まるで夢を見ているようだった…
目の前にヨウコさんがいる…
どうして…どうして…
ヨウコさん
ゴメンね、れいじクン…迷惑だって思ったんだけど…どうしてもれいじクンとお話ししたくて…
オレ
あ…うん…
ヨウコさん
ここじゃ、あれだから…私の車でお話ししない?
オレ
…ハイ…あの…でも…ヨウコさん、車替えたんですか?
ヨウコさん
…ううん…この車は代車なんだ…乗って…
オレ
…ハイ…
オレはヨウコさんの車に乗った
ヨウコさん
少しドライブに付き合ってね…
ヨウコさんは車のエンジンをかけ夜の街へと走らせた
オレからなんて話しかけようか?と迷って言葉を探した…
でも、なにも見つからず無言のままでいた…
ヨウコさんも無言のままだった…
車は郊外に向かって走っていた
やがて高台にある公園の駐車場に着いた
いつかヨウコさんから誘われた夜景の見える公園だった
広い駐車場にはチラホラと車が停まっていた
ユミと来たこともあったっけ…
一瞬だけ胸がチクンとした
同時にヨウコさんが口を開いた
ヨウコさん
ゴメンね…れいじクン…ワタシ…
オレ
オレのほうこそ…ゴメンなさい…電話貰ったのに返事しなくて…
ヨウコさん
いいの…れいじクンからは連絡してこないってわかってたから…でも…やっぱりお話ししたくて…
オレ
エッ…どうしてですか?…
ヨウコさん
ワタシね…やっぱりダメなオンナだよね…
オレ
…エッ…どうしたんですか?…
オレが質問したらヨウコさんは無言になった…
そこで初めてヨウコさんの顔をよく見た…
疲れているような感じで目の下が暗くなっていた…
ヨウコさんはしばらく黙っていたが
また話しだした…
ヨウコさん
ワタシね…今まで男の人にあんなにはっきり好きって言われたことなくって…れいじクンに言われてホントに嬉しくて…
でも、れいじクンに本気になっちゃいけないし…れいじクンがワタシに本気になってもいけないし…強がって他の男の人とお付き合いしてるって言っちゃって…でもスゴく後悔して…どうしよう、どうしようって考えて…
それから、毎日れいじクンとメールしてたらとっても楽しくって…なんか自分でも充実してるなって思って…週末また会ってくれるかなって思って…でも…れいじクンは奥さんの実家に行っちゃって…
れいじクンには奥さんがいる…ワタシにはトシヒコがいる…でも、トシヒコとは…もう…だから、ワタシは…あの男達とは別れて…トシヒコやれいじクンの奥さんが戻ってくるまでは…れいじクンのカノジョになりたいなって勝手に考えてたの…
"れいじクンのカノジョになりたいなって勝手に考えてたの"
今、確かにヨウコさんはそう言った…
カノジョという言葉に心が震えた…
ヨウコさん
先週末、大学生の男の子からしつこく連絡が来て…生理だったし…もう会うのは嫌だったんだけど…れいじクンから連絡来ないし…一人で晩ゴハン食べるのも淋しかったから…晩ゴハンだけの約束でカレと会ったの…誰かにカレと会ってるのを見られるのも嫌だったし…カレは○○のショッピングモールのスポーツショップへ行きたがっていたから…そこなら知り合いに会うこともないって思って…
れいじクン、その時○○のショッピングモールにいたんでしょ…そしてワタシを見かけたんだよね…れいじクンから○○のショッピングモールには行ったことないってメール来てすぐわかったよ…ワタシの代車はれいじクンの車の向かい側に停めてあったんだよ…
れいじクンに見られてた…一番見られたくないヒトに見られてた…愚かなワタシを見られてた…そして…れいじクンの気持ちを踏みにじった…ワタシはワタシの手で大事にしようとしたモノを壊してしまった…自分で勝手に気持ちが盛り上がって…自分でダメにしたんだよね…
オレ
…エッ…
ヨウコさんの話しはオレの想像していたコトをはるかに超えていた…
"ワタシはワタシの手で大事にしようとしたモノを壊してしまった"
壊れてしまったんだ…
オレもあの時から壊れてしまった…
そして今…
ショッピングモールでのあの光景が紛れもない事実であったことを
当事者のヨウコさんから聞かされたことで
谷底に突き落とされた気持ちになった…
ヨウコさん
ワタシってバカだよね…結局淋しくなると誰かにすがりたくなるんだよね…ワタシはれいじクンに好きって言って貰う資格のないオンナなんだよね…
オレ
そんな…
ヨウコさん
それに…れいじクン…やっぱり奥さんと会ってワタシと続けちゃダメだって思ってるでしょ…なんでかな…ワタシね…ワタシが好きになったオトコのヒトの気持ちがわかるの…
オレ
……
先週末のユミとの出来事が脳裏に浮かびあがった…
同時にヨウコさんと離れようとしていた自分の気持ちの葛藤も思い出した…
ヨウコさん
れいじクン…今までありがとう…ほんの少しだけ気持ちが通じあったけど…今別れないと…ワタシたち取り返しのつかないコトになっちゃうでしょ…
オレ
エッ…でも…
別れる…ヨウコさんと別れる…
もう会ってはいけない…
連絡を取り合うことも許されない…
そんな…そんな…
ヨウコさん
それ以上喋ったらダメ…ワタシ…スゴく苦しくてつらいの…わかるでしょ…れいじクンも同じ気持ちでしょ…これ以上ワタシと繋がっていてはダメ…れいじクンには奥さんいるんだよ…もうすぐお子さんも生まれて父親になるんだよ…
ヨウコさんの眼からは止めどなく涙が流れていた…
オレは…何も言えず…何もできず…
ただ…心の中に灯った火が消えかかっていく気がした…
でも…でも…このまま終わってしまうのか…
もうヨウコさんとは離れなければならないのか…
悔しさと悲しさが込み上げてきた…
歯を食いしばった…
どうにもならない溢れ出そうな感情が言葉になろうとしていたのを
歯を食いしばってガマンした…
知らぬ間に涙がオレの頬をつたっていた…
その時ふいに言葉が出た…
オレ
ヨウコさん…オレ…
言いかけたオレの口をヨウコさんは自分の唇で塞いだ…
ヨウコさんはオレの首に腕を回し力を入れた…
唇を離すとヨウコさんはオレにしがみついてきた…
ヨウコさん
好きなの…れいじクンのコトが好きになったの…やっとれいじクンと気持ちが通じあったのに…でも…でも…
オレ
ヨウコさん…
オレはヨウコさんを力強く抱きしめた…
お互いの頬がお互いの涙で濡れていた…
ヨウコさん
…れいじクン…現実に戻ろうよ…私達…どうにもならないんだよ…
ヨウコさんはそう言うとゆっくりオレからカラダを離した…
でも…手だけは離さなかった…
ヨウコさん
れいじクン…本当にありがとう…そしてごめんなさい…ワタシのコトは早く忘れて…良いパパ良いダンナさんになってね…戻るね…
ヨウコさんはオレの手を掴んでいた自分の手を離し
車の向きを変え元来た道へと車を走らせた
終わってしまった…
ヨウコさんとは終わってしまった…
オレの心に刺さった何かが抜け落ちた気がした…
やがて車は幹線道路にたどり着きオレのアパートに向かう
ヨウコさんの車から降りるコトはヨウコさんと別れるコトになる…
オレのアパートの前でヨウコさんの車から降りると
オレは夜アパートに帰る度にヨウコさんとの別れを思い出してしまう…
今車を走らせている幹線道路沿いには
ヨウコさんと立ち寄ったコンビニがあることを思い出した…
オレ
…ヨウコさん…あの…この先のコンビニに寄ってください…
ヨウコさん
…エッ…ウン…
ヨウコさんの車はコンビニの駐車場に滑り込んだ
オレ
…ヨウコさん…オレ…ここで降ります…
ヨウコさん
…エッ…れいじクンのアパートまでまだ距離があるよ…
オレ
…大丈夫です…ここからタクシー拾いますから…
そう言ってオレはヨウコさんの車から降りた…
同時にヨウコさんも車を降りた…
車を挟んでお互い見つめ合った…
"精一杯の強がりをしよう"
そう思ったオレは一言だけヨウコさんに言った…
「元気で…」
そのままヨウコさんに背中を向けて歩きだした…
ヨウコさんが小さく…"れいじクン…"と言った声が聞こえた…
振り向いてもう一度だけヨウコさんの顔を見たい衝動にかられたが
拳を握りしめてガマンした…
タクシーなんて最初から拾うつもりはなくて…
どうにもやるせない気持ちをただひたすら歩くことで
少しでも減らすことができたらと思った…
夏の夜道は湿り気を含んでいて生ぬるくて
なんだか水の中を歩いているようだ…
さっきヨウコさんから言われたコトを一つずつ思い出した…
"…これ以上ワタシと繋がっていてはダメ…れいじクンには奥さんいるんだよ…もうすぐお子さんも生まれて父親になるんだよ…"
"好きなの…れいじクンのコトが好きになったの…やっとれいじクンと気持ちが通じあったのに…でも…でも…"
"…れいじクン…現実に戻ろうよ…私達…どうにもならないんだよ…"
"れいじクン…本当にありがとう…そしてごめんなさい…ワタシのコトは早く忘れて…良いパパ良いダンナさんになってね…"
ヨウコさんの話し一つ一つがオレの心を切り裂いた
でも…
ヨウコさんの言うとおりだ…
オレ達はどうにもならない…
それにオレにはオレを待っている家族がいる…
家族のもとに帰るだけだ…
この道を歩いて家族のもとに帰るんだ…
そう自分に言い聞かせていないと気持ちが押し潰されそうになった…
後悔と喪失感に潰されそうになりながら…
家族のコトを思い自分を奮いたたせようとしながら…
ひたすらオレは夜道を歩き続けた…
かなり歩いて見覚えのある街並みのところまで来た
空気の臭いが変わってきたと思ったら雨が降り出してきた
最初パラパラと降っていた雨は急激に強く降ってきた
あの日…ヨウコさんが事故をしたあの雨の日…
あの日オレはヨウコさんと…
今降ってる雨はあの日と同じ雨のような気がした…