ドイツでの出産体験談 | ドイツに暮らすドラマーYunaのブログ

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バンド、NIHONGIのメンバー。
多くのバンドを経験、その過程でドイツ人の夫と出会い
現在ドイツ在住。
ドイツでは太鼓グループ、Arashidaikoに所属。

産後すぐは毎日のように思い返していた壮絶な記憶。

最近だいぶ落ち着いてきたので忘れないように、ドイツでの出産経験を書きます。日本での経験はないので、何が日本だとありえないのかとかもよくわからないけど、きっとかなり色々違うんだと思う。

産院は事前に情報を得ていて、実際に事前相談に行った時もすごく感じが良かったので、そこを選びました。先生もスタッフも話しやすく、方針も悪くなさそうで、迷いなくそこに決めていました。

妊婦さんに優しい産院というポリシーで、常にCTG(心拍の検査) に繫いだり、注射針さし続けたりもなるべくしないみたいな方針のところ。海外での出産っていうのもあって、予備知識があったほうが単語が理解できなくても想像つきやすいと思って、お産の基本的な流れを確認したり、産前にイメージトレーニングをしたり、それぞれの段階での呼吸法を練習したりした。

直前には安産のための体操とかもしたし、マタニティヨガも継続してて、自分的にはかなり万全に準備してたものの、個人的には想像を絶する過酷なお産だったので、何がいけなかったのか、冷静に分析したい気持ちもあり、書き出しておきます。

もしかしたら産前にyoutube 見てやったりしたお産をスムーズにする体操とかが効きすぎたのかも🤔

 

4:00 破水

5:00過ぎ 病院到着、分娩室があるエリア(Kreißsaal)でCTG(心拍確認)

30分後にまたねとフレンドリーに言って出て行ったヘバメ(助産師さん)は一時間たっても帰ってこず。きっとシフトチェンジだろうと思いつつも、さすがに長すぎだしと思って、

6:20 ボタンで呼んだら別のヘバメさんが来た。シフトチェンジで遅くなったと言われた。(想定内!)

 

家族で滞在できる家族部屋を希望してたので(他のカップルも全員これを利用)、家族部屋に案内され夫婦二人で朝食と昼食を堪能。

12:00 CTGのため分娩室エリアに移動し心拍チェック

次のCTGは18:00だと言われる。

でもその前に16:00に抗生剤投与のためまた分娩エリアに来るように言われる。

16:00 抗生剤投与。陣痛はまだ。

ここまでは良かった。

17:00 夕食を食べてると少しずつ陣痛開始。そんな痛すぎないけど5分間隔位になったので、分娩エリアのヘバメに一応伝えた方がいいかも?と思い伝えに行く。子宮口何センチとかチェックしてくれるかもと思って。

そこで対応されたヘバメは一番冷たい感じの人で、あなたのCTGの予約はまだよ。と言われ、「陣痛始まって5分間隔になったから伝えるべきかと思ってきた」と言ったら、痛みどめ欲しいの?と聞かれた。いや、そういうわけじゃないけど。と言ったらあっさり家族部屋にまた返された。

18:00 CTG しに行く前にはもう陣痛の痛みがかなりひどくて、2-3分起きに唸りながら夫にボールで腰を押してもらっていた。家族部屋にはヘバメもスタッフも勿論先生も誰もいないから若干不安ありつつも、CTGの時間までは耐えて、自力でなんとかヘバメのいる分娩エリアまでたどり着いた。

家族部屋からの距離は徒歩1-2分。

CTG 実施。親切なヘバメ長さんが担当。

18:50 この間ひたすらボールを腰にあてて痛みに耐えてる姿を見て、ヘバメ長さんが、痛みどめだそうかと言ってくれた。そこで初めて子宮口もチェック!!やっと測ってくれた。3センチくらい。痛みどめにモルフィネの点滴をされ、数分後点滴つけながら家族部屋まで返される。私が次いつ来ればいいか聞くと、また痛みどめきれて痛くなったら来てと。一人で歩けないくらいだったので、付き添いを新人ヘバメがしてくれて家族部屋まで到着。途中二度くらい陣痛のタイミングで床に疼くまりながら。

部屋に着いた時もうフラフラで、さらに痛みどめは全然効かず、むしろひどくなっていった。

これは何かおかしい、もう一度分娩エリアに戻ってヘバメに痛みどめきいてないってことを伝えなきゃ!ってことで、すでに相当短い間隔で来る痛みの合間を夫に付き添われながら、また這いつくばりながら、なんとか戻った。

(こんな這いつくばって移動してる他の妊婦さん見なかったよ。。)

19:30頃分娩エリアで状況を伝えると、これが一番強い痛み止めだからこれ以上はPDA(無痛分娩)しかないわ。手配しましょうか?と聞かれる。ドイツでは無痛は事前予約ではなく、状況や希望に応じてやってくれるシステム。痛すぎだからもちろん、お願いして、ようやく分娩室のベッドに寝ることを許可される。夫もここで分娩室へ入室許可された。麻酔医が来るまで15分かかるわ、と言われ軽く絶望。

その間の考えは、妊娠中、予習をした知識や呼吸のトレーニングからすると、まだ時間的にもヘバメの反応的にも第一段階もしくは第二段階の大したことない痛みのはず。それなのにこんなに痛いってことは最後どうなっちゃうんだろう?!!!っていう恐怖でパニック。かつこんな痛いならなんで妊娠なんて希望してしまったんだろうという後悔まで達する。

麻酔医を待つ間もなく、いきみたい衝動を感じ、もういきんでもいいですか?って聞いてみたら、え、なんでもういきみたいの?!子宮口見てみようか。と言われ、もちろん見てください、って感じでチェックされたら、ああ、これはもうPDAいらないわ。と言われる😭

もうかなり開いてるから無痛分娩の注射してる場合じゃない。いきみましょう!ってなって急遽、夫とヘバメ長さんと、もう一人の新人ヘバメさんが一丸となって、

20:00頃? いきみ開始!

ヘバメ長さんの指示の元、夫が私の頭を持ち上げ、ヘバメ二人が足を持ち上げる形で何度もいきんだ。ベッドの上の手すりに自然と捕まり、猛獣のように信じられない大声で叫んでいた。私の叫びがうるさすぎて、途中、指示が聞こえなかった。今なんて言ったの?!って大声で聞き返したりして、ドイツ語で指示が理解できなかったらどうしようなんて心配してたけど、そういう問題じゃなく自分がうるさすぎた。

極限状態でのヘバメ長さんの励ましや指示は今でも鮮明に記憶に残ってる。私の人生の中で絶対に忘れられない恩人の一人となった。頭が見えた時は、お母さんと同じ黒髪がふさふさよ!!とかなり驚いたように言われたのは、その極限状態でも多少笑えた。(私自身が産まれた時、超ふさふさすぎて院内でもネームタグがいらないくらい有名だったそうで。)

最後、つかえてなかなか出てこないからと会陰切開するけどいいですかと、知らない女性(おそらく先生?)に声をかけられ、即答でok して切ってもらったら、すぐ雪崩のように勢いよく赤ちゃんが出てきた。21:00頃。

 

というわけで、私にとっては人生で一番衝撃的な経験でした。結果だけ要約すると、無事に出産できて良かった。

ただきっと、お産の進みが通常より速すぎたことと、さらに子宮口のチェックも、妊婦に配慮して頻繁にはしないっていう産院のポリシーとが相まって、私はパニックに陥っていたんだと思うけど、どうなんでしょうか。

後々思い返しての不満は、妊婦に配慮とかせずもっと頻繁に子宮口チェックしてほしかった。きっと理系で予習もバッチリしていた私には、その方が安心できたはず。あと、まさか這いつくばりながら分娩室と自分たちの部屋を往復するとは思わなかった。あの状況での自力での移動は勘弁してほしい。。

でも、すごく頼もしい助産師さんが、(ドイツでは珍しく)残業して産まれるまでついていてくれて、本当にメンタル的にすごく助かったし、その他諸々、病院には感謝してるし満足もしてる!!

ちなみに日本とかなり違って、産後二泊で退院なんだけど、そこらへんはまた後日書こうと思います。