人生を主役として楽しむために! ドラマセラピー -31ページ目

人生を主役として楽しむために! ドラマセラピー

ドラマセラピスト 中野左知子 オフィシャルブログ

ポーランドで最初にできた友人のガビとウヴェ。
二人はポーランド人とドイツ人の夫婦です。

ウヴェのおじいさんは、ナチスのSSオフィサー、
そしてガビのおじいさんは、アウシュビッツで殺されました。

ジャーナリストのウヴェは、家族のタブーでもあった、おじいさんの歴史をたどり、
1冊の本を書きました。
彼は、おじいさんの犯した罪を償うように、
おじいさんの過去を見つめ続けました。
そして出会ったのが、ガビ。

ポーランドに住んでいると、第二次世界大戦は、決して過去ではない、と
思わされます。
(本当はアジアでもそうですよね)
二人は周囲の反対を押し切って、結婚。
今度はガビのおじいさんの歴史をたどり始め、
ウヴェはこのことも本にしました。

この2冊の本が、1冊の本にまとめられポーランド語に訳されて
できたのがこちらの、Gabi i Uwe (Gabi and Uwe)
$ココロの旅ガイドブック・やっぱり人がスキ編

映画になってもおかしくないような二人のストーリー。

でも何よりも素敵なのは
二人が
「過去の未来のために」
と、過去の辛い歴史に、明るい未来を与えるために
二人の話を分かち合っていることです。

おじいさんの本を出した時から、今でも、ウヴェは、
ネオナチにたくさん嫌がらせを受けているようですが、
それでも、これを使命だと思って、色々なところで話しつづけています。

それがこの二つの国のもっと素晴らしい未来を作るからです。
二人の結婚が、二つの国の未来に影響を与える。
そんなすごいことをしているガビとウヴェに出会えたこと、
本当に幸せです。

ここまで大きなことじゃなくても、
もしかしたら、過去の恋愛などで傷ついて来た人たちが、
素敵な結婚をすることって、
同じように「過去の未来のためになる」、つまり
過去に幸せの風を吹き込むことになるんだろうなと思います。


私もこの本を持っていますが、ポー語が難しすぎるので、読めません・・・。しょぼん
この本が英語訳されたら、私もようやく読める・・・!
がんばれ、ガビ、早く英語訳にして~!!
そしたら私は日本語訳にして出版するぞ!と目論んでいます。

ガビは日本が大好きなので、日本語訳ができたら、「絶対行くわ!」
一方ウヴェは、飛行機フォビア。
飛行機には乗りたくない~!

$ココロの旅ガイドブック・やっぱり人がスキ編

私の大切なお友達です。

昨日は、ならいごと.jp
というサイトの、スペシャリスト・インタビューをして頂きました。

そのときに、
「日々の中での素敵な出会いについて教えてください」
という質問がありました。

思い起こすと、ドラマセラピストになるまで、
そしてドラマセラピストになってから今も、
恵まれすぎているほど、たくさんの出会いがあったな~と
しみじみ。

私が「ドラマセラピー」という言葉を
はじめて聞いたのは15、6年前くらいでしょうか。
そのときは、これを仕事にすることさえも考えていなかったのに、

演劇と癒しについて考えるきっかけになった大学2年のときの授業

そもそもこの大学に入るきっかけになった出来事

どうやって進むべきかを悩んでいる時に、
「ドラマセラピーだ!」とひらめかせてくれたある人の言葉。
その人は友人の友人で、ほんの少し会っただけだったので、名前さえ覚えていません。


ちいさな色々な出来事と出会いが、
積み重なって、
ここまで来れたんだなあと思います。

もしもこのちいさな出会いがなかったら、
どうなっていたんだろう???
ちょっと怖い気がします。

今も素晴らしい出会いに恵まれています。
私の人生に一瞬でも関わってくださった、
たくさんの人たちへの
感謝の気持ちが、すごくあふれてきました。

インタビューのあと
ドラマセラピーの体験ワークショップを撮影させて頂きましたが、
その時
参加者の方が展開してくれたドラマも
「私を助けてくれるたくさんの人に感謝したい」
という気持ちがあふれている内容になりました。


出会いに感謝の日でした。


先週土日に神戸でドラマセラピーのワークショップをしてきました。

ほとんどの方がドラマセラピー初体験。

最初はドラマセラピーがどんなものか、という説明をします。

私がよくお話しするのは、
実際のドラマセラピーのお話ではなく、
ある男の子の「ごっこ遊び」=ドラマ的遊びのお話です。

私たちは、ドラマによって、こんな風に癒しを得ている、
しかも、それを本能で知っている、ということを教えてくれる、
素晴らしいお話なんです。


チューリップ紫ここからそのお話ですチューリップオレンジ

4歳のある男の子がトラックにひかれてしまいました。
奇跡的にも少しけがをしただけで、男の子は助かりました。
しばらく入院しましたが、彼はすぐにおうちに戻ることができました。

おうちに戻ってからしばらくして、彼は「病院ごっこ」を始めました。
男の子のお母さんは、夕食のしたくどきで、とても忙しかったのですが、せがまれて、一緒に「病院ごっこ」をすることになりました。お母さんは、今までごっこ遊びなんてしたことなかったのにとびっくりしたようです。


内容は大抵、
男の子がお医者さんやお父さん役で、お母さんが男の子の役でした。

お医者さんが、お母さんが演じる男の子に診察や治療をする場面。
お父さんが、「ごめんね、お父さんは仕事に行ってくるからね」と、寂しがる男の子とバイバイして、病院を出て行く場面。
入院中お父さんが仕事で帰ってしまったのは二回しかなかったのに、お父さんが寂しそうに出て行くそのシーンは、特に何度も繰り返したそうです。


男の子はその遊びを毎日しました。
そしてある時に、
お医者さんの役になって、男の子を演じているお母さんに言いました。
「事故にあったとき、怖かった?」
お母さんは、「怖い」という言葉を、入院中から使わないようにしてきました。
男の子に事故の瞬間を思い出させてしまうのではないかと心配していたのです。
だからなかなか「怖い」という言葉が言えませんでした。
けれども、男の子が演じるお医者さんは、何度も尋ね続けました。
そしてついに、お母さんが演じる男の子は「うん、怖かった」と言いました。

すると男の子は、プイと横を向いて、病院ごっこをやめてしまいました。
「ママ、僕に嘘ついたでしょ」
男の子は言いました。
「どうして?ママは嘘なんてついてないよ」
お母さんは答えました。
男の子はまた言いました。
「ママは、嘘をついてた。だって、怖いって一度も言わなかったもん」

そう。男の子のお母さんは、事故のあとから一度も「怖かったね」と男の子に言いませんでした。
お母さん自身もきっと、とても怖かったはずですが、それを見せてしまったら、男の子がもっと怖がると思っていたからです。
だから一度もその言葉を使いませんでした。

お母さんが「怖かった」と言うセリフを言ってから、男の子は、病院ごっこをパタリとやめてしまいました。
そして少しずつ、事故の恐怖を乗り越えていったそうです。


このお話を聞いた時、
これはまさにドラマセラピーだと思いました。

このごっこ遊びの中で、一体何が起きていたのでしょう?

男の子は、自分の気持ちをお母さんに分かってほしかったはずです。
怖かったね」という言葉を、お母さんが言ってくれることで、言葉でうまく表現できなかった、事故のときの気持ちを、ちゃんと認めてほしかったのです。
そしてお母さん自身が「怖い」と言うことにより、「お母さんだって怖いんだ」と知ることは、男の子に安心感を与えてくれたはずです。
お母さんに、「恐怖を受け入れるお手本」そして「恐怖に押しつぶされないお手本」になってほしかったのです。

お母さんも怖かったのなら、僕が怖くても当然だ。
僕は怖がってもいいんだ。
恐怖があっても、ちゃんとその感情に押しつぶされたりしないんだ。

男の子は「病院ごっこ」の中でこの気持ちを手に入れたかったのです。
お母さんが恐怖を一緒に感じてくれることが、男の子には一番必要でした。
だから、お母さんが男の子役を演じなくてはならなかったのです。

また
男の子は、自分に起きてしまったこの事故を、
監督、脚本家の立場でコントロールしながら、
「何が起きるか分からない人生の不安」や「意味が分からない恐怖」があっても、「それでも僕は十分にやっていけるんだ」と感じられるだけの体験
をしていたのです。
そして、医者や父親の役をを演じながら、「恐怖に打ち勝つだけの強さ」や「守ってくれる人」を自分に取り入れました
役割を演じるということは、自分の幅を広げることにつながります。


このドラマを、男の子が一人で作ったのです。
心理療法の知識もない、小さな男の子が、
どうやったらこの大きなトラウマから立ち直ることができるのか、直感的に知っていたのです。
これが、私たち皆が持つ、「自分を癒す力」です。
ドラマは、私たちが生まれながら自然に持つ、何よりもパワフルな癒しの方法なのです。
子供は無意識にごっこ遊びの中で、こうやって自分を癒すことができます。

でも、大人になるとごっこ遊びなんてしませんよね?
ドラマセラピーは、演劇という設定の中で、子供の遊びと同じような癒しを見つけることができる心理療法なのです。