質問どうしで「賛成」「どちらとも言えない」「反対」(実際は3段階ではなく5段階)の相関が高いものと低いものとを分類し、共通因子(一種の潜在的な変数)を抽出し、8か国に共通する「第一因子」を発見したとのことです。それは、「神」や「魂」など宗教的な存在に関するものでした。渡辺光一先生は、それを「直接性」の次元と呼んでいます。
しかし、単一のベクトルが見出されたことで「単一の宗教信念の構造」が見出されたと述べることにはどうも違和感が拭えません。その「原研究」の研究分担者であり、今回の共同報告者でもある島薗進先生も同様の疑問を示しました。
そもそも、インターネットにアクセスできて、90もの質問に答える人って、何か特別のような気がします。日米伊韓のような国と、印土(トルコ)のような国では回答者の(相対的な)階層的位置が異るのではないでしょうか。フロアからある先生(タイ国研究の専門家?)からもありましたが、「インテリの共通の宗教理解」が現れているだけではないかなあ。
大きなプロジェクトで宗教学者と統計学者がいっしょに仕事をしているのですから、質的な問題意識(差異や個性)と量的な技法の洗練(何らかの統一か一般化)という点で方向性の違いが出てきても不思議はないでしょう。
島薗先生はご自身が質問文の選定にあまり関わっていないというご発言をなさっていますが、もしそうなら残念なことです。
質問調査(いわゆるアンケート)は、どうしても質問の「表現」に依存してしまいます。この報告の調査は「宗教信念」という観念的な内容を尋ねるものでした。しかも、各国の言葉に翻訳し、加えて文化的・宗教的背景を「脱色」した表現で訊いています。さらには対象者がインターネットユーザーですから、質問に対する知的な解釈が対象者の側でなされるでしょう。
ただ、渡辺先生のご説明にもありましたが、(比較的)「宗教的」な人々と「宗教的でない」人々の双方に同じ構造があるというのは興味深いです。また、日本の回答者は他国と比べて「宗教性」が低いとういうのも面白い結果です。
自分がアイヌ調査をしてきた経験があるのでそう思うのかもしれませんが、民族性や宗教性(そういうものがあるとして)については、観念的な表現に対する態度よりも「行動」や「習慣」の方が重要な気がしています。むしろ、定義上、そうした要素が必須だと思うのです。
今回のご報告は、そうした意味では限界のあるものではありますが、異なった宗教文化圏の横断調査という大胆な試みとして、たいへん大きな意義があると思います。
今後の展開に期待したいと思います。
国際比較といえば、林知己夫先生と真鍋一史先生でしょう。
真鍋先生はこの報告の「原研究」に参加していらっしゃるようです。
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最近、(ちょい古いですが)「哲学的人間学」に凝ってます。





