ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(9) | タマチチのブログ

ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(9)

モンゴル1,000KM彷徨記はまだまだ続きます


ウブルハンガイ・ブルガン・アルハンガイ・ボルガン・トブ1,000KM彷徨記(9)


2007/08/24^28

28日

心地よい、目覚めを覚えソファーベッドから起き上がる。隣部屋の主人の寝室は、夫婦が就寝中です。床には、子ども達が川の字に仲良く雑魚寝している。昨夜眠りに落ちたのは何時だろうか? お母さんが準備してくれたソファーベッドに潜りこんだのが最後。つるべ落としのごとく爆睡したのだ。今朝は、今までの3日間の内で一番暖かいと感じた。この地は、ウランバートルから100Km位なので幾分温かいのかなあと思いをはぐらせながら早朝のまどろみを感じていた。しばらくすると、お母さんが朝食の準備を始める、牛乳を温めているようである。その後主人が仕事の為近くの草原にバイクで出かけて行った。この家はゲルではなく木造の平屋建てである。家の中心にストーブを配し煙突を兼ねた各部屋と接する壁が設けてある。冬の暖房元だろう。炊事用のストーブは玄関入り口横にある。トイレはゲル同様敷地内の母屋とは別棟で外にある。あくまで懐中電灯必要。敷地内には別に井戸棟もある。この井戸には水中ポンプが地上から井戸の水面に下ろしてあり、スイッチの入り切りでホースから水が出てくる。大変便利であり、天然の冷たい井戸水が水汲みに水源地まで行かなくても有る事に感動した。洗面、井戸水の冷たさで眠気が一気に飛んでいった。パンとスープで朝食を戴きました。このときお父さんはすでに農作業に出ていました。子供達も順次目覚め、朝食を取っていますが、2人の子ども達はまだまだ夢の中です。炊事場のテーブル上で、ズラがオセロをしょうと言ってきました。どうも最初から私としたかったのですが、時間が持てなくて今日に至っていたようです。ルールが少しちがいます。同色のコマが相手のコマを挟むと自分のコマになると言うルールです。一戦を交える事に流石、さすが「しませんか」と言ってきたはずです。なかなか手強いです。勝負は完敗でした。2戦目に入りようやく流れが分かりかけた時、ウラナ先生が、「馬が着ました今から乗馬に行きましょう」と言ってきました。オセロを継続したかったんですが、ここを出発する時刻が決まっていたので、ズラには悪かったんですが、次回2回戦にとあいなりました。モンゴルに来て4日にして始めての乗馬です。なんと野生馬のような顔立ち、ロシア鞍をつけた褐色の2頭の馬が来ていました。お父さんが鞍のベルトをしっかり締め直してくれています。いよいよ鞍にまたがり乗馬です。すごい馬です。手綱を持った感触がちがいます。手綱を緩めるとすぐ走り出す馬です。ウラナ先生の馬の鞍の準備が整い、これからはるか前方の山の山頂までトレッキングに出かけます。いったん敷地を出て道路をくだり、川を渡り、長い草の草原を超え道路を横切り草原にでます。最初私はこの馬になれるため30分ほど、手綱を一杯引き、走りたい気持ちを抑えるのに時間を掛けました。草原に出て山の下まで来た時少し手綱を緩めると、瞬時に反応を始め、4拍子のリズムになりだんだん早いリズムになりました。これを数回繰り返し、いよいよ本格的に走り出しました。あっと言うまの2拍子の走りです。するとウラナ先生から、すごいとの歓声ようやく調子がつかめたようです。それから2頭で草原を爽快に走らせました。山頂にはオボーがあり、その周囲を乗馬して3回まわり、馬上から見下ろす眼下の景色はそれは最高です。ここまでは到底歩いてくるのは大変だろうと思いました。やはりモンゴルでは馬なのです。かなりの急斜面でも上ります。どこにいても見渡す限りの草原。そこで馬上の人になれる至福の時間でありました。ゆっくりトレッキングしながら帰路につきました。帰ってくると、ガナーが乗馬したいと申し出てきました。彼女は流石モンゴル人、上手く馬を乗りこなせるようです。以後乗馬の相手になるようだなあと思いました。




タマチチのブログ-モンゴル2007



タマチチのブログ-モンゴル2007




タマチチのブログ-モンゴル2007