ヨウコさんの嗚咽はやっと止まったが

涙はまだ止まらず濃い目のメイクが崩れかかっていた

落ち着きを取り戻したヨウコさんはオレの体から自分の体を離したけど

指はまだオレの指に絡ませたままだった…


オレ
ヨウコさん…勝手なコトしてすみません…オレ…

ヨウコさん
…れいじクン…ゴメ…ううん…ありがとう…ワタシ…ワタシ…


また、お互いの眼を見つめあった…

ヨウコさんの瞳の中にはオレしかいなかった…

でも…

かすかに残った理性がオレの口から溢れだした…


オレ
タクシーで自宅まで送りましょうか…


ヨウコさんは一瞬とても悲しい顔を見せた…

そして少し俯いたあと上目使いでオレの眼を覗きこみながら


ヨウコさん
…れいじクン…お願い…どこかへワタシを連れて行って…今日はずっと一緒にいて…


いつのまにかヨウコさんはオレのジャケットの裾を摘んでいた…

オレはヨウコさんの手を握り頷いた…


携帯電話を手に取り、ここから車で約1時間の距離にある海沿いのリゾートホテルへ電話した

運良くオーシャンビューのツインルームのキャンセルが出ていて予約することができた


ホテルを出てタクシーに乗り込んだ

タクシーは滑るように夜の街を走り抜けた

昨日の夜ヨウコさんの車で公園から帰るときに通った幹線道路に出た

タクシーは幹線道路を昨日と逆方向に走っていった

まるで昨夜の時間を巻き戻しているように感じた

昨夜ヨウコさんの車の助手席に乗っていたオレは

ヨウコさんとの埋めることのできない距離を痛いほど感じていたけど

今ヨウコさんはタクシーの後部座席でオレにピタリと体をくっつけてずっとオレの手を握っていた


1時間後、タクシーは海沿いのリゾートホテルに到着した

タクシーから降りると湿った南風が海の匂いを運んでいた


フロントで部屋の鍵を貰うときフロント係の若い女性が教えてくれた


フロント係女性
お客様、当ホテルのレストランは全てオーダーストップのお時間となってしまいました。最上階のスカイラウンジであれば軽食をご用意できますが、いかがいたしましょうか?

オレ
窓際のシートを二つ予約してください。イシヅカと言います。よろしくお願いします。

フロント係女性
はい、イシヅカ様かしこまりました。


オレとヨウコさんはエレベーターに乗り最上階へ向かった

ヨウコさんは黙ってオレの手を握ったままだった


スカイラウンジの入り口では店のマネージャーと思われる中年男性が待っていた


マネージャー
お待ちしておりました、イシヅカ様でいらっしゃいますね。お席をご案内いたします。


オレとヨウコさんはマネージャーに案内された窓際の席に座った

スカイラウンジからはこの街のさらに西にある大きな街の夜景が見えた

ホテルの少し先には灯台があって時々水平線の方向を照らしていた


マネージャー
オーダーはいかがいたしましょうか?

オレ
オレはジントニックで…ヨウコさんはどうしますか?

ヨウコさん
…マティーニ…ください…

マネージャー
かしこまりました。


二人とも黙ったまま暗い夜の海を見ていた

時々遠くに貨物船の灯りが見えた

ヨウコさんはテーブルの上に置いたオレの手の甲にそっと自分の手を重ねていた


二人のカクテルが運ばれてきた

乾杯と言うのもなにか変だと思っていたら

ヨウコさんはマティーニを一口で飲み干して、ふうっと一息吐いた…


そして、ポツリ、ポツリと呟くように話し出した…


ヨウコさん
…れいじ…クン…

昨夜…ワタシ…

やっぱり…苦しくて…

悲しくて…辛くて…

れいじクンに…

もう終わりにしようって…

自分から言ったのに…

ホントは…


ヨウコさんの眼からまた涙が溢れた…


ヨウコさん
…昨夜…コンビニの駐車場でれいじクンが車から降りて歩き出した時…振り向いてくれると思ってた…もう一度だけ顔を見たかった…なんでこんなことになったんだろう…なんてこと言ってしまったんだろう…どうして自分の気持ちに嘘をついてしまったんだろう…凄く後悔して…やるせなくて…

…もう会えない…れいじクンに会えない…会ってはいけない…連絡さえもできない…

…あの男にはワタシから連絡したの…あの男に抱かれて…汚されて…そうすれば、もうワタシはれいじクンには会えない…会ってはいけない存在になろうとしたの…


ヨウコさんはそこまで言うと空になったマティーニのグラスを見つめた…

ヨウコさんの頬を伝った涙がテーブルに落ちた…

オレはジントニックを飲み干しヨウコさんの手を握った…


オレ
…部屋に行きましょう…


部屋に入ったオレは強くヨウコさんを抱きしめて唇を重ねた…

オレの背中に回したヨウコさんの腕に力が入った

重ねた唇はお互い開きあって舌を絡ませた…

ベッドに倒れ込みながらお互いがお互いの着ている服を脱がせた…

お互い何も言わず、ただ無言で相手を求めあった…

お互いの身体が繋がった瞬間…ヨウコさんは、"れいじ…れいじ…"とうわ言のように声を漏らした…

オレも、"ヨウコ…" と名前を呼び激しく動いた…



頭の中が真っ白になって…

頭の中がヨウコさんで一杯になった…



ヨウコさんはオレの腕の中で囁いた…


ヨウコさん
…どうして…どうしてあのホテルにいたの…

オレ
…取引先の創立記念パーティーがあってね…

ヨウコさん
…なぜ、あんなコトしたの…

オレ
…なぜだろう…気がついたら行動してたんだ…

ヨウコさん
…れいじクン、"ウチのヨウコに" って…言ったよね…

オレ
…うん…

ヨウコさん
…あの時…凄く嬉しかった…

…多分…あの言葉をワタシはずっと待ってた…

…ワタシの好きな人に…一番言って貰いたかった言葉なの…

…れいじクン…

…ワタシは、"れいじクンのヨウコ" でいいの?…

オレ
……ダメ…かな?…

ヨウコさん
…ダメなわけないでしょ!…ありがとう…嬉しい…


ヨウコさんはそう言いながらオレにしがみついてきた…

自分から唇を重ねてオレの口の中に舌を滑り込ませ絡ませてきた…


ヨウコさん
…もう一度…もう一度抱いて…ワタシをちゃんと"れいじのヨウコ"にして…


また、オレ達は身体を繋ぎ合わせて強く抱き合った…

ヨウコさんもオレもただひたすらお互いを求めあい…お互いの名前を呼びあった…




カーテンの隙間から陽光が差し込んでいた…

すでに明るくなっていた部屋の中でオレは目を覚ました…

オレの横には生まれたままの姿のヨウコさんがいた…

ベッドのサイドテーブルに嵌め込まれたデジタルウォッチが午前6時55分を示していた…

オレはベッドから出て部屋のカーテンを少しだけ開けた…

キラキラと眩しく光る海と真っ青な空があった…

そっと窓を開けると湿った緩い空気が海の匂いと波の音とともに部屋に入ってきた…

深呼吸して外の空気を吸い込んで吐き出した…

しばらく何も考えずに外の景色を眺めていた…


ブルル…ブルル…

ベッドのサイドテールに置いたオレの携帯電話が振動した…

携帯を手に取り画面を確認した…

ユミからのメールだった…


メールはオレを現実に引き戻そうとしていた…