今日の音楽感傷(868) 背徳の響き―ワグナーの快楽 | DrOgriのブログ

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先輩に熱狂的なWagnerianがいました。

先輩ご自身は真面目な方ですが、ワグナーの音楽は・・・

学生時代の私にとって、ワグナーの音楽は危険な香りを漂わせていました。

許されない男女の愛とか・・・

 

 

「禁断の愛」といえば、やはり「トリスタンとイゾルデ」

チェリビダッケとミュンヘンフィルで「前奏曲と愛の死」

フルトヴェングラーも良いのですが、この演奏は特別です。

 

 

タンホイザーがハマったヴィーナスの谷(Venusberg)

序曲から切れ目なく第一幕へと続く所謂「パリ版」のバッカナール。

まさに酒池肉林(ちょっと意味が違うか・・・)

当時のパリではバレーのないオペラは受けなかったとのことで、興行上ワグナーも改作せざるを得なかったという説あり。

 

 

「二―ベルングの指輪」第2部(第一夜)「ヴァルキューレ」から

ジークムントとジークリンデのデュオ。

筋はちょっと複雑です。

ふたりは本当は兄と妹。それと知らずに出会ってしまい、恋に落ちます。

禁断の愛から英雄ジークフリートが生まれます。(第二夜「ジークフリート」)

二人の父親で主神ヴォータンは妻フリッカの嫉妬に負けて自ら生み出した人類の一族を滅ぼそうとしましたが、逆に・・・

ラインの黄金の呪いは最後に貫徹し、黄金はラインの底に帰ります。(第三夜「神々の黄昏」)

 

 

私もノートゥングが欲しい!

(わかる人にはわかるかな)

「あなたこそ春です」(Du bist der Lenz)

そんなこと言われてみたい。

 

若いころのニーチェが惹かれたのは、こうしたワグナーの世界だったのかもしれません。

しかし、ワグナーの晩年は次第に「信心臭く」なっていきます(少なくともニーチェにはそう映った)。

「パルジファル」はいろいろ解釈されているようです。(私はあまり聴いていませんが)

 

「禁断の愛」などと書いちゃいましたが、登場人物たちはどれも真面目なキャラです。

決して破天荒でも不道徳でもないのです。

まさに「運命」の導くところ、タブーに触れてしまいました。

 

トリスタンにとってイゾルデは伯父であるマルケ王の妻になる人。

イゾルデにとってトリスタンは以前の婚約者を殺した憎い男。

トリスタンの行為によって、彼女はマルケ王への「貢物」にされてしまいました。

トリスタンは謝罪のため、イゾルデは「貢物」である婚姻から逃れるため、毒薬をあおぎます。

しかし、ブランゲーネが用意したのは毒薬のはずが媚薬でした。

(媚薬を飲む以前の段階ですでに惹かれ合っているように見えます。そもそも媚薬の効果って、長く続かないのでは。)

 

ジークムントとジークリンデの「出会い」は、そもそもヴォータンが仕組んだものです。

ヴォータンの人間世界に対する「計画」など矛盾したものでした。

ヴォータンの「自語相違」とジークフリートの「自語相違」(記憶喪失のせいですが)の結果、世界は大きな火と洪水に吞み込まれていきます。

 

タンホイザーはヴィーナスに別れを告げ、「快楽」ではなく「愛」を求めます。

しかし、外界の人々の求める「愛」は無味乾燥。

思わず異教の神ヴィーナスの名を口にして彼の悲劇が始まります。

彼の魂を救ったのは、愛するエリーザベトの死でした。

 

ワグナー自身は問題の多い人物でしたが・・・

彼の楽劇は自己救済? 自己弁護?