■逃れるために顔ヨガしてた | マウントされる女やめる大学

マウントされる女やめる大学

どんなに自己肯定感が低くても
熱量集中心理カウンセラー☆マリチャンヌ学長が
あなたの人生を文明開化!
人生の照明を当ててみせます!

 

 

 「こうあるべきだ、強め」から

「そんな自分をゆるしてお金持ち*」

 

 

優雅な星へ導く

お手伝い心理カウンセラー・

マリチャンヌです。

 

 

 

 

わたしは現在心理カウンセリングを通して

心をゆるめてほぐし

未来を思い出すお手伝いという

お仕事をさせていただいています。

 

 

 

こんな気持ちになったことはありませんか?

 

 

ある日鏡を見たら

いきなり違和感!

 

あらー

うわー

ちょっと・・・

 

ついに来たか

自分にも

 

おばさん顔

 

 

つらいなぁ~

 

加齢のまがり角が直球でやって来たなぁ・・・

 

 

ひとが、ひとであるかぎり

避けられない現実ですよね。

 

 

 

 

ちなみにわたしは

 

加齢でお顔がたるんでも

他力お直しは卑怯!

 

そんな意識がありました。

 

 

髪を結べばきゅっとこめかみがあがり

リフトアップするのですが

 

 

それ自体、卑怯だと思っていて

弛みが気になり始めてから

かたくなにダウンヘアにしていました。

 

 

 

そんな無意識の

おかしなこだわりの奥にあるもの

 

丁寧にすくいあげてみたら

そこには、切ない気持ちがありました。

 

 

 

 

そこで今日は

 

「涙の奥のリフトアップ」

というお話しを書きます。

 

 

最後までお付き合い頂けたら幸いです。

 

 

 

 

 

わたしは39才までは

見た目が永遠の26才でした。

 

 

鏡を見ながら

 

「今日もまたこの顔か~ー飽きたなぁ」と

本気で声に出した記憶もあります。

 

 

今となれば贅沢者です!!

 

 

 

まだ永遠の26才をキープしていた

30台後半

 

 

「どうせ死ぬのになぜいきる?」

 

3年くらい毎日2~3時間、

母に電話でそんな話ばかりしていた時期があります。

 

 

しまいには

「お母さんテレビ見てて~

聞いてなくてもいいから、

流して聞いていていいから」という始末。

 

 

生きてきて、生まれて初めて

死生観について自分なりに向き合った時期でもあります。

 

 

何年も着地点が見いだせず

生きる意味を探していた

本当に辛い時期でした。

 

 

友達がいないので

グズグズいうだけの会話に

付き合ってくれた母には

今でも心から感謝しています。

 

 

 

やがて、生きる目的もないのに

長年、怒りを抑えながら

おくびにも見せず

 

左右対称の美しい愛想笑いを強いていた

自分自身に

なんの意味も感じられなくなり

 

ある日、そのアプリは、全部下ろすことにしました。

 

 

笑いたくないときは、もう笑わないと決め

 

楽しいと感じることも少ないのもあり

口角をあげることがほとんどなくなりました。

 

 

 

そのうち生まれてはじめて

法令線というものが出るようになり

かおのたるみで輪郭が変わっていました。

 

 

嘘でも笑顔って大事なんだなあと

思いましたが

 

 

愛想笑いアプリって

一度下ろしたら

もう積めなくなっていたのです。

 

 

もともとやりたくないものというのは

そんなものなのです。

 

 

 

なぜ生きる?に答えが出ぬまま

 

それから間もなく

父が亡くなり

 

2年くらい経った頃でしょうか?

 

 

「生きてるんだから生きてるんだし」

 

生まれた瞬間、生の中に死は内蔵されているのだから

考えるだけムダ。

 

 

「そういうもんだしーー」

 

 

さらっと受け入れて終わりました。

 

 

 

しかし、死生観苦悩の置き土産。

 

おばさん顔は今日もツラい!

 

 

恐らく、中身と見ためにギャップがあり

自分自身がついていけないからでしょう。

 

 

なぜか天然にこだわるわたくしです。

必死で顔ヨガです。

 

 

3年前には

顔ヨガインストラクターに

なっていました。

 

もうめちゃくちゃですね!

 

 

講座の授業は、短期でしたが

タイガーマスクの虎の穴ばりの厳しいもので

顔がもげるかと思いました。

 

 

しかしそれよりも、

初日時点で先生方の

顔ヨガへの意識を見ていると

 

わたしには

その情熱の動機が「排除」のように

思えてしまい

 

 

「なにもここまでたるみやしわを

悪のように裁かなくてもいいじゃないか」と

 

 

悲しいような

自分の顔がかわいそうな気持ちになりました。

 

 

それでも

 

下向き姿勢の時間が長く続くと

寄る年波です。

 

だるん、と、下がります。

 

顔ヨガ顔ヨガ・・・で一時凌ぎ。

 

 

 

これと、自然とリフトアップになる

アップヘア、

いったい何が違うんだろう?

 

 

そんな疑問がちょこちょこ

出るようになりました。

 

 

 

・天然でないとダメ

・養殖は卑怯

 

 

ダウンヘアとアップヘア、比べたとき

いつ見ても整合性がないとダメ。

 

言行一致してないとダメ。

 

つじつまがあってないとダメ。

 

 

わたし、ダメばかり持っているのか・・・・

 

 

 

だってそうでなければ

重箱の隅ほじられる、つつかれる

 

 

「もういや!

 

わたしの見た目のことなど

ほっといてほしい

 

境界線越えてきて

コントロールしないでほしい」

 

 

本音のふたが開いて

気持ちがあふれてきました。

 

 

誰に?

・・・・世間に?

 

自問自答です。

 

 

「ゆるしてほしい」

 

 

 

浮かんだ言葉の奥には

深い悲しみがありました。

 

 

そして

わたしはとっても疲れていたようです。

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃から

誰かに見張られているような気が

していました。

 

 

馬に乗った正しさのジャッジマン

うろうろと保安官。

 

 

誰にも文句を言われないわたしにならないと

生きる場所がないような気がしていたのです。

 

 

そうでなければ、言いたいことをいう資格もないと

思っていたなぁ〜・・・

 

 

「何でもいいじゃないか」という本音と、

「こうあるべき!の」せめぎあい。

 

 

 

だけど・・

 

きっと、天然でも養殖でも

どっちだってよかったのです。

 

 

 

 

 老いることが悲しい

 

確かにそんな気持ちもありました。

深くとっても、悲しかった。

 

 

だけど、悲しみそのものには

理由などありません。

 

 

 

それでいい

それでいい

 

 

それでいい

それでいい

 

 

 

ただただ受けとめてやりました。

 

 

 

わたしは、見張るわたしに

ただ、ゆるされたかっただけなのでした。

 

 

 

 

朝が来ると

おはよう、と

今日も鏡に話しかけます。

 

 

細胞全部がリレーしながら

 

今日のわたしをつくっている。

 

 

 

わたしに、リボンをかけてあげよう

 

 

 

そんな気持ちで

気まぐれに顔ヨガはやっています。

 

 

 

向き合ったから気づけてよかったことなど

メルマガ(無料)に書いていますので

よかったらご登録くださいね*

 ↓    ↓    ↓

メルマガ登録はこちらへ

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜