オレはどんどん沈んでいく…
やがて深い海の底に着いた…
ヨウコさん…
若い男…
ユミ…
顔が浮かんでは消えていく…
周りは暗いのに上の方はぼんやりと明るい…
不安感と孤独感が湧いてきた…
なぜかオレは叫ぶ…
ヨウコさん…ヨウコさん…
ユミがオレを呼ぶ…
れいじ…行かないで…れいじ…
ピピッ…ピピピッ…ピピピピッ…
目覚まし時計のアラームが鳴り響き
外からセミの合唱が聴こえてきた…
オレは現実に帰ってきた…
寝汗で体がベタベタする…
すぐにシャワーを浴びた…
シャワーを浴びながら目を閉じると
昨日のショッピングモールでの光景がフラッシュバックする…
同時にヨウコさんからのメールを思い出す…
嫉妬と後悔が混じった何とも言えない焦燥感が湧き上がってきた…
金曜日の夜、サービスエリアで受け取ったヨウコさんからのメールを返しておけば…
昨日の夕方のヨウコさんからの着信に気付いていれば…
あんな光景を見ることはなかったのに…
あの時ヨウコさんと手を繋いでいたのはオレだったのに…
なぜ後悔してるんだろう…
ヨウコさんから離れるって決めたのに…
ヨウコさんはトシヒコの奥さんなのに…
つきあってるオトコが2人もいるのに…
シャワーを温水から冷水に切り替えた…
シャワーから出て体を拭いて
昨日、買った下着を付けた
全く腹は減っていない
無理やり牛乳を胃に流し込んで
新品のワイシャツに袖を通して家を出た…
通勤中の車の中ではいろいろなコトが頭をよぎる
ショッピングモールでの光景…
ヨウコさんからのメール…
…ユミの笑顔…
…これから…オレは…
駐車場に車を止めてユミに当たり障りのないメールをした
職場のデスクに座って今日と今週の予定を確認する
今週末の土曜日は取引先の○○産業の創立50周年記念パーティーだ
去年までは○○産業はオレが担当していたが
今は後輩のタカハシくんが担当しているので
オレ宛に来た招待状をタカハシくんのデスクに置いた
ウチの社長と部長の付き人なんて冗談じゃない
月曜日の午前は納品先と発注先から確認の電話が殺到する
調整や確認の電話をオレもひっきりなしにかけまくる
かなり忙しかったが、ヨウコさんのコトが頭の片隅にこびりついて離れない
昼になっても空腹を感じない
乳酸菌飲料の訪問販売員のお姉さんから野菜ジュースと栄養ドリンクを買って胃に流し込む
隣の部署で主任をしてるナカムラ先輩の姿が朝から見えないことに気がついた
ナカムラ先輩は地方の支社に転勤になったと同僚と後輩等がヒソヒソとウワサ話しをしていた
オレは昨日からの疲れが溜まり
ウワサ話しには耳を貸さず
デスクに座ったまま突っ伏してほんの少しだけ微睡んだ…
午後からもあちこちから案件が舞い込んだ
手間はかかるけど一つづつ片付けていった
午後は少しだけヨウコさんを忘れるコトができた
陽が暮れて夜に近づく頃になって
今日の仕事の終わりが見えてきた
仕事の余裕が出てきたので
携帯電話に目を向けると
メールか電話の着信を示すLEDが点いていた
なんとなくだが、それがヨウコさんからのメールだと感じた…
帰り支度をしていたら同僚のノザワが声をかけてきた
ノザワ
れいじ!聞いたか?ナカムラ先輩のコト?
オレ
ああ…ナカムラ先輩はなにかやっちゃったのか?
ノザワ
パート社員さんと浮気してたのが奥さんにバレたらしくてサ、奥さんが会社に乗り込んできたらしいぜ!パート社員と言っても同じ社員同士だからサ、ウチの会社も問題にしたみたいなんだよな。まあ、他の社員に示しをつけるためにナカムラ先輩は島流しになったみたいだぜ。
オレ
へぇ〜…そうなんだ…
ノザワ
それがサ、実はかわいそうなのがナカムラ先輩でサ、ナカムラ先輩はやっぱり浮気はよくないって目が覚めてサ、パート社員に別れ話しを持ちかけてたらしくてサ…でも、パート社員は全然納得してくれなかったみたいでサ、それでパート社員は奥さんに洗いざらいぶちまけたらしいんだ。
オレ
フーン…なんか凄い話しだな…
ノザワ
れいじ!お前の嫁さん今里帰りしてるんだろ!お前も不倫とか浮気とか気をつけろよ!
オレ
ノザワに言われたくはないよ!
仕事が終わって自分の車に乗り込んで
携帯電話を開くと
ヨウコさんからのメールが来ていた
"おーい!メールがないよ〜!私は兎年だよ〜!ウサギは淋しいと死んじゃうんだよ〜!メール待ってるよ〜!"
少し茶化たメールに何かヨウコさんの後ろめたさを感じた…
ヨウコさんは一体何を考えているのだろう?
オレは必要ではないだろうに…
半身半疑だったことを目の当たりにして
事実であったと知らされた衝撃は大きかった…
同時に失ってしまう淋しさにも気付いた…
もう一度ヨウコさんに会いたいと思うオレと…
もう二度と会ってはいけないと思うオレがいた…
メールはスルーするか返信すべきか迷ったが…
ノザワから聞いたナカムラ先輩の話しを思い出し
やっぱり当たり障りのないようにメールを打って送信した
"コンバンワ!昨日は向こうの出発が遅くなって深夜の帰宅になったよ。○○のショッピングモールは行ったコトないよ。人混みは苦手なんだよね。"
アパートに帰ってすぐにシャワーを浴びた
シャワーを浴びながらもヨウコさんのコトを考えた
どうして、あんなメールをしてくるんだろう…
オレのコトをどう思っているのだろう…
オレからのメールはあんなカンジでよかったのだろうか…
考えはまとまらなかったが
なんとなくオレからメールを送ったことで
少しだけ気持ちが静まってきた気がした…
シャワーを浴びた後は取り敢えず溜まった下着類を洗濯機に放り込んで
コンビニと併設してるクリーニング店へ行きワイシャツを出した
コンビニで素麺とヨーグルトを買ってアパートへ帰った
やっぱりヨーグルトしか食べられなかった
今日は疲れた…
いつもは23時を回ってから就寝するが
今夜は22時を少し過ぎたところで布団に寝転がった
目覚ましのアラームのスイッチを入れたところで
携帯電話からメールの着信音が聞こえた…
ヨウコさんからだった…
"今から電話していい?"
短い一行だけのメールだった…
なんだろう…
胸の内がザワザワする…
ヨウコさんはオレに何を伝えたいのか…
やっぱり気になって仕方がない…
それにノザワから聞いたナカムラ先輩の話しが頭にチラつく…
でも…距離を取るなら今がちょうどいい機会なのかもしれない…
電話で声を聞いてしまえばもっと気持ちが揺らぐだろう…
いろんなことを頭にめぐらせながら
しばらくメールの返事をためらっていたら
携帯電話の呼び出し音が鳴った…
ヨウコさんからだった…
ショッピングモールでの光景がフラッシュバックした…
オレは携帯電話に出るのが怖くなった…
暗い部屋で光り続ける携帯電話の画面とLEDの灯りをボーッと眺めていた…
携帯電話の呼び出し音が止まった…
オレはどうしたらいいんだろう…
ヨウコさんは何を考えてるんだろう…
ヨウコさんはオレに何を伝えたいんだろう…
ヨウコさんはオレを必要としてるのか…
オレはヨウコさんを必要としてるのか…
オレはヨウコさんを失いたくないのか…
頭の中にいろんなことが駆け巡る
布団から出て冷蔵庫から缶チューハイを取り出して
一気に半分くらい胃に流し込んだ…
空きっ腹だからなのか胃が熱くなった…
もう半分を飲み干して缶チューハイを空にして
布団に寝転がった…思考が停止してきた…
やがてオレは深い海の底に沈んでいく…
ヨウコさん…
若い男…
ユミ…
3人の顔が浮かんでは消えていった…