今回は「人生は日々の勝負なり」というテーマで、『太陽の法』第6章4節の内容をご紹介したいと思います。私たちが日々の生活の中で迷わず、自分らしく生きるためのヒントが詰まっていることと思います。

 

1.日々の挑戦と真の生き方

 大川隆法総裁先生は、私たちが心をはだかにして、仏の子として生きるための方法を語っておられます。まず、私たちが日々の生活で自分と向き合うことは、山にこもるような特別な修行ではありません。人生は、日々の勝負であり、その中で真の悟りを追い求めるものだと説かれています。

 実は、肉体を極端に快楽や肉体行に傾けることは悟りの道への近道ではないのです。大川隆法総裁先生は、このような極端な生活を避け、中道の生活を追求することが大事であると述べられています。

 

 

2.肉体と心の「中道」とは? 

菩提樹の木の下で悟りを開くブッダのイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや さん

 人間が心であり、魂であるからといって、肉体をそまつにせよといっているのでは、もちろんありません。肉体とは、人生修行のために、両親の縁でもって、仏からいただいた大切なのりものなのです。

 したがって、肉体を極端に快楽のなかにどっぷりとつける生活のなかにも、肉体を極端にいためつける肉体行のなかにも、ほんとうの悟りの因はありません。これら左右の両極端をすてた中道の生活こそ、仏が期待している生活であるのです。
 

3.中道の生活の追求

座禅を組む男性のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや さん

 中道の生活に入るための方法として、大川隆法総裁先生は二つの「モノサシ」を示しています。一つは八正道を中心とした自己反省のモノサシ、もう一つは愛の発展段階説を基軸とした自己観照のモノサシです。

 「八正道」は、「正しさ」という基準で自分の心や行動を見直し、中道を見出す方法として教えてくださっています。そして、「愛の発展段階説」を通じて、自らの成長や進歩を見つめることで、真の感謝行を実践することができるのです。

 私たちは、「反省」と「進歩」の二本のモノサシをもとに、日々の生活を振り返ることで、人生の日々の勝負に勝利しているかどうかを知ることができます。私たちが仏の子としての真の人生を生きるためには、日々の反省と自己観照が欠かせません。

 私たちも、日々の生活の中で迷いや挑戦に直面したとき、『太陽の法』の教えを胸に、真の中道の生活を目指してみたいと思いました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 今回は『太陽の法』6章3節「熱鉄のごとく赤く燃えよ」より、私たちの心と執着について考えてみたいと思います。特に、私たちが日常で感じる執着やその向き合い方について考えてみたいと思います。

 

1.執着を断つとは

 まず、「執着を断つことは人生においての一大決意」だと述べられています。これは永遠の人生における幸福の保証とも言えるのです。しかし、これが「消極的に生きること」や「後ろ向きに生きること」を意味するわけではありません。実は、執着を断ち切ることで、私たちの前には積極果敢な人生が広がるのです。

 

2.諸行無常

 世の中の人々を観察してみると、多くの人がさまざまな執着を持っています。それは名誉や地位、学校名や会社名、そして見栄や虚栄に対する執着です。しかし、大川隆法総裁先生が仰るように、これらの世俗的な評価や執着は、真実の人生や永遠の命から見たら、どれも一時的で取るに足らないものなのです。

 

3.熱鉄のごとく赤く燃えよ

 真実の人生とは、執着から解放され、熱鉄のごとく赤く燃える人生を指します。これは、仏の子としての人生、また仏に認められる人生を示すものであり、私たちが目指すべき真実の姿だと言えるでしょう。

 

4.あの世に持って還れるもの

 人間がこの世で築き上げたものは、死んだ後にあの世に持って行くことはできません。この事実を知ることで、私たちの価値観や考え方が大きく変わることでしょう。重要なのは「」です。死んだ後に持って行けるのは心だけ。その心が美しいものであるように、日々心を磨き、高めていくことが大切です。

 

5.愛と執着

 大川隆法総裁先生によれば、執着の反対は「」です。愛とは、無償で与えること、他人を思いやることを意味します。執着を断ち切るには、まず愛を持って行動することから始めるべきなのです。私たちの日常の中で、どれだけ愛をもって行動しているか、改めて考える良い機会となりますね。

 『太陽の法』によると、私たちが真に心からの愛を持って生きることで、執着を超え、真の幸福を手に入れることができるのです。私たち一人一人が、この考えを胸に、日々の生活を送ることで、より豊かで幸せな人生を歩んでいけると信じます。

 

 今回のテーマは『太陽の法』第6章2節より、「執着だらけの自分」です。自分を見つめることや真実の自分を知ることは、難しいですよね。特に、現代社会では多くの情報や価値観が飛び交い、自分自身を見失いがちです。そんな中、執着の問題について、同書の内容を元にお伝えしたいと思います。

1. 真実の自分とは
   まず、真実の自分とは何でしょうか。同書によれば、真実の自分を知るとは「日々、仏の心を心として生きること」と語られています。私たちが日常で感じるさまざまな感情や欲望、それらはすべて一時的なもの。それに対して、仏の心とは、常に平等であり、無私であり、一切に執着しないことを意味します。そして、この心を持ちつつ、日々を過ごすことが真実の自分を生きることとされています。

2. この世の真実
   我々が日常生活の中で体験すること、それらはすべて「修行のための仮の世」とされています。どれだけこの世にしがみついても、結局はあの世へと旅立つ運命にあるのです。大川隆法総裁先生は、「たとえこの世にいくらしがみついていたところで、やがては、必ずあの世へと旅立ってゆかねばならない」と教えてくださいました。
人は死んだあとどうなる?学校では教えてくれない「霊的人生観」入門【Q&A】 | 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト
3. 人生の無常
   人生は変わりゆくもので、いつ死が訪れるか分からないものです。それを前提に、「一日一生の思いで生きる」という言葉があります。つまり、毎日が最後の日のように、その一瞬一瞬を大切に生きることが求められています。

4. 地上の執着


   最後に、執着の問題に触れてみましょう。天国にいる人は地上に執着を持っていないと言われています。一方、地獄にいる人はすべて地上に執着を持っています。私たちは日常で多くの物や人、情報などに執着してしまいがちですが、それは真実の自分を見失う原因となることが多いのです。しっかりと反省していきたいですね!