■大人になってからの友達の作り方 | マウントされる女やめる大学

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どんなに自己肯定感が低くても
熱量集中心理カウンセラー☆マリチャンヌ学長が
あなたの人生を文明開化!
人生の照明を当ててみせます!

「こうあるべきだ、強め」から

「そんな自分をゆるしてお金持ち*」

 

 

優雅な星へ導くお手伝い心理カウンセラー・

マリチャンヌです。

 

 

 

 

わたしは現在、心理カウンセリングを通して

心のボタンの掛け違いをゆるめてほぐし

 

未来を思い出すお手伝いという

お仕事をさせていただいています。

 

 

 

 

突然ですが・・・・・

 

 

みなさんは

「この人はわたしの友だちです」

と、言い切れる関係の方は

いらっしゃいますか?

 

 

 

 

わたしは・・・微妙。

 

 

ゼロではないのかもしれませんが

どちらかといえば

 

 

そうなっていったらいいなぁーーーと

ゆっくり関係を作っていってるひとがいる、の方でしょうか?

 

 

 

 

以前のわたしは

上っ面のノリの良さだけで

人と繋がる手段しか持っていませんでした。

 

 

それは、自動的に自分と似たタイプの人たちを

「自分で」集めることをしていた、

とも言えます。

 

 

その場がしのげればいい。

 

今が良ければいい。

 

 

見たくないものがあれば

走って逃げて、

また、似たような人とつるむ。

 

 

信頼関係に憧れながら

真逆の関係しかありませんでした。

 

 

悲しいことでした。

 

 

 

しかし、わたしがわたしを見つめる

「視点」が変わることで

 

他人を見つめる「視点」も

自動的に変わっていきました。

 

 

 

意外にも、そこに寂しさはなく

むしろ、すっきりした

心地よさがあったのです。

 

 

 

 

そこで今日は

 

「大人になってからの友達の作り方」

のお話しを書きます。

 

 

最後までお付き合いください頂けると幸いです。

 

 

 

 

わたしにとっての

子供の頃の「なかよし」というものは

 

一緒に遊んでいるうちに

「すぐ仲間になっている」というのと

同じ意味合いだったかもしれません。

 

 

親友という言葉に憧れた歳のころです。

 

 

秘密の共有、好きな男の子の話、

好きな音楽、テレビやラジオのはなし

手紙を回しあい、交換日記をする・・など

 

 

おうちが殺伐としていたぶん

それを外で埋めたかったようで

楽しい日々でした。

 

 

だけど、

他者との関係の作り方、深さは

今思えばずいぶんと

平面的だったかもしれません。

 

 

 

わたしは、すぐ喜怒哀楽が顔に出るらしく

 

写し鏡のように、

周りのひとが不安そうになったり

場の空気がさっと変わることも多くありました。

 

 

「人に気を使わせてはいけない・・」

 

 

家や、外で落ち込むことがあっても

 

楽しいことを探し、思い浮かべ

明るくあることをキープしよう!と

やや、無理のある癖がありました。

 

 

自己主張も、しているようで

みんなに嫌われない範囲内で

 

「わたしはこう思う」と主語は立てず

  

「あの人が・・」「みんなが・・」という

言い方で濁す

 

いざとなれば

出所不明で逃げ切ろうとする

 

国会ヤジのような振る舞い方を

よくしていました 。

 

 

 

とはいえ・・・それが当時の精いっぱい。

わたしなりの心のバランスを取りながらの

処世術でした。

 

 

よって、

「自分の深い部分で、誰かと共鳴する感覚」と

いうのは

憧れの域のまま未経験。

 

 

手慣れた生きづらさと共に

時間をかけて

わたしはゆっくり歪んでいきました。

 

 

 

後年、心理講座受講を通して

「これって、自分自身とつながっていないことと関係あるのかも?」

という疑問が出るようになりました。

 

 

 

卒業後、恐る恐るですが

同期に本音を伝えるようになりました。

 

 

怒りだすと長引きそうなひともいましたが

 

『伝えないと終わらない!』

 

この気持ちは、自分のために

何かをしてあげたかった気持ちと

同じものでもありました。

 

 

 

伝えたけど怖くなって逃げて

変なフォローでお茶を濁して

こんな自分は嫌だ!とまた、言いに行く・・・

 

 

ビギナーならではの

下手くそなことも、よくしていました。

 

 

伝えたからといって

理解されないこともある

 

万人に共通する正しさも恐らく無い。

 

他者だもの、分かり合えないこともある。

 

 

ただ、せめて自分のために

『伝えるというベストはつくしてやりたい』

 

 

 

それは『誰かわかって!・・』を

わたしが自分で

越えた瞬間だったのかもしれません。

 

 

 

今でもよくがんばってたなぁと

頭を撫でてやりたい気持ちでもあります。

 

 

気づいたこともたくさんありました。

 

 

 

わたしは小さい頃から

「伝えきる」ということが

あまり叶わない環境にいました。

 

 

 

自分と意見が違う意見は

『聞く耳自体もってもらえなかった』という

経験が驚くほど多く

 

 

諦めてしまうことが

普通になっていったようです。

 

 

当時は、そんなに自分は

おかしなことを言っているのか?と

「よくわからないまま」

自分を責めたこともありましたが

 

 

今振り返れば、

それはどこにでもある

多様な意見の一つに過ぎなかったと思います。

 

 

 

自分比で、内側がかるくなっていくと

外に求めることが減るようです。

 

 

 

そういう自分と、引きが合う人は

有難いご縁です。

 

 

今は、道が変わっていき

お付き合いがなくなったひとたちにも

やはりわたしは感謝があるのです。

 

 

一人で歩いてきたけれど

たくさんサポートしてもらって

たくさん荷下ろしできたのもホントです。

 

 

 

今のわたしは

誰かが自分の足で歩けることを

思い出せるお手伝いという形で

 

 

その気持ちを循環させていけたらいいな、と

心から思っています。

 

 

 

 

 

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