「クソッ!」

灰崎は力任せにゴミ箱を蹴り飛ばした。

中に入っていた空き缶が地面に広がる。

「なんで、この俺が負けるんだよ…!」

「そんなの決まってるじゃない」

歯ぎしりしていると甘い女の声が背後から聞こえてきた。

肩越しに振り返る。「アリス…」

彼女はにこりと笑ったがその瞳は氷のように冷たかった。

灰崎は眉を潜めた。「…どういう意味だよ、それ」

「あなたに涼太を倒せるほど実力はないってこと」優雅な動きでアリスは灰崎の目の前に立った。近くで見るほど彼女は目が覚めるように美しい。「あなたが負けるのは明らかだったわ」

「じゃあ、あの取引はなんなんだよ!」

灰崎は拳を握りしめながら怒鳴った。怒りで顔は真っ赤に染まっている。

彼女はおもしろそうに目を輝かせた。「やだ。もしかして本気にしてたの?」

一瞬、怒りが消えた。「…は?」

「私が、あなたと寝ると思う?」

完璧な白い歯を見せて、彼女は笑った。「あの契約はあなたが負ける前提で結んだものよ。それに私はあなたに勝ってほしかったわけじゃない」陰謀をめぐらすような口調で、わざと声をひそめる。

「あなたみたいな邪魔者をさっさと消したかっただけ」

「てめぇ…!」自分が騙されたことがわかり、灰崎は拳を振り上げた。だがアリスはその手首をいとも簡単に掴み、女とは思えない力で捻じり上げた。

「いいこと教えてあげましょうか」

呻く灰崎の耳元で、彼女は囁いた。「彼を言いくるめてあなたを強制退部させたのは…私よ」

灰崎の目が驚きと怒りで見開かれる。

「アリス…てめぇ…!!」

彼女はとろけるような笑みを浮かべた。

そして次の瞬間彼のみぞおちに拳を思いっきり食い込ませた。

灰崎の口が完璧なOを描き、どさりと地面に崩れ落ちる。

その姿をアリスは冷たい目で見下ろした。

と、その時。

「やっぱりお前か」

背後から聞こえてきた声。

聞き覚えのある声に彼女は笑みを浮かべ、くるりと振り返った。

キセキの世代の一人、青峰大輝が鋭い目つきで彼女を見つめていた。

「久しぶりだな、アリス」

彼女は腰に手を当て、意味深に両眉を上げた。

「こんにちは、大輝」














式は私の希望で深い付き合いの友人しか呼ばない、シンプルでこじんまりとしたものにした。

それでも私には盛大だけど。

花嫁登場の曲はForeignerのHot Bloodedにした。場違いだけど、この曲を聞くと悩みが一気に吹き飛んでハイになれる。

中に入ると大好きな友人たちが拍手で迎えてくれた。

相変わらずイケメンの黄瀬に、ミニ扇風機を持参している緑間、多分式後のケーキ目当てにやってきたと思われる紫原。幼馴染の大輝は何故か顔を赤らめている。

赤司が来たのには少しびっくりしたけどやっぱり嬉しい。

私は頬を綻ばせながら皆に手を振った。

壇上をみると未来の旦那様が待っていた。

私の花嫁姿を見て、大輝以上に顔を真っ赤にしている。

思わず噴き出すと花嫁付添人のさつきに小突かれた。

大我の横には花婿付添人の黒子と知らない男の人がいた。

大我の友達の一人かな、なんて思いながら、壇上につく。

「あ、あのさ」

「ん?」

「す、すごく綺麗だ」

しどろもどろに言う大我にこっちも恥ずかしくなってきて「あ、ありがとう」と言葉につまりながらなんとか礼をいう。

「では誓いのキスを」

お決まりの文句をすっ飛ばすように頼んだのは大我だ。なんでもさっさと結婚したいからのこと。

理由を聞いた時は爆笑したけど、今は気持ちがよく分かった。

彼の手が伸びてヴェールが外される。

大我の顔が見えたと同時に花婿付添人の姿がチラリと見えた。

例の男の人と目が合い、その瞬間私は固まる。

「「アメリア!」」

昔の記憶が蘇ってくる。

12年前の、閉じ込めてきた記憶が。

「「絶対戻ってくるから」」

視線をその顔から下に落とすと、二つのリングを通したシルバーのネックレスが見えた。

大我と同じリングと……あの、小さな青い指輪。

「「今度会った時は、結婚しよう」」

そう言って優しい手つきで指に指輪を通してくれた彼。

私は信じられない思いで彼を見つめた。

私は、夢を見てるの?

彼も私から目をそらさない。

じっと私を見ている。でも、私みたいに取り乱した様子はない。

まるで最初から知っていたかのような。

この時を待っていたかのような。

「…アメリ?」

怪訝そうに顔を覗きこむ大我に私ははっと我にかえった。

「…ごめん」

そう言いながら私はまた彼に視線を向ける。

だけど彼はもう私を見てなかった。

「アメリ」


大我に促され、顔を上げると優しくキスされた。

その瞬間拍手喝采が式場に響いたが、今の私にとってそれはノイズのように聞こえた。








「また戻ってくるから」

私の頬を両手で挟みながら、彼は言った。

「どんなことが起こっても、どんなに離れていても、お前のために戻ってくるから」

そう言い残して、彼は姿を消した。

もう12年も前のことである。

そして私は今日結婚する。






「ふーっ。緊張してきた」

「アメリなら大丈夫だよ!」

手で顔を仰ぐ私をさつきは明るく励ました。「式なんてあっという間だし!」

「それまでこのウェディングドレスに耐えられるかな…」

私は息が詰まりそうなほどきつく締められたドレスをぐっと上げた。「凄く息しにくいんだけど」

「でもさー。ほんとビックリしたよ、まさかアメリが大ちゃんじゃなくてかがみんと結婚するなんて!」

「はは…本当にね」

自分でもびっくりした。まさか大我と結婚するとは。しかも19で。

「でも絶対かがみんならアメリを大切にしてくれるよ」私にヴェールを着け終えると、さつきは満足そうに頷いた。「よし、完成!」

私は鏡を振り返った。憧れの純白のドレスを着た自分が、こちらを見つめていた。

「なんていうか…」

「綺麗?」

「…うん」

自分の姿にここまで圧倒されるとは。

「はは、アメリったら素直すぎだよ!」

笑いながらさつきが後ろに後ずさると
ガタンと音がして、机の上にあった宝石箱が床に落ちた。

「きゃー!ごめん、アメリ!」

「いや、いいって」

あわあわと慌てふためくさつきに苦笑しながら、膝をつけて宝石を拾い始めた。

と、とあるものを見つけ、私はぴたりと動きを止めた。

小さなそれを指で摘み、まじまじと見つめる。

「それって…あの例の男のコの?」

気がつけばさつきも隣で膝をついて、じっと私が持っているものを見つめていた。

それは青い指輪だった。小さくて、屋台で売っているような感じの。

でも私にとっては…。

ふと横をみるとさつきが私を見つめていた。

私は眉を上げた。「なに?」

「まだ好きなの?その子のこと。」

「それ結婚直前の花嫁に聞く?」

「どうなの?」

おどけて見せたけど、さつきは真剣な表情。本気で答えないと怒るだろうな。

私はゆっくりため息をついた。「好きという前にムカついてる」

会いにくるって言ったくせに。

ずっと待っていたのに。

今は憎しみさえ感じている。

でも、もう今は過去の人。

私はもう結婚するんだ。

「ほら行くよ」

何か考えているさつきに向かって手を差し出す。「もうすぐ式が始まっちゃう」