ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(10)
いよいよモンゴル1,000KM彷徨記最終回となりました。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(10)
2007/08/24^28
幹線道路に出ると、通行車両がおおくなりました。途中牧草を摘んだトラックをたくさんみました。もう秋の季節に入っているんだなと感じます。無事午後1時30分、93学校に到着しました。3日4日走行程1,000km の旅は楽しい思い出を作る事ができ、無事FIN
しかし、今夜は、今回ツァー参加された方のさよならパーティが午後6時30分からバヤンゴルホテルで開催されるのです。卒業生も5名この会に参加させる予定です。その後23学校及び93学校の卒業生とのさよならパーティⅡも隣のレストランで開きます。ホテルに帰りシャワーを浴び、午後6時20分にドライバーさんがホテルまで迎えに来てくれました。会場のホテルまで、送迎していただき、4日間の費用を支払い、ここで本当にお世話になったドライバーさんと最後のお別れをしました。本当にありがとう。3日間とも車中泊大変お疲れさんでした。会場に着くと、今回ツァー参加された方々と再会することができ、御礼や挨拶を交わしました。それぞれ楽しい体験をされた様子で、大変うれしく思いました。モンゴル相撲の元横綱の方とも紹介していただけてうれしかったです。会場は晴れやかな雰囲気の中、和やかに宴が行なわれ、馬頭琴の演奏、ホーミーなどが披露され会場は盛り上がってきました。飛び入りでザヤさんが「すてきなお母さん」を日本語で歌ってくれて会場の皆さんから割れんばかりの大拍手をもらいました。「昨年日本の歌コンクールで優勝したよ」と聴いていたんですが、ステージで歌う彼女の歌を聴きすごく感動しました。舞台度胸はたいしたものです。今後の彼女の成長が楽しみです。
その後会場内ビンゴ大会があり景品を戴いて全員ご機嫌でした。会場を、ホテル奥のレストランに移し、さよならパーティⅡの始まりです。すでに、チメグ・ビルゲ・オユン・イデル・ツォーゴット・ズラ・ズラー・ベベ・マルコ・ガナー・ザヤ・バトスク元校長・ウラナ先生・八木顧問・山田元校長なつかしい再会があり、今回もたくさんの卒業生が参加してくれて大変盛り上がりました。チメグのお父さんがホテルまで送ってくれることに、再会するのは何年ぶりだろう。今回、再会できた卒業生の皆さん、本当にありがとう再会できなかった皆さんも次回必ず再会できると信じています。皆さんにたくさんの幸せが来ますようにジャーバイ じゃあまたね
ご冥福をお祈りします。
日本・モンゴル民族博物館 館長
金津 匡伸さんが、
お亡くなりになりました
良き友人として、また尊敬していたお一人でした
あまりにも早い。。。
日本とモンゴルの友好関係に寄与されているのに。。。
これからなのに。。。
残念でなりません。
ただただ、ご冥福をお祈りいたします。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(9)
モンゴル1,000KM彷徨記はまだまだ続きます
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(9)
2007/08/24^28
28日
心地よい、目覚めを覚えソファーベッドから起き上がる。隣部屋の主人の寝室は、夫婦が就寝中です。床には、子ども達が川の字に仲良く雑魚寝している。昨夜眠りに落ちたのは何時だろうか? お母さんが準備してくれたソファーベッドに潜りこんだのが最後。つるべ落としのごとく爆睡したのだ。今朝は、今までの3日間の内で一番暖かいと感じた。この地は、ウランバートルから100Km位なので幾分温かいのかなあと思いをはぐらせながら早朝のまどろみを感じていた。しばらくすると、お母さんが朝食の準備を始める、牛乳を温めているようである。その後主人が仕事の為近くの草原にバイクで出かけて行った。この家はゲルではなく木造の平屋建てである。家の中心にストーブを配し煙突を兼ねた各部屋と接する壁が設けてある。冬の暖房元だろう。炊事用のストーブは玄関入り口横にある。トイレはゲル同様敷地内の母屋とは別棟で外にある。あくまで懐中電灯必要。敷地内には別に井戸棟もある。この井戸には水中ポンプが地上から井戸の水面に下ろしてあり、スイッチの入り切りでホースから水が出てくる。大変便利であり、天然の冷たい井戸水が水汲みに水源地まで行かなくても有る事に感動した。洗面、井戸水の冷たさで眠気が一気に飛んでいった。パンとスープで朝食を戴きました。このときお父さんはすでに農作業に出ていました。子供達も順次目覚め、朝食を取っていますが、2人の子ども達はまだまだ夢の中です。炊事場のテーブル上で、ズラがオセロをしょうと言ってきました。どうも最初から私としたかったのですが、時間が持てなくて今日に至っていたようです。ルールが少しちがいます。同色のコマが相手のコマを挟むと自分のコマになると言うルールです。一戦を交える事に流石、さすが「しませんか」と言ってきたはずです。なかなか手強いです。勝負は完敗でした。2戦目に入りようやく流れが分かりかけた時、ウラナ先生が、「馬が着ました今から乗馬に行きましょう」と言ってきました。オセロを継続したかったんですが、ここを出発する時刻が決まっていたので、ズラには悪かったんですが、次回2回戦にとあいなりました。モンゴルに来て4日にして始めての乗馬です。なんと野生馬のような顔立ち、ロシア鞍をつけた褐色の2頭の馬が来ていました。お父さんが鞍のベルトをしっかり締め直してくれています。いよいよ鞍にまたがり乗馬です。すごい馬です。手綱を持った感触がちがいます。手綱を緩めるとすぐ走り出す馬です。ウラナ先生の馬の鞍の準備が整い、これからはるか前方の山の山頂までトレッキングに出かけます。いったん敷地を出て道路をくだり、川を渡り、長い草の草原を超え道路を横切り草原にでます。最初私はこの馬になれるため30分ほど、手綱を一杯引き、走りたい気持ちを抑えるのに時間を掛けました。草原に出て山の下まで来た時少し手綱を緩めると、瞬時に反応を始め、4拍子のリズムになりだんだん早いリズムになりました。これを数回繰り返し、いよいよ本格的に走り出しました。あっと言うまの2拍子の走りです。するとウラナ先生から、すごいとの歓声ようやく調子がつかめたようです。それから2頭で草原を爽快に走らせました。山頂にはオボーがあり、その周囲を乗馬して3回まわり、馬上から見下ろす眼下の景色はそれは最高です。ここまでは到底歩いてくるのは大変だろうと思いました。やはりモンゴルでは馬なのです。かなりの急斜面でも上ります。どこにいても見渡す限りの草原。そこで馬上の人になれる至福の時間でありました。ゆっくりトレッキングしながら帰路につきました。帰ってくると、ガナーが乗馬したいと申し出てきました。彼女は流石モンゴル人、上手く馬を乗りこなせるようです。以後乗馬の相手になるようだなあと思いました。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(8)
モンゴル1,000KM彷徨記はまだ続きます
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(8)
2007/08/24^28
草原の景色は、走行中も色々な表情を見せてくれます。ようやく草原の道とも分かれ舗装道路へと出ました。この道はウランバートル市内からエルデネットに伸びる幹線道路です。午後6時25分ようやく今日の目的地ボルノール村に到着しました。早速銀行を探す事に、しかし時間が時間ですどうも閉まっているよう。仕方なく諦め、お店で子ども達はおやつやらアイスクリームをGET。どうもこの場所は子ども達の夢タウンのようだ。今夜の宿泊場所はどうもウラナ先生の親戚のお宅らしい連絡もせず突然尋ねていっても大丈夫なのだろうか、一抹の不安が頭をよぎる、家を訪ねること数軒。親戚の家に到着、ここは、敷地の周りを板の塀で囲い中に平屋の家がある造りで、ゲル住居ではなかった。家族は4人でおじいさんが隣の建物に住んでいるとのこと。敷地の出入り口からウラナ先生が挨拶すると、母屋からお母さんが出てこられ久しぶりの再会なのか抱き合って挨拶をかわしました。しばらくして、どうぞどうぞと、お招きを受け、今晩10人がお世話になることに、荷物を降ろししばし休憩、お母さんは早速玄関横の食堂のストーブで夕食の準備を始めました。ウラナ先生が、早速牛の乳搾りを手伝う事に、ここでビックリです。ウラナ先生牛の乳搾りが出来ることに感動です。牛の後ろ両足を紐でくくり、バケツを両足で挟み椅子に腰掛け牛の乳房を両手の親指と人差し指で挟み交互に搾り出すのです。そのリズムやナント軽やかなことか、ピュー・ピューとリズミよくバケツの中に牛乳がたまっていきます。まるで遊牧民の娘さんです。すると、ウラナ先生から「挑戦しますか?」と尋ねられ、「それでは、」と初挑戦牛乳搾りです。おとなしい牛を、捕まえるのですが、どうもこの時間子牛がミルクの時間で、親牛からなかなか離れません。子牛を放すのに一苦労しました。後ろ足を縛り椅子に腰を落とし、バケツを両足に挟んでいよいよ搾乳ですが、なかなか上手く出てきませんこれはかなりなれないとだめなようです。子ども達も順次体験実習をしました。ここの家庭はこの牛乳を街に売りにいくようです。
食堂で順次お母さんの手作り夕食を戴くことに、羊の肉の塩ゆで、モンゴルうどん、そしてここで取れた牛乳でのお茶、チーズを作る時に出来るモンゴル人が一番おいしいと言うウルムを戴きました。羊の肉の塩ゆでは最高です。またパンに乗せて食べるウルムはなんとも言えない美味です。食後子ども達は外で、当家の子ども達とサッカー、バトミントン、バスケットなどで遊んでいました。午後8時過ぎお父さんとおじいさんが農作業の仕事から帰ってこられました。挨拶を交わし持参したタバコをプレゼントしました。日本人が尋ねてくれて、幸せを持ってきてくれたと喜んでくれました。食堂で夕食を取り、居間で、明日の仕事の打ち合せが始まりました。本当に遊牧民はよく働きます。この家族はこの地域の人々と合同でこの近くの草原(かなり遠いと思われる)に共同作業で放牧しているようです。2年前に日本の草刈機を買ったと見せてくれました。この機械が一番便利のようです。雑草刈りに使用する機械が牧草刈りに利用されているとは、これまた驚きであった。農業、酪農の話をしました。農業機械などが欲しいと言っていました。子ども達が、歌のプレゼントをしたいと言ってきました。そうです。キャンプが今夜で最終日なのです。どうやら、さよならパーティを今からやってくれるのだそうです。
まず、マルコ君が御礼の言葉を私に言いたいといいました。今日までの3日間の出来事と、キャンプでの思い出、それから私に対する御礼の言葉、本当に感慨無量でした。それから子ども達全員のスマップの「世界に1つだけの花」の合唱歌は、家中に響き渡り、途中で涙出すズラー、べべそれを気遣うザヤ。整然と歌うズラ、ガナー、マルコ、ツォーゴット。この歌に聞き入るお父さん、お母さん、子ども達、運転手。こんな瞬間が来るなんて思いもかけないことでした。最後はザヤさんが「素敵なお母さん」をモンゴル語のアカペラで歌ってくれました。キャンプ最後の夜は素敵な演出で瞼がウルルンになりました。皆さん本当にありがとう。お母さんが居間にカーペットを敷き、ソファーをベッドに9名がこの居間で寝ます。今日もドライバーは車の中です。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(7)
モンゴル1,000KM彷徨記は続きます
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(7)
2007/08/24^28
流石モンゴル人。ここの草原の草はかなり長い草がそれもところどころ島のように点在しています。だから見通しがあまりよくありません土は幾分粘度がおおそうです。ひとたび雨の天候になればかなりのぬかるみ状態になるものと思われます。しかしわれわれの旅は、天候に恵まれ、快晴続きで快適です。ダートオフロード道を走る事2時間あまりで舗装道路に出ました。見渡す限り直線道路が前方はるか彼方まで一直線に伸びています。映画の撮影シーンの中か、セットされたスタジオでモニターを見てハンドルを握っているかのような錯覚に陥る風景がどこまでも続きます。
窓越しの風は心地よく、対向車、同行車の姿もなくこの道を独り占めできるなんて、モンゴルにもこんな道路があるんだと感じたものです。25日カラコルムに行った分かれ道に出てきました。ここからまた工事中のオフロードの始まりです。村はずれのガソリンスタンドで燃料補給とトイレ休憩。その後村の銀行に両替に行く事に。両替はやはりここでも出来ないとのこと、次のボルノール村で再度探す事に。村外れのところでドライバーさんが寄り道、どうやらこの先の道について確認を取りに入ったようです。
これからは、本線をはずれ草原のわき道に入っていくようです。道はオフロードより走行しやすいのですが、なにぶん、道路標識がないわき道が無数にあります。だからひとつ間違えば、全然違う村、町に行くことになります。ドライバーは遠くはなれた目標物と、現在走っている道とを自分で描きながらかなりのスピードで走ります。無論この道での通行車はありません。どうもこの道を利用する人は限られているようです。けれども、道がある限りどこかにはいけることなのです。放牧されている、家畜、遊牧民のゲルが見当たりません。遠方には、冬の越冬季用のゲル後らしきところが山の斜面のあちこちに見られました。家畜を入れる囲いのような場所があります。まもなく遊牧民達は夏の放牧地からこの地に引っ越すのでしょう。草原の中を車が進んでいきます。程なく停車草原の中で昼食です。パン、ソーセージ、野菜のピクルスでランチです。ハーブの香りがする草の上で全員車座に座りパンにソーセージを乗せピクルスを摘みながら大空のもと、草原の風を感じながらの昼食タイムとなりました。360度見渡す限り草原、私達だけでの舞台デリカ1台と10人だけの草原の物語であった。
昼食後、目的地に向けて車は進みます。時、午後3時45分です。あたり一面白い花の草原になりました。白い花の群生する草原です。白と薄ピンクの花がはるか遠くまで続いていました。今度は、草原の小高い丘の上に巨大な岩石をよく見るとラクダが草原に座っているように見えます。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(6)
モンゴル1,000KM彷徨記は続きます
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(6)
2007/08/24^28
27日
夜少し雨が降っていたようです。目覚めゲルの扉を開けると外の地面には、かすかな潤いがあり雨上がりの早朝の気配はなんとも表現しがたい趣がありました。次々とこどもたちも目覚め、洗面する事に、水をもらいに隣の当家のゲルに子供が水桶から手酌に1杯の水を容器に入れてくれました。これで洗面、手洗いをするのです。子ども達はさすがモンゴル人、手馴れたもので、洗面と、化粧をテキパキとします。
やはり水の大切さを痛感させられた時でした。ホテルの食堂まで歩き、湯をもらい朝食のラーメンとパン、スープを食べました。その後、この村にある銀行に両替に行きました。外には腰を下ろした老人、銀行に入るとカウンターの中には1人の女性職員、カウンターの外には順番を待つ老人が10数人、両替を頼むがここでは出来ないとのこと、仕方ないからウラナ先生が今日どこか違う街で探しましょうとのこと。どうも老人達は国から支給される年金の記帳におとずれているらしい、どこの国も同じようである。村で唯一の公園には子供と遊ぶ母親の姿が。

こんなのどかな村を出発前日パンクしたタイヤを修理すべく村の修理屋を探す事に、1軒の店を発見しかし人影が見当たらない。ドライバーがクラクションを鳴らし始める、しかし誰も現れない仕方ない諦めて、新たな店を探す事に、どうも、パンク修理屋は村のあちこちにあるようだ、ほどなく2軒目を発見、ドライバーさんがタイヤを持ち込み修理を始める。ここで我々は小休止である。どうも先客があるようで少し時間が掛かるようである。ここで修理して置かないと今日の旅は始まらないのである。待つこと30分余り、パンク代1500トゥグリク支払う。子ども達がなにやらウラナ先生と話している。するとしばらくすると、近くの店屋から買い物をして帰ってきた。なにやらビニールテープのようである、1人がテープを切りやわら服をまくりお腹をだすではないか、何をするのかと思いきや、テープをおへそに張りました。次々子供達はこのことをしています。子供達に聞くとどうも、これはモンゴル流お腹痛予防だそうです。日本ではへそのごまを触るとお腹が痛くなると親から言われたものです。そうなるとナンカ理解できました。
親子4人を乗せたバイクが目の前を驀進、すごい光景に遭遇です。
ドライバーのヤブツァイの声、いよいよ出発です。今日の目的地はトブ県のボルノール村です。どれくらいの距離があり、どれくらいの時間が掛かるのだろう。モンゴルでは、ドライバーにどれくらいで目的地に着きますかと言う質問はタブーである。と言うのは何時間でいけると言うことは保証できないからである。途中で起こる事が何なのか答える事ができないのです。今日も朝からいい天気で、窓越しに浴びる日差しは日本の真夏のそれよりかなり強く感じ取られます。しかし、子供の1人がどうも車に酔ったようです。ドライバーが急に車を止め本人が降りました。どうももどしたいのだがもどしきれないようである。ウラナ先生が私に何か嫌い名前の食べ物を持っていませんかと聞いてきた。あそうなんだ嫌いな食べ物も必要な時があるんだこの国では。程なくお腹の食べ物をもどし終え無事回復、恐るべきモンゴル人、その後彼は至って元気でした。車内を見ると、なんか異様です。女性の頭にビニールの袋がどうも昨日のオフロード走行での経験から髪の毛を粉塵から保護する為に、帽子代わりにビニール袋を頭からかぶったようです。どうみても街のチンドンヤさんのよう、車内大爆笑である。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(5)
昨夜無事帰宅しました。報告は後日。。。
モンゴル1,000KM彷徨記は続きます
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(5)
2007/08/24^28
26日
早朝、ジャケットをはおりゲルを出ると、東の空が明るく輝き始めていました。南ゴビ以来のゲルからの日の出を見ることができました。この光景は日本では決して見ることが出来ないでしょう。すばらしい幻想的な初日の出に出会う事ができそれもひとり締めできるなんて・・・・・写真を見てイメージしてください。
洗面・シャワー後朝食を取りゲルキャンプを出発。街のスーパーで食料品を買い入れます。ドライバーさんが喉の調子が悪いらしく、村の薬局に行く事に、同行し薬局に小さな薬局なのに色んな薬が調達できそうな感じでした。やはり薬と食料品は必需品なのでしょう。
おやつを買いに来た近くの遊牧民の子ども達がきさくに写真に応じてくれました。
モンゴルでは、お店のあるところで、食料を調達しておかねば村を出ると何も無い大草原です。早めの給油食料確保は最低限絶対必要になるのです。最後に非常食用のラーメンも購入しました。
エルデニーゾ寺院を見学、八木さんグループに合流記念撮影。
カラコルムを後に、今日の目的地はボルガン県のダシェンチェルン村だそうです。一体どんなところなのでしょう。ドライバーさんしか行ったことが無いようです。2時間程走るとウブルハンガイ県からアルハンガイ県のハシャート村に着きました。村のスーパーで買い物、店先に止まっていたロシア製バイクと記念写真、買い物に来たモンゴル人の子ども達、なんてあどけない表情なのでしょう。
遊牧民も最近バイクが生活の必需品のようです。
その後、一直線に伸びる草原の道路を疾走します。すると急にドライバーさんが道路からはずれ草原の1つのゲルに向かいます。車を止め、挨拶を交わして、ゲルの中にどうも、ドライバーさん喉が渇いて、ここで馬乳酒をご馳走になる為に、来たようです。モンゴルでは、遊牧民のゲルにはいつも馬乳酒は準備して有ります。早速奥さんが馬乳酒を振舞ってくれました。また、ストーブの横で、羊の茹でた内臓を調理していました。早速試食させていただくとなんとこれが美味しい、羊の腎臓が特に美味しいです。腸に詰めた血のソーセージこれは大変ミネラル分が多く含まれていて大変体にいいようです。本当にいい時にお邪魔したものです。馬乳酒をペットボトルに分けていただき少しばかりの御礼を払いゲルを後にしました。
大きな峠を上ると眼下に大きな湖が現れました。ウギー湖だそうです。
冬になると渡り鳥がたくさん飛来するそうです。車を止め湖を眺めていると後続車が停車、ガイドのモンゴル人と日本人の旅行者のようです。なんと1昨日空港で出逢ったモンゴル人ガイドではないでしょうか。偶然です。この広いモンゴルでしかもこんなところで、再会できるなんて奇遇です。
桜美林大学の先生達が、湖の渡り鳥の調査に来たようです。私達もモンゴルの小学生を日本に留学させている活動をしていますと話し、名刺交換と相成りました。本当に旅先の偶然が新たな、出会いに繋がることの連続だなぁとウギー湖は印象深い地にメモリされました。
湖のほとりで車を止めしばしの休憩です。子ども達は早速服を脱ぎ泳ぎ始めました。ビックリです。大はしゃぎする子ども達、まるで喉が渇いて一息入れる冷たい水を飲む気持ちと通ずるものがあるのか・・・
休憩後いざ出発と思いきや右後輪がパンクしかたありませんスペアータイヤー交換のアシストをしました。昨日から今でノーパンクも考えられない事ですが。これから今日の目的地までは是非ノーパンクでと祈る気持ちです。タイヤ交換も終わり出発、走ること数時間セレンゲ県を抜けボルガン県に入ってきました。ナンカ村に到着どうもここはドライバーさんの休憩所のようです。たくさんの車が停車しています。1軒の小さな食堂で野菜スープを注文またこれが大変美味でした。今回の食事の中で最高かも。一息を入れ、目的地に向けて車を進めます。今日は朝からオロードの道です。草原の風景は放牧されている家畜も遊牧民のゲルもほとんど見かけない状態の光景が続いています。
午後7時45分過ぎ今日の目的地ダシュンチレン村に到着しました。今日も日はすでに落ち夕暮れ時です。この村でただ1軒のホテルにドライバーさんとウラナ先生が入っていきました。どうも子ども達の宿泊料金が高そうです。どこか近くにゲルキャンプがないか調べてもらうがどうもかなりこの場所から距離があるのとかなり外人観光客用なので高そうとのこと、そうこうしているうちに、ホテルのコックさんの奥さんが、私のゲルに宿泊しても良いよと言ってくれました。と言うことで、今夜は住居用ゲルでの宿泊になります。しかし1棟だけなので子ども達数名とドライバーさんは車の中での宿泊になります。荷物を降ろしホテルの食堂でお湯を頂けるということで今夜の夕食は途中で買ったラーメンです。1日中オフロードの道を走った為全員髪の毛が埃まみれです。ホテルの裏に井戸がありバケツを下ろしこの水で洗髪しました。その後屋外のビリヤードで遊びました。何年ぶりのビリヤードなのか、ルールが違うにもかかわらす日没後まで没頭しておりました。
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遅い夕食を終え、宿泊地のゲルでは奥さんがゲルの中にカーペットを敷き子供達が川の字に雑魚寝です。ベッドは2つ、今夜もドライバーさんと子供2人は車の中で寝ます。子供達はカーペットの上で、持参したスーパンマンのDVDを食い入るように観ています。私と、ウラナ先生、ドライバーは、持参したチンギスアルヒを飲みながら1夜の宴会の始まりです。DVDが終わると子供達は泥睡状態の眠りに落ちました。子ども達の寝息を聞きながら色んな話をし遊牧民のゲルの1夜をここで過すことの至福の時間が更けていきました。
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(4)
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(4)
2007/08/24^28
新しい道路は大型の建設機械で工事が進められていました。本年度中には完成するようです。今はところどころ道路横断の水路工事中で、後はアスファルト舗装を残すのみの状態です。車内は、子ども達がなにやら、口せわしく動かしているではないですか。私もこのつまみが気に入りました。なんと松の実です。モンゴルでサマルと言われています。ガラスコップ1杯が30円ほどで、この時期、街のあちこちで売っています。どうもスーパーの前で子ども達が買ったようです。ひまわりの種は食したことがあったのですが、松の実は、初めてでした。これはかなり食べなれないと中の実が上手くでてきません。子ども達はまるでインコのようなスピードで次から次に口に運んでいます。私はなかなか上手く行きません。あわてると殻と実が一緒になりダメです。しかしこれはかなり癖になる食感です。そうこうしているうちトブ県のルン村に着きました。ドライバーさんがナーダムをやっているようだと言いました。なんと運のいいことでしょう。車を止め早速観る事に、広場には大きなテントが張られ中にはたくさんの招待客がいます。前のテーブルにはたくさんのご馳走やらお菓子が並んでいました。
どうやら今から競馬大会の表彰式が行なわれるようす、両脇に設置されたスピーカーから重低音のモンゴル語のアナウンス、その後モンゴル相撲があるようです。今年のナーダムでの競馬大会でこの地区出身の馬が優勝したらしくそれを記念して大会を開いているようです。記念写真を撮り、先のカラコルムを目指す為車を進めました。村外れのガソリンスタンドで給油後ひたすら目的地に向けて草原の道路を走ります。いつの間にか車内は日本の歌の大合唱、こんなところで日本の歌が歌えるなんて夢にも思ってもいませんでした。ドライバーさんがどうも工事道路を見ながら走行し始めました。どうもアスファルト舗装が完成しているようです。道路と草原との段差の少ないところを探しているようです。ある場所を見つけ新しい道路に乗り入れました。全員大歓声です。天と地の違いです。今までのオフロードとの差は言わずとも知れた走り心地です。草原は少し草の色が褐色です。どうも雨が少なかったのでしょうところどころ、褐色の地肌が目に付きます。
対向車もなく爽快なドライブが続きます、しかし忽然と前方にふっくらと盛り土がどうも何か・・・・・・
道路横断水路工事中でここから前には進めないようです。ドライバーさんあわてる事はしませんさすがモンゴルです。私達もあきらめ持参したスカイカイトを取り出し道路上で組み立てチャレンジすることに風向きはいいのですが、どうも1つ部品が欠落している様子、子ども達が何度かチャレンジするがあがる事が出来ません。ウラナ先生が挑戦なんと1回であがりましたが継続が出来ず残念。その後数回チャレンジするがだめでした。そうこうしていると、ドライバーさんが後続の車に連絡に行っていました。後続車が道路法より草原に下りたのを確認すると車をUターンし同じ進路で迂回に成功この国では4WD車はどうも馬がわりのようです。日はすでに傾きすっかり夕暮れの時を向かえようとした時、目の前にカラコルムの看板が夕日に映えてまぶしそうでした。
ウランバートルから350kmようやく古都カラコルム到着です。時すでに午後8時40分山頂に遺跡があるところで見物に、そこには、露天のバザーが数店、商いを終え店じまい時でした。その前に忽然とある遺跡とは・・・・・・
子ども達がゲラゲラ大爆笑の遺跡でした。マルコ君が礼拝していたのが気になりました。山頂には亀の形をした亀石が
今夜の宿泊ゲルを探しに、街の中を走ります。住宅街のはずれにゲルらしき建物。しかしゲートが閉まっています。ドライバーとウラナ先生が降りて様子を見に行きました。待つこと数分2つのゲルが宿泊できるとのこと大変ラッキーです。しかし10名全員ゲルでの宿泊は無理です。ドライバーさんは車で寝ることに落ち着き早速荷物を降ろすが、さあ大変なんと荷物が埃まみれ。いかに今日オフロードばかり走ってきたから。
ゲルに入り一息、ゲルの人が夕食のメニューを持って夕食のオーダーをききに来ました。野菜サラダとモンゴルウドンを注文するが、野菜がない為近くの家まで借りに行きたいのでとの注文、ここでドライバーさん気持ちよく同行と相成りました。おそめの夕食を取り、ゲルのベッドで眠りに落ちました。途中3回ほどストーブに薪を入れることに。
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ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(3)
ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(3)
2007/08/24^28
25日
朝心地よい気温の中6時のモーニングコールで目覚め、レストランで朝食を取り、フロントで八木顧問さんと談笑、7時にウラナ先生、ダァランジャブ校長の姿が再会を祝し記念撮影となりました。今年2人の留学生の話、今後の打ち合わせを済ませ、8時にカラコルムに向けて出発される八木さんグループを見送りグループ現地ガイドアルタイ君の電話番号を確認。7人の子ども達とウラナ先生、ドライバーを入れ10名のメンバーはデリカに乗り、いよいよ、今日から3日4日の田舎キャンプに出かけることになりました。
まずは、トゥグリクに両替、この両替が以後問題となる、それから携帯電話のSIMカード及び国際電話カードをGET、次は昼食用の食品を買出しする為スーパーに、車を駐車するやツオーゴット君のお母さんとばったり遭遇、再会を祝しツーショット。
サンドイッチ・ジュース・ソーセージ・パン・くだもの・水・ビールを買い込みました。子ども達はおのおのおやつ買いに大忙し状態。燃料を満タンに補給し、いよいよカラコルムに向けて出発です。時すでに11時30分過ぎ、しばらく渋滞の市内を走行、郊外に出ました。すると突然ドライバーがブレーキをかけます。
どうも、道路工事の様子、前日このことは少し知らされていたのですが、まだ20分くらいしか走っていません。一部だけなのだろうと思っていました。ところがこれがだんだんと道路はオフロード状態になっていきます。工事中の道路は両サイドの草原が仮設道路ということです。しかしその中でいくつもの道ができています。ドライバーは瞬時に行く道を選択し、たくみなハンドル裁きでかなりのスピード保ちながら走ります
まるで、ラリー走行のようです。車の粉塵を避ける為に出来るだけ車を追い越しながらの走行にはかなりのテクニックと経験が要求されそうです。
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よろしくお願いします。・・・・
























































