「し、知らなかった・・・」
何事も、
知ったつもりになっていると、
大事な時に恥をかくことになります

私は、
そんな場面に遭遇した時、
これが厳しい〈大人の世界〉だぁ~、と思いますね

恥は掻きたくないものです・・・。
身近にいる若い方々にも、
私自身の失敗談を踏まえて、
この重要性を話してきたのですが、
実際のところ・・・
今でも日々、
私はこの失敗を繰り返しているんだ

と気づかれています。
そして、今日も、
そんな無知で不勉強だった己を恥じるような事実を、
知ることとなりました

以前のブログでも少し触れたのですが、
私は今、
西山松之助さんの著書、
〈江戸〉選書1 『江戸ッ子』
を読んでします。
その本の中で西山さんは、
本当の江戸っ子は、
「おう! おらァ江戸っ子だ!!」
なんて江戸育ちをこれみよがしにひけらかさない、
と書いているんです。
これ、
「えっぇぇぇぇぇ

」と思いませんか?
昔から観てきたテレビ時代劇では、
如何にも江戸っ子を気取った奴らが、
こんなセリフを散々叫んでいましたよね。
私は、あれこそが江戸を代表する江戸っ子だと思っていましたよ

西山さんはその著書で、
そんな奴らは、本物の江戸っ子じゃない
と断言しているんです。私は、
この本を読んだ時、
自分の頭の中の江戸のイメージが、
崩れ去るような思いがしました

驚かされますね~。ホント。
この本では、
こんなことが書いてあります。
「劣等感の裏返しと見られる優越感をひけらかしているような江戸ッ子だけが、
江戸ッ子の全てではない。
これは江戸ッ子の一部で、
そうでない洗練された文化生活をしていた根生の江戸町人たち、
大町人といわれた人たち、それこそ本格の江戸ッ子である」
そう言われると、もっともな気がしてきますね

西山さんは、
「江戸ッ子は、そういう二重構造をもっていた」
と書いています

これは、
西山さんの研究による見解、学説ですが、
この説が本当ならば、
現在の日本人の殆どは、
江戸の町人を勘違いしていることになりますね

私が読んでいるこの書籍は、
今から30年ほど前に書かれたものなので、
この部分の研究は更に進んでいるかも知れませんが、
私は、読み進めるうちに、
この見解にとても納得させられています

(沢山の黄表紙や川柳などから、西山さんはこれを証明しています。)
なぜ、このような二重構造が生まれたのか

江戸の町人とは、どうして生まれたのか

そのあたりは、
話が長くなりますので、
興味のある方は、
上記の書籍を図書館で借りていただくとして、
この本に書かれている本物の江戸っ子にいて触れておきましょう。
それは、
江戸時代の文人、大田南畝(1749-1823 別号、蜀山人)の言葉を引用しています。
「日本橋、小田原町の魚商は国初、つまり江戸初期に小田原から来た者達であるが、
新場の魚商は、江戸の繁栄をきいて後に江戸に店を出した上方ものである。
小田原町は江戸ッ子だから、団十郎(市川)を、
新場は上方ものだから歌右衛門(中村)を、それぞれひいきにする」
ワオ

こんなことは、寝耳に水でしたね

蜀山人大田南畝は、
日本橋の大家である魚商人でも、
新場の上方ものは〈江戸ッ子〉では無い。
それに対して、
江戸開府以来の日本橋の魚商人こそが本物である、
と言っているんですね

根生いの江戸っ子、
それもほとんど文化人的な地位・生活を持つ大町人が、
「おれこそが、江戸っ子だい!」
なんて方方で言っていたとは、
私も信じられませんね。
木場や深川や本所辺りの職人や鳶、
火消しや札差などの最下級の町人こそが〈本物の江戸っ子〉だ、
という認識は全くの間違いなのかもしれません。
「三代つづけば江戸っ子」
現代人は、この言葉に騙されていたのかもしれませんね。
私が今執筆している『研ぎ師伊之助深川噺』シリーズでは、
この西山松之助さんの説を取り込んだ、
生粋の江戸町人を登場させたいですね

おや、
その役、
誰に演じてもらうんだい

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