「こうあるべきだ、強め」から
「そんな自分をゆるしてお金持ち*」
優雅な星へ導くお手伝い心理カウンセラー・
マリチャンヌです。
わたしは現在、
心理カウンセリングを通して
心のボタンの掛け違いをゆるめてほぐし
未来を思い出すお手伝いという
お仕事をさせていただいています。
・あの人はあんな顔してるから
こんなひとに違いない
・この人はこんな単語を口にしたから
そんなひとに違いない
どうせと、ほーーら!は・・
そんなところから
始まっていくこと「も」あります。
わたしはよく、
出会ったとき見えた物の一部分を切り取って
全体を見知ったような気になる時がありました。
偏見につながって行く前兆とも言えます。
それでも・・
不足を感じることがあろうがなかろうが
どうにもこうにも
「ある」は、
「ある」のです。
不思議な話。
今日は
「自分に何もないと思うとき、坂の途中のあじさいに教えてもらおう」
について書いてみたいと思います。
少しの間お付き合いくださいね。
わたしは山の上に住んでいます。
年中、花が咲き乱れる
坂道のかたわらに
何本もアジサイの木があります。
長く葉をつけていますが
さすがに真冬の頃になると
なんの木だかさっぱりわからない
枯れた木になっていました。
二度と何も生えてこないような
価値が見えない寂しい木。
元気な時も、煮詰まるときも
散歩が大好きなわたしですが
このところ少しフットワークが悪く
この間久しぶりに出掛けたら
坂道の緑は、一面、春になっていました!
あの紫陽花は
ギンギンに葉を繁らせ、
少し先のおうちの桜はすでに
葉桜になっていました。
あの冬を静かに生きていたんだなぁ・・・
万人にわかりやすい形として
そこに無いから、見えないことと
そこに、なにもないこととは別の話。
目に麗しく、評価対象になるものだけが
価値ではない。
結果がすべての
おうちルール、社会、学校のルールを
真に受けて生きてきた時間が
長かったわたしは、
恐らくそこに自分を重ねて
見ていたのでしょう。
そして、その生き方に疑問をもち
模索するようになり
ゆっくりゆっくりですが
しゃがみこむ時期も込みで
気づきもありました。
踏み出す前の葛藤
揺り返し、それでもエイヤッ!
勢い、ヤケクソ
守ってあげたい気持ち・・・・・
静かにみえる時間のなかで
動きが見えない時間の中で
うんと未来のわたしからみれば
そんなかたちの栄養補給を
こころが冬模様のころに
していたのかもしれませんね。
それは、いつもの坂道の途中で出会った
アジサイが
一年をかけて見せてくれたことでもありました。
どんな形の生きものにも
自愛は含まれているのかもしれない。
生きる姿そのものが
自分を愛する、愛でている。
拾い上げる目があるわたしも素敵*
今年はどんな花が咲くかなぁ?
それもまた、同じ花は無い。
だからこそ、尊いなぁ・・・とも思うのです。
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