部長のところへ戻るとちょうど社長が到着していた
オレはすかさず社長に挨拶した
オレ
営業二課のイシヅカです。今日はよろしくお願いいたします。
社長
おぉ!よろしく頼むよ!キミのコトはカワニシくん(部長)から聞いてるよ。昨年はキミが○○産業を担当していたんだってね。ご苦労様!それじゃ行こうか!
社長を先頭に部長とオレはその後に続いた
パーティー会場に入り指定されたテーブルにつくと同業他社の代表や担当者と同じテーブルだった
席に座るまでしばらく社交辞令の挨拶を交わした
テーブルにつき19時になってパーティーが始まった
まずは○○産業のキダカ社長の挨拶があった
キダカ社長の挨拶は簡潔ではあるが、関係者の方々への感謝の念が深く伝わる内容だった
次にヨシノ専務の挨拶があった
ヨシノ専務の挨拶は長く、所々で○○産業の業績と自分の経歴をひけらかす部分があり、なんとなく嫌味な印象を受けた
ヨシノ専務の挨拶のあと、部長がオレに耳打ちした
部長
ヨシノ専務はキダカ社長の末妹の夫なんだよ。最近まで銀行に務めていてね。銀行を退職して○○産業に入社したばかりなんだが…あまり、評判の良くない人物らしくてね…今日はそのことを頭に入れておいてくれ。それと、今にキダカ社長とヨシノ専務が我々のテーブルに挨拶にくるから、その時の社長とヨシノ専務の態度や顔色をよく見ておくようにね。面白いモノが見れると思うよ。
部長はそう言うと意味ありげに微笑んだ
やがて、キダカ社長とヨシノ専務が招待客のテーブルへ挨拶に回り出した
社長と部長とオレの座るテーブルへキダカ社長とヨシノ専務がやって来た
社長とキダカ社長は挨拶を交わし握手をした
次にヨシノ専務が社長に挨拶をし握手をした瞬間社長がヨシノ専務の耳元でなにかを囁いた
ヨシノ専務の顔色がしだいに暗くなり額には冷や汗まで滲んできた
目はうつろとなりハンカチを取り出して額の汗を拭きながら社長にペコペコ頭を下げて
キダカ社長の後に続き他のテーブルに行った
部長が社長に声をかけた
部長
さすが社長!うまくいきましたね。
社長
やはりアイツは小心者だな!キダカくんの跡を継ぐのはちょっとムリだろう。
社長と部長は事前になにかを示し合わせていたのか意味ありげに話をしていた
やがて、パーティーは乾杯の発声とともにアルコールも出て賑やかな雰囲気となってきた
サラリーマンばかりだからなのか、座って料理を食べている者はほとんどいなくて
オレも含めてそこかしこで名刺交換が行われていて
取引や商談の事前協議まで始まっていた
ひとしきり招待客に挨拶や名刺交換が終わりオレはパーティー会場を出てトイレに向かった
トイレから出ると喫煙コーナーで社長と部長がタバコを吸っていた
オレはさっきの社長とヨシノ専務とのやり取りが気になり喫煙コーナーに立ち寄った
部長
おぉ、れいじクン!さっきの社長とヨシノ専務とのやり取りをちゃんと見ていたかい?
オレ
はい!見ていました。ヨシノ専務は堂々とした挨拶をされていましたが、社長と握手をしてからなんとなく態度が変わったような気がしまして…それに社長はヨシノ専務になにかを耳打ちされていたようにも見えましたが…
社長
よく見ていたじゃないかイシヅカくん!
オレ
失礼ですが社長はヨシノ専務となにかおありなんですか?
部長
社長、私が代わりに説明しますよ。れいじクン、ヨシノ専務という人はちょっと問題あってね。女癖が悪いとかパワハラをするとかのウワサが絶えない人でね。パワハラは私も実際にその現場を見たことがあってね。私が○○産業にお伺いした時に就任したばかりのヨシノ専務がベテランの幹部社員を他の社員の前で怒鳴りつけてたところに出くわしたことがあるんだよ。その幹部社員はそれからひと月後に同業他社に転職していたよ。
社長
アイツの女癖の悪さは私が教えてあげよう。アイツは他の女に手をつけては揉め事を起こしたことが何度かあるんだ。キダカ社長にはお子さんがいなくてな。末妹の娘さんを実の娘のように可愛がっていてねえ。末妹の娘さんから父親がいなくなってはいけないからって、ウワサを聞きつけたキダカ社長がいつも尻拭いをしていたんだよ。ところが○○産業の専務になったとたん金回りが良くなったのかやたらと夜の街に繰り出しているらしくてな。○○不動産のハラダ社長の娘さんがやってるラウンジバーに頻繁に通うようになったと思ったら、ハラダ社長の娘さんと男女の関係になっているそうだ。ハラダ社長の娘さんは出戻りのシングルマザーだからヨシノ専務に付け入れられたんだろうな。キダカ社長とハラダ社長は同じ高校の同級生でいまでも一緒にゴルフに行くぐらい仲が良い。ヨシノ専務とハラダ社長の娘さんの件がキダカ社長の耳に入れば流石にヨシノ専務もただでは済まされないだろう。
オレ
そうなんですか。それで社長はヨシノ専務になんて囁いたのですか?
社長
ハハハ!"まさか今夜もあのラウンジバーへ行くんじゃないだろうな。そろそろ手を切らないと○○産業との取引も見直さなきゃならんぞ!"って言ってやったんだよ。あとはヨシノ専務の態度でわかるだろ!
オレ
なるほど!それじゃあヨシノ専務はぐうの音も出ませんね。
社長
いいか、イシヅカくん!よく覚えておきたまえ。人前で大声だして誰かを叱責するようなヤツは大抵小心者なんだよ。大声出すことで虚勢を張っているだけなんだよ。小心者には最初に強烈な一言を浴びせればまず黙ってしまう。そのまま多くを語らずにいれば小心者は勝手にネガティブな想像を働かせて逃げていってしまうものだよ。
オレ
なるほどです。貴重なお話しが聞けました。ありがとうございます。
部長
れいじクン、ヨシノ専務の一件は決して口外してはいけないよ。それにしても社長!ヨシノ専務はこれで大人しくなりますかねえ?
社長
小心者はシッポを巻いて逃げ出すよ。今回の件は娘を心配してるハラダ社長に頼まれてね。ハラダ社長の娘さんのお店は他の人に任せて、娘さんは水商売を辞めて昼間の仕事に就くらしいよ。さあ、そろそろパーティーも終わる時間だろう。会場に戻ろうか。
社長に促されパーティー会場に戻った
パーティーは程なくお開きとなり招待客は散々と帰っていった
部長からこの後どうだ?と誘われたが丁重に断った
○○産業の担当者と久しぶりに顔を合わせて
積もる話をしていたら残っていた招待客はほとんどいなかった
エスカレーターで一階へ降りていくとフロントでずんぐりした背の低い男が大声で騒いでいた
パーティーが始まる前にエレベーターに乗ろうとしていた男だ
男
昨日、確かにエグゼクティブダブルの部屋を予約したはずだ!なんでスタンダードツインの部屋になっているんだ!
フロント係の若い男性は顔を真っ青にしながら、予約システムの画面を確認している
フロント係男性
ご予約は昨日の21時に承っておりまして…その際にご要望されましたエグゼクティブダブルのお部屋は既に満室状態でしたので…
男
だから、なんだ!ここのホテルはオレが間違っているとでと言いたいのか?ふざけるな!
男の剣幕にフロント周りにいる人達まで顔を曇らせていた
エスカレーターで一階に到着するとエントランスロビーには女性がいた
フロントで騒いでいる男と一緒にエレベーターに乗るところを見かけた女性だった
女性はフロントに背を向けた形でソファーに座り顔を下に向けていた
男のフロントでの様子に耐えられないのだろうか
髪の毛の色は明るくてどこかで見たような気がした
エレベーターに乗る時に見かけた特徴的なピアスが目に入った
フロントの横にホテル玄関があるのでフロントに向かって歩いていった
女性の近くまで来た時、ふと女性が顔を上げた
女性の顔に驚きと悲しみが同時に浮かんだ
女性はソファーから立ちあがり両手で自分の口を塞いだ
塞いだはずの口から女性は声を漏らした…
"れいじ…クン…どうして…"
声が出なかったオレはその場で立ち尽くした…
女性は後ろのフロントで騒いでいる男とオレを何度も見た…
オレもフロントで騒いでいる男を見た…
その時なにかがオレの背中を押した…
オレは一歩を踏み出し女性の手を取って自分に引き寄せた…
女性はよろけながらもオレの方に近寄ってオレの眼を見た…
女性の眼からは薄らと涙が浮かんでいた…
しばらく二人でお互いを見つめあった…
オレは女性の手を握りなにも言わず頷いた…
女性もオレに手を握られたまま、なにも言わず小さく頷き下を向いた…
するとフロントで騒いでいた男が静かになった
やがて男はにやけ顔でこちらに近づいてきた
オレはさっきの社長の話しを思い出していた
男
ヨウコちゃん!お待たせ!おや?こちらの方はどなた?
オレ
ウチのヨウコに何かご用ですか?
男
エッ…
男は小さく声を漏らし目を向いてオレを見た
女性はオレの後ろに隠れた
男の顔に驚きと恐怖が浮かんできた
男
エッ…アッ…まさか…
男の額に薄らと汗が浮かんで来た
男はオレを見ていられず周りをキョロキョロと見だした
オレ
ヨウコの仕事関係の方でしたか?
男
エッ…アッ…いや…あの…
男はジリジリと後ずさりを始めた
男の様子は落ち着かず明らかにうろたえていた
男
アッ…アッ…いや…あの…人違いしたようで…
そう言うと男は小走りでホテル玄関へ突進して行った
男が立ち去ったあとオレの後ろの女性がオレの腰に手を回して
顔をオレの背中にくっつけた…
"れいじクン…ワタシ…ワタシ…"
女性は声を殺して泣いていた…
オレは振り向き女性を抱きしめ髪を撫でた…
オレ
ヨウコさん…大丈夫ですよ…
ヨウコ
れいじクン…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…
ヨウコさんはさらに大粒の涙を流しながら泣き出した…
オレはそのまま黙ってヨウコさんを抱きしめて髪を撫でた…