
1. 教師の仕事
🖱️めっちゃネタバレ
序盤、いかにもSE Kingらしいオカルト展開で始まるも、後半は児童に愛を与える大切さを訴える人間賛歌。最も印象的だったのが、Chuckの人生に大きく影響を与えた1人に、児童を叱れず学級崩壊を防げないRichards先生が居た事。自分も、学生として講師として経験したが、意欲の低い聞き手は平気で私語を始め、それを注意しないと周りの学生も私語を始め収拾がつかなくなる。高校時代、教師が結構面白い話をしているのに、自分以外誰も聴いていない状況を目にし、高校教師にだけはなるまいと誓った。自分が大学で教えるようになった後も、(言っては悪いが偏差値の低い私大ほど)私語が絶えず、あの手この手で講義に集中させるのに苦労した。なので、その努力を怠った Richards先生は紛うこと無きダメ教師。それでも、彼女は「Multitudesって何?」という Chuck の問いにも丁寧に答え、例え1度しか会わない相手でも、貴方の頭の中にある宇宙の住人にするのよと伝え、貴方が私の生徒で良かったと告げる。もしRichards先生がこの後も学級崩壊を防げなかったとしても、Chuck に与えた言葉だけで彼女を讃えたい。親にしろ教師にしろ、自分を慕ってくる児童に与える影響力は強い。児童のいい処を褒め、自分がその子を気にかけてる事を言葉にする事が、とても大切に思えた作品。祖母が趣味のダンスを、孫と一緒に愉しむ様も、ダンスには厳しくも、淡い恋心は生暖かく見守るRohrbacher先生の指導も微笑ましかった。ダンスクラブでのエース扱いと、McCoy嬢との淡い交流とダンパ(ball)での喝采が、Chuckが自身のバンドの間奏で踊りまくる高校時代のキッカケになり、死の9ヵ月前のあの一時に繋がったのも感慨深い。
2. 何故、会計士?
🖱️むっちゃネタバレ
「会計士 (accountant)」で思い出すのが、「Inside the Actors Studio」というインタビュー番組。そこで恒例だった質問の中に、「やりたくない職業は?」という項目もあり、会計士にはなりたくないと答えた俳優がかなり居た。有名処だと、トム・ハンクス、ブラッド・ピット、ジュリア・ロバーツ、グウィネス・パルトロウなど。自分は計算が苦手だからというニュアンスもあったが、創造性が重視される俳優が、答えが1つしか無い計算処理(数学)を嫌っているようにも感じた。本作でも、会計士はダンサーの対極として描かれる。明るくて優しい祖母が愛したダンス。酔っ払うと饒舌になるが、基本ぶっきらぼうで、数学の大切さを熱弁する会計士の祖父。基礎は重要だが、他の人には出来ないステップを披露するのが肝なダンス。基本正解は1つで、将来も愉しさ以上に確率で判断する数学。Chuckは高校まではダンスを謳歌するが、祖父が死んだ後は祖父の転職を受け継ぎ、会計士として人生を全うする。ただ、「Act Two」ではっちゃけるChuckの久々なダンスを観ると、プロにならずとも社交ダンスなどを趣味にしても良かったような気もする。しかし、ラストシーンで「自分には命が尽きるまで精一杯生きる価値がある」と言い切った高校卒業時のChuckに確固たる自己肯定感があった事を考えると、彼が選んで会計士としての人生に他人が口を挟む余地は無い気もする。
3. (追記) 人生は一瞬の輝きの為か?
🖱️なまらネタバレ
SNSでは、Aco Two のダンスをハイライトに感じた方が多そう。実際、監督もそのシーンの演出を再優先事項と語り、演じた TW Hiddleston もう特訓を積んだ上で撮影に臨んでいる。一見、サラリーマン風でモブキャラっぽいChuckが、女性をリードしながら華麗に舞う画力は強い。ただ、路上ダンスへの喝采がChuckの人生のピークであり、Act One の前半生があの一時の為にあったという解釈は寂しい。仮に、あの路上ダンスが人生のピークだとしたら、会計士を生業に選んだChuckの人生は間違っていたのだろうか? 例えプロに成れずとも、ダンサーを生業に選べば、自主公演やバックダンサーやアンサンブルとして、路上以外で踊る機会はあった筈。それでも、彼は会計士としての人生を全うした。それを他人は、ありふれた平凡な人生と呼ぶかもかもしれない。ただそれはあくまで他人事だから。公認会計士(USCPA)の資格を得るには、1000時間以上の勉強が必要とされている。そもそも、米国の大学は一般的に日本以上に卒業するのが難しい。だから、両親が居ない身で大学を卒業し、USCPAの資格をとり、結婚し子を設け、学会で発表しているのだから、「ハレ(晴れ)」の路上ダンスでばかりでなく、「ケ(褻)」の日々も起伏に富んだでいた筈。
路上ダンスも確かに印象深いが、自分にとってクライマックスは、やはりラストの台詞でした。
"I will live my life until my life runs out. I am wonderful, I deserve to be wonderful, and I contain multitudes.”
意訳すると「僕は生命が尽きるまで、僕の人生を生き抜くんだ。僕は多くの人から与えられた物で出来ている。だから、素晴らしい人生を送るだけの価値が、僕にはあるんだ。」
Chuckの内宇宙は、彼の生命とともに力尽きる。それでも、それだけ豊かな宇宙を築けたのは、彼が通りすがりのドラマーや、酷い男に裏切られた見知らぬ女性にも気にかけて生きてきたからに違いない。ともすると、Chuckの人生のピークの1つは、死にゆく病床が孤独ではなく、彼を心から愛する妻と息子に囲まれていた事かもしれない。
4. (再追記)「サンキュー、チャック」の違和感
🖱️わっぜネタバレ
「サンキュー、チャック」は序盤に描かれる終末の世界に、大展開される広告メッセージなので、邦題としては分かり易い。ただ、後半であの世界が Chuck の中に構築された内宇宙と分かると見方が変わる。仮に、Chuckの逝去と共に消滅する内宇宙に、Chuckとは別人格の住人が居て、彼等が創造主たるChuckを讃えるのなら分からなくもない。しかし、本作では内宇宙の住人達も過剰な感謝メッセージに戸惑っており、彼等からの感謝ではない。ならば、あの過剰なまでの感謝は、創造主たるChuckが自分自身に送った自画自賛という事になってしまう。無論、冥土も転生も信じない自分も、最期にネガティブな自己批判をしたところで、改善された自分を披露する場はもう無いのだから、最期くらい自分で自分を褒めてあげてもいいとは思う。しかし、本作で描かれた内宇宙全体に自画自賛を繰り広げらるのはやり過ぎな気がする。Chuckは路上ダンスの後、プロに成ればいいのにという賛次にも謙虚に応えたいた。決して、自分を過剰に褒めまくる程、思い上がってはいない。このように、過剰な広告は物語の序盤に提示される謎としては面白いが、後半で描こうとしたChuckの人柄とは矛盾してしまったように感じる。5. おっさんホイホイな時代設定
序盤のフリがゆっくりと回収される構成ですが、カール・セーガン(CE Sagan)などのギミックは、確実に中年以上のオタクをくすぐる。セーガン氏はCornell大学の教授でありながら、「Contact」など映画化もされたSF小説の作者として有名。イケメンだったこともあり、ドキュメンタリー番組のMCや解説者としても顔出ししていた。自分も「Contact」を興奮しながら読んでいた学生時代を思い出した。