シリアルアントレプレナー 「3度目の起業」と「初めての子育て」 -5ページ目

「ヒップホップ」と「終わっていない宿題」

毎週日曜日は、週に一度のヒップホップ。僕ではなく、長男のレッスン。念の為。

昨年2月から通い始めたので、そろそろ一年になる。

自分から習いたいと言い、4歳から習い始めたバイオリンは、通い続けてはいるが、練習は全然…。

しかし、ヒップホップは興味が続いている。

レッスンの様子をiPhoneで撮って欲しいと言い、それを見ながら練習する。僕はカメラマンということだ。

昨年の秋を過ぎた頃から倦怠期に入ったかに見えたが、年末にちょっとした「発表会」があり、それがキッカケになったのか?また、「熱」を取り戻した。

それが偶然か必然かは別として、ちょっとした「出来事」がキッカケとなり、人生が変わって行くことがある。

「ちょっとした出来事」という意味では、かれこれ20年近く続いている「恒例の反省会」がある。

先日の反省会で、これからの僕の人生にとって「小さな」でも「明確」な波紋をもたらした一言があった。

恒例の反省会は毎年、年末か年始に行っており、その年の目標達成度を報告し、次の一年の目標を掲げ合う。そして一年後、またお互いの成果を報告し合う、というものだ。

古くから僕のブログを読んでくれている方はご存知かもしれないが、メンバーは以下のとおり。

SONY出身で現在は独立して新規事業開発に関するコンサルティングをされている蛭田さん。

僕が20代の時に働いていたコンサルティング会社の先輩で現在は森ビルで事業開発をされている川端さん。

そして、元アップル日本代表で、ジョブズ主催のエグゼクティブミーティング唯一の日本人メンバーだった前刀さん。

僕だけ他の3人より5~6歳年下ということもあり、反省会のお店の予約は僕が担当しているが、昨年はとにかく忙しく、忘年会にできず、新年会になった。

その反省会で、前刀さんから、あることを思い出させる「一言」をもらった。

今年3月で「大台」を迎える僕は、ここ最近、この先の人生を考えてきたが、前刀さんの一言は、正に、ストライクゾーンど真ん中!だった。

ある「終わっていない宿題」を終わらせなければ、僕の人生は終われない…そのことを改めて認識させられた。

人間は「環境の動物」と言われるように、どんな人達と付き合うかで、人生が大きく左右されるよね。

僕も知り合った人達の「人生」に「影響」を与えられる「生き方」をしたい。

ところで、長男のヒップホップのレッスンに行くと、イライラしていたり、仕事で落ち込んでいたりしても、テンポの良い音楽に気分が高揚してきて「「よしっ!頑張ろう!!」という気持ちになる。

10代の頃、Char に憧れてミュージシャンを目指し、バンドを組んでいた僕は、日比谷の野外音楽堂で満員の観客の前でライブができ、アンコールをもらったら、その場で死んでもいいと思っていたが、残念ながら?その夢は叶わなかった。

でも「音楽」は本当に素晴らしい!!!

Written by my iPhone

「ローカル・ルール」という「鎖国」が好きな「日本人」。

新政権と共に始まった2013年。今年はどんな一年になるのだろう?

自分自身の頭の整理と年初の挨拶を兼ねて、僕の問題意識と、その解決に向けた提案を披瀝したい。

昨年12月30日の日経新聞朝刊一面に、ソフトバンク孫さんのインタビュー記事が掲載されていた。

その中で孫さんは「過去の携帯電話は『日本独自の規格』でガラパゴスと呼ばれ、海外勢を排除してきた。その結果、日本企業が海外進出に出遅れてしまった。もう一度、世界で戦う気概を取り戻さなければならない」と答えている。

そして、「経営者の最も重要な仕事はドメイン(事業領域)を『再定義』すること。日本企業は『本業』という言葉が好きだが、市場が縮小するのに既存事業にしがみつく理由は何か。企業理念を軸に、次の戦略を描くのが経営者の役割だ」と言っている。

誰も異論はないハズである。

しかし、どうやら、そこに「異論」を唱える人がいるらしい。

孫さんのインタビュー記事の翌日、同じく日経新聞朝刊一面に、信じられない見出しが踊っていた。

「政府」が「電機メーカーなどの競争力を強化するために、1兆円もの資金を投じ、メーカーの『工場・設備』を買い取る」という。

その理由は「韓国や台湾などの海外勢」と競うためで、過去に投資した資産の減価償却負担が重いと新たな投資を抑える一因となり、競争力の低下を招いた」としているが、その「投資」を決めたのは「誰」だろう?

「経営者」である。

ということは、経営責任は問われない、ということだ。

仮に、ベンチャー企業がベンチャーキャピタル等から資金を調達し、何らかの技術や設備に投資をし、それが失敗した場合、それらを「帳消し」にしてくれないと新しい勝負はできない、と言ったとしたら、どうなるだろう?

そんな会社はさっさと清算し、残余財産を株主に分配してくれとなるだろう。あるいは、経営者は即刻、クビになる。

政府がやろうとしていることは、我々の税金、それも、財政赤字の日本においては、今まだ税金を納めていない僕たちの子供達が、大人になってから稼ぎだすだろう富の先食いである。

僕は小学校1年生の長男に「税金」という仕組みとそれを何に使うかを決める「政治家」という職業を教えているが、彼がこの話を聞いたら、何というだろうか?

この3連休に訊いてみよう。

次に、安倍首相が頻りに主張している「インフレ目標」について。

もう過去何年、いや10年以上にも渡って異常なまでの低金利にしていても経済が反応しないのに、なぜ、これ以上、資金を供給しようというのだろう?

そりゃ、おカネをどんどん刷れば、おカネの「価値」は「目減り」するわけで「円安」になるだろうし、輸出企業にとっては有利である。

でも、それで「実体経済」が良くなる(構造が変わる)わけではない。

いくら資金を供給しても、いくら金利を下げても、経済が活性化しないのは「潜在成長率」が「実質的にマイナス」だからである。

少子高齢化で人口が減り、市場が縮小していくということは、「労働生産性」が劇的に向上しない限り、デフレから脱却することはできない。

そのような状況にも関わらず、今や「衰退産業」と化した「家電産業」を守るために、未来から借金してまで税金を投入する意味はどこにあるのだろう?

むしろ、衰退産業に従事する人々の「成長産業」への移動を促進するような政策を打った方が、どう考えても有効なはずである。

「変化」は必ず「痛み」を伴うわけであり、「目の前の痛み」を恐れて手術をしなければ、時間の問題で死んでいくしかない。

ところで、昨年末、ある新聞の取材を受けた。

「ベンチャー活性化のためには、どのような政策が有効か?」というものだった。

僕は、こう答えた。

設立3年未等、何らかの「条件」は必要だと思うが、仮に、ベンチャー企業に「1億円」を投資したら、同じ「1億円」を「税控除」の対象にする。

2億円の「経常利益」が出た場合、何もしなければ、約1億円を税金として収めることになるが、僕の提案は、1億円をベンチャー企業に投資することによって、1億円の税金を免除する、というもの。

つまり、手元に残る現金は、どちらも「1億円」ということだ。

税金は払ったら戻ってこないが、投資なら「リターン」がある可能性がある。

事実として、シンガポール等では、研究開発に投じた資金の「250%(だったと思うし、国によって数字は異なる)」を税控除する等の政策を実行している。

税金として吸い上げた場合の問題のひとつは、吸い上げた金額をそのまま公共サービスに使うことができない点である。税金を吸い上げるためにも、配分するためにも「コスト」がかかるということだ。

だったら、経済活動をして生まれた「富(余剰資金)」は、政府ではなく、民間で回した方が効率が良い。

もうひとつ、僕が提案したことは、「整理解雇の4要件」の「完全撤廃」か「大幅緩和」である。

電機メーカー(に限らない)が衰退した事業を思い切って捨てて、新しい事業に舵を切れない理由のひとつに、競争力が無くなった「事業を清算(撤退)」するために、そこに従事していた従業員を解雇するには「整理解雇の4要件」を満たす必要がある、ということがある。

これがトンデモないシロモノで、事実上、解雇はできない仕組みになっているのが今の日本である。

僕はお恥ずかしい話、「整理解雇」をしたことがあるので、それがいかに大変なことか、痛いほどよく分かる。

何も「家電」に限った話ではなく、「繊維産業」等、競争力が無くなり、事実上、日本から消滅していった産業はいくらでもある。

何事も「栄枯盛衰」である。

次いでに、ドラッカーの言葉を紹介しよう。彼は「1995年」に出した論文で、こう書いている。

「先進国の中で食糧を大量に輸入しているのは、日本だけである。その日本さえ、食料生産が弱体化したのは必然ではなく、時代遅れの『米作補助』という農業政策が、近代農業の発展を阻んだからだった」。

「日本以外のあらゆる先進国が、都市人口の増加にも関わらず、過剰農産物の生産者となった。それらすべての国で、農業『生産性』は、80年前の数倍になった。アメリカの場合は、8倍から10倍になった。しかも、先進国のすべてで、今や農民は労働人口のせいぜい「5%」に過ぎない。80年前の10分の1である」。

小沢一郎氏が主張した農業の戸別「所得保証」は、どう考えても支持できない。

また、昨日だったか一昨日だったかの日経新聞25面で、ユニクロの柳井さんが「日本の大学」を酷評していたが、僕は全く同感である。

「競争」がない社会・組織・産業は必ず「腐敗」する。

結論として、日本に必要なことは「延命」ではなく「改革」であり、「自助の精神」である。

「スマイルズの自助論」とミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」を、ひとりでも多くの人に読んで欲しい。

これだけ「情報技術(I.T.)」と「金融技術」が発達し、グローバル化した世の中で、「ローカル・ルール」という「鎖国」は通用しない。

以上が、僕の問題意識とその解決に向けた提案と主張である。

ところで、今朝、今年最初の大阪出張でホームに降り立ち、エスカレーターに向かおうとしたところ、目の前の売店で「カズ」の顔が僕の目に飛び込んできた。

僕と付き合いの長い方はよくご存知のとおり、僕は「カズ」「伊達公子」そして「アイルトン・セナ」が大好きだ。

「一番大事なのは、試合に出て活躍したいという気持ち。お金のためじゃない。もちろん、お金は大事だけど、試合に出て活躍すれば、お金というのはついてくる。若い選手を頑張らせるために僕はやっているんじゃない。僕の背中を見せるためにやっているわけでもない。僕がいるだけでチームの雰囲気が引き締まるとか言われても、僕自身は、試合に出て活躍したいからやっているに過ぎないわけです」。

でも、その「カズ」が頑張っている姿を見て、彼の「生き方」を見て、僕は「気持ち」を「鼓舞」され、「よし、頑張ろう!」という気にさせられる。

一昨日、インターネットリサーチ時代の「盟友」である大谷さんから頼まれて、彼が今、学長を務める「八戸大学」主催の「日本一受けたい集中講義」で講義をしてきたが、超多忙な合間を縫って、とんぼ返りで僕が八戸まで行く理由は、大谷さんの生き方が、社会に「勇気と自信」と「希望」をもたらすからである。

サンブリッジ創業者のアレン・マイナーに頼まれ、2011年3月からサンブリッジの仕事を手伝うようになり、2012年1月5日にサンブリッジ グローバルベンチャーズを設立したのは、アレンの夢と僕の夢が似かよっており、僕がドリームビジョンでは成し得なかったことを実現できると思ったからである。

「失意の日本代表落選」が「カズ」をここまで頑張らせているのだとしたら、インタースコープで「悲願のIPO」を断念し、ドリームビジョンで大失敗をしでかし、晴耕雨読ならぬ「晴『読』雨読」生活をしていた失意のどん底の時代があったことが、今の僕の原動力とも言える。

「人生万事塞翁が馬」。

久しぶに、大好きな「カズ」の記事を読んで気持ちが高揚しているが、今年一年の「マスタープラン」を作成し、地道にコツコツと、頑張ってやっていこう!

アフタヌーンティーのBGM。

サンブリッジ グローバルベンチャーズにとって一年の締めくくりと言っていい「Innovation Weekend Grand Finale 2012」が無事終了し、一段落したのも束の間、大阪市の仕事や客員教授を仰せつかっている法政の修士論文の指導が佳境を迎え、また慌ただしい日々が始まった。

実は、このエントリーは途中まで、大阪駅前の阪神百貨店に入っているアフタヌーンティーで書いていた。今年10月から大阪市の仕事を受託し、かれこれ計10回ぐらいは大阪に来ただろうか?

今年は大阪出張に留まらず、シリコンバレーに3回、ロンドン&パリに1回、プライベートではグアムに1回と、今までの人生で最も移動距離の長い一年になった。

そんなこともあってか、今年2月に第二子が生まれたのが、もう2年ぐらい前のことのように感じる。

ところで、普段の日のお昼は、自分のデスクでおにぎりやサンドイッチを食べる生活をしているが、アフタヌーンティーの店内でゆったりとしたBGMを聴いていると苛々した気分も収まり、穏やかな気持ちになってくるのを感じた。

音楽という意味では、長男が通っている日曜日のヒップホップに行くと、気分が高揚し、やる気が湧いてくる。

音楽には素晴らしい力があるね。

10代の頃、ミュージシャンを夢見ていた僕にとって、音楽はとても大切な存在である。

ところで、サンブリッジ グローバルベンチャーズを設立してからは、ブログの更新もままならず、月に1~2回しか書けなくなってしまったが、2013年からは、また、頻繁にブログを書こうと思っている。

ブログを書くことは、自分の心境と向き合うことになり、気持ちを落ち着かせる効果がある。

忙しい毎日をそのまま過ごしてしまうのではなく、文章にして書き留めておくことで、自分自身の変化にも気づくしね。

来年は、どんな一年になるだろうか?

東京へ帰る新幹線の車中にて。

これからの日本。

自民党の圧勝で終わった総選挙。

僕のブログを読んで下さっている方々は、この結果をどう受け止められたのだろうか?

政治の話を書くつもりはないが、社会の仕組みについて、僕の立場から感じていることを、久しぶりのエントリーとして書くことにする。

年が明けて3月末になると、僕は「天命を知る歳」になる。

初めて50歳を意識した時(35歳になった時)のことを今も鮮明に憶えているが、あっと言う間の15年間だった。

そんな僕は、年甲斐もなく、今年2月に、2人目の子供が生まれた。

客員教授を仰せつかっている法政大学の修士論文の時期と妻の出産が重なり、担当していた学生の人達に病院のカフェまで来てもらって指導をしていたのが、もう2~3年前前のことのように感じる。

そんなことで無事、次男が生まれてきたわけだが、子育てをするには高齢の我々夫婦には、夜中に何度も起こされる生活は、想像以上にキツかった。

それに加えて、新しい会社を始めて、ヘロヘロになりながらやってきたが、ようやく、夜中に起きるのも1~2回程度になり、だいぶ楽になってきた。

と思っていると、先週は、次男から「ノロウイルス」に感染し、あっという間に家族全員に感染した。

それがようやく治ったと思ったら、今度は昨夜遅くに発熱・・・。

子育ての大変さは、子供を育てたことのある人でないと分からない。

乳幼児の頃は、急に具合が悪くなる。また、子供には子供の人格があり、小学生にもなると、子供なりのロジックと主張を持っている。

自分(親)の都合の良いようにはいかない。

ところで、この10月から妻が仕事に復帰した。

長男の時は、5カ月から保育園に預けることができたが、日本経済を反映して、仕事に復帰するお母さんが多いのか?今回は、無認可の保育園まで「空き待ち」には驚いた。

そんなことで、一時保育に頼らざるを得ず、1980年代のユーミンのチケットさながらに、予約解禁の朝は、妻は1~2時間もの間、電話が繋がるまで格闘となる。

しかし、その結果、予約が取れるとは限らない…。

少子化が問題だと真剣に思うなら、場所が無いなどという言い訳はしないはずだ。

事実として、石原さんが都知事だった時、東京都の「認証保育園」という制度ができた。

石原さんは、唯でさえ土地の高い東京で、「庭」がついてないと「認可」しないという、何とも現実離れした制度に呆れたと言って、東京都独自の制度をつくり、区政(東京の場合、認可保育園は区の制度)に風穴を開けた。

すると、「渋谷区」も、庭が無くても「認可(助成額は異なるのかもしれない)」するようになった。

話は変わるが、12/4(火)、僕たちが主催者として開催した「Innovation Weekend Grand Finale 2012」で、日本を代表する「VC & シードアクセラレーター」によるパネルセッションを行った。

パネリストの一人の「おざーん」こと小澤隆生氏が「大企業の新卒採用」を例にあげ、なるほど・・・と思わせる核心をつく素晴らしい発言をしてくれた。

彼曰く、日本の大企業は、新卒採用ひとり当たり、約150~200万円のコストをかけ、年収に400万円(勿論、会社により異なる)を払い、尚且つ、新入社員研修に、150~200万円を費やしているという。

どれだけ戦力になるかも分からない(少なくとも初年度は期待できないだろう)にも関わらず、である。

だったら、才能があり、大きなビジョンを描き、社会をより良い方向に変える可能性がある「起業家」に、もっともっと投資した方がよい!というのが彼の主張である。

おざーんも僕も、1998年頃、ネットビジネスを始めた。

その頃は、そう簡単にベンチャーをキャピタルから資金調達はできなかったし、そもそも、僕らもその一社である「シード・アクセラレーター(創業期・シード期の最もリスクのあるベンチャーに少額を投資し、様々なサポートをする)」なる業態はなかった。

今は、資金調達においても、Cloud, Social Media, Smartphone(App Store, Google Play), Crowd Sourcing等のインフラ面でも、格段に恵まれた環境だと言える。

安倍さんは日銀に更なる「金融緩和」を求めると言っているが、「潜在成長率」がゼロに近い状態では、その効果は疑問である。

将来の税金を払ってくれる「子供たち」や「起業家」にこそ資金が回る(投資する)社会に変えていきたい。

大阪出張の新幹線の車中にて。

存在感の無い「日本の大企業」。一方、ますます人気の「日本食」。

僕がサンフランシスコ&シリコンバレーに出張に来ている間に、衆議院は解散。はたして、結果はどうなるのだろうか?

ところで、今回の出張は、とあるプロジェクトの仕事だったのだが、VC、シードアクセラレーター(インキュベーターと言ってもよい)、ベンチャー経営者、メディア、大企業、アカデミアの方々等、様々な職業の方々とお会いした。

今回の出張で感じたことを、自分自身の備忘録を兼ねて、ブログに記しておくことにする。

ところで、随分と昔(10年以上も前)のことだが、旦那さんの仕事の都合で2年間、ボストンに住んでいた人から「アメリカに住んで分かったことは、(アメリカにとって)日本はどうでもいい国だということ...」という話を聞いたことがある。

東海岸と西海岸とでは、経済の構造が異なり、日本との関係も異なると思うので、サンフランシスコやロサンゼルスに住んでいたとしても同じ感想だったかは分からないが、現在のアメリカにおいて「日本の存在感」は「無い」に等しいのは、間違いないだろう。

日系のホテルに泊まっても、テレビは「韓国ブランド」である。

その一方、「日本食」の人気は、以前に増して高まっているようだ。

僕は20代の頃、New York フリークで、年に2回のペースで行っていたが、あの頃の New York はすでに、美味しい寿司や日本食レストランがあった。でも、当時のサンフランシスコは、今ほど「本格的 and/or 美味しい日本食レストラン」は無かったと記憶している。

金曜日の夜、サンフランシスコで行ったレストランは、元寿司職人の方がシェフをしているとのことで、日本食に使われている素材を使い、それを上手に「西洋風」にアレンジした、とてもオシャレで美味しい料理ばかりだった。

そして、客席は満員だった。それだけ、アメリカ人の味覚が発達してきたということだ。「日本酒」も人気である。

サブプライム以降、米国の経済は悪化したままで、失業率も高止まりしているというが、ここ「ベイエリア」は、とても景気が良いという。

facebook 上場当日、映画の舞台にもなったサンフランシスコで一番の高級住宅街である「Pacific Heights」の不動産は、facebook IPO長者達の「需要」を見越して、一日で「約5%」ほど価格が上昇したという。

また、サンフランシスコ市街に限らず、Palo Alto や Menlo Park といった高級住宅街も、For Sale となった住宅は、モノの2週間ぐらいで売れていくそうである。

因みに、新しい住人(購入者)は、中国人やインド人が多いという。

住宅以外でも、例えば、テレビドラマに出てくる中国人のキャラクターは、成績優秀であるケース多く、中国人や韓国人の存在感が増しており、実際、こちらの高校や大学でも、中国人や韓国人はとても優秀だという。

ここ「ベイエリア」は、まさしく、世界の縮図と言っても過言ではないのかもしれない。

もうひとつ、これは今回の出張に限ったことではないが、僕は「大きな問題」だと感じたことは、アメリアはとにかく、高等教育の「授業料」がバカ高い!!!ということである。

例えば、僕の知り合いのお嬢さんが通っている私立高校の授業料は、なんと「48,000ドル!」。仮に、1ドル100円で計算すると「480万円(年間)」である!!!

サンフランシスコ郊外にある「UC Berkeley」は以前、優秀な学生が行くリーズナブルな学費の「州立」大学として有名だったが、今では、その学費は「30,000ドル(年間)」ぐらいはするらしい。

たしかに、成績が優秀であれば奨学金が出たりはするらしいが、その場合、卒業時には、1,000万円ぐらいの借金を背負って社会に出てくることになる。

日本では考えられない話だろう。

とあるベンチャーのVPをしているアメリカ人の友人に聞いたところ(彼は、UC Berkeley で修士を取っている)、彼が出たころと今とでは、その学費が「6倍」だったか「12倍」だったか、とにかく、メチャクチャ高くなっているという。

その理由は色々とあるようだが、いずれにしても、そうなると、いわゆる「中流層(以下)の親は、子供の教育費を出せなくなる」ということだ。

ある中国系アメリカ人の話によると、カリフォルニアは税率が低いらしく、社会インフラや教育等に充分な資金を投入できておらず、それが問題のひとつだという。

そして、いつからだったか忘れたが、日本でいう固定資産税や所得税が上がると言っていた。

因みに、高給取りのボスの所得税が「15%」で、彼の秘書のそれは「30%」という話を聞いたら、どう思うだろうか?

アメリカ社会は、そういう構造になっており、オバマはそれを是正しようとしたわけである。

そして、東海岸は別として、全米一の「リベラル」な州と言ってもよいカリフォルニアでは、圧倒的にオバマの支持率が高いそうである。

仕事上でもたくさんの成果があった出張だったが、アメリカ社会を理解するという意味でも、とても有意義な出張だった。

さて、そろそろ空港に向かおう!

向き合う「覚悟」。何かを得るには、何かを捨てないとね!

昨年の夏、第二子を妊娠して数ヶ月経った頃から仕事を辞めていた妻が、今月から仕事に復帰した。

長男を妊娠した頃の彼女は大学院に通っており、大学院を休学して出産し、長男が五か月ぐらいから保育園に預けて復学し、卒業(修了)した。

今回の復帰は、その時とは次元の異なるレベルの「時間と体力」のマネジメントが、夫婦共に求められるている。

お子さんがいらっしゃる方はよくご存知のとおり、子供がひとりか二人では、その負荷はまったく異なる。

ましてや我々のように「いい歳」をして子供を育てるのは、体力的に尋常ではなく厳しい。

当たり前だが、子供は一過性のものではなく、生まれたら、少なくとも成人するまで責任が発生する。

機嫌の良い時だけ相手にすれば良いというわけにはいかない。

そんな親では、いい迷惑である。

それは、会社の経営にも当てはまる。

会社を創業したら、その会社に日々向き合い、機嫌が良い時も悪い時も、相手をしていく責任が発生する。

現実と向き合っていく「覚悟」が求められる。

どこかの週刊誌のように、アッサリと連載を止めればよい(止めたことが良かったのか?色々な意見があると思う)というわけにはいかない。

何事も生む(創業する)のは簡単だけど、続ける(育てていく)のは大変である。

体力にも経済力にも時間にも、何事にも限界がある。

何かを得るには、何かを捨てないとね!(選択と集中)

iPhoneからの投稿

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http://innovation-weekend.jp/

TPPと尖閣諸島。ジャーナリズムの本質。

体育の日に絡む連休を利用し、4泊5日で、家族でグアムに行ってきた。前回のグアムは長男が2歳になる直前だったので、5年ぶりだった。

そのグアムで、米軍と自衛隊が上陸訓練を行ったらしい。それに関する記事がニューズウィーク日本版に載っていた。

何人かの軍事ジャーナリスト(すべて外国人)が寄稿しているが、そこに書いてあることを要約すると、一触即発の事態にあるにも関わらず、日本政府は自衛隊を尖閣諸島付近に移動させることをしない(緊迫感がない)という批判。

僕は「一体なぜ?」と思いながら読んでいたのだが、今朝、プレジデントに掲載されていた尖閣諸島に関する記事を読むと、まったく、違う内容が書いてあった。

それによると、2010年11月に来日したオバマ大統領は、日米同盟のもと、尖閣諸島を守る代わりに、TPPに加盟して(米国に対して)市場を開放することを勧めた(求めた)、という政治的取引があったらしい。

実際、同年9月の「中国漁船衝突」事件の際、クリントン米国務長官は「尖閣諸島は日米安保の対象」と明言している。

しかし、今年8月にTPP参加表明をする予定だった野田首相は、国内の反対派に配慮して、参加表明を見送った。

日本がTPP参加表明を見送ったことは、つまり、米国が尖閣諸島(日本)を守る(日米同盟を発動する)理由がないと理解した中国は、ここぞとばかりに攻勢をかけてきた・・・というのが、プレジデントに掲載されてた記事の内容だった。

好戦的だったブッシュ前大統領とは違い、オバマ大統領は、武力行使には保守的。「出来ることなら、中国と揉め事を起こさないでくれ・・・」と思うのは当然だ。

ニューズウィーク(の記事)が批判していた「自衛隊が動かない」理由は、プレジデントの記事によると「米軍の同意が得られない」からだという。

米国のパネッタ国防長官は9月16日に訪日し、自衛隊出動がないことを確認後、19日に訪中。習近平次期国家主席と会談し、「中国が軍事行動を直ちに取らない」という約束の代わりに、中国の「領有権主張」に理解を示したとされている。

米国が理解を示したのであれば・・・ということで、中国は、国連総会をはじめ、各国のメディアに広告まで掲載するというキャンペーンに出たという。

個人的には、いったいどういうことだ?と思うが、「米国債の世界最大の保有国」である「中国」と揉めたくないのは本音だろう。

僕はプレジデントの記事の主張には妥当性があるように思うが、いずれにしても、ジャーナリズムを鵜呑みにすることは危険だということだ。

中国だけでなく、民主化されている「日本」においても。

ところで、TPP参加を反対している人達の主張は、日本の農業を守るということらしいが、具体的にどういう人達で、何のためなのか?

次回は、そのことを書こうと思う。

「復活」を期す「41歳」。

僕にとって今年で2年目になる、法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科での「夏期集中講義」が先週、終了した。

昨年の経験を踏まえてマイナーチェンジを施して臨んだが、実際に講義をしてみると、「ここはこうすれば良かったな・・・」というところがたくさんある。

何事も弛まぬ努力が必要である。

特に、人に「教える」ということは、自分で理解するのとは違い、他の人の「思考回路」と「経験値」を踏まえる必要があり、特に「経験」という「材料」があって初めて学べることがある、ということに気づいたのが、今年の最大の収穫だった。

例えば、2009年、僕が「晴耕雨読」ならぬ「晴『読』雨読」生活をしていた頃、自宅にあったドラッカーの本を手にした時、ご丁寧に「マーカー」まで引いてあったにも関わらず、僕は「読んだ記憶」すら「無かった」ということがある。

実は、僕がインタースコープというネットベンチャーを経営していた時、創業メンバーに久恒 整という「ドラッカー」オタクがいて、彼から執拗にドラッカーを読むように言われていたのだが、当時の僕は全く興味を持っていなかった。

でも、さすがに、そこまで言うなら・・・ということで、読んだのだと思うが、読んだ記憶すら残らないほど「猫に小判」だった。

2009年の「晴『読』雨読」生活の頃は、ドラッカーにしても、クリステンセンにしても、ミンツバーグにしても、一行一行が「五臓六腑」に染み渡るかのごとく、感銘を受けながら読んでいたのだが、ドリームビジョンでの「失敗(経験)」があって初めて、それらの著作で論じられていることの意味が分かるようになったということである。

ところで、先週の日曜日、香川のマンチェスターユナイテッド移籍後の初ゴールが華々しく報じられている片隅に、男子プロゴルファーの「細川和彦」選手の記事が載っていた。

細川選手は「国内メジャートーナメント2勝」を含めツアー8勝の実績を持っており、ゴルフをしている人なら誰でも知っている選手だが、彼は昨季、シード権を失った。

1999年には賞金王争いを演じ、2000年には米ツアーにも挑戦し、2位に食い込むなど活躍していたが、2001年、難病指定の潰瘍性大腸炎と診断され緊急入院。その後は、優勝から遠ざかっていたが、2005年の「日本ゴルフツアー選手権」で復活優勝を飾った。

「復活優勝」以来、また思うように活躍できずにいた細川選手は今年の「KBCオーガスタ(初優勝を決めた大会)」で、新聞記者のインタビューにこう答えていた。

「勝ちたいよね。でも、まずは5位以内に。そうすれば来週も出られる」。

結果は「3位」!!!

身体に「勤続」疲労が出てきた「41歳」だからこそ、ひとつひとつの試合の大切さが分かるのだろう。

石川遼くんだけがプロゴルファーじゃないよね!!

「目的」と「手段」。

8月最後の金曜日は、仕事を通じて知り合い、今年で15年になる友人2人と、久しぶりに食事をした。

ひとりは男性、ひとりは女性。

男性の方は同い年で、尚且つ、お互いの長男も同い年。彼のプロジェクトで米国企業にプレゼンに行ったのが1998年3月9日、その2年後の2000年3月9日にインタースコープを創業しており、何かの縁を感じている。

その彼が最近、日本の大企業を辞めて、多国籍企業の日本法人の社長に就任した。

そんなこともあり、久しぶりに会おうという話になり、3人で食事をした。

彼は、中学時代を海外で過ごしたこともあり、英語が堪能(TOEIC:985点!)で、今までに駐在した国は7カ国と聞いているが、新しい職場には、その彼よりも英語が上手な日本人がたくさんいるという。

しかし、日本側の考え方や日本市場の構造を本社側に理解してもらうことは、「新参者」の彼の方が上手らしい。

つまり、西洋人の思考パターンやロジカルパスに対する理解力が、今までの海外駐在経験を通じて養われたということであり、それが彼の「最大の強み」ということだ(本人も、改めてそう思ったと言っていた)。

ところで、僕は中学で初めて英語に接して以来、英語がとても好きになり、いつかは海外(英語圏)に住んでみたいと思い、大学も「英文科」に進みたいと思っていたが、父親に「目的と手段」を履き違えるな!と言われ、法学部か経済学部でないと学費は出さない!と一喝されたことがある。

父親が言いたかったことは、英文学者や通訳になるのならいいが、そうでないのなら英語は「手段」であり目的ではない、ということだったのだが、当時の僕は、実社会のことは何も分からず、英語以外で興味のあることはバンドぐらいだった。それで仕方なく、しぶしぶ、法学部や経済学部に「近い」学部を探したことを思い出す。

僕の友人の例は、まさしく、父親の言っていたことのように思う。

また、彼は、流通や金融の立場からではあるが「製造業」を見てきており、コンサルティングファームや広告代理店を経て起業し、その後は、ネットビジネスの世界しか知らない僕にとって、大企業や製造業の世界を垣間見ることができる、それも「経営者」の立場から解説してくれる、貴重な存在である。

その彼が「日本の製造業」の「空洞化」に対して、この間まで「240円」だった為替レートが「80円(1/3)!」になっても、まだ、こうして踏ん張っている日本の製造業は「世界的にみてピカイチ!」だと言っていたことは、とても印象的だった。

また、日本は「エンジニア」に対する評価が低い(かった)という僕の主張に対しては、「日本は『経営者』に対する評価も低いよね。現場が優秀だから、部長の延長線上でいいと思っている。日本社会は、リーダーを必要としない」というコメントを返してきた。

「コンセンサス」型の社会・組織構造を善しとしてきた日本社会だが、明治維新や戦後日本の復興を考えると、この難局を乗り越えるには、リーダーが必要だと思う。

稲盛さんのリーダーシップにより、あの「JAL」が復活したことが、それを物語っている。

さて、今日のエントリーのタイトルである「目的と手段」に話を戻すと、父は生前、ゴルフをするために生きているのではなく、生きるためにゴルフをしている、と言っていた。

因みに、ガウス生活心理研究所の油谷さんという方が、彼らの調査研究結果をもとに、50歳までは「健康」=「働くための手段」と考える人が多いのに対して、50歳を越えると「健康でいることが『目的』」に変わるという話をされていた。

僕自身のことでいうと、まだ20代の頃、あるアメリカ人の友人が「There are two kinds. One is "Live to work", the other one is "Work to live".」と言った後に、「Ikuo, you are " Live to work "」と言われたことがあるが、50歳という年齢を意識するようになってからか、子供ができてからか、僕の人生において「大切なこと」が変わってきたのは事実である。

一般的にそうなのかどうかは分からないが、15歳の時に母親、24歳の時に父親を亡くしたことが影響しているのか、僕は子供ができてから、彼らが「成人」するまで「健康」でいたいと強く思うようになった。

10代の頃、僕は父に反発してばかりいたが、その父から学んだことは数知れないし、母がいつも僕に言ってくれていたこともよく憶えている。

長男が20歳の時、僕は「62歳」。次男が20歳になると、僕は「68歳」。

彼等の記憶に残る「生き方」をしたいと思う。

そのためにも「健康」でいないとね。

というと、健康でいることは目的ではなく、手段になってしまうけど…。

@長男のヒップホップのスタジオ

日本は「自家中毒」を起こしている。

最後にブログを更新してから丸々1ヵ月。

「成果を上げる人間は『時間(の確保)』から入る」というドラッカーの言葉を痛感する。

ところで、先週は「夏休み」を取り、弟家族と一緒に、伊豆の貸別荘に行った。

僕たちが滞在した貸別荘は人里離れた山奥にあり、ケイタイの電波も無線LANも飛んでおらず、久しぶりに facebook のない生活を送った。

溜まった仕事が気にはなったが、たまには都会の喧騒を離れて日常を忘れるのも悪くない。

むしろ、雑念を振り払い、本来の自分を取り戻すためにも必要である。

ドラッカーは時間の大切さと共に「捨てる(廃棄する)」ことの重要性を指摘している。

「イノベーションを魅力的なものにするための第一の段階は、すでに活力を失ったもの、陳腐化したものを、生産的でなくなったものの廃棄を制度化することである」。

「廃棄とは、あらゆる種類の組織が自らの健康を維持するために行なっていることである。いかなる有機体といえども、老廃物を排泄しないものはない。さもなければ、自家中毒を起こす」。

「イノベーションには人間のエネルギーが必要である。『有能な人間』という最も希少な資源による厳しい働きが必要である。しかるに、『死体が臭わないようにすることほど涙ぐましく、しかも不毛な仕事はない』とは昔からの諺である。

私の知っている組織の殆どにおいて、有能な人間がこの不毛な仕事を担当させられている。しかも、彼らに期待できることは、膨大なコストをかけて避け難いことを若干、先延ばしにするだけである。

しかし、死体がすぐに埋葬されることが知れ渡っていれば、イノベーションにも速やかに取り組めるようになる」。

「イノベーションを行うには、イノベーションに挑戦できる最高の人材を自由にしておかなければならない。同時に、資金を投入できるようにしておかなければならない。いずれも、過去の成功や失敗、特に惜しくも失敗したものや、上手くいったはずのものを廃棄しない限り不可能である。

それらのものの廃棄が原則となっていれば、誰もが進んで新しいものを求め、起業家精神をかきたてられ、自ら起業家となる必要性を受け入れるようになる。

これが第一段階である。いわば組織の衛生学である」。

ドラッカーの教えに則れば、日本社会の構造、つまり「政治と行政」の仕組みは「賞味期限切れ」であり、「廃棄」の対象である。

日本は「自家中毒」を起こしている。

ところで、昨日から、僕が客員教授を仰せつかっている法政大学経営大学院(MBA)での「夏期集中講義」が始まった。

この講義は、今年で2年目ということもあり、昨年と較べれば勘所は掴めていると思うが、それでも、相手(受講生)が異なるし、時代は1年間、進んでいるわけで、僕もこの一年で学んだことをもとに、講義の中身をブラッシュアップしている。

そして、夏期集中講義が終われば、僕の49年目のシーズンは半分が終わったことになる。

そして、サンブリッジ グローバルベンチャーズの仕事は、いよいよ佳境に入る。

これからの数カ月が、会社の命運を分けると言ってよい。

僕の時間は限られている。

未練は捨てて、「賞味期限切れ」のものは、思い切って「廃棄」しなければならない。

ドリームビジョンでの「大失敗」のお陰で生まれた「時間」で、「晴耕雨読」ならぬ「晴『読』雨読」で読んだドラッカー、ミンツバーグ、ジャック・アタリ、クリステンセンなどの著作から学んだことを、いよいよ生かす時が来たと感じている。

ここで生かさなければ、ただの勉強で終わってしまう。

「イノベーションとは『行動』である」。実現して初めて意味がある。

シリアルアントレプレナー  「3度目の起業」と「初めての子育て」

シリアルアントレプレナー  「3度目の起業」と「初めての子育て」

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