分のSpeechが効果的に聴衆に伝わるように何度も何度も徹底的に磨き上げることが必要なのです。ここまでやってはじめて、あなたはあなた自身のSpeechに自信を持つことができるのです。

ひとたび自分のSpeechに自信を持つことが出来れば、あなたは壇上で輝くことができます

「あなたに壇上で輝いて欲しい」、その一心でこれまで自分が経験してきたこと、学んできたことを書いてきました。皆さんの中には「よくこんなにうざいことが言えるな」と思った方もたくさんいると思います。しかし、それは皆さんに対する期待であると共に、これから壇上に立とうとしている皆さんに対する嫉妬でもあるのです。ご容赦ください。

2003年後期シーズンがまさに始まろうとしています。どうか皆さん、自分がターゲットとしている大会で優勝できるように頑張ってください。

そして壇上で光り輝いてください。

Your time has come to shine on the stage.

ご愛読ありがとうございました。

『勝利のために50』
明日壇上で光り輝く


50ways


「Speechの教育者として一番大事なことは何か」と聞かれれば、私なら「そのSpeechに対する根源的な問いかけをしてあげること」と答えます。しかし、ESS界では、「はじめから疑問ばかりを呈するのではなくて、とりあえずその人の主張にそってPHCSの型を組んであげること」が教育だと思われている節があります。

私がOB1年生の頃、他大の後輩で大変活気のある1年生が入ってきました。当初からSpeechに対する意欲が旺盛で色々と質問を受けていたりしましたが、後期になって「Speechが全敗してしまったのでどうしたら良いか」という相談を受けました。彼は「ビールをすべてノンアルコールにしよう」というSpeechで自校と学生連盟の主催のキャンプに参加して、いくつかのOpen大会に応募したが、すべて落選してしまったというのです。

驚いたのは、自校の先輩も学生連盟の先輩たちも、一つも彼のTopicに疑問を投げかけることなく、「大胆な発想だ」と諸手をあげてPHCSの作成に協力してくれたということです。「アルコール中毒という極端な例だけ取り上げて、嗜好品のビールからすべてアルコールを取り除いてしまうというのはどうかな」という一つの疑問を呈してあげれば、彼はそこでTopicを変えたかもしれないのです。結局彼はOpen大会の予選Judgeからも全く同じ質問をコメントで書かれて撃沈し、Discussion Sectionに行ってしまいました。

ここまでひどい例は珍しいにせよ、似たような例は毎年多発しています。それもこれも「Speechに対して疑問を投げかける」という習慣がESSではほとんど行われていないことに起因していると思います学内や学外の先輩たちが、「後輩を落ち込ませたくない」から疑問を呈さなかったとしたら無責任、「そんな疑問は思いつかなかった」というのなら無能力にもほどがあります。毎年、中途半端な状態で学内予選を通過したSpeechが、結局最後はJudgeの洗礼を受けて撃沈し、大会にも出られず、「あのJudgeは辛口だから」という陰口が叩かれ、いつの間にか落選したのはJudgeのせいだと責任転嫁がなされるのです。

KESSの先輩で3大大会をすべて制覇したN氏がかつて、「『なぜ?』をめぐる問いがなければ発展はない」と言っていましたが、まさにその通りだと思います。これから優勝に向けて飛び立っていく後輩諸君は、自分自身も「なぜ?」と常に問う心構えをしっかり持ち、率直に自分のSpeechに疑問を呈してくれるInstructorを探さなくてはならないのです。

『勝利のために49』
「なぜ?」をめぐる問いかけを止めない


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ここ数年、各地のESS主催のOpen大会が次々と消滅してきます。そして、Open大会が消滅すると間もなく、主催者だったESSのSpeech Sectionも凋落してきます。「もともと凋落していたESSだったからOpen大会も無くなったのだ」という意見もありますが、Open大会がなくなったことがそのESSに最後の一撃を加えたことも間違いありません。

 Open大会を主催することと大会で優勝することはどのようにつながるのでしょうか。

1. どうしても自分が自校の優勝カップを勝ち取るのだという気迫が生まれる
2. 自分たちが理想とするSpeechとはどのようなものかということを真剣に考える
3. 上級生が大会で戦う姿を下級生が見ることで後輩が育っていく
4. 大会を見学に来る現役生、OB、Judge(審査過程まで見れてしまう)との関係が強まる


やはり最大の理由が1です。自前のOpen大会を抱えているESSの代表には、どうしてもその優勝カップだけは渡せないという責任感が芽生えます。そのために、自分のSpeechを磨くことはもちろんのこと、後輩たちの教育にも目を配ります。

また、大会を開くにあたって内外の協力者に大会の趣旨を説明しなくてはなりません。その際に、理想としているSpeechとはどのようなものなのかを、自らの言葉で語ることが出来なければ誰からも見向きもされません。Open大会の趣旨を説明するということは、日頃ESS的なSpeechという矮小化された枠にはめられた思考を一切取り払って、自校のESS、ひいては自分が掲げるSpeechの理想像とはどんなものかを考えるチャンスになるのです。

私の母校の慶應義塾大学ESSは福澤杯というOpen大会を催しており、毎年1年生がHelperとして大会運営に参加し、先輩たちが壇上で戦う姿を目の当たりにします。それに刺激を受け、自分もあの壇上に立ちたいという強い意識が早くから芽生えるのです。

まだ自前のOpen大会を持っていないESSの諸君は、いつまでも他校のOpen大会におんぶに抱っこしていないで、「自分たちの代からOpen大会を作り上げるのだ」という気概を持って是非とも新しい大会を作り上げてください。新たな大会があなたのESSに新しい歴史の1ページを生み出し、あなたのSpeechにも劇的な発展を与えるのですから。

『勝利のために48』
新しい時代を切り開く大会を主催する


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関数の一般的な形を数式で表現すると、Y = F(X)のようになります。XというInputがFという関数の中に入り、YというOutputが結果として出てきます。至極単純な数式ですが、自分のSpeechにおいてInputが何であり、それがFによってどのように作用され、結果としてどのようなOutputが出てくるのかを考えることは非常に重要です。

 例を挙げて説明してみましょう。「私はアラブ人に偏見を持っていました。しかし、アラブの文化を学ぶことによって、彼らに対する誤解や偏見も解けました」といった類のSpeechをあなたも聞いたことがあるでしょう。このようなSpeechは年間に必ず数本はお目にかかるのですが、どれも説得性に欠けており入賞することはほとんどありません。何故なら、このような表面をなぞっただけのSpeechは、Xが極めて曖昧なまま放置されているため、そのXがFによってどのような作用を受けるのかが全く見えず、結果として挙げられているYに結びつくようなOutputが出てくるのかどうかがかなり疑わしいからです。

 まずInputであるXを具体化し、それをしっかり説明することが必要です。「私はアラブ人に偏見を持っていました」とだけ言われても、具体的な情景は全く湧いてきません。その人は一体、アラブ人の何に対する偏見を持っていたのでしょうか。生活にまつわるしきたりについてでしょうか、宗教についてでしょうか、食文化についてでしょうか。より細かく、「○○について偏見を持っていた」ということを具体的に説明することが必要です。

 次にそのような偏見の原因に対して、どのようなことを学んだのかを具体的に説明しましょう。「アラブの文化を学ぶことによって」だけでは、何に対して何を学んだのかということが全くわかりません。XがFからどのような作用を受けるのかが全く見えないのです。しかし、事前にInputを具体化しておけば、偏見の対象が○○であるということが明確になるので、「○○には△△のような深い意味があるのだということを学んだ」というふうに、学んだ内容も具体化することができ、論理の流れもしっくり来ます。ここまで示してようやくOutputとして「誤解が解けた」ということが言えるのです。

 英語の諺に、"Garbage in, garbage out."というものがあります。Inputがごみのようなお粗末なものである限り、Outputも必ずごみしか出てこないということです。ですから、あなたのInputがGarbageでないかどうか、まずは最初に検証することが肝心なのです。

『勝利のために47』
Inputがごみでないか最初に検証する


50ways


株式投資の入門書を読むと、必ず「分散投資の必要性」について書かれた章を目にすることが出来ます。一銘柄に一発勝負を賭けるのではなくて、複数の銘柄に投資をすれば、ある銘柄のリターンが下がっても他の銘柄のリターンが上がっていることによって、同じリターンを得るのにもリスクを小さくすることができるというものです。

 Speechについても全く同じことが言えるのではないでしょうか。あるシーズンにたった1本のSpeechだけで勝負を挑むのと、3本くらいのバリエーションを用意してのぞむのとでは、「優勝を逃す」というリスクをコントロールする上で大きな違いが出てきます

最近のESSでは、1シーズンに3本以上のSpeechを書くのが非常に珍しいということを聞きます。無論、集中して書いた一つの作品が非常に素晴らしいものであれば、何も好き好んで複数のSpeechを書く必要はありません。しかし、皆さんも往々にして経験しているように、自分のSpeechの評価が高いか低いかは実際に大会に出るまで予測不可能なことが多いのです。仮に、自分では「イケる」と思っていたSpeechでも、いざ本番の大会に出て全然駄目という評価が下されてしまったら、その人のシーズンはそこで終わりです。

学生時代には無尽蔵に時間があります。いくら学業・クラブ活動・バイトなどが忙しいといっても、Speech3本くらいは必ず書けるはずです。逆に3本すら書けないような人は優勝を目指す資格がありません。

Speechを3本書いたら、次にすることは本番に向けてJoint大会を組むということです。そこで各々のSpeechを最低2回は試してみて、聴衆やJudgeの感触を探ります。聴衆やJudgeにどこが足りないか、他にも改善することができるポイントがあるかを徹底的に聞きます。遠慮しないで自分のSpeechに対して率直なコメントを述べてもらい、それらを踏まえた上でどのSpeechが優勝する可能性があるのかを決定するのです。

恐らく3本のうち2本は、「優勝の可能性がない」と捨てることになるでしょう。そこでくよくよしてはいけません。「可能性がある」Speechが1本残ればいいのです。少なくともそのSpeechは他人の意見を聞き、自分で太鼓判を押せたものです。あとは納得したコメントをそのSpeechに取り入れて、Delivery練習に邁進するのみ。優勝はもう目前です。


『勝利のために46』
事前に太鼓判を押してから大会に出る