胸騒ぎがする。

与えられた優勝トロフィーを掲げるのもそこそこに、赤司を先頭に桃井を含めた7人は、足早に体育館に向かっていた。

「考えすぎじゃないんスか、赤司っち」

黄瀬が追いついて言った。「もしかしたらアリス、道に迷ったんじゃ…」

「嵐だろうが、なんだろうが、彼女が俺の試合を見に来なかったことは一度もない」目も向けずに淡々と答える。「俺がバスケを始めてから、ずっと」

「……今日までは」

黒子が後ろで呟いたが、赤司には聞こえなかった。







『この世で一番醜く、美しいものはなんだと思う?』

赤司は思いっきり体育館の扉を開けた。

だがその瞬間全員が固まる。

床に広がるおびただしい血。

強烈な鉄の匂いが鼻を突く。

「な、に。これ…」

「桃井さん…!」

震えながら崩れ落ちる桃井を黒子と青峰が支えたのが目の隅に映った。

「赤司、これは…」

緑間がハンカチで鼻を塞ぎながら、わけが分からないとばかりに赤司を見た。「一体、どういうことだ…」

その時、くぐもったうめき声が聞こえてきて、そこに視線を向けると、一人の男が泣きじゃくりながら床に倒れこんでいた。

「誰か、誰かいるのか…」

と顔をあげ、首を回す。

その顔がこちらに向けられた瞬間、はっと息を呑む。

男の目があるべき場所は空洞で、そこから溢れる血で顔中が真っ赤になっていた。

「…桃井、救急車を呼べ」

赤司は静かな声で言った。「今すぐ」

「その必要はないわ」

甘く、美しいシルクのような声。

暗闇から現れた美しいその姿。

手には血だらけのカッターナイフを握りしめている。むき出しの両腕には血しぶき。

『それは、人間の欲望よ』

アリスはにっこりと愕然とする7人に向かって笑いかけた。

「優勝おめでとう、皆」

(なんだ…?)

試合中、ドリブルをしながら赤司は違和感を感じていた。

無駄に、相手の動きがよすぎるのだ。

確かに全中決勝戦となれば、それなりの猛者が集まるのは無理はない。

だが、それとは違う。

こちらの手を知り尽くしているような…。

緑間がチラリとこちらを見た。

表情から察するに同じことを考えているらしい。

分かっている、という風に頷いてみせる。

そして顔を上げ、観客席を見上げた。

いつもは一番前の席で応援している彼女の姿が今日はない。

(何処にいるんだ、アリス)

と、その時。


「なに?!連絡がとれないだと?!」

相手のベンチから聞こえてきた怒鳴り声。

思わず手を止め、そちらに視線を向ける。

相手側の監督が目をかっぴらき、拳を振り回しながら喚めいていた。「どういうことだ、連絡がとれないって!?」

マネージャーと思わしき女子生徒がビクビクしながら

「ど、どういうわけか…試合前から、全く…」

と震える声で言った。

「なんだぁ?」

近くにいた青峰が不審そうに眉を潜めた。

ふと彼女の言葉を思い出す。

他にやることがあるからーーー・・・。

「青峰、黒子、緑間、紫原、黄瀬」

赤司は五人を見渡した。

「さっさと終わらせるぞ」

「じゃあ、行ってくる」

「うん、頑張ってね」

全中の決勝戦の朝。

赤司とアリスは体育館にいた。

あとの5人は既に試合会場に向かっていて、今は2人だけだった。

「私も後で応援に行くから」

彼女は悪戯っぽく赤司の胸を指で突っついた。「負けたら承知しないよ?」

「俺は負けない。知ってるだろ?」

赤司が眉を上げるとアリスは笑った。

「本当に一緒に行かないのか?」

「うん。ちょっとやらなくちゃいけないことがあるから」

残念そうに眉を八の字にする。

その愛らしい表情に思わず赤司の口元がほころんだ。

「試合が終わったら」

彼女の垂れた髪を耳にかけてやりながら、赤司は言った。「お前に言いたいことがある」

彼女の頬がぱっと赤くなる。「征十郎…」

赤司は笑って、彼女の額にキスした。

「いってらっしゃい」

2人は顔を見合わせ、にっこり微笑した。







「さて、と」

赤司の姿が見えなくなると、彼女の表情はガラリと変わった。

ポケットからカッターナイフを取り出し、くるくると指で回す。

「さっさと終わらせましょ」