確かに、そうなのでしょう。
しかし、アメリカの市民は、自国が自由の国で競争があること、階層の分化や貧富の差があることについては、ある程度容認してきたはずです。
ここにきて、どうしてこうした運動が広がってきたのでしょうか。
それは、私の考えるに、格差の原因(と彼らが考えるもの)と、社会的な影響にこれまでとは違う何かを感じ取っているからではないでしょうか。
「新自由主義」は、今や一部では悪名高い立場となっています。
常磐線車内にて。朝から飲んでるわけではないですよ。
私自身は、自分のことを「自由主義者」と称してきました。
ただ、英語では"Liberalist"ですが、どうも"Liberal"とは違うようです。
私自身の教養のなさから、両者を混同していたのではないかと反省しています。
いつからか、ネット世界では、「リベラル」とか「サヨク」とかに侮蔑的な意味を込めて発言する人が増えてきました。
確かに辞書をひくと"liberal"には「気前がいい」とか「進取的」とか載っています。「弱い人々を善意で助ける」青臭い「理想主義者」みたいな意味が広がってしまったのではないでしょうか。
マルクス経済学や旧歴史学派や旧制度学派の一部以外は、経済学ってそもそも「リベラリスト」の科学だったのでは?
- 新自由主義の復権 - 日本経済はなぜ停滞しているのか (中公新書)/八代 尚宏

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八代さんの本は至極妥当な「自由主義」の解説です。たいへんわかりやすかったのですが、特にこの立場を「新」自由主義と呼ぶ意味が理解できません。
「冷酷な」競争市場至上論者という「悪者」には、また別の名称を考えるべきでしょうね。
根井さんのような良質の「リベラル」(勝手に決め付けてすみません)は貴重です。 - 市場主義のたそがれ―新自由主義の光と影 (中公新書)/根井 雅弘

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