のだま(野球)カンタービレ -128ページ目

さて…

4月ももう少しで終りですね。

避難所も夜の寒さから解放され 一息、といったところです。

幸いインフルエンザは単発的な発生に終り、発熱者も殆どいません。

今考えている事は


「梅雨への備え」

です。

毛布類は軽いタオルケットに替える必要があるでしょう。

冬用のジャンパーは豊富ですが、薄く防水性のあるウインドブレーカーが必要になるでしょう。

Tシャツは何枚あっても足りない事はありません。

いろいろ予想しながら必要な支援物資をピックアップしています。

今回、太田哲也選手には非常に頑張って頂きました。

機能不全の右手、筋肉が焼け落ちてしまって不自由な右足…

4/9には横浜~仙台~大船渡と一人で2tトラックを運転し、支援をして頂きました。

あの身体で凄まじい働きをしてもらいました。

「ル・マンに比べれば楽だよ」

って…


帰りの道案内をした時…

陸前高田の廃墟で車を止め、

「ここは他より酷いね」

この瓦礫の下に沢山の人達が眠っている事を知ると…

もはや、声にはなりませんでした。

「正直、怖かった」

後の彼のブログでそう語っていました。


引き続きの4/23の第二次支援。

やはり一人でハンドルを握り、支援物資を満載して宮城へ。

残念ながら時間切れで大船渡までは来れませんでした。

第三次はまだ未定ですが次は私が横浜まで物資を引き取りに出向こうと思います。

別にね。

宅急便が復活したので送ってもらえれば済む事ですが…

太田選手に届いた物資を受け取り、運び、分配したいのです。

みんなの「魂」が宿った物資を私自身で運びたいのです。

単なる自己満足の世界かもしれません。

でも、

被災者の一人として、

そうしたいのです。

第二次支援終了

太田哲也選手は宮城県での支援活動を終了しました。

取材等の関係で残念ながら大船渡まで来る時間が無くなってしまいました。

第三次支援を待ちたいと思います。

今回感じた事は大船渡及び陸前高田は支援物資が豊富にあり、ピンポイントで必要な物資を持ち込む事が必要。
特に中古衣料は全く需要が無く、山と積まれたままでした。

これからも私なりに避難所の情報を集め、必要なものをピックアップする事にします。

ご協力して頂いた方々に心より感謝いたします。

元GPライダー、伊藤真一選手に託された物資は確実に被災者の皆様に手渡されました。

第二次支援。。


被災地は雨模様です。

さて、太田哲也選手の第二次支援隊が横浜を出発したようです。

明日は宮城県岩沼市で伊藤真一選手の支援、その後大船渡に入る模様です。

私は明日の午後は介護保健の認定会議。

震災で100人以上の方の認定が滞ってました。

本当は太田部隊にすぐにでも合流したいのですが、認定会議も大事な仕事。

集中したいと思います。

当ブログを介して支援物資を太田選手のオフィス、TEZZO BASEに送って頂いた f-nippon1様に感謝致します。

責任を持って届けます。

有難うございました。