付けっぱなしのテレビが突然大音量を響かせたのでビックリして目を覚ました
昨夜はリビングのソファーでそのまま寝てしまい
寝返りと同時にカラダの下に入ったテレビのリモコンを触ったようだ
慌ててリモコンを操作してテレビの音量を下げた
リビングのテーブルには飲みかけの缶チューハイが1本あり
床には缶チューハイの空き缶が4本転がっていた
軽い頭痛を感じながら空き缶を片付け
浴室でシャワーを浴びた
シャワーは昨夜の雨のようにオレに降り注いだ
昨夜…
映像の巻き戻しを見るかのように昨夜のコトを思い出した
雨に打たれて歩くオレ…
夜道をうなだれて歩くオレ…
コンビニでのヨウコさんとの別れ…
公園駐車場での車中の出来事…
アパート駐車場でオレに声をかけたヨウコさん…
ヨウコさん…
ヨウコさん…
頭の中はヨウコさんのコトで一杯だった…
"…れいじクン…現実に戻ろうよ…私達…どうにもならないんだよ…"
ヨウコさんの言葉が何度も頭の中を駆け巡った…
どうにもならない…
その通りだ…
後悔と喪失感がオレの心を暗く覆う…
無理やりユミの笑顔を思い出した…
嬉しそうにオレに腕を絡ませてくるユミ…
オレにしがみついて不安そうにオレの顔を覗き込むユミ…
ユミはオレを待ってる…
ユミにはオレしかいない…
シャワーから出たオレはユミに電話した
オレ
おはよう!ユミ。
ユミ
おはようって!もう 11時だよ!今起きたの?
オレ
エッ!そんな時間なんだ!さっき起きてシャワー浴びてたんだ。
ユミ
昨日は暑かったよね。お給料日だったから冷たいビールでも飲みにいったんでしょ?
オレ
あっ…あぁ…ノザワ達に付き合ってね。
一瞬だけ昨夜の出来事を思い出す…
飲んだのはビアガーデンで同僚と飲んだビールではなくて
暗いリビングで一人で飲んだ苦い味をした缶チューハイだ…
ユミ
飲み過ぎなんじゃない?大丈夫?
オレ
大丈夫だよ。シャワー浴びたらスッキリしたよ。ユミはどう?
ユミ
変わらないよ!ところでそろそろ赤ちゃんの名前どうしようかと思って。
オレ
そうだね。でもあと8週間ぐらいあるからじっくり考えようよ。
ユミ
もう、お父さんがうるさくて!産み月になってからでは遅い!とか、先に名前を決めておいた方が安産だ!とか、ホントにうるさいんだよね。その度にお母さんに叱られてるけどね。
オレ
お義父さんらしいね。
ユミ
私ね、ケンちゃん、とか、トモくん、よりも、ユウくん、とか、まあくん、って優しい感じがしていいなってと思うんだけど、どうかな?
オレ
そうだね。か行やた行よりもま行やや行の字のほうが名前の響きが柔らかい感じがするね。
ユミ
そうでしょ!お父さんは逆のこと言うんだよ!か行やた行の字が入ったほうが男らしいんだ!って!自分は "ヨシオ" って名前なのに!
オレ
じゃあ、ま行やや行の字を最初に付けた名前を考えてみようか?
ユミ
そうだね!お互い候補の名前を出してみて、それから、れいじの気にしてる画数を調べてみようよ。
オレ
うん、わかった。思いついたらメールするよ。
ユミ
私は名前の候補を全部メモ書きしとくね。れいじ、今日の予定は?
オレ
とくに…なにも…アッ!…夜は取引先の○○産業の創立記念パーティーへ行くんだっけ⁉︎
ユミ
え〜⁉︎また、飲み会⁉︎
オレ
飲み会なんかじゃないよ。確かにアルコールは出るだろうけど、社長と部長も一緒だから仕事みたいなもんだよ。
ユミ
そうなんだぁ。サラリーマンも大変だね。
オレ
まぁ、仕方ないさ。
ユミ
でも、あんまり無理しないでね。
オレ
ありがとう。オレは大丈夫だよ。ユミこそ大事にしてよ。
ユミ
うん。ありがとう!…れいじ…
オレ
どうしたの?
ユミ
…私のコト愛してる?…
オレ
当たり前でしょ。
ユミ
当たり前とかじゃなくて。ちゃんと言って!
オレ
…ユミ…愛してるよ。
ユミ
私もだよ。れいじ、愛してるよ。…お盆休みにこっちに来る日が決まったら早く連絡してね!
オレ
うん、わかった。
ユミ
それじゃあね。また、電話かメールしてね。
オレ
うん、わかった。じゃあね。
電話を切ってオレは現実に戻ったことを実感した
ユミの声を聞いたことで少しだけ気持ちが落ち着いた
やっぱり…昨夜の出来事を思い出すが…
帰るべきところへ帰ってきたんだ…
これでよかったんだ…
と自分で自分に言い聞かせた
窓のカーテンを開けると
真っ青な空から強い日差しが照り付けていた
今日も暑くなりそうだ
近くの公園からはセミの大合唱が聞こえてきた
久しぶりに布団を干してシーツを洗濯した
近くのクリーニング屋へ行きワイシャツを出した
家の中と浴室を掃除したら汗びっしょりになった
体を動かしていると少しだけ昨夜のコトを忘れることができた…
家のことをいろいろやっていたら16時近くになった
パーティーの受付は18時からだ
ここから駅まではバスで1時間程度かかる
そろそろ支度をしなければと思ってシャワーを浴びた
シャワーを出て下着を付け新品のワイシャツを着た
スーツを身につけビジネスバッグを持って家を出た
バス停でバスを待っている間はなにもすることもなく
なにもすることがなくなると昨夜の出来事を思い出してしまう
気分が落ちて来たところでバスが来た
バスに乗りシートに座った
やはり昨日の出来事がよみがえってきた…
"…れいじクン…現実に戻ろうよ…私達…どうにもならないんだよ…"
ヨウコさんの言葉が頭の中を駆け巡った…
"どうにもならない…"
そう、オレとヨウコさんはどうにもならない…
また…気持ちが沈んでいった…
バスは駅前のバスターミナルに到着した
バスを降りて地下階の連絡通路から駅ビルに入った
土曜日の夕方なので連絡通路や駅ビルは人で溢れていた
人の流れをぬいながら駅前のホテルへの通路を進んだ
ホテルのロビーに到着すると部長がフロント前に置かれたブロンズの彫刻の横で待っていた
部長の姿をすぐに見つけ声をかけた
オレ
部長、本日はよろしくお願いいたします。
部長
おぉ、来たか。れいじクン、今日はよろしく頼むよ!会場は3階だから先に受付を済ませておいてくれないか。社長はギリギリに到着すると言っていたので、私がここで社長を待つことにするよ。
オレ
分かりました。それでは先に受付を済ませてきます。
3階へ移動すると、パーティー会場付近には見覚えのある同業他社の担当者や他の取引先の担当者が既に受付テーブルの周りにいた
顔見知った人達にひとしきり挨拶を交わしてその場をやり過ごし
受付を済ませてネームプレートを受け取り一階に戻った
ロビー手前のエレベーターホールを通ろうとした時
ロビーに近いエレベーターに乗り込むずんぐりとした背の低い中年男性とスラッとした女性を見かけた…
背格好はヨウコさんに似ていたが髪型がまるで違っていた…
ヨウコさんの髪は肩より長くて毛先がウェーブしているが
エレベーターに乗り込んだ女性はストレートなショートボブだった…
エレベーターに乗り込む瞬間を見たので顔は見ていないが
センスのいい特徴あるピアスが印象的だった…
高級クラブのホステスと客の男性との組み合わせのように見えた
ホテルの最上階にはイタリアの作曲家の名前をつけたレストランがある
おそらくホステスと客の男性がホステスの出勤前に一緒に食事をするのだろう…
男がいて女がいて…
男は女の気を引くために金を使う…
経済の何割かはそれかもしれない…