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Drunk on Speech

このサイトは慶應義塾大学英語会Chief of Speechだった作者が、今まで学んできたこと・感じてきたことを公開しているものです。

大学生向けのエッセイを次々と公開していく予定です。どうかみなさんのSpeech作りの参考にしていただければと思います。


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ESSでSpeechをやっている人の中には、世界的な名SpeakerのSpeechをほとんど聞いたことがないという人が結構います。私の母校の慶應義塾大学英語会でも、半分くらいの後輩達が、その存在は知っていても、実際に彼らの肉声を聞いたり、映像を見たりしたことがないと言うのです。

将来プロ野球選手になることを目指している子供たちには、必ずお気に入りの選手がいます。彼らはその選手のプレーに釘付けになり、バッティングフォームを真似、いつかは彼らのようにフィールドを駆け巡りたいという熱い思いを胸に抱えています。なぜESSのSpeakerだけが、歴史に名を残す名Speechには目もくれないのか、私は理解に苦しみます。

一度も世界の名Speechを聞いたことのない人は、今すぐ彼らのSpeechから強烈な刺激を受けてください。彼らのSpeechは彼らの「生き様」だということがわかるでしょう。彼らが苦しみ、悩み、戦ってきたことがSpeechという形に濃縮され、あなたの心を揺り動かします。例え映像がなくても、彼らが勇ましく壇上に立ち上がり、孤独と戦いながらSpeechを披露している姿を感じ取ることができるのです。これこそが本当のSpeechの姿です。

キング牧師のSpeechを聞きながら、彼が勇敢に壇上に立ち上がっている姿を想像してみてください。そして次の瞬間、キング牧師の代わりにあなたがその壇上に立っている姿を思い描いてください。演目はこれからあなたが採用としているTopicです。はたしてそのTopicは大勢の聴衆の前で勇ましく披露できるようなものでしょうか

非常にマニアックな病気や事故の話に、細かなデータをたくさん散りばめて、大きな問題につながる発展性はないが、Logicとしては小さくまとまっているようなSpeechは、大学のレポートやDiscussionの題材には向いているかもしれません。しかし、それは多くの群集を相手にした壇上の上で披露するような代物でしょうか。あなたがこれまで経験して培ってきた「あなたらしさ」を出すことができるようなものでしょうか

最初に最高のものを聞いてから目標を持たないと、いくら努力しても誤ったベクトルにしかあなたのSpeechは進化しないでしょう。ですから一度、ESS Speechに汚染されたあなたの心を、本物のSpeechに清めてもらうことが必要なのです。

『勝利のために45』
本物のSpeechに清めてもらう


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現役生相手に私はいつも、「単純にPHCSだけを採用してSpeechを書くことだけは戒めろ」と言ってきました。しかし、未だに発表されるSpeechのほとんどはPHCSフォーマットを採用したものであり、各ESSのSpeech CampなどでもPHCSフォーマットを採用したFlow Chartが利用されています。これではSpeechが面白くなるはずがありません。

それでもどうしても型が欲しいという学生がいます。そこで私は、そういう人には「緊張と弛緩」という至極簡単な型を提示しています。これは、序盤に自分の意見を述べて聴衆が緊張したあと、後半で「なるほど」と思わせて弛緩させていくという意見構成です。

そもそもPHCSの最大の弊害は、Solutionというものが最後になってやっと出てくることです。書き始めの序盤には力が有り余っていて、「そんなことは言われなくてもわかっている」というProblemやHarmに多くの分量が割かれます。そして最後にSolutionまで辿り着いた時、残りのスペースがほとんどないのです。しかし、Speakerにはどうしても「これまで書いたものは削りたくない」という意識が働きますから、ごく一般的で抽象的な2・3行のSolutionを数個ちりばめざるを得なくなり、そこでSpeechが終わってしまうのです。

聴衆というものは人の意見に緊張しますから、当たり前のPやHでは弛緩しっぱなし、最後のSでいきなり緊張させられてそのまま終わってしまったということになるのです。多くのPHCSのSpeechが違和感を残したまま終わるのはそのせいではないでしょうか。

私は、まだスペースがある序盤にしっかりと自分の意見を述べて、後半ではその意見の正当性を補充するような具体例を出したり、反対意見へのフォローを行うというSpeechがもう少しあっても良いのではないかと思います。最初に自分と違う意見を述べられて、「そうかなぁ」と緊張した聴衆に対して、後半で徐々に「なるほど、私の意見のこともちゃんと考えてくれた上でのことなんだ」と弛緩させていくのです。

PHCSが駄目だからといって新たにマニアックな型を提唱するのもいいですが、型はあくまで単純な方がいいのです。大きなスペースの中でSpeakerに自由度を持たせ、どのような意見構成が聴衆に最も伝わりやすいかを必死で考えるのです。それこそがアカデミックな大学生です。型に当てはめるだけなら、実は中学生にだって出来るのですよ

『勝利のために44』
中学生から大学生に進化する


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平成大不況も終わりを見せず、ここにきて政府系金融機関が貸し渋りを解消する雄になっているとの見出しが新聞紙上を躍っています。「民間銀行が貸し渋りを起こし、有望な企業に資金が回らなくなる中、政府系金融機関は積極的に資金を供給している」というわけです。私はこの種の意見に対して懐疑的です。民間銀行以上に、政府系金融機関が資金の供給に関して優れた信用リスクの価格測定を行う能力があるのかが非常に怪しいからです。

エラーには2種類のタイプがあります。すなわち、「・・・すべきことを・・・しない」というものと、「・・・してはいけないことを・・・してしまう」というエラーです。確かに、民間の銀行は「貸すべきところに貸さない」という前者のエラーを起こしているかもしれません。しかし、政府系金融機関は、「貸してはいけないところに貸してしまう」という後者のエラーを大量に犯しながら、「貸すべきところに貸さない」という前者エラーを少なくしているのではないかという可能性が非常に高いのです。

Speechを作るうえでも、このような考え方は重要になります。特に重要になるのは、「何かに援助すべきだ」というTopicを選んだ時です。例えば、「生活保護を拡大しよう」というTopicがあります。このようなSpeechでは、単純に保護拡大だけを叫んでいる人が非常に多いのです。しかし、現状の生活保護では、その対象者を絞り込む過程で瑕疵が生じ、反社会的勢力にお金が渡っているという問題があります。ですから、Q&Aの時に、「反社会的な勢力に資金が流れるエラーはどう思いますか」と問うと、たいていは「仮にそこにお金が流れたとしても、規模を拡大すれば本当に保護を必要としている人の援助も増えるのだからいいではないですか」との受け答えが帰ってきます。言ってみればこれは、「某国にコメを支援しても軍事用に回されてしまう。しかし、いくばくかは民衆に行くだろうから、救われる民衆のことを考えれば致し方ない」という論理と同じです。

こうした論理に大変違和感があるのは、仮に前者のエラーを少なくすることで便益があっても、その分大量に後者のエラーを犯せば、著しく社会的厚生の度合いが悪化してしまうからです。資源は無限にあるわけではありません。特に現在の日本はあらゆる場面で資源の制約が強くなっています。後者のエラーを最小限に抑えながら、前者のエラーも極小にすることが必要です。そのためには、援助の受益者を分別するにはどのようなシステムが有効なのかというアイデアを示すことが、Speakerの腕の見せどころになるのです。

『勝利のために43』
真の受益者だけを分別する


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前から気になっていた建物があります。銀座のプランタンの前を通るたびに、「あの巨大なガラスの殿堂は何だろう?」といぶかしげに思っていました。これがかの「東京国際フォーラム」だということを先日知りました。延べ床面積144,406平方メートル、地上11階建てのガラスのお城で、エレベーターは39基、エスカレーターに至っては52基もあります。このとてつもない建物の総工費は1,650億円であったと東京とは胸を張ります。

ここで注意したいのは、1,650億円というのはあくまで原価であって時価ではないという点です。ごく簡単に言ってしまえば、原価とは「いくらかかったのか」ということ、時価とは「将来それがどれだけの価値を生み出すか」ということです。ですから、原価の方が時価よりも相当上回っていたら、そんなものを作って大損したということが言えるのです。

Speechを作る際も原価と時価を考えるという視点を常に持つといいのではないでしょうか。典型例が、「障害者のための設備を作る」というTopicです。最近は公共施設のいたるところに障害者のための設備が作られるようになってきています。それでも、「障害者のために!」というSpeechが全く減りません。公共施設にとどまらず、ありとあらゆる建物にまで設備の設置を訴えているSpeechも結構あります。しかし、設備の必要性について、多くのSpeechでは、「障害者のために」という天下の印籠が単純にかざされ、どれくらいお金がかかるのか、それを上回る便益があるのかという視点が忘れ去られています

Speechの中で詳細な建設費の算定まで踏み込むのは難しいとしたとしても、どのようにコストを削減できるアイデアがあるのか示すことは重要でしょう。「高度福祉社会」が「高度福祉施設」にすりかえられる日本のことです。黙っていればきっとコスト削減意識のない建設が行われるでしょう。また、逆にその施設を作ることによって障害者の方々や私達にはどのような便益が生まれるのでしょうか。普通に考えられる便益と、福祉という名の印籠を組み合わせるだけではほとんど評価されません。みなが思いつかないような、見過ごしているような便益があるということを具体的に描写する必要があるでしょう。

設備を作ることに便益がないのだとか、障害者を切り捨てろといっているわけではありません。もちろん、便益はあります。しかし、最小のコストで最大の便益を生むにはどうしたらよいかを、もっとしっかり考える必要があるのではないかと言っているのです。

『勝利のために42』
コストと便益を比較する


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私の後輩にT君(またの名をP君)がいます。私の自他共に認める一番弟子です。彼は私の後輩の中で最もSpeechに意欲的に取り組み、終盤に最も困難な道を歩み、最後の最後で真に輝いたSpeakerです。私がSpeechの教育に意欲的に取り組めたのはT君のおかげです。T君がいなかったら、私は早々にSpeechの世界から消え去っていたと思うのです。

持ち前の英語力を発揮し、T君は1年生のときから数々の大会で好成績を残してきました。しかし、そんなT君も、3年生の後期に試練を迎えることになるのです。3大大会の一角で優勝を逃し、自校が主催する福澤杯を迎えました。福澤杯の存在は巨大です。きっとT君も様々なプレッシャーと戦いながら入念に準備を進め、福澤杯にのぞんだのだと思います。

私はその福澤杯が開催された日、たまたま重要な用事が入っていてT君の応援に駆けつけることが出来ませんでした。ですがT君のことが気になり、こっそり他の後輩に電話をかけてT君の結果を知ることになったのです。同じく福澤杯で落選した者として、T君の痛みはわが身を切りつけられるかのように伝わってきました。

しかし、しばらくするとT君からこんな電話がかかってきたのです。「ナカオさーん、やられちゃいました。申し訳ありません。これから飲み会に行って色々と御挨拶しなくてはならないので、また明日御連絡しますね。」

なんと驚いたことに、T君は優勝を逃した悔しさを跳ね除けて、徹夜で福澤杯の打ち上げに参加し、御世話になったOBや現役生の諸君に感謝の気持ちを伝えていたというのです。翌朝には各関係者に宛てた感謝状がメールで届きました。私が福澤杯に参加したときなどは、優勝を逃したことに腹を立て、一次会が終わるや否や早々に立ち去ってしまいました。T君は私とは大違いでした。

そんなT君を回りが見捨てるはずがありません。彼はその酒宴で数々のOBや同級生たちから新たな大隈杯用のSpeechに対する有益なアドバイスをもらい、それをもとに改良を重ね、見事ぶっちぎりの優勝で大隈杯の栄冠を手にしたのです。

福澤杯に敗れた時、T君の幸運の宝箱は空っぽになりました。しかし、空っぽになったということは、それだけ新たな宝物を入れやすくなったということです。T君は周りの人に最大限の礼を尽くすことによって、大会後すぐに新たな宝物を詰め込むことができたのです。

『勝利のために41』
新しい宝物を詰めて帰る