でも、我慢強くない私は、通勤バスを降りた途端に京王SCビルへ。本を買ったあと、パスタ屋さんで夕食。食べたのは、パスタではなく、サーモンとクリームソースのかかったオムレツでした。
「リスク」と「失敗」について、しばし思索(ていうか妄想)。
震災は確かに天災ですが、地震であれ津波であれ、そこに人間が住んでいるからこそ「災害」になるのです。つまり、理屈だけいえば、どんな災害もどこか「人災」の部分があるということです。
もちろん、「原因」と「責任」とは別の論理で考える必要があります。それゆえ、震災それ自体を「失敗」と呼ぶことはいささかためらわれるところですが、原発事故については、明らかに失敗です。
私もそうですが、「成功」に比べて「失敗」については前もって考えることを避けてしまいがちです。「マイナス思考(志向)」に思えるからでしょう。成功体験がある場合ほど、失敗の考察には消極的になりがちです。高度成長を導いた世代は特にそうかもしれません。
でも、社会的な事柄については、そうであってはいけませんよね。福島原発についてはどうだったのでしょうか。
図解雑学『失敗学』では、失敗の10大原因が挙げられています。
1)未知、2)無知、3)不注意、4)手順の不順守、5)誤判断、6)調査・検討の不足、7)制約条件の変化、8)企画不良、9)価値観不良、10)組織運営不良、これらです。
失敗を想定した計画や設計(逆演算と呼ばれてます)の必要をこの本は訴えています。
- 失敗学 (図解雑学)/畑村 洋太郎
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私的な人生論でもそうですが、公的・社会的な事柄を考えるときは特にそうしたことが大切ではないでしょうか。
とはいえ、自己啓発論や成功談は、個人的にはありがたい存在です。人生には直感(直観)が必要です。実は、本当に怖い失敗は、自分で失敗と気づいていないことです。私も、知らない間に他人から嫌われたり、(得べかりし)チャンスを逃しているかもしれません(ブログなんか書いてるし)。誰もがウォーレン・バフェットや孫正義になれるわけではないでしょうが、彼らの言葉や行動は、各人の直観と個性で受けとめることができますし、そうすべきでしょう。
いけないのは、失敗をロマンチックに「神話」にしてしまうことです。「悲劇の英雄」とか「悲運の天才」とかっていうものです。人生を語るときにも、失敗の工学は必要なのではないでしょうか。
とはいえ、私なんかは「悲劇の天才社会学者」なんて言われてみたいなあ。
これって、むしろ喜劇ですかね。