読み歩き、食べ歩き、一人歩き(219)  勤め人は似合わない? | DrOgriのブログ

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おやじが暇にまかせて勝手なことを書くブログです。日々の雑記や感想にすぎません。ちらっとでものぞいてくだされば幸せです。

昔から人嫌いで組織嫌いです。
そんな私が社会学者?
それだけで「不適合」という烙印を押されそうです。

でも、自分の生きている社会や時代を「当然視」したり「無批判」だったりするならば、そういう人こそ社会学者として「不適合」ではないか?
・・・なんて自己正当化したりしてます。
古典的な社会学者たちも、けっこう「変人」が多いようですよ。

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ゲオルク・ジンメルは、「社会の外」を知っていなければ、少なくとも「社会の外」が存在することを知っていなければ、人間は社会そのものを営めないことを指摘しました。
マックス・ウェーバーは、非日常的なカリスマが社会を転換させると言いました。
タルコット・パーソンズは(私の知っている限り)社会と宗教が常に緊張関係にあることを強調しました。
社会では善でも、宗教では悪かもしれません。例えば、蓄財とか、恋愛とか。

私は、自分でも意外に思うのですが、「社会の外」に興味の中心があるのかもしれません。
ニーチェが好きなのも、それがある?

ところで、ブログネタを提供してくれるアメブロのサービスがいろいろあって、こんな記事もありました。
会社勤めに合わない要素

私は、上のリンク先で言われている13項目のうち、なんと半分強の7項目がドンピシャでした。
「制服が似合わない」
「朝礼の意味がわからない」
「休憩や昼食はひとりがいい」
「企画にリアリティがない」
「大人数が苦手」
「先輩や上司が敬えない」
「社畜の同僚が嫌い」

他人からもよく言われるのです。「お前は傲慢だ!」
ごめんなさい。私は傲慢な人間が大好きなんです。
そして、何より、傲慢な自分が大好きです。

まあ、これじゃあ出世できませんね。少なくとも、日本の組織では。

私のお世話になった(かなり偉い)社会学の先生たちにも2タイプいらっしゃいました。
協調タイプと唯我独尊タイプです。
協調タイプは、もちろん人当たりがいいです。でも、周りを気にして我々学生や後輩の利益より自分の評判を優先させてしまいます。
唯我独尊タイプは、一見利己的ですが、合理的かつ明快なので、私はこちらのタイプの方が相性が良かったです。

ある小さな大学でこんなことがありました。
年配で足の不自由な先生がいらしたのですが、通勤バスのステップや短い階段がつらそうでした。
ご本人は自分から不便や不満を口になさることはなく、この先生がおやめになってからようやく改善されました。
人格の良い方ほど「私のことで何か要求するのは・・・」と思ってしまいがちです。
本来は「自分のこと」だけで終わらない問題なのです。それは、他の人にも十分に起こり得ることです。
誰かが声をあげなくてはなりません。
いま思えば、自分が声をあげる勇気がなかったことが悔やまれます。
人権は普遍的な要求なのですから。

もし、そうした要求を(些細なことであっても)抑圧したり、黙殺するような社会や組織は、どんなに高邁な理想を掲げようと、信用するに値しません。

私は、やはり、権力の嫌いな社会学者なんです。

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