2015年を振り返って
もう1月7日、春の七草を食べる日でもありますが・・・
遅れましたがあけましておめでとうございます。
バジャウトリップも4度目のシーズンを終えて5年目を迎えようとしています。
旧年は元旦から3月中旬まで営業し、その後ゴールデンウイークを含む3月下旬から7月中旬まで休業するという、異例の年となってしまいました。いつもご贔屓にいたしてもらっているお客様には大変ご迷惑をおかけ致しました。その節はたいへん申し訳ございませんでした。
7月中旬からの営業は通常通り行われましたが、今年は台風が多いこと、多いこと・・・。
西表島には3回ほど大きいものが直撃に近い形でやってきました。
しかも、皆週末、休日を狙ってかのごとき高精度で・・・。おかげでだいぶキャンプツアーを中止せざるを得ませんでした。
自然災害なども多くあった年ではありますが、なんとか今年も無事にツアーを行うことができました。
年々、台風は大型化し、天気も読みずらくガイド泣かせな天候が続くことが予想されますが、石垣島の新空港ができてからLCCも定着しつつあり、観光客の方々も多く来られるようになってきています。
西表島に来られる多くのお客様に、この自然のみしかないと誤解を恐れず言える島を案内するうえで僕らのようなガイドはなくてはならない存在だと自負しています。
そのクオリティー、レベルが低いと言われぬよう、日々自己の鍛錬と環境に対する考えを洗練し、多くの人に「本当の西表島」、「八重山の自然」、「沖縄のアウトドア」を伝えられる役割になれたらと思います。
昨年一年を振り返る写真を見ながら、今年のツアーを楽しみに期待してほしいです。
Feathercraftオーナーツアー2015 ~その二~
だいぶ時間差が出てきてしまいましたが、フェザークラフトツアーの模様。
2日目、以前として北東風は強く、この日はここからもう少し行ったところにある西表島の秘境、鹿川湾の前浜に行くことに。
前回(2014年)のツアーでは南風見田浜からいっきに鹿川湾を横断してパイミ崎を越えてしまったので、この桃源郷のような場所を素通りしてしまったんですね・・・。今回はじっくり南海岸を楽しむことになりそうです。
風が強いと思い、実際最初はかなりの追い風に押されていたのですが、ナーピャと呼ばれる岬、通称ロープ岩を回り込むと湾の中に入るためか驚くほどの凪に。
おそらく、西表島で一番北東風の影響を受けない海域ではないでしょうか?
透明度が半端なく、サンゴが丸見えです。
11月とは思えない日差しが差し込み、まさかこんな絵が撮れるとは思いませんでした(笑)
「うぇ~」
「???」
「うぇ~」
誰か叫んでいるか?そう思っても人がいるわけなし。遭難者でもいるのか!?そう思って岸に近寄ると・・・。
なぜかヤギの親子が。
人里近くなら結構見るのですが、こんな辺鄙なところに何故いるのか。謎です。
約一時間ほどのパドリングで鹿川湾の前浜に到着。
鹿川湾は今でこそ無人ですが、昔はここにも集落があり人が大勢住んでいたようです。ただ、この前浜ではなく隣の浜がある場所の、けっこう山の上に集落はあったようで今はクバ(ビロウ)が多く生い茂っています。
西表島では珍しく、沖まで砂地が続いている海岸で、サンゴ礁に守られていないのが特徴です。そのため波がなければ透明度は素晴らしいです。
タープを張り、昼食を食べるとまったりまた~り。
お好みの場所で海を見ながら南海の孤島を思わせる海岸でくつろぐ。
いいじゃないですか!
しかしそんな平和な空間もそれまで。
突然クルーザーがやってきて目の前に上陸。大量の荷物を降ろすやいなや、大人が6人くらい降りてきて、船は彼らをおいて去っていきました。釣り竿がいっぱいあったので打ち込み釣りの渡しだったのでしょう。鹿川では(というか、西表島では)始めて見ました。
まぁ別に僕らだけの空間、浜でもないですしね。距離もあるので最初は特に気にもしませんでした。
僕は夕飯を獲りに海へ。
サンゴ礁もきれいなんですが、ここの海はやはりこの「青」!
これに尽きるでしょ。
白い砂があるからこそ、この色が得られるんですね。いや~、たまりませんよ。
必要な魚を拝借し、皆の元に戻ると早速夕飯の支度にかかります。
そんな中、魚をさばいていると向こうで釣りを始めていたおじさんの一人が近寄ってきました。挨拶をすると、そんなことはどうでもいいとばかりに自分たちの要求をたたきつけ、僕が質問をすると無視。
ん~、いい感じの人たちではないですね・・・。
要は「俺らの釣りの邪魔をするな」ということなんですが、そりゃお互いさまでしょと。僕らは浜の隅っこでくつろいでいるだけなのに、浜全体に釣り竿が並べられて占拠に近い状態。これにはまいりましたが、仕方ない、こういう時は無視に限ります。いや、言うことを無視するのではなく、彼らの存在を…です。
焚火を起こし夕食が始まると、美味い魚に酒も進み、こちらも気持ちよくなってきます。
お客さんが不快な気持ちになったんじゃないかと心配になる人もいるかもしれませんが、むしろこんな前時代的な対応をする人たちをネタにしながら、大いに楽しませてもらいました。
この日は前日の肉祭りとは打って変わって、魚祭り。
金沢からおこしのお客様にも「うまい!」という太鼓判をいただいた西表の魚。
やはり、魚は地産地消、その土地のものが美味いですよ(笑)
秘境、鹿川がだいぶにぎやかになってしまいましたが、十分堪能し、明日の朝、早くにここを出ることに決めました。彼らのこともありますが、朝のまだ風が弱いうちに戻りたかったからです。
その3に続きます・・・
ここ最近のこと
フェザークラフトオーナーツアーの模様が途中で終わったままですが、その後いろいろありまして・・・。
11月18日から12月1日まで西表島を離れておりました。
主だった理由は第13次瀬戸内カヤック横断隊に参加することでしたが、その後滋賀のグランストリームに行くことも、当初はおまけの顔出し程度に考えていたのですが事情が複雑になり、旅の目的になってしまいました。
11月中旬、フェザークラフトの生産が一時中断するというニュースが入ってきたからです。
前々から船体布のカラーバリエーションがどんどん減っていることが気になってはいましたが、けっこう突然にそんな情報が入ってきたのでフェザー乗り関係者の間では騒然となったものです。様々な情報が飛び回る中、ここは直接事情に詳しいグランストリームの大瀬さんに聞いたほうがいいということになったわけです。
フェザークラフトに関してはいまだよくわからない進展具合ですが、はっきり言えるのは
・工場が変わる
・会社はなくならない
・従来のフェザークラフトカヤックは生産中止(エアロナット含む)
・船体布以外のパーツは用意できるので修理等はできる
とのことです。
どうなるかはわかりませんが、それもさることながら今後のフェザークラフト専門店であったグランストリームの動向のほうが個人的には気になる(気がかり、心配)ことでした。
しかしそんなことはどこ吹く風。
考え方を切り替え、これからのことを随分とお話しさせてもらいました。
印象的だったのは、ダグや沖縄カヤックセンターの仲村さんなど、先輩たちが築いてきたカヤックカルチャーの中で僕らは遊ばせてもらっていたにすぎず、彼らの世代から僕らの次の世代へと変わる世代交代の時期ではないかということです。あくまでフェザークラフト内での話なので先輩は上記のお二人を例に出しましたが、シーカヤックや他のマリンレジャースポーツ、アウトドア全般を含めれば多くの先輩たちが作った土台で僕らは好き勝手やっていただけ、親の預金で生活している息子に過ぎなかったのではないか?という話。
そんなメタモルフォーゼの時期を僕らは今、得ているのかもしれないと。
なるほどなと深く思いました。
何故なら僕もそのようなことを西表島のツアー業者間で思う部分が最近多かったこともあります。
言葉にすれば安いですが「変革」の時期なのかもしれません。
流れに乗って生きていくには乗り方も考える時期なのかもしれません。
話は横断隊に戻ります。
2年ぶりの横断隊参加。
原隊長になってからの初参加。
正直、隊のイメージはかなり変わっているのではないでしょうか?
まさに世代交代というか、初期のころに参加していた高橋さんなども今回久々に参加してくれましたが、初期のころに参加していた先輩方は隊の現役を離れ、それに代わって30~40代の人間が隊を継ぎ、20代の若者までもが参加している。
まさに世代交代の兆しがここにも表れているようです。
内田正洋元隊長の娘さんである沙希ちゃんが参加したのが、その象徴のようにも思えます。
シーカヤックという舟は残っています。
しかし実情はかなりその愛好家人口は減少傾向にあるようです。
売れているのはカヤックフィッシング用のシットオンカヤック。そしてSUP。
シーカヤックに荷物を詰め込み、海岸線をツーリングするという王道シーカヤックを愛する人間はもはや天然記念物みたいなものでしょう。フェザークラフトのカヤックが欧州であまり売れなくなっているのは経済の低迷もありますが、カヤックに対するマーケットの減少もあるようです。
僕自身、ニュージーランドに行ったときにそれを実感しました。アウトドア先進国のニュージーランドでさえ、ツーリングカヤックを行うものは減っていて、サーフスキーなどのマリンスポーツ的なものやカヤックフィッシングなど釣りなどに特化する傾向は今の日本と同じです。
世界的にシーカヤックに対する需要が減少している・・・。
そんな印象を受けます。
仕事として考えれば、確かにカヤックに固執するのは時代に合っていないように思えます。
楽しいのにといっても、それが伝わらなければ意味がない。
指を食わえてカヤックをやりたい人を待っていても始まらないわけです。
それでも僕はシーカヤックを漕いでいきたいと思います。
仕事とは別として、やはり本当にやりたいことは海を漕ぐこと。旅すること。そしてそれを伝えること。
そのやり方をもっと深くほりさげなければならないな、と。
一見、カヤックとは関係ないことを換金の手段にするにしても、問題は僕の生き方です。
天然記念物だからといって誰からも保護されるわけではないです。
生き残るため、「漕ぎ続けるため」には何が必要なのか?
んー、そんなことすぐにわかるか!
漕ぎながら考える。
考えたことを言葉にする。
横断隊にはそんな雰囲気があります。一人で落ち着かない、まとまらない、着地しない。
本当に好きなことをやっている人たちだからさらけ出せるもの。
そんな場が心地よくもあり、窮屈に感じることもあり。
適度な間隔で、これからも参加していきたいです。
写真最後は皆が解散するときのもの。安心したのか、一人離れて昼寝する隊長。
原隊長、お疲れさまでした。
Feathercraftオーナーツアー2015 ~その一~
今年も昨年と同じ時期、10月後半から11月頭にかけて、カナダの折り畳みカヤックメーカー、Feathercraftのカヤックを持参できるお客様を対象としたロングツアーを行いました。
今回は西表島大原から石垣島を目指す方向でしたが、北東風が強く、天候も落ち着く兆候がないために西表島の沿岸を漕ぐことに落ち着きました。
風裏でのツアーになりましたが、それでも吹きおろしの突風は風速10m/sを超えることもあり、行きは大原から南海岸まで追い風で行くことができましたが、帰りはすさまじい向かい風の中、途中で切り上げることも何度か考えましたが参加者の馬力あるパドリングと気合によって乗り切ることができました。
さすがです。さすがフェザークラフト乗り。ガイディングのパターンが通常の観光客ツアーとは変わるので僕も気合が入ります。
そんなツアーの様子を写真とともに振り返ってみます。
ぜひ来年度も行いますので(時期は変動すると思いますが)、興味がある方は参考にしてください。
10月30日の夜に集合し、大原の居酒屋で参加者が集まりミーティング。
皆さんで自己紹介などしてご飯を食べたらその日は解散。
翌日31日、朝8時に集合し事前に組んであったカヤックに荷物をパッキングしていきます。
4泊5日の行程なので食料がとんでもない量になり、ガイド艇はかなりの重さに。
今回、お客様3名は「ウィスパー」という比較的小柄な荷物の入らないタイプだったので、大きな荷物はすべてガイドの使う「k-1」へ。これがまた入ること、入ること。普段のキャンプツアーではお客さんの船に割り振るものが、ほぼ入る。それでも入らない荷物を割り振って、デッキに括り付けたりしてなんとか出発できることとなった。
この日はかなり風が強く、大原港を出たときはかなり北東風が吹いていた。
すぐに高速船の航路を横断し、南風見崎を回ってフケガーラに入ると風裏で嘘のように静かになる。こういう場所を探し出して、休憩しながら漕いでいくことができるから一見難しそうな海もあきらめてはいけないね。
吹きおろしが強い南風見田浜を満潮を利用して波打ち際ぎりぎりを漕いで進んでいくと、東屋があるあたりで猛烈な追い風が再び吹いてくる。
ここから先は道路がなく、ピックアップできる状況ではなくなるが、その分日本でも珍しいバックカントリーに入ることになる。ワイルドな急峻な山が迫り、これぞ西表島という雰囲気が醸し出される。
歩いて行ける最後のビーチ、ナイヌ浜でランチを食べ、小休憩ののち出発。
リーフを出て外洋を漕いでいく。
海の色が一気に変わり、深い藍色が美しい。
しばらく風が弱まり、「これは楽勝ですね」と油断したのはちょっと早かった。ナイヌ浜を過ぎてトーフ岩の沖を漕ぐころには再び追い風が強く吹くようになった。追い風だから問題ないと思いきや、潮が逆に流れているらしく、えらく波が立っている。そして風を受けている割には漕行スピードが出ない。
じわりじわりと漕ぎ進み、なんとか本日のビバーク地である浜が見えてきた。潮が引いてリーフ際にはサーフが巻き始めたので西側にあるバリ(サンゴ礁の割れ目)からリーフに侵入し、上陸。
さすがに皆漕げる人たちなので早めに着いたのだが、今回は先を急がないのんびりツアーにしようと前日のミーティングで相談したので、早めにテントを立ててまったりすることに。
しかし風が強いこと強いこと。回ってきた風が海から山から、東から西から吹くのでタープは張らず、木陰でくつろぐことに。時折雨がぱらついたが、それどころではなかった(後半ちょっと張ったけど)。
夕飯はキャンプ初日ということで気合を入れるために肉!まぁ、早く食べないと腐っちゃうというのもあるんですが・・・。
持参したのは当店自慢のリュウキュウイノシシ、1㎏の肉塊!!
こいつをダッチオーブンでちょっとおしゃれに料理。いつもなら豪快に焼いてニンニク醤油で食べてしまうんですが、まぁそれもやったけどいろいろ試して見ました。
〆はイノシシスープとタコライス。
料理が美味いと、皆のテンションも上がっていくのがわかります。素材が良いですからね~。
食後に皆でゆんたくしながら酒を飲んでいると、いきなり「ぐいっ」と僕を押す者が。
何だ??と思って振り向くと・・・
なんとヤシガニ!!
ヤシガニに小突かれるなんて、初めての経験でした(笑)
普段探してもいないことが多いヤシガニですが、こんな時期に自ら現れてくれるなんて、なんていい奴なんでしょうか。食べたいという人もいましたが、おなかいっぱいだったのでその辺でガサゴソ遊んでもらった後、森に帰っていきました。
南国らしいエピソードに見舞われて、初日から上場。
これだからキャンプは楽しいですね。
続きます。
憧れの島、甑島に行ってきました
「甑島」って、皆さん知っていますか?
「こしきじま」と呼びます。上甑、中甑、下甑の3つの島からなっており、まとめて甑島と呼んでいます。
鹿児島県の西、熊本県の天草の南にあり、ドラマのロケ地が与那国島だったので「ドクターコトー診療所」と言えば与那国島と思っている方もいますが、原作ではこの「こしき島」がモデルになっています(漢字はたしか違ったはず)。
この島は断崖絶壁に囲まれており、黒潮の分流があたり潮も速く、東シナ海のうねりを大きく受けるためなかなか条件が良い時は少ないようですが、魚が豊富で島の人たちもそれほど観光に依存していなく、素晴らしい島旅ができるところだと、島旅マニアの間では有名な島です。
そんな甑島、類もれず僕も「いつか行ってみたい島」と思っていました。
魚突きをする友人たちからも「あそこの魚影はヤバい!」と言われ、カヤックを漕ぐ仲間たちからは「あそこの地形はすごい迫力だ!洞窟だらけだぞ!」と言われ、是非ゆっくりと長期間かけて楽しみたいと思っていました。
今回、福岡のサザンワークス松本さんと遠征計画をひねりだし、氏の呼びかけで何名かのプロカヤッカー、アウトドア関係者たちが集まり一週間かけてこの島を周ることになり、僕もやっと憧れの甑島に、素晴らしいメンバーで行くことができることになりました。
◎SOUTHERN WORKS サザンワークス:http://www.southernworks.com/
と、ところが今年は記録的な長雨。。。
沖縄はとっくに梅雨明けしたというのに南九州はいっこうに雨がやまない。鹿児島は6月、3~4日しか晴れ間が出なかったというから困ったもんです。
しかも、台風3兄弟の来襲・・・!
これで集合当日に関東から来るメンバーは参加中止。一時は今回は延期か!?という空気になりましたが参加者の一人はすでに甑島に入っており、僕もじつは早めに鹿児島へ行っていました。そして福岡の松本さんが来ることになり、台風が来るであろう日程より早めに切り上げるということで、とりあえず甑島遠征は決行されたのでした。
普段、「自然はどうしようもないですから、何とでもなる気持ちでツアーに参加してください」とか、「台風も沖縄には必要な自然現象ですからネ」などと言っている自分ですが、
正直、台風なんてクソ喰らえだ!!
と、素で思いました(笑)。やはりどうせなら最高のコンディションで楽しみたいですよね~・・・。
結果、3泊4日の甑島の旅になったのですが、この模様はブログに書くにはもったいないのでホームページのコラムにまとめたいと思います。
これからオンシーズン。忙しくなるので書けるかどうか、何時発表できるのかわかりませんが…がんばって書きたいです。
とりあえず、簡単に写真を並べてダイジェストで旅の雰囲気を感じてください
初日7月6日。上甑島里港に到着。川内港を朝8時50分の高速船に乗れば9時40分には到着です。松本さんは朝の新幹線で博多から来ています。便利ですね~新幹線。
到着時は雨が上がり、歩いて10分ほどのところにあるヤマト運輸の事務所に行ってあらかじめ送っておいたフェザークラフトとキャンプ道具を受け取り、目の前の浜から組み立てて出発。利便性は最高です。
前乗りしていた南伊豆サーフェイスの武田さんと合流してからの出発です。
ちなみに武田さんとは初対面。そして武田さんは今回上甑島2周目に入ります・・・。
◎SURFACE サーフェイス:http://www.the-surface.com/
出発したらいきなり雨が復活。キャンプ予定地についても雨は止まず、むしろ大雨。屋根の下も水浸し。屋根はあっても水はけ悪し。
「こういう時、お客さんいなくて良かった~」
プロガイド3人でそんなこと言いつつ、この劣悪環境を楽しむ。
7月7日。この日は曇り。南東の風。
中甑島と上甑島の海峡を越えると、二人は追い風に乗って漕がずにスイスイ進む。
あのセイル、いいな・・・。
◎Pacific Action Sails :http://www.southernworks.com/tetsu/pacific-action-sails.html
上甑島北西部の断崖絶壁には長雨で多くの滝が現れ、まるでニュージーランドのフィヨルドランドのような景観だった。最高~。
途中上陸して潜る。
武田さんはカヤックフィッシングでアカハタ入れ食い。実際潜るとアカハタがそこらじゅうにいる。
でも一匹突いたらとんでもなくでかいサメがやってきて赤塚、ビビりあがる・・・。ゆ、豊かな海ですね~。
お手頃サイズの魚、よりどりみどり。今回はこのへんにしといてやろう。
ゴロタ浜のワイルドビーチでキャンプ。その辺に落ちてる竹をポール代わりにし、タープ張ってまったりタイム。タープがあれば何でもできる!即席事務所で事務仕事を片付けるビジネスマン武田さん。
「焚火がしたい!」
と、最初はみんなで言っていたのにストーブで各自料理を作り始めたらタープから出るのが面倒になってそのまま夕飯、晩酌。お互い好き勝手やるので楽です。
3日目。7月8日。晴れた!やっと晴れた!!
ひたすら一週間雨の中島を周っていた武田さん、あまりの太陽の嬉しさに夏を先取り。
昨夜の晩飯をすべて一つの鍋に入れ、ごった煮にして朝食。
旨味のかたまりに3人押し黙って黙々と食べるの図。美味い魚のあらは蟹以上に会話が成り立たない。
ゴールまではわずかだったけど、それでも晴れた青空の下、最後のカヤッキングを楽しみ里の西浜に上陸。ここで2人はカヤックを分解して里港まで運んで帰ることに。
僕はまだ時間があるのでもう少し甑島に滞在することにした。台風9号の影響でどの道、島に帰れない状況だったのである。
何故か乳母車に見えてしまうのは、僕だけでしょうか!?
すぐに港まで行けると思っていたら、意外に複雑な道。迷う。そしてどこの港町もおばちゃんは親切です。
2人を見送った後、僕は独りで残りの上甑島のパートを漕ぎ、キャンプ場に泊まるつもりだったが、まだオープンしている様子はなく、シチュエーションもイマイチだったのでそのまま東海岸を南下。
台風9号の影響で南からうねりが入っており、海岸線は波濤がすごい。海は濁り、砂浜にはサーフが巻き、翌日の出艇を考えると良いキャンプ地がない。結局19時過ぎまで漕いで先日泊まった屋根のある公園まで行く。
今回忘れ物が多く、一つは虫除けスプレーおよび蚊取り線香。
西表島では海岸でキャンプする限りあまり必要ないのだが、内地では必要ですね。恐ろしい数の蚊の襲撃を受けました・・・。そしてもう一つが箸。手ごろな枝がなく、この日はペグが箸に。まぁ、何とかなります。ツアーじゃないから。。。
4日目。7月9日。
出発して再び海峡を越え、今度は中甑島の西海岸を南下して下甑島の東海岸に渡り、下甑島の玄関口、長浜港を目指しました。
南東からの台風のうねりは昨日にまして強さを増していましたが、西側はベタ凪で中甑島の西側の絶壁を堪能しました。浜があって上陸し、滝に打たれたりと、それまでにない青空の中、最高に気持ちが良い!雲のかかる幽玄な雰囲気も良かったですが、晴れにはかないませんね。
中甑島と下甑島には現在橋が架けられようとしており、それを知らなかった僕は現場を見てびっくり。
潮流がけっこう複雑で、島渡りは結構難儀しました。そして東側に出るとやはりうねりがデカい。あまり海岸に近寄ることもできず、洞窟探検もままならずひたすら南下して長浜を目指します。
芦浜にあるキャンプ場で一泊する予定でしたがサーフがきつ過ぎて上陸するのがおっくうだったのでそのまま長浜港へ。民宿に泊まり、明日午前中島の西側にバスで行って潜りを楽しみ、午後の便で帰ろうと思っていたのですが解体中に駐在さんが寄ってきて、「明日はフェリーが欠航するかもしれないから」と、忠告してくれ、散々迷ったあげく・・・。その日の最後の高速船で鹿児島に帰ることに。
結局ソロの旅も1泊2日で終わり。3泊4日の甑島カヤック旅となりました。
長浜のターミナルにある食堂のカツカレー。大ボリュームで大満足です!島にはカノコユリがちょうど満開で見ごろを迎えていました。何故甑島にある蔵元、塩田酒造の銘柄「六代目百合」が「百合」なのか、理解できました。
甑島は上陸できる場所もごく限られ、条件がそろわなければなかなかカヤックを漕ぐ場所としては難しい難易度の高いフィールドだと思います。今回は梅雨前線の真下にあったため雨には苦労しましたが、おかげで風に悩むことはさほどなかったです。後半の台風のうねりもなければ、ベタ凪の最高のコンディションだったと思いますが、やはり長期間を万全な状態で漕ぐというのは難しい物です。
カヤックを漕ぐ修練を積み、その価値を見出せるフィールドが日本にはまだまだいっぱいあることに武者震いが起きます。そんな場所を楽しむためにも、自分の技能を高めるため、もっともっと漕ぎこみたいと思う一人のカヤッカーでした。
次回、下甑島かならずリベンジ。漕ぎに行きます。
諦めること
いまだにあの時の選択は正しかったのかと思うことがありませんか?
過去に自分が行った選択が正しかったのか悪かったのか、いまさら考えてもしょうがないと言ってしまえばそれまでだけど、僕には一つ、忘れがたい選択がある。
ニュージーランドの北島をタウランガからケープレインガまで1000㎞を漕いで行こうとシーカヤックで旅をした時、自分の中で期日だと決めていた4月いっぱいにゴールできないことが停滞してテントの中に引き籠っていた時に気づいた。残すところあと130㎞位だったのだけど、諦めてバスに乗りゴールであるケープレインガに向かった。それはデポしてあった車を取りに行くのが目的だったのだけど、車は盗まれて無く、僕は茫然自失でパイヒアの知人マークの家まで戻ることになる。あまりに自分の不甲斐なさと惨めさに熱までだし、マークの家でしばらく寝込んだほどだ。
そんな中、カヤックガイドであるマークから停滞していたキャンプ場まで送ってあげるから、また旅を再開すればいいと提案された。僕はもうすっかりやる気をなくし、車を失くしたショックからもう何もできない、ゴールしてもどうやって帰ればいいのかも考えたくないと一度は提案を断った。だが「お前のカヤックはフォールディング(折りたたみ)だろ?ヒッチハイクで戻ってくればいい」と言われて目が覚めた。まったくその通りだ。そしてその旅の後に彼の仕事を手伝うという約束もして僕は再び旅をスタートさせたのだ。
約一週間の日程、旅はまずまず順調に進んでいった。そして北島の最北端であるシュルビル・クリフを回り込み、あともう少し、15㎞ほどでケープレインガという場所で強力な北西風の向かい風に会い、再び停滞を余儀なくされた。そもそもその停滞することになったキャンプ場も予定では通り過ぎるはずだったのだが、あまりの風の強さに風待ちのつもりでサーフィンしながらギリギリエキジットし、これ以上の前進は考えられなかったから留まったのだ。
でも目の前の海を眼にし、うねりや波の周期を観察していると行けそうな気にもなる。海図を広げて波が巻くギリギリの沿岸ラインを進み、岩陰で風をいなしながら進めば行けるのではないか?と模索する。そして上陸地点のこと、ケープレインガの状況、いろいろ考えるのだが、7割方「無理」という思いがある。客観的に考えてやはり無理な状況なのだ。でも「やりたい」「成功したい」「ここまで来たらゴールしたい」という3割の気持ちも台頭してくる。自分だけならともかく、旅の続行を勧めてくれたマークやこれまでの旅の途中で世話になった多くの人のことを考えると、こんなところで諦めてもいいのか?と思えてきてしかたがないのだ。諦めるにしろ、前進するにしろ、何も決定打がないまま「満潮になって出艇しよう」「明日の朝考えてみよう」と停滞して予定を伸ばし、そして天候はジリジリと悪化していってチャンスは減っていく。夜は正面にケープレインガの灯台の明かりが見える距離だ。風もやや落ち着き、それがまた悩ましくてナイトパドリングをも考えてしまうが、上陸地は遠浅のロックガーデンが拡がるのは知っていたのでベタ凪でもない限り難しい。ちょっとでも進みたいが撤収のことを考えると道があるこのキャンプ場かゴールに行くしかなくなってしまう。
僕は結局、ここでも諦めた。
ほぼ人が来ないオフシーズンに入ったキャンプ場で、唯一いたジャーマンのカップルが出るという。これを逃すととんでもないことになると話を切り出し、ヒッチハイクで最寄りの町であるカイタイアまで乗せていってもらうことになったのだ。海は激荒れ。雨は止まず、カイタイアの宿に着いた頃には雷が鳴っていた。僕は二人に感謝するとともに撤収を決めたタイミングと決断に安堵したが、それでもあの時あのタイミングでカヤックを出発させていれば?考える時間を惜しんで一気に漕ぎ進んでいたら?と今でもふとした時、考えるのである。
できなかったことの言い訳をつらつらと書いただけなのだろうか。確かにもしあの遠征が成功していて無事にケープレインガまで行きついてゴールしていたら、僕はカヤッカーとしてさらに自信をつけていたと思う。でもその一方でこの遠征の失敗のおかげで僕は自分のウィークポイントの発見があり、状況判断に慎重になったとも思う。「カヤッカー」としては勢いを殺してしまったかもしれないが、「ガイド」としては重要な学びを得たと思い、現在は得難い経験だったと自分に言い聞かせている。何よりもし仮にあの時出発していたら、僕は車を失うよりも、もっと大きなダメージを受けていた恐れがあると思うからである。死んでいたら今僕はこの文章を書いていない。
カヤックの旅は漕ぎ手の能力の有無はもちろんだが、それ以上に海況の良し悪し、沿岸の地形、潮流や海流の有無によって漕ぎ進む距離が変わる。そしてビバークできる場所が限られている、撤収できるポイントが決まっていればなおさら条件は厳しくなっていく。漕ぐ能力が異なるメンバーとの混成チームであれば尚更だ。
何か目的が果たせない時、自分の努力が足りなかった、もうひと踏ん張り必要だった、根性が足りなかった…と嘆くこともあるにはある。自分の不手際が問題で実力を100%発揮することなく中途半端に終わった遠征は確かに消化不良で気持ちが良くない。しかし登山やシーカヤックなどではそんな人間の努力や考えをあざ笑うかのように自然は大きく、その力を魅せつけてくる時がある。目的を強く果たしたいと願うほど、自己願望、欲が強くなるほどにその自然の脅威を感じる感覚は鈍くなる。あまりにも目的に固執してしまい客観的に自分の置かれている状況がわからなくなったときには、事故となって自分に返ってくることになるだろう。
そんな中で諦める、引き返す決断をするというのはより失敗の経験を積んでいること、そして冷静でなければできないことだ。
毎年晩秋になると「瀬戸内カヤック横断隊」といって全国のカヤックガイドが集まって一週間、無補給で香川県小豆島から山口県祝島までの約250㎞を漕ぐということをやっている。簡単に説明すればカヤッカーの勉強会である。隊長が一人いて、それとは別にその日のリーダーが選ばれて一日の行動を指示する。朝のブリーフィングから一日の行程を説明し、ナビゲーションを行い、多くのメンバーによるチームで漕ぎ進む。もちろん漕ぐ能力はバラバラだ。そのきめられた条件の中でいかに海を漕ぎ渡り目的地に到着するか。夜は焚火を囲み、酒を飲みながら反省会を行う。その日の行動、理由、ハプニングに対してのリアクション、問題点の改善、色々なことが話し合われる。
この瀬戸内横断隊を最初に立案した海洋ジャーナリストの内田正洋氏はこう言っている。
「瀬戸内海は道場。ここは修練の場」
何も特別なことをやっているのではない。小豆島から祝島まで一週間で漕ぎ切るということが目的なのではない。その過程で起きる様々な事象にどう対応し、何を学ぶかがこの横断隊の素晴らしいところであり、目的であり、面白さなのだ。過去に横断が成功したのは5~6割でしかない。あとは失敗している。僕は第5次、7次、8次、10次、11次と5回参加しているが前半4回はすべて横断に成功しており、「赤塚が来ると横断できる」という変なジンクスができてしまい参加者に祭られていたこともあった。だがその一方で成功しない年の出来事の方が隊員には印象深く記憶にあるらしく、「おまえもまだまだ横断隊をわかっちゃないのぉ」と嫌味なのか激励なのかわからないことを言われ続けていた。でもすでに僕は個人的な遠征では上記のニュージーランドの逸話通り、多くの失敗や挫折を繰り返していたので、むしろ自分の運の良さに呆れ返っていたほどだ。それも11次にやっと(?)完漕することができないことになり、事実、この年の出来事はとても印象深く僕に色々なことを学ばせてもらった。
カヤック遠征は僕にとって自分の責任で自分の能力をフルに使って行うあくまで個人的な遊びだ。その時、その状況、環境で行える全てのことを自分の知り得る限り最大限使って行うもの。だから完全な自己責任で行っている。ルールも自分で決める。それを守ることができなくなった瞬間、遠征は失敗となる。それがシーカヤックの楽しみの一つだからだ。
横断隊はチームでのカヤック遠征を想定した勉強会だ。だから自分の限界など求めないし、完漕するという結果よりもその時々の過程、判断力を鍛える要素が強い。知らない海でもないし、知らなくても知っている人が誰かしらいる。たまに未知な場所もあるがそういう場所を漕ぐときは確かにワクワクするが、それよりも風や潮流、メンバー構成による組み合わせで異なる状況で最善の方法を皆で絞り出す過程が僕は好きだ。
ではツアーガイドをしているそんな僕と、ツアーに参加するお客さんにとって、どういう心構えでツアーを行っていくのが一番いいのだろうか?
たまにしか行わないシーカヤックで、せっかくやるのだから目的を達成したい。そう思うのは人間として当然の欲求だと思う。ましてやお金まで払ってツアーに参加しているのだ。お客様のそういう要望はガイドとして精一杯叶えさせたいと思っている。
しかしいかんせん、アウトドアである、シーカヤックである。海や自然を相手にしていてはどうしようもないことも多い。問題はその「どうしようもない状況かどうか」をガイドがわかっていてもお客様本人が納得できるかどうかである。
何度も言いますが、登山やシーカヤックなどのアウトドアスポーツはど根性だけで完遂できるものではないです。技術も必要だし体力ももちろんいる。でも気力でカバーしきれない圧倒的な力に目的を妨げられる、ある意味とても残酷なスポーツです。その圧倒的な力が本来僕らに安らぎや楽しみをくれる自然であり、天候や海況になります。
残念ながらその自然を知らないのがほとんどの現代人です。だからこそそれを求めに自然の中に入ろうとして、それをできるだけ知っている有能だと思えるガイドを頼るのだと僕は認識しています。
カヤックのガイドとはどういう仕事なのか?西表島のガイドはネイチャーガイドでもあるし、カヤックを教えなくてはいけないからインストラクターでもある。エンターテイナーでお客さんを喜ばせ、ランチには美味しい料理を作ってくれる存在…。もちろんそういう存在でもあるのですが、一番重要なのは「ジャッジを下す」という役割だ。ツアーが始まってから終わるまでの間、リーダーとして状況の変化に伴う行動の判断をしなければならない。
「大雨が降るかもしれない」「風が強くなるかもしれない」という自然環境の変化に対応するのはもちろん、怪我人が出た時の対応、予期せぬトラブルが発生した時の対応などお客様の安全を守るため、もしくはより深い満足度を与えるために最適な判断を下すのが我々ガイドの最も重要な仕事だと思う。ツアーに参加する以上、キツク聞こえるかもしれないがそのガイドさんを信用し、すべての決断を委ねるというのが原則であると思う。そういうフィールドでの決断を下すことにガイドはお金をもらっているとも言えないだろうか。だからこそ、ガイドは日々修練を積み最適な状況判断ができるように努めている。
「諦める」ということはその行為自体、言葉にネガティブな印象を受ける。受験戦争や出世のため、年収アップのためのスキルアップを考えている都会の方にはやはり良い響きはしないだろう。アウトドアでもピークハントなどを目的とした登山愛好家などには苦い言葉だ。
でも僕は決して悪い言葉とは思わない。諦めることはとてもいいことなのだ。諦めてから次に何をするか?それこそが最も重要なことだと思う。「判断5秒」と海の上では言う。なっちまったものはしょうがない。では次にどう動くか?何をするか?それが重要であり、その判断こそがアウトドアにおいて一番面白いことだと思っている。それはもちろんツアーではガイドが行うわけである。一番面白いことをさせてもらっている、割に合わないけど悪くない仕事です。
それでも人間だから悩むことも終わってからある。冒頭のエピソードのように何が最善だったのかは評論家ならともかく僕にはわからない。でもツアーをしてお客様から楽しんでくれた感想をいただいた時は、疑いなく思うのだ。これでよかったと。
当店は基本的に行きたいところ、やりたいことをガイドに伝えていただければあとは「お任せ」でフィールドや内容を当日決めさせてもらっています。もしご希望の内容に添えないようであれば、「諦めて」ください。ご不満がある方はしっかりと説明させてもらいます。
それでもよろしければ、いつでもお待ちしております。
極上の西表島のフィールドに御連れいたします。
シンプルに生きるってやつ
バックパッキングやシーカヤックなどの限られた装備で長距離を移動する遊びをやっていると、本当に必要な物は何かということが気づかされる。
最初のうちはあれやこれやと色々な物を持っていきたくなる。そしてまったく使わない道具の多さとその重さを呪うことになる。こういう遊びは大変だとその行為自体をやめてしまう人もいるがそれでもこの遊びの素晴らしさに目覚めた人は反省を踏まえ本当に必要な道具を選び、良い道具を選び出す。そしてよりコンパクトで丈夫で、軽いものを使用するようになる。
そんな過程から「シンプルに生きる」ということに気付き始めて生活スタイルや人生にも影響を受けている人も多いと思う。日常生活においてどれだけ不必要な物に囲まれて生きていることか。家具から情報、食料、そして人によってはお金まで。本当に楽しい幸せな人生をおくるのに必要な物はそれほど多くないのではないか?と思うわけだ。
アウトドア初心者の場合、自分の技術や能力が低いことからお金があればまず道具に走る人が多い。自分の足りない部分を装備や道具によって補うことができる。体力がなければ軽いものを使えばいい。道具が直せないのであれば丈夫な物を使う。地図が読めないならGPSを使う。天気がわからないからお天気アプリに頼る。
しかし軽い装備でなくても、トレーニングで体力を増せばいい。地図も読めるようになればいいし、修理方法も学べばいい。天気だって観天望気と天気図の見方とパターンをつかめばいい。それだけで道具や装備に頼らずともアウトドアはできるのだ。道具ではなく、人間が持つ潜在能力、知恵や技術を磨くことこそがアウトドアの楽しみであり、「シンプルに生きる」ということではないのか?
西表島でガイドという仕事をしていると少し恥ずかしくなる時がある。
それははやりのアウトドアウェアを身にまとい、その装備こそがこの環境に最も適した格好だと思われることだ。確かにアウトドア用ウェアは優れている。発汗性のいい化学繊維のシャツ、浸透圧素材のゴアテックスのレインウェア。サポートタイツ。フェルトソールの沢靴。防水性能の優れたバックパックなど。
しかしそんな装備がなくとも島の人はナイロンのカッパに木綿のシャツ、作業用ズボンにアメゴム底の長靴で同じ山に入っていく。極めつけは丈夫なビニールでできた肥料袋で作った防水バックだ。島で手に入るもので創意工夫し装備を作り、それでアウトドア愛好家など問題にならない体力と山歩きのセンスでジャングルをガンガン進んでいく。
そういう人たちの存在がある中でガイド業をするというのは、同じ島に住む人間としてはずかしい。
こういう道具があればもっと便利なのに。これがあればもっと先に進めるのに。あれがあればもっと楽しいことができるのに・・・。そういう発想から先人たちは多くのアイデアと経験を活かして道具を発明してきた。だからこそ今のアウトドア業界の広がりがあり、卓越したアウトドアスポーツマンたちが存在する。
その一方で、一方的に進化する道具に任せて体力や技術を向上させるトレーニングを疎かにしている人たちが増えてきているのも事実。「ガイド業」というサービスがその傾向を強くしているように思えて、ガイドを生業としている自分としては心苦しい。
「シンプルに生きる」ということは「無駄なものをそぎ落とす」という意味だけではない。逆にそのそぎ落とした分、自分自身を変化、肉付けしていかなければならない作業があるはずだ。人に頼っていた部分を自分の能力で補う必要がある。
アウトドアで道具に頼って経験値が足りないのに大それたことをしようと思ってしまうのと同じように、生活でも豊かになり過ぎて身の丈以上のことを求めてしまう。僕らは生きるということの本質をないがしろにしていないだろうか?大事な物を忘れているのではないか?そしてそれを取り戻すための努力をしているであろうか?
家電などの便利な道具を使わないのであればその不便さが苦にならない生活スタイルにしなければならないし、生きる為の知恵や技術が必要だ。情報が多すぎるとテレビを見ないのであればより能動的に現代では必要な情報を得る努力をしなければならないと思う。電気を使わないのであれば代わりの熱源を考える必要がある。
島の人に内地から来た僕らはよく「ズンブンが足りないさ」と最初の頃によく言われた(今もそうだが)。
ズンブンとは自分で判断すること、考え得たこと、知恵のことだ。
シンプルに生きるには、何につけてもこのズンブンが必要なのだろう。
シンプルに生きる人のスタイルだけをまねても、それはちっともシンプルではない。それなりの努力を積まなければならないのだろう。
何もないところから生活を始めたこの西表島の開拓民の末裔たちと生活をして、都会から来る観光客の人たちを相手にアウトドアの仕事をしていると、そんなことを考えてしまいます。
FCツアー西表一周!? その③
◎11月3日
深夜、あまりの波の音の大きさにテントからはい出て浜辺を見てみると、カヤックのすぐそばまで波が打ち付け、Wさんがカヤックを引っ張っているところだった。Sさんも起きてきて3人でカヤックをさらに上に運び上げる。風が強くなり波が思いのほか強く打ちつけるようになっていた。
風裏で常に風が吹き付ける状態ではないが、定期的に突風が吹きぬけ、その時の瞬発的な風は十分脅威であった。テントのペグを張りなおし、タープのポールを抜いて這う様に張り、再びテントの中に入った。
明るくなって起きてみると、依然として風は強く、タープを剥がしそうな勢いである。
携帯電話で予報を見ると今日一日中10m/s近い風が吹くようだ。
今現在の場所、モクタンの浜から西表島を一周しようとすると祖納の岬が難所だが越えられなくもない。そこを越えて進んだとしても最北端のウナリ崎を越えることはこの風と海の時化具合から見ると現実的ではないと判断した。手前にビバークできる場所はあるが、風を完ぺきに遮れるかどうかは疑問だったし、ツアー最終日の翌日も超えることは風、海況共に無理だろうと思うので僕の中ではこの時点で今回の一周は9割以上、無理だと悟った。
ちなみに通常のバジャウトリップのツアーでは8m/s以上の風が吹く予報では海のツアーは全面中止。川のツアーは場所によっては開催可能な基準です。さー、困ったな(笑)って感じでしょうか。
実はそうなることは前日から相談済みで、色々な案を出していたのだが今回はせっかくなので仲良川に行ってみて、状況が良ければ再びモクタンの浜でビバーク、悪化しそうであればもう白浜港にあがってのんびりしよう・・・ということになった。
モクタンの浜をゆっくり出発。
上の写真をはたから見るとずいぶん凪だが、よく見ると二人の奥に風紋ができているのがわかりますか?風裏を漕ぎ進む場合はとにかく岸際ギリギリを漕ぐのが鉄則です。油断して沖を漕ぎだすとオフショアの風でじりじりと沖に出て隊がバラバラになって行きますし、横風をもろに受けて危険だし巡航スピードが下がります。
元成屋の岬までは風裏で何とかなったが、そこから先は怒涛の向かい風!
この西表島と内離島の間にある水路は細いうえに風の通り道でもあるのでかなりの風が襲い掛かってくる。潮がよかったのか漕いでいればジリジリと進むことができたが途中で浅くなり、これはいい機会だとカヤックを降りて牽引して歩くことに。
川の河口はまだまだ強い風が吹いていたがここは追い風、これまでの苦労は何だったのかと思うほどのスピードで川の中に吸い込まれていきます。
川幅の広い直線を越えると急に川幅が狭くなります。ここまで来ると風が川の中を抜けることはなくなり、ときどき吹きぬける程度です。場所によっては鏡のように凪いだ川面を漕ぎ進みます。
「まるで同じ日に漕いでいるとは思えないね~」
風が強く、海がとても時化ている日でも漕げる場所がある。西表島の嬉しい特色ですね。
12時前に仲良川の船着場に到着。この日、この川で出会ったカヤッカーは皆無でした。さすがにこんな日にここまで来るツアーはなかったのか?ともかくラッキーでした。
ここから先は20~30分ほどのトレッキング。
漕ぐことが目的で来られたお客様方には西表島の山とその自然を知ってもらえてちょっと個人的にはよかったことです。海ばかり見てても始まりませんし山ばかり見ててももったいない。やはり山と海、そして人の暮らしを知ってもらって西表島という「島」を体感してもらいたくてこの仕事をしている身としては、カヤックの海旅をしに来た方々にもこのような体験をしてもらうのは非常に有意義なことでした。
ネイチャーガイドよろしく、聞かれてもないのにウンチクをたれながら進みます(笑)
仲良川と言えば、このナーラの滝まで来なきゃもったいないというもんですよ!
さすがに泳ぐのは躊躇われました・・・(笑)
再び歩いてきた道を戻り、カヤックを置いた場所で昼食。
腹いっぱい食べたところで帰路に戻ります。
最初は潮が満ちた川の景観の違いと風のなさにスイスイと漕ぎ進む我々。ノンストップで休憩もなく写真を撮ることもほとんどなく前進します。
そして来るときに追い風だった直線に差し掛かると、向かい風が強くなってくるのがわかります。
ここでWさんとSさん、そして僕とHさんとで隊が別れてしまいました。
前を行っていたWさん達はあまりの向かい風に後ろを見ることなく前進し、左側の水路を漕ぎ進み、僕は前方に風裏があるし、いざという時に歩いて行こうと浅い右側を進みます。案の定、最後尾にいたHさんは限界点である向かい風にゲキを飛ばしながら漕ぎ近づいてきます。
Wさん曰く、「漕ぐ手を止めたらもう二度と前に進まなくなると思った」とのちに語っていましたが、先頭を漕ぐ者の定めとして「必ず後ろを確認する」というものがあります。今回は川だったので僕自身まぁいいやと思っていたのですが僕の進路には風裏があって休めるんですよね。ガイドである僕のナビゲーションについてこればもっと楽に行けたし隊もバラバラにならなかった。後ろを確認して右に曲がっていればそれで良かったことなんですよね。
通常のツアーではあらかじめ僕が指示を出してそこを漕いでもらいますが、今回は勝手にやらせてみて、あとから反省点をあげていく形をとったので、「これは後で説教だな~」とほくそ笑んでいたのはここだけの話です。
なんとか自力で漕ぎ切ったHさん。瞬間最大風速は15m/s以上はあったかも・・・。
風裏で一休み。たいてい、エアーポケット、風裏はあるもので、そこまでたどり着いてどう体制を整えるのか?という作戦を立て、組み上げていくのがシーカヤックの楽しみですね。
潮が満潮に近く満ちていたので岸沿いを漕ぎ進み、16時前には白浜港に到着しました。
もはやモクタンに戻るという感じではなかったです。
この笑顔、最高ですね。
もう一周をすることはできないわけですけど、それでもこの達成感に満ちた笑顔。良いなー。
この日はまわしてもらった車に乗って再び南風見田キャンプ場まで行き、飲み屋で打ち上げ!翌日カヤックをバラし、郵送を済ましてしまってからバジャウトリップ裏メニューを堪能してもらってツアーを終了させてもらいました。人によっては今日中に石垣空港から東京に戻る人もいたりして本来ならかなりドタバタする展開になる予定だったところが、ずいぶんと余裕のある時間取りになって良かったです。
カヤッキングとしては2泊3日の西表島半周になってしまいましたが、それでもこの天候の急変を考えれば晴天あり、ベタ凪あり、強風あり、山あり川ありでバリエーションの豊かなツアーになったと思います。特に天候の変更からの予定の変更、ビバーク地の選定、上陸地へのアプローチのタイミングなどは人によっては納得いかない部分もあったかもしれませんが、タメになったのではないかと思います。
西表島の無人地帯を漕ぐということはそれだけリスクも大きいということです。
「しかし漁船にまったく会いませんね~。定置網もないし!」
今回そんなことを言われました。確かに西表島は漁師も少ないし漁労具の設置も少ない。だからこそ人工物のないありのままの自然海岸を見る事ができるのですが、それだけ救助される可能性も低いということです。場所によっては携帯電話の電波も入りにくい場所があります。
そのような場所でカヤックを漕ぎ進ませるためには何が必要か、何を考えなければならないのか?それを考慮し、自分の意思を実行する。
答えはありません。だからこそ、最高に面白い遊びです。
僕個人としてもこのようなツアーは色々な意味でたいへんですが、兎にも角にも面白いので今後も年に一回でもいいから開催していきたいと思っています。今回のツアーも多くの人に「もっと早く知りたかった」という忠告を受けましたので来年度は早期に告知したいと思っています。
皆さんの参加、お待ちしております。やる気があれば自艇をお持ちでなくても相談に乗ります!
そして何より今回参加してくださったSさん、Wさん、Hさん、ありがとうございました。是非白浜からの続きを漕ぎに来てください(笑)
白浜にて、とりあえず無事ゴールの乾杯(笑)
FCツアー西表一周!? その②
◎11月2日
朝起きると昨日と同じく、晴天無風。目の前の海はとても平和な凪が広がっている。
予報では今日の午後から風があがると言われているので油断はできない。なんとしても早めにこの状態であるうちにサバ崎はまわっておきたい。
昨夜の残りで朝食を食べながら本日の作戦会議。
海図を見ながら様々な思慮をめぐらす。
正直、僕の中では答えが決まっているのだが、お客さんの「これはどうですか?」「ここはどうですか?」「こうしたらどうですか?」という意見を聞き、それに対する僕の予想を伝える。お客さんを納得させられないことがある場合、僕も考えてしまう。現場を想像するなかなかいい時間です。こういうシミュレーションが大切です。
海図を見て、現状と今後の天候、潮、風を予想して最善の出発時間、コースを決める。
ある程度カヤックになれてくると、この行程が楽しいのです。
9時15分出発。
崎山湾を横断してウルチ崎を周りこむまでは海は鏡のように凪いで風もない海でしたが網取が見えてくると次第に向かい風が・・・。
前日に比べて北からもうねりが入ってくるようになりリーフ際はサーフがまいてけっこう厄介。網取の浜に上陸して天気予報を再確認します。思ったより早く風があがりそうな予感。そして思っていた通りの強い風になりそうです。
網取湾の入り口は西表島の中でもかなり上位に入るサンゴの状態が良い場所。遠浅の海が続き、エメラルドグリーンではない、ミントブルーの素晴らしい海の上を漕ぐことができます。でもこの時はちょっと風が強くて波立ってしまいイマイチだったかな。それでもこんな感じ。
潮がまだまだ引いていて浅かったのでサバ崎をリーフの外から周りこもうと思っていたが、風の強さとお客さんの巡航スピードにかなり差があるため、リーフの中を行くことに。比較的サーフが弱い場所からリーフの中に入り込み、そこからサバ崎を周りこむことに。
ところがここがデージ風が強い!向かい風の中、必死になって皆さん漕いでサバ崎灯台のふもとにある風裏で一休み。
崎山方面にシュノーケリングやダイビングに出ていた船も白浜方面にほとんど戻っていくのが見えた。お客さんはある船のそばを漕いだとき、「風があがるから急ぎな」と言われたらしい。
10分ほど休憩すると、怒涛の風が吹きすさぶ中に突入。
サバ崎を周りこめば、とりあえず追い風にはなる。しかしラダーが付いていないエアロナットのSさんには後ろななめ横から吹く風には弱く、かなり悪戦苦闘しながらの操船。イダの浜沖まで来ると桃源岬を越えて舟浮の浜に向かう。
予報通りというか、ずいぶんと風があがった。体感では8m/s以上はすでにあったと思う。
流されるように舟浮の前浜に上陸して、昼食はここの食堂で食べることに。行きつけのそば屋に向かうものの、三連休ということもあり売り切れだったり予約があったりで、イノシシカレーが名物の「ぶーの家」へ行くことに。
◎沖縄離島ドットコム:舟浮ぶーの家:http://www.ritou.com/spot/view-iriomote-ir125.html
ここで缶ビールで乾杯してカレーを流し込む。ちょっとご飯をサービスして多くしてくれた。
ご飯を食べ終えて、さて出発しますか・・・というころ、急に雨が降り出した。
「まぁ、すぐやむだろう」と思ってそのままパラソルの中で待っていたのだが雨は思いのほか本降りになってきて、風も吹いて吹込むようになってきた。
おばさんの計らいで屋根のあるデッキに雨宿りさせてもらう。
風上の方を見ても、風下の方を見ても、真っ白になっているくらい激しく雨が降っている。ここはちょっとお言葉に甘えて腰を据えて待つことに。雨具を着てないので風が冷たく、なかなか辛い。家の中まで上がらせてもらい、テレビなど見ながら雨が上がるのを待つ。
・・・しかしあがらない。
1時間ほど待機していたが、らちが明かないので皆で決断してカヤックまで戻ることに。
カヤックに戻って皆雨具を出して完全防備になると、雨は次第に弱くなってきて舟浮の沖を漕ぎだす頃にはやんでしまった。雨のおかげか風も弱くなり、ちょっと安心して今日のビバーク地、モクタンの浜に到着した。
正直、明日もこの風はやみそうもなく、前進するのはかなりリスクが伴った。
なんとか風が凌げるビバーク地を探し出すと、とりあえずここで待機するのがベターだと思った。時間は15時とまだまだ移動することもできる時間帯だったが、無理せずこの日はここで終了。
通常だと日が暮れはじめてからテントを張ってもらうのだが、雨でそうも言ってられず、早々にテントを張ってもらい、各自籠城の準備をしてもらった。低くタープを張って夕飯のためのマキを入れて乾かしておく。僕はツマミになる程度の魚を捕りに行き、各自ゆっくりとしてもらった。
モクタンの浜は連日の北風による時化でだいぶ砂が削られていた。
自然海岸はその自然条件下でめまぐるしく形状を変える。定期的に来てみるとその変わり様が面白いほどだ。昨日テントを張れた場所が今日も張れるとは限らない。森の中ではなく、浜でテントを張っている限り、自然にインパクトを与えることはそれほどないと思うのだが、どうだろうか?
夜はこれから吹く風の強さがウソのように穏やかで、非常に過ごしやすかった。風が思ったより東寄りなのか、それとも弱くなっているのか??明日の行程を再び談義しながら今宵も酒がススム。
10時ころ、ポツポツと皆テントの中に入って行き就寝。
3日目のカヤッキングはどうなることか?淡い期待と心配をよそに夢の中に入って行きます。
…続く!
FCツアー西表一周!? その①
バジャウトリップ西表フィールサービスは大きく分けて二つのツアーへの考え方があります。
一つは西表島の自然を体験してもらうためにカヤックを中心とした様々な手段を用いて自然の中に入って遊んでもらうということ。
西表島に来られる観光客の方、もしくはちょっとアウトドアが好きな方々を対象としたツアーで、ほぼこのお客様がほとんどです。ネイチャーガイド、エコツアーの要素が強いです。
もう一つはシーカヤックン醍醐味を味わってもらい、かつシーカヤックの旅の仕方を学んでもらおうということ。
前者の目的でのキャンプツアーも2泊3日になるとおのずとこの要素がかなり強くなってきます。
もっともコンパクトでシンプルな海を旅するための舟、カヤック(シーカヤック)を用いたツアーです。
今回、フェザークラフトオーナーを対象としたツアーを行いました。
何故フェザークラフトオーナーのみを対象としたのかというと、フェザークラフトという撤収自在の舟の特性をうまく利用した旅を提供する・・・というよりは、カヤックによる旅を意識しているお客様をターゲットにしたツアーにしたかったからです(だからフェザーに限らずファルトボートなら参加OKでした)。
オーナーミーティングがあったばかりでブログの内容がフェザークラフトばかりですが、今回の旅の模様を紹介していきたいと思います。
◎10月31日
31日は島の南にある南風見田キャンプ場を集合場所にして各自集まってもらうつもりでしたが、結局僕が舟をあづかっていたりで港まで迎えに行き、キャンプ場でカヤックを組み立て、明日の出発を前に皆で自己紹介のようなことをしながら飲んでスキンシップをはかりました。
せっかく車があるので七輪を持ってきてリュウキュウイノシシの焼肉で精を付けて明日に備えます。
事前の予報では2日の午後から急激に北東風があがり、海が時化はじめるとのこと。まさかの台風20号も南の海上に生まれ、九州にある低気圧とその前線も気になっていた。
3日からの行動はほぼ無理ではないかとこの時点で考え始めた僕は出発場所の変更も考えたが、可能性を考える限り南風見田から時計回りに出発して1日にパイミ崎まで越えてしまえば2日の午後までに安全圏までには入れそうだった。
お客さんの話を聞く限り、せっかくだから道路のない無人地帯を漕いでおきたいという意見が集まり、南海岸のみをじっくり漕ぎ浜でまったりしようと思っていた案もあったがとりあえず大浜あたりまで漕いで考えようという案でまとまった。
◎11月1日
出発日はこの時期には珍しいとてつもない晴天、ベタ凪の海でスタート。
僕がパッキング終了時にシーソックスを忘れたということに気付くというへまを打ったために出発は大きく遅れて9時30分出発・・・。
南東からのうねりがあり、リーフエッジはサーフが巻いていたがボーラ浜にあるバリから外に出ると緩やかなうねりの中、ベタ凪の海を西へ漕ぎ進む。
今回の参加者は3名。
カヤックはガイド赤塚がk-1、WさんとHさんがカフナ、そしてSさんは何とエアロナット。当初はエアロナットでのツーリングを心配していたが、Sさんの経験と実際に琵琶湖で試乗してみてやり方次第では問題ないなと思い、エアロナットでの参加を了解しました。
すばらしい透明度と景観に皆テンションを上げつつ、グイグイといいペースでパドルを回します。
大浜沖まで来た時点でこれはまったく問題ないと判断。
いっきに鹿川湾を横断して落水崎を目指す。東北東のやや東寄りの風を受けてかなりのペースで漕いでいた。そのためか久しぶりにカヤックに乗ったHさんのペースが乱れてきた。残りの二人は飄々と漕いでいるのでこれはペース配分が大切だ。
落水崎からヴェープ岩までの岩礁帯は個人的にとても好きなのでじっくり見ながら漕げるのはありがたい。
落水崎は南からのうねりがかなり当たって荒れていたが、そこを過ぎるとまた静かな海が広がった。
ヴェープ岩を越えてウビラ岩を越えてからも局所的に潮流が流れる場所があるとはいえ、むしろ上げ潮で追い潮の形になり、潮に乗ればグイグイと進ませることができる。
Sさんは上手く追潮を捕まえてただでさえ軽いエアロナットですいすいと進んでいく。
パイミ崎はありえないくらい静かにたたずんでいた。
岬の沖で記念写真を撮ってしまうほど。
小潮で上げ潮の始まりあたり、潮も速くなく風も東寄り。条件が合えばこんなパイミ崎にも出会えるというわけである。
パイミ崎を周ったところにある浜に上陸。
時刻は13時20分。
3時間40分で南風見田からパイミ崎を周ることができた。商業ツアーとしてはなかなかのペースではないだろうか??Hさん的にはけっこうハードだったかもしれない。でもこの到着してからのビールが美味いこと!
極上の青空と白いビーチがコレマタたまりません・・・!
遅めの昼食を食べてから少し休憩をすると、今日はここでビバークすることにして明日にはガンガン先に進んでしまうので崎山湾に入ってマングローブなどを見にいく。
海洋保護区に指定されている崎山湾は遠浅の海に多くのウミガメが泳いでいた。
満潮時の崎山はマングローブが湾の干潟まで出てきているのでカヤックでマングローブの周りを漕ぐのはとても楽しい。水上での森の探索ができるのは日本広といえどもなかなかないんじゃなかろうか?
西表島で最後に沈むであろう夕陽。
あまりの異常な赤さに皆見とれてしまう。写真の色彩を変えているかといわれそうだが、変えてませんよ。
この日は魚が獲れたのでそれを肴に変えてみなで冷えたビールを飲んで上機嫌。
夜になるとほどよく冷えてきて焚火がありがたい季節が来たものの、半袖で寒くも暑くもない、ちょうどいい気温が心地よい。やはりキャンプは秋だな~と、皆で納得する。
明日から風が強く成る予報であったがこのまま行けるとこまで行けるのではないか?という淡い期待を持ってしまうほど、平和な晩だった。
11月2日へ続く・・・
























































































































































