「そーいや、お前アリスに惚れてたよな」

第二Q。

灰崎はドリブルしながらいつものニヤニヤ笑いを口元に浮かべた。「確かそれであの女に手出したんじゃなかったっけ?」

「……」

黄瀬は何も言わない。試合は灰崎が優勢で、黄瀬のストックを尽きかけていた。

「でもま、あいつがお前みてーなヤワ野郎に靡くわけないか!」

「…あんたも人のこと言えないっしょ」

ケラケラ笑う灰崎を黄瀬は睨みつけた。「いつも相手にされなかったのはあんたッスよ」

「どーだかな」その含みのある口調に黄瀬は眉を上げた。「…どういう意味ッスか」

灰崎はニヤリと笑った。「さっきアリスと取引したんだよ。俺がお前を潰せば、代わりに身体をくれるってな」

彼の言葉に黄瀬は目を見開いた。「なん、だと…」

「いや、ちょっと内容は違うな」

灰崎は意地悪く口元を歪ませた。



「赤司から、あいつを奪う」



その瞬間、電気が体を通り抜けたような気がした。

そうか…。そういうことだったのか…。

(アリスの狙いは俺らじゃない)

驚きの事実に唖然とする。

(アリスの狙いは、赤司の敗北だ…)

赤司の敗北。それはつまり勝利が基礎代謝である彼にとって死を意味するーーーー。

(ってことは)ぐるりとコートを見渡す。(これも計画の一部ってことか…)

はぁーとため息をつく。「…ここまでハッキリとフラれたのは初めてッスね」

「ああ?」
怪訝そうに顔をしかめる灰崎を黄瀬はきっと睨んだ。

「来いよ」

ぐっと身構える。「あんたらの思い通りにはさせない」

またポケットの中で携帯が震えた。

相手が誰かは分かっている。

携帯を取り出し、画面を見た。

《第一コート見て》

視線をそこへ向けると、ちょうど選手が挨拶しているところだった。

あれは黄瀬と…。

また新しいメールが来た。

《どっちが勝つかしらね》


「あーあ。こんなに楽しいことが起きてるなら、もっと早く来ればよかった」

わざとらしく残念そうにため息をつきながら、アリスは流れるような動きで階段を降りてきた。

今日はウエストのあたりを絞った黒のロングコートとブーツといういでたちで抜群のスタイルを包んでいる。

長い黒髪は高い位置でポニーテールにしており、そのため華奢な首が露わになっていた。

「久しぶりね、涼太」

とにこやかに黄瀬に向かって微笑みかける。「相変わらず素敵」

「そっちも、一年間病院にいたにしては元気そうッスね」

黄瀬は笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。「医者を抱き込んだんスか?」

「まぁ、そんなとこ」そう言って、彼女は茶目っ気たっぷりに睫毛をバサバサさせた。「私って悪い子でしょ」

「よぉ、アリス!」

灰崎が固まっている黄瀬を押しのけて前に出た。

アリスの完璧な体を舐めまわすように見て、ヒューと口笛を吹く。「相変わらずいい女だな」

「ありがと」

彼女は愛想よく笑って二人の前に立った。

「まさかあなた達が試合するなんて…凄い偶然ね」

さも面白そうに彼女は言った。興奮で普段青白い頬が紅潮している。「どうなるか楽しみ」

「…あんたが望んでいるようなことは起きないッスよ、アリス」

静かに黄瀬が言った。「負ける気ないんで」

「はっ、よく言うぜ」小馬鹿にしたように灰崎が鼻を鳴らした。「今までオレに勝ったことないくせによ」

「…黄瀬が…負けている?」

灰崎の言葉にさっきまで黙っていた火神が目を丸くした。「そうなのか、黄瀬?」

「まぁ、いいじゃない。今まで勝ったことがあろうがなかろうが」黙っている黄瀬に代わって、アリスが明るく答えた。

「それより…試合楽しみにしてるわ、涼太」

軽く彼の腕に触れて、愛らしく微笑する。

そして体を強張らせる黄瀬から視線を灰崎に向けた。

小首を傾げ、人差し指を唇に当てる。「ね、ショーゴ。話したいことがあるんだけど」

灰崎は一瞬キョトンとしていたがすぐに口元に笑みを浮かべた。「いいぜ。お前が望むなら」

「じゃあ、幸運を祈るわ」

灰崎の太い腕に腕を通し、アリスはにこやかに黄瀬のそばを通り過ぎた。

すれ違いざま、火神に向かってウィンクをしたが、彼は無視した。

「あ、そうそう」

彼女は思い出したように指を鳴らしてポケットから携帯を取り出した。

それを見て、氷室は目を丸くした。「俺の携帯…」

「そう。少し借りるわね」

私今携帯買えないから、と彼女は申し訳なさそうに言った。

「…タツヤ。携帯買った方がいいぜ」

何やら話しているアリスと灰崎の後ろ姿を見ながら、火神がポツリと言った。

「え、でも返してくれるんじゃ…」

「あいつ、いつ返すなんて言ってなかったろ」

黄瀬は二人を見て苦笑した。「それがアリスなんッスよ」