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マウントされる女やめる大学

どんなに自己肯定感が低くても
熱量集中心理カウンセラー☆マリチャンヌ学長が
あなたの人生を文明開化!
人生の照明を当ててみせます!

こうあるべきだ、強め」から

 

「そんな自分をゆるしてお金持ち*」

 

 

優雅な星へ導く

お手伝い心理カウンセラー・

マリチャンヌです。

 

 

 

わたしは現在

心理カウンセリングを通じて

 

心のボタンの掛け違えを

ゆっくりほぐす

お手伝いをさせていただいています。

 

 

 

そんなつもりじゃないのに・・

 

そんなこと言ってないのに・・

 

 

同じ日本語を話しているのに

「言葉が通じない」という場面に

遭遇したことってありますか?

 

 

伝えようと頑張れば頑張るほど

「言い訳」と烙印を押され、

 

 

擦り合わせそのものも

シャットアウト。

 

 

持っていきようのない悲しい気持ち。

 

 

 

ああ、裁かれているなぁーーー

 

 

 

遠い昔、わたしは

何度かその経験がありました。

 

 

 

女性教諭

 

職場の年配の先輩、同級生etc..

 

 

 

今という地点から振り返ってみると

笑ってしまうくらい

 

 

「同じようなタイプの人」と

そのやりとりをやっていました。

 

 

何周も何周も、同じ曲で

フォークダンスを踊り続けていた感じかな?

 

 

今でも稀に音楽が耳に入ることはありますが

 

気がついたのなら

そこから抜けるという選択肢もあるんですよ。

 

 

わたし、出ちゃいました!

 

 

 

今日は

「しなくていい協調性をやめると、

目の前に青空が見えた」

について書いてみようと思います。

 

よろしければ最後までお読み頂けると幸いです。

 

 

5歳の時

保育所の同じクラスに

体の大きなボスっぽい女の子がいました。

 

 

ある日彼女は、

「〇〇市(わたしたちが住んでいる市町村)

〇〇町、というのがあるんだよ!」

ドヤ顔で言ってきました。

 

 

市の名前と、同じ町名がある、という

意味のよう。

 

 

5歳児ながらわたしも

「いや、そんなものはこの世にはないよ」と

そこははっきりわかっていたので

 

 

「それは、ないはずだけど・・」というと

「あるよ!」とゴリ押してきました。

 

 

うちに帰って、母に聞くと

「そんなもんあるわけないでしょ」と言われ

 

 

「ほらみろ!」と思い、

その旨を伝えたのですが

 

「ある!」の一点張り。

 

 

ああ、会話にならないなぁ・・

 

存在しないものをゴリ押すことの意味が

理解できず

 

どうでもいいわ・・と

打ち切った覚えがあります。

 

 

なんとも、この感じの人に時々

出会うことがありました。

 

 

 

「群れの中にいないと

自分の安住の場が崩れてしまう」

 

 

そんな呪いを、わたしはわたしで、

自分にかけていました。

 

 

持論以外シャットアウトするひとを

探してきては

 

わざわざ

「どうせ、わたしはわかってもらえない、

自己憐憫ごっこ」をやり

 

他人の軒下にぶら下がろうとしていたんですね、

 

 

 

心理カウンセリングの学び舎は

わたしにとって

謎解きの場所になりました。

 

 

 

わたしは

わたしの本音に聴診器を当てながら

寄り沿う、という自分との関わり方を通し

 

 

暮らしの中で

少しずつそのブレーキを外していきました。

 

 

もういい、やりたくない。

必要がない。

 

 

 

 

素直な気持ちが届きにくい

悲しい気持ちになる場所を

わざわざ自分で選んで

 

 

媚を売ってまで、

自分の居場所を確保するやり方。

 

 

もう、奇妙なゲームは終わりにしよう。

 

 

 

心にもないおべっかと

無理のある伴走は

誰のためにもならないよ

 

もうやらなくていいよ。

 

 

 こころが、頭をモシャモシャなでてくれました。

 

 

 

わたしの両親は

それぞれのルーツで、どちらともが

 

「一個人として、大切に扱われる」と

いう経験がほとんどないまま

大人になったと聞いたことがあります。

 

 

そのままわたしにも

スライドしてきたようですが

 

 

いまのわたしは、意見の相違の前に

「尊重」されないというのは

 

両親も悲しい思い出だったろうな・・と

思うようになりました。

 

 

もしかしたら、いつかの

噛み合わなかった人たちのなかに見えた

強情さの裏側にも

 

その人なりの事情があったのかもしれません。

 

 

 

そして、冷たくて、

損得で出来上がっている人間だと

思い込んでいたわたしは

 

 

後天的であれ

自分を暖められる心があったこと

 

敬意を払ってあげたかった気持ちが

育っていた事実を

ただただ、嬉しく思いました。

 

 

他人の機嫌は、

他人さんにしか取りようがない。

 

 

これもまた、いろんな出来事を通し

 

自分自身の紆余曲折から

改めて気づいたことでもありました。

 

 

 

冷たい面があるのなら

暖かい面もある。

 

 

わたしの中の小さい人が

笑っています。

 

 

 

「普通」の定義が変わるとき。

 

 

 

すっきりとした気持ちと、手をつなぐって

こんな気分なんだなぁ・・

 

 

長く生きてきながら

知らないことは

まだまだたくさんあるようです。

 

 

 

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