「私小説を突き詰めれば、普遍性を帯びる」とユーミンも言うように、「個人的であること」と「普遍的であること」は対立しません。


むしろ、個別を徹底的に掘り下げ、具体的な作品(特殊)として表現しきったときにのみ、本物の普遍に到達できる。


逆に、最初から「万人向け」を狙えば、かえって誰の心にも届かない、空虚な抽象(偽の普遍)に終わってしまうのが常でしょう。


普遍・特殊・個別が同時に成立しているという感じの作品を私も残したいものです。



私は彼の小説を読んだことはないし、「カンブリア宮殿」もちゃんと観たことはありません、ときたまエッセイや批評、書評を目にする程度でした。しかし、彼がいなければ、いま私は哲学などやっていなかったと思います。


それは40年前、大学(文学部)の卒論のテーマを探していた頃、『ジャズと爆弾』という中上健次との対談集の文庫本を読んで、彼のこんな言葉に出会い、卒論のテーマが決まったからです。


「ポール・ニザンの小説だったか、男を変え得るものは三つしかない、と言うわけ。一、革命 二、麻薬 三、女 の三つしかないって」

ここから三元論的の発想を得て、一カ月位集中して卒論を書き、コロナ禍の時間があるときにそれを基にKindle本を出版して、今に至っています。


哀悼を込めて、このブログで取り上げた彼の言葉を貼っておきます。心よりご冥福をお祈りいたします。


「無趣味のすすめ」

「ユーチューブの面白さ」

解説『天使の卵-エンジェルス・エッグ』



ついに、松井が巨人の監督になりましたね。これを機会に、イチローや桑田、松坂など、オールスターで日本のプロ野球を盛り上げてほしいものです。


そんかイチローは昨日が誕生日だったそうで、ネットでこんな記事を読みました。


天海祐希、イチロー氏に聞いた「自分が天才だと思いますか?」の答えに「尊敬せざるをえない」 - 芸能 : 日刊スポーツ


確かに、尊敬せざるをえない答えです。


自分はこれができる、これをやっていけるというのを知っているだけです。


これ私もそうですが、全く意識していませんでした。それを意識してやっているところが、実は天才なのでしょう。



なかなか予定通りにいかない執筆ですが、今日は最悪の事態の考えました。逆に言えば、少なくともこれは必ず実行する(もちろん生きていたならですが)というスケジュールです。


いくら出版社にアプローチしても、商業出版は出来なかった→ビル管理の仕事を継続→時間をかけて良い内容の本を書く→ヘーゲル没後200年に当たる2031年に自費出版→ドリームゲーム事業化の挑戦再開


自費出版には300万はかかるので、仕事は辞められません。でも、最悪を想定することで、少し楽になりました。


今月放送された、全3回のNHKドラマをまとめて鑑賞。名作『地下鉄(メトロ)に乗って』の続編⁈


でも、十分面白かった。Kindle Unlimitedで原作をダウンロードできたので、少しずつ読むつもりです。


やっぱり、こうやって「いい人生だった」と人生を振り返ってから死にたいものですね。


いま64歳ですが、私のお迎えはいつ、誰が来るのでしょうか。先日、新卒の同期が今夏亡くなったと連絡がありました。私だって、長生きできるとは限りません。


とりあえずは、いま執筆中の本だけは、早く完成させねばと、改めて思いました。




100日プロジェクトの延長戦である50日プロジェクトも今日で終了。8日前にやっと「知覚」の章が終わったばかりで、その後に3日間ラカンの勉強もしたので、最後の「悟性」の章はまだ手をつけたばかりです。


なので、とりあえず30日、再度延長します。100+50+30=180。ちょうど半年で、なんとか完成にこぎつけたいです。それにしても、見本原稿にも関わらず、最終的には3万字近くまでいきそうで、ヤバいです。😅


(AIで作成した表紙イメージであり、中央に記載の図などはデタラメです)

もう何度も観ていますが、先週末録画した清張ドラマを、本日再鑑賞。


でっかいことが、したかった。しかし、何をやればよいのか、最期まで分からなかった。



そう言って、主人公は死にます。


そもそも、男の何割が「でっかいことがしたい」と思うのだろう。


そして、そのうちの何割が、何をやれば良いか分かるのだろう。


そして、またそのうちの何割が、それを実現するのだろう。


AIに聞いたら、何と答えてくれました。


50%、10%、1%くらいではないかとのこと。


私は10%の人間には入っているようです。

およそ到達しうる、最高の肯定の形式。それがニーチェの『永劫回帰』です。人間を不条理から一瞬で救ってくれ、しかも誰にでも出来る、哲学の超マジック。どんな辛いことも、頭の中で黒い蛇を噛み切れば、一瞬で肯定できる優れものです。


ただ、永劫回帰は、人生における不条理や理不尽にはとても効きますが、人生の後悔にはあまり効かない気がします。では、どうすれば良いか。


それは、後悔する人生を肯定するために蛇を噛み切るのではなく(それでは失敗するので)、むしろ、人生を肯定しているからこそ蛇を噛み切れるのだという、逆転の発想です。


つまり、この場合は人生の肯定の確認に過ぎなくなるのですが、何を言いたいかと言うと、後悔などするなということです。恐らくニーチェの言いたいことは。


私にはピッタリの思想です。



日本シリーズに出場できるのは嬉しいけど、阪神ファンに申し訳ない気持ちの方が大きいかも。9回裏満塁の際は、阪神をむしろ応援してました。


こうなったら、2年前の再現を願います。ともあれ、楽しみが増えました。