今回は『太陽の法』第6章2節より、「精進をしない自分」というテーマを中心に、私たちの成長や心の向上にどれほど影響を与えているかを考察します。『太陽の法』からの引用をもとに、以下の4つのポイントについて考えていきたいと思います。


1.怠け心ある自分

 『太陽の法』第6章2節では「にせものの自分の三番目とは、「精進をしない自分」と指摘されています。この中でまず第一に触れられているのが、「怠け心ある自分」です。私たちは日々の忙しさの中で、自分自身を甘やかしてしまうことがありますね。しかし、真の成長や向上を求めるならば、この怠け心を克服することが必要です。

 

2.仏法真理を学ぼうとしない自分

 次に、「精進をしない自分」の事例として、「仏法真理を学ぼうとしない自分」が取り上げられています。大川隆法総裁先生は「仏は、人間に、永遠の努力を期待しています。」と語られています。私たちが日々、精進し続けることこそが、真の意味での人としての成長だと言えるでしょう。

 

3.他人を公平に見ない自分

 また、「精進をしない自分」の事例として、「他人の実力、他人の真価を、しっかりと評価してあげていますか」という問いかけがなされています。他人と自分を公平に比較し、他人の努力や成果を認めることは、私たちが社会で生きていく上でとても大切なことだと思います。

 

4.素直でない自分

 最後に、「精進をしない自分」の事例として、「素直でない人間には、向上などありません。」と述べられています。素直であること、それ自体が美徳であり、それ自体が仏の御心にかなっていると大川隆法総裁先生は説いています。私たちが真の魂の学習を進めるためには、自分自身を振り返り、素直に生きることが求められるのです。

 私たちが真の意味での成長や向上を遂げるためには、怠け心を克服し、真理を追求し、他人を公平に評価し、そして何より素直に生きることが必要です。この機会に一緒に、自分自身を振り返り、真の自分を見つめ直す時間を持っていきたいと思います。

 今回は『太陽の法』第6章2節「執着を断て」より、「仏を信じない自分」について学びます。私たちはなぜ、仏を信じない「偽物の自分」が出てくるのでしょうか?

1. 仏を信じられない理由
   人々が仏を信じていない理由の一つとして、私たちは偶然に男女の結合の結果として生まれ、個別の存在として生きていると考えがちです。この考え方は、私たちが仏の存在や仏が創ったこの世界を信じることの障壁となっています。
   また、「仏の救済など信じられない」という方も少なくないでしょう。そのような疑問を抱える方々は、「信じろと言うのであれば、証拠を出してみせてください」と求めることが多いです。しかし、私たち人間が地球の誕生以前からの仏の存在を証明することは難しいのです。

2. 仏の存在を疑う私たち
   私たちが仏を疑うこと、そして仏の存在を裁こうとするその気持ちは、実は自分が偉いと考えているからかもしれません。しかし、仏の存在に関する証拠を求める方々に対して、大川隆法総裁先生は「その証拠が欲しいなら、死んであの世に行った後、証拠を見せられるでしょう」と語っておられます。ただ、その時には既に手遅れであり、暗闇の中で自分自身の存在さえも確認できなくなるかもしれません。
   私たちが日々の中で疑問を感じることは自然なことです。しかし、その疑問や迷いの中で、自らを偉いとし、仏の存在を裁こうとするその姿勢は、私たち自身を迷いの深い暗闇へと誘い込んでしまうかもしれません。

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 信仰を持つことにより、人は単なる物質的な存在ではなく、大きな宇宙の中の一部としての役割や目的を理解することができるようになります。このような認識は、人生の困難や挑戦の中でも、希望と意味を持つための力強い指針となるのではないでしょうか。

 今回は『太陽の法』第6章2節より、自分の中の執着に気づき、それを乗り越える方法について学んでいきたいと思います。特に、他人から愛を奪い取ろうとする自分について、考えてみたいと思います。

 

1. 本当の自分と偽物の自分

 私たちが真の自分を知るためには、偽物の自分を捨てることが必要です。この「偽物の自分」とは一体、どういう存在なのでしょうか。大川隆法総裁先生によれば、その筆頭が、他人から愛を奪い取ろうとする自分だとされています。

 

2. 仏の「無償の愛」

 大川隆法総裁先生は教えてくださいました。「人間は、宇宙を与えられたのです。太陽、空気、水、大地、動物、植物…すべてが仏の愛から与えられています。しかし、仏は私たちに何も求めてはいません。」このような「無償の愛」を受け取っているにも関わらず、私たちはなぜ他人からさらに愛を奪い取ろうとするのでしょうか。

 

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3. 誤った価値観の罠

 他人の愛を奪い取ろうとする心の裏には、この世的な価値判断が隠れています。肉体的、唯物論的な評価をもとに愛を求めることが、「真の幸福」を得るための障害となっているのです。このような執着の心は、他人と自分の間に壁を作り、結果として私たちの世界には金網のような柵が張り巡らされてしまうのです。

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4. 執着の心を手放す

 私たちが真の幸福を得るためには、この執着の心を手放さなくてはなりません。大川隆法総裁先生の教えによれば、執着の心を持ち続ける限り、「真の幸福」は得られないからです。私たちが真の幸福を追求するためには、偽物の自分を捨て、真の自分を見つけ出すことが必要です。

 そして、他人から愛を奪い取ろうとする心を手放し、真の愛、無償の愛を受け入れ、共有することが求められています。愛とは奪うものではなく、与えるものです。仏から無償で与えられている愛を受け取り、感謝し、さらにその愛を他者へと広めること。それが私たちが追求すべき真の幸福への道ではないでしょうか。