甘いチョコでコーティングされたハードSF

PHM

 自分のストライクゾーンど真ん中の作風で、中盤以降ウルウルしっぱなだったお勧めの逸品。SF好きは勿論ですが、感情移入しやすい人間ドラマが展開されるので、ハード過ぎるSFが苦手な方にもお勧めです。特に集団の中でしばしば孤独を感じる人には、胸に刺さる映画です。本作が秀逸なのは、ハードめの設定の基盤に構築されているので、SF好きの鑑賞に堪える一方で、課題と解決法が分かりやすく説明されるので、今主人公は何の為に何してんのと、観客が迷子になる事がない事です。その上で、原作未読の観客ほど、そこでそう来るかという展開が複数待っていて飽きさせません。原作小説が複数の文学賞に輝いている上に、映像化された本映画もRotten Tomatoes🍅等で高く評価されています。気が早すぎるかもしれませんが、アカデミー賞等にノミネートされる可能性も高い仕上がりなので、公開中に大スクリーンで観ておいて損はない作品です。


「観てから読む」一択っしょ

理由1 角川書店のキャッチコピー「読んでから見るか、見てから読むか。」という問い掛けは擦られ過ぎですが、原作の出版から5年、既に読んだ方はそもそも悩み様がありません。ネタバレした状態でご覧になって下さい。悩める方が居るとしたら、あれだけの話題になったのを知らないSFの門外漢か、普段から本を読みつけてない方。ならば迷わず「観てから読む」べき。和訳版は上下2巻で、日常的に本を読みつけて無い方や、大学で物理を学んでない方は、ハードSFを読み熟すには少々時間を要します。仕事の合間にゆっくり読み進めている内に、上映スクリーンはどんどん小さな部屋に追いやられちゃいます。ならば、とりあえず大きなスクリーンで観ておくべき。


理由2 原作者は出版前に、本作の映画化をプロデューサー兼主演の R Gosling に依頼しています。その上、原作者も撮影現場に居て、スタッフからの質問に沢山答えたそう。映像化する為に避けられなかった改変にも、尺に収める為のエピソードの取捨選択にも、原作者の意向が反映されてます。何なら、様々なスタッフと脚本を揉んだ結果、小説以上にブラッシュアップできたと原作者が満足している可能性も高いです。改変=改悪と決め付けて、原作者にさえ上から目線で荒ぶる自称原作ファンなんて、ハッチを開けて宇宙空間に放り出しちゃって構いません。


🖱️想いが溢れてネタバレせずに総括できなかったので未読/未鑑賞の方はclickしないで
 公開初日に鑑賞。映画化が原作の出版前に発表されて以来、なるべく事前情報を入れずに来たので、とても新鮮に初見できました。どれくらい新鮮かというと、Astrophageの設定も、異星人(Rocky)との出会いも、異星人との友情が築かれる展開も映画で知りました。何なら、公開前に公式SNSがネタバレしたRockyの存在も、一緒に宇宙に行くロボットなのかなぁと勘違いし、「友情物語」とのフレコミも、主人公とロボのバディものかぁと勘違いして、ネタバレを絶妙に躱せていました。ただ欲を言えば、Rockyの存在や見た目自体知らないで観れていらば、より新鮮に感じれたのかもしれません。異星人との遭遇自体はベタであっても、『Armageddon』(1998)っぽい序盤の後に地球外知的生命体が登場したので、あっソッチ系の噺?という驚きはありました。
 などと言っても、やはり後半の友情展開は胸が熱くなりました。序盤の孤独がとても効いていて、肉体の構成も精神性も全く異なる初対面の異星人と、共通の難題に向かって一体となる姿は自然に応援できました。Rockyが人類の宇宙船に乗り込んできて、好き勝手に動き回るシーンには、自分の部屋を我が物顔で謳歌する、関西人の学友を思い出しました。孤独が解消された一方で、Rockyの地獄耳に辟易する場面は、家族の有難みと煩わしさの象徴に感じました。最大の泣き処は、主人公がTaumoebaを回収する為、体を張った船外活動と、その結果気絶した主人公をRockyが酸素に身を焦がしながら(酸化?)、主人公を助ける一連のシーン。動かなくなったRockyの傍を離れられず語りかける主人公の心情も、寝ている仲間を案じながら見守るRockyの文化も、心底共感できました。100年以上生きるRockyの丈夫さに、安堵し感謝しました。
 個人的には、主人公がTaumoebaの突然変異に気付いて、地球への帰還よりRockyと40 Eridianの救済を優先し、Rcokyと再会する場面で終わった方が美しかなぁとも思いましたが、後日談の尺も最低限だったし、主人公がRockyの種族に最大限感謝されている事が分かって良かったです。以下にSFとして気になる点を記します。

甘いチョコで包まれたハードSF

 本映画が素晴らしいのは、台詞の端々から感じるハードSFっぽい細かい設定を此れ見よがしせず控えめに提示して、見た目を孤独と友情の物語でコーティングする事で、SFの好事家以外でも愉しめる作品に仕上げた処。何ならAstrophageによる地球の危機もMacGuffinに過ぎず、違う原因に置き換えても成立し得るお話。無論、宇宙で自己増殖する微生物が恒星を弱体化させるという着想が出発点で、人間ドラマの方が後付けなんでしょうが、Flashbackを多用する構成も巧みで、主人公が地球で感じた集団の中の孤独、宇宙で感じた真の孤独、ESA長官Strattへの愛憎、Rockyとの間に築いた深い友情が生む海練が、味わい深い人間ドラマに昇華されています。

面白いRockyの設定

 Rockyはルックスと挙動の愛嬌だけではなく、視覚はないがエコロケーションで周辺環境を認知する能力、だからこそ聴覚が発達した地獄耳、睡眠中の無防備さを仲間の誰かが代わる代わる起きて見守る文化、100年以上生きる長命さを同じパートナー(妻?夫?)と過す誠実さ、恐らく酸素が毒で酸化に弱い等の設定はとても興味深い。公式のSNS(@ProjectHM_movie)にも、詳細な紹介がpostされてました。ただ個人的には、この手の情報はやはり映画で初見したい。原作読者には今更の情報だし、原作も映画も未見の方にはネタバレになるので、早い段階でSNSに晒すのは誰得な気もします。勿論、この手の情報に興味を持って映画館に足を運ぶ観客もいるだろうし、この程度のネタバレでつまらなくなる映画ではないのですが。

一か八×100か過ぎる作戦

 "Hail Mary"は聖母マリアへの祈りを意味するが、アメフト等では普通なら成功(complete)しないような"神頼みな"超ロングパスに対しても使われる言葉。小説では、詳細まで説明されているのでしょうが、映画ではAstrophageが唯一増えていない「くじら座τ星」(Tau Ceti)に取り敢えず行くだけ行ってみて、現地で何とか解決作を捻り出そうという、かなり行き当たりばったりの作戦に映ります。しかも、燃料や食料の積載限界から、少人数で行っても戻れる当てがない片道切符(suicide mission)。本作ではAstrophageの捕食者(Taumoeba)をまんまと発見できますが、出発前には全く想定できていない成果だし、τ星に着いても何の発見もできず、何ら対策を思い付けない可能性も十分に有り得た状況。そんな作戦に大金と3名の生命を注ぎ込み、地球の命運を託すだなんて、一か八かどころか、1か800かくらいの賭けに感じました。

Strattの決断は倫理的に赦されるのか?

 当初派遣予定だった生物担当の隊員が2名とも事故死する事で、チーム全体から主人公Graceの出動が期待されます。実際、新たな隊員にAstrophageや微生物学のイロハを習得させている間にも太陽の弱体化は進み、飢饉の潜在的被害者は増えるばかり。公共の福祉を優先したら、Astrophageの第一人者になった主人公が行かざる得ない状況。それでも、彼は頑なに出動を拒みます。宇宙飛行士としての訓練も積んでないし、Tau Cetiに辿り着けても何するか決まってないし、何より地球に戻るあてのないSuicide mission。彼が決断できないのも分かります。結局、総責任者のStrattの判断で、麻酔と記憶障害を誘引する薬物を注射された状態で宇宙へ送り出されます。本作では、結果GraceがTau CetiでRockyと共に奮闘したおかげで地球が救われるし、何だかんだで彼も死なずに済むので、終わりよければ全て良しにもみえますが、実際には明確な人権蹂躙案件。
 主人公がRockyと40 Eridaniを救うために地球への帰還を断念したのは自由意志ですが、Tau Cetiへの出発は自由意志に反した強制。人類の救済という公共の福祉はかなり重いので、アメリカ政府や国連に強制されても致し方ないのかもしれません。ただ、倫理的に法律的に妥当なのかの判断は、国や文化だけなだく、個人によっても意見が分かれそうです。「道徳の時間」(現在は、特別の教科 道徳)に用いる教材に最適な問題かもしれません。

ウィルスじゃないのにファージって...

 数秒しか映らない数式も、原作者が検算したとの記事通り、何気ない些細な設定も科学的に裏付けに支えられたハードSF。一方で、Astrophage周りの設定にはトンデモ感が漂います。今現在、地球外知的生命体(ETI)どころか地球外生命の存在自体、ハッキリとは確認されてはいません。唯一、火星で2025年になされた有力な発見も、微生物の痕跡に過ぎません。ましてや、本作のように真空かつ-270℃まで低下する宇宙空間で活動可能な微生物なんて、結構なトンデモ設定です。Astrophageという名前も、宇宙(恒星)を破壊するという意味で付けられたんでしょうが、生物学者ならそんな名前は付けません。何故って、生物学に於いてPhageとは細菌に寄生しないと増殖できないウィルスを指します。ですが、Astrophageは寄生することなく自己増殖できているので、ウィルスでない事は明白。にも関わらず、phageという接尾語を付けた原作者は、そこまで生物学に詳しくないんかなぁという印象を持ちました。

過去作に例えるなら

🖱️公式SNSで明かされてる程度のネタちょいバレ 主人公を演じた R. Goslingは『Interstellar』(2014)や『ET』(2014)を挙げていますが、それを挙げるくらいなら『2001: a Space Odyssey (2001年宇宙の旅)』(1968)の方がしっくり来ます。ただ初見で想起したのは『Armageddon』(1998)と『Ad Astra』(2019)。特に『Ad Astra』は、人類の孤独の解消ばかりを優先して、個人の孤独に理解しない事で生じる悲劇を描いていて、本作の友情物語とは対称的。世間的な評価は低めですが、SF好きなら『Ad Astra』も配信等で観ておくと、本作が立体的になるかもしれません。



全米で大ヒット 公開から3日間で128億円
Porject Hail Mary


同チームが新作"Artemis"を制作する可能性あり