それで、僕も彼らの様に露天に関わる事になるんだけど、その前に僕も何だかんだでバックパッカーデビューする。丁度20歳だったかな。今より大判のまっ赤なパスポート持って。
ガイドブックみたいなものも何も読まず、持たず。何にも解らずにイスラエル人バックパッカーからの情報だけを頼りに。それによると、
「香港は航空券を買うのに世界で一番安い場所の一つだから、とりあえず香港までのチケットを買って香港へ行け。」と。
当時まだ返還前の香港。
当時世界一離着陸が難しいと言われた空港があった香港。
「空港からネイザンロードへ向かえ。」
「ネイザンロードのチョンキンマンションに安い宿が沢山ある。」
「ネイザンロードに、PHOENIXという旅行代理店があるからそこでチケットを買え。」
何か、子供の頃やったオリエンテーリングみたいな感じ。
最初の旅はカメラとか持って行かなかったし何も記録残ってないな。パスポートのスタンプと、何処の国行っても少しは持って帰るようにしてるコインぐらい。女王様の顔の、変わった形のコインとか。
で、空港からチョンキンマンションへ向かった。
(以前チョンキンマンションって無くなったって聞いたような記憶だったんだけど、ネットで見てみたら、まだあった。かすかに「兄弟招待所」って名前を覚えてたのでググってみたら、それもまだ存在した。泊まったのは、まずそこで間違い無いと思う。)
チョンキンマンションってのは住宅やら宿やら飲食店やらが入った(4棟の記憶だったけど)5棟の縦長のビルの集まり。エレベーターが並んでて、それぞれの棟を上下する。そのエレベーターがよく落ちるって話を聞いてたんで怖かったな(笑)。確か1500円か2000円位で冷暖房付きで湯が出る狭いけど綺麗な個人部屋だった記憶。で、見事PHOENIXって代理店でタイまでのチケットを買った。
香港は少しネイザンロードをウロウロしたと思うけど、初めての外国はゴチャゴチャしてて汚くて孤独感が大きかったな。チョンキンを出たすぐに、黒人(よく見るアフリカ人よりも真っ黒の) とか、シク教徒(大概体が大きくてターバン巻いた、日本人にとっての昔からのベタなイメージのインド人)とかが立ってた。
そこにボーっと突っ立ってたら、ある黒人が僕のそばに来て、
「あの向かいに立っている女はxxドル(日本円で50円位だった。)で抱かせてくれるぜwww」
って笑いながら言った。そうしたらその東アジア顔の子が道の向こうから歩いてきて、
「If you laugh at me, I'll fight with you!」
って僕ら二人に叫んだ。
かわいいとは言えないその小柄な女の子は前歯が無かった。
僕はただ呆然とするしかできなかった。
そのシーンだけは鮮明に覚えてるな。ずっと忘れてたけど。
一般的には全然可愛く無いだろう子だったけど、けっこうタイプだった。
招待所(ゲストハウス)ではせいぜいフライトまで数泊した位だと思うけど、ある日飲んで帰って、自分の泊まってる招待所がどこかわからなくなって、全ての棟を各階チェックした。しかも何度か兄弟招待所に気づかずスルーしたりして。あれはきつかったな(笑)。
ネイザンロードでカセットテープを3つ買ったんだけど、
1つは、ジャニスのパール。ただこれ、曲の並びがブリティッシュ版(さすが香港)。しばらくの間、日本へ帰ってもそれ良く聞いてた。当時パールといえば自分の中ではその並びだった。
2つ目はジミヘンとロニー・ヤングブラッドのアルバム。セッション集みたいなやつ。
3つ目は、ジョンメイオールとブルースブレイカーズのRAW BLUES。このカセットテープというのが僕の人生後にも先にもこれただ一つしか出会ったことの無い逸品(笑)で、磁気テープが無い!クリーニングテープのみで、再生しても音はせず10秒か20秒で止まる。こういう不良品、たまあに存在したりしたのかな?香港を出て気づいたんだけど、すごい聴きたいと思ってたやつだから当時落ち込んだわ。。日本に比べたらかなり安かったけどね。今となってはおいしいネタ話だけど。
僕は苗字が林で、名前は近所の知識人?偉い人?に頼んでつけてもらったそうなんだけど、中国ではポピュラーな名前らしく、名前で中国人と思われることがある。顔も当時中国人っぽく見えてたみたいで、試しに香港を出るときに航空会社のカウンターで、「僕って中国人に見える?」ってに聞いてみたら、3人くらい並んでたお姉さんが即答で声揃えて「Yes!」って言ったの覚えてる。
繰り返すけど、ガイドブックも読まず、まあまあ英語は理解できたものの、何の知識も無いまま旅始めたのでその後色々失敗することになる。
現在は香港、どんなんだろう。