怖い話します(選集) -7ページ目

怖い話します(選集)

ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

※ このブログでコメント等にはお返事できません。
お手間ですが、「怖い話します(本館)」のほうへおいでください。

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今回はこういうお題です。UMAのカテゴリですね。
「シーサーペント(sea serpent)」は海蛇(かいだ)と訳され、
海に生息する、脚のない巨大な怪物のことです。ちなみに海蛇(ウミヘビ)は、
実在する生物で、そんなに大きなものはいませんが、
鮮やかな色をしていて、致死性の強い毒を持っている種類が多いんです。

ウミヘビ
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さて、歴史上で目撃されたシーサーペントについて、逸話を列挙していっても
いいんですが、すでにUMA系の立派なホームページがいくつもあるので、
ここでは、自分が好きな話を一つだけご紹介したいと思います。
「モノンガヘラ号事件」と聞くと、ははあ、あれかと
思われる方もいらっしゃるでしょう。

1852年1月13日、南太平洋の赤道付近で、アメリカの捕鯨船、
「モノンガヘラ」号の見張りが、海中を激しく動く巨大な生物を発見した。
クジラなら捕りにいくだけだが、しばらく観察しても船長にも何だかわからない。
とりあえずボートを下ろすことにした。この当時は母船から砲で銛を打つ
のではなく、小さなボートからクジラに対して手で銛を投げていたんですね。

木製ボートにある種の貝がくっついたもの
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くりだした3艘のボートの先頭に立ち、シーバリー船長が生き物に一番銛を
打ちこんだ。生き物はいったん海に沈んだが、すぐに3m以上ある長い頭が
海中から立ち上がり、ボートに向かってむかって突進してきた。
3艘のボートはすべて、あっという間にひっくり返り、
船員たちはなんとか泳いで母船に逃げ帰った。

最大7mになり、海に生息するモンスター イリエワニ
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銛にむすんだ網はどんどん伸び、300メートルになっても足りず、
つぎ足された。遠くから生き物の叫び声が聞こえてきた。
翌日の朝方、ようやく怪物の死体が海面に浮き上がってきたが、
経験のある船員でも、そのような生き物をこれまで見たことがなかった。

絶滅した?海棲爬虫類 モササウルス 全長は最大で18m


その怪物は「モノンガヘラ号」(約30メートル)よりも長く、
胴の幅は最大の部分で15メートルもあった。頭部はワニに似ていて、
長さ3メートル、口の中には24本の鋭い歯があり、
歯の大きさはおよそ8センチ、ヘビの歯に似て内側にカギ形に曲がっていた。
色は茶色がかった灰色で、幅約1メートルの明るい縞が全体にあった。

サルパの群体 数十mにもなる
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シーバリー船長は、怪物の首を切断し、保存のため大きな塩漬けの桶に入れ、
近くにいたレベッカ・シムズ号のガヴィット船長に託し、
ニュー・ベッドフォードへ送った。しかし、その後、モノンガヘラ号は
消息不明となり、何年かのち、「モノンガヘラ」の船名板が、
アリューシャン列島のウムネク島の浜辺に流れついた・・・

子どもの頃にUMA関係の本でこの話を読んだときにはワクワクしました。
話の内容がすごい具体的ですよね。
ニュー・ベッドフォードに送られた怪物の首はどうなったんだろうと、
世界地図で地名を調べたりしたもんです。ですが、残念ながらこの話、
海外サイトなどを調べると、どうやら創作みたいなんですね。

打ち上げられた巨大な流木
タイトルなしvvv

さて、目撃されたシーサーペントの正体としては、いろいろな説が
あげられています。まず1つめは海藻のかたまりや流木を誤認した説。
海藻は動かないだろうと思われるかもしれませんが、ゆっくり走る
船の上にいると、自分は動いておらず、相手のほうが進んでいると
錯覚することがないわけではない気がします。

50m以上になる海藻 ジャイアントケルプ
めめめm

2つ目は、既知の生物を誤認したもの。例えばクジラの誤認。
みなさんはクジラと言えば、マッコウクジラのようなゴツいのを思い浮かべ
られる方が多いんじゃないかと思いますが、クジラの種類は多く、
その中には、かなり細長い形状のものがいるんです。
中型クジラはむしろそのタイプが多いんじゃないかな。

ニタリクジラ 最大15m
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それから、リュウグウノツカイ誤認説。リュウグウノツカイは深海魚と
言われますが、そんなに深場にいるわけでもなく、海流などの関係で、
海面まであがってくることも多いんです。台風の後などには、
海岸に打ち上げられたものが見つかります。日本海側と太平洋側では
タイプが違い、太平洋側のは10mを超えるまで大きくなると言われます。

かなり大きなリュウグウノツカイの個体
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それと、シーサーペントには「背中にコブがあった」という証言もありますが、
ここから、列をつくって泳いでいるイルカ、またはアシカやオットセイ、
セイウチなどの海獣類を誤認したという説もあります。
あとは、小魚の群泳やクラゲなどの群体を見誤った可能性も指摘されています。
海洋生物の中には、蛇と見まがうような細長いものは珍しくないんです。

イワシの群れ
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こういうふうに書くと、海を知りつくしている船員や漁師が見間違いを
するはずはない、という意見が必ず出てくるんですが、
はたしてそうでしょうか。下の画像は、ラブカという原始的なサメですが、
ベテラン漁船員でもまず見ることはない珍しいものです。

原始的なサメ ラブカ 2mほど
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もちろん、海は広大で、神秘にあふれていますから、
未知の巨大生物がいるのかもしれません。そう考えたほうがロマンがあります。
ただ、これはネッシーなどでも言われることですが、その種が存続するためには、
ある程度まとまった個体数が必要です。数百という数だと、完全な絶滅危惧種に
なってしまいます。数千でも危ないかもしれません。

イルカの一種 スナメリ 2mほど
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まあ、古代に絶滅したと考えられ、1952年まで発見されなかった
シーラカンスのような例もあります。かつては広範囲の海域にいたものが、
だんだんに生息域がせばめられ、ある特定域だけにまとまって
隠れひそんでいる可能性はゼロではないでしょうね。人間が来ることのない
深海にいて、ときおり浮上するのかもしれません。

さてさて、ということで、シーサーペントの正体は、誤認以外に、
古代海竜の生き残り、つまり爬虫類説。巨大ウナギなどの魚類説。
未知の海棲哺乳類説、イカ・タコなどの軟体動物、クラゲ類などなど
諸説入り乱れている現状なんですね。では、今回はこのへんで。

オーストラリアの有名なシーサーペント写真、捏造の疑いが強い
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全長23メートル、体重20トンの超巨大ザメ“メガロドン”の恐怖を描き、
全世界興収3億ドル突破を果たした『MEG ザ・モンスター』。
200万年前に絶滅したとされるメガロドンの真実とは? 
(映画.com)

メガロドン

今回はこの話題でいきます。ひさびさのUMAのカテゴリですね。
9月7日から公開される、映画『MEG ザ・モンスター』のMEG(メグ)とは、
学名 カルカロクレス・メガロドンの略で、絶滅した古代鮫のこと。
要するに、新手のサメ映画なわけです。
ただし、メガロドンについては、絶滅していないとする意見もあります。

まず、メガロドンはいつころ生息していたのか? これは、約1800万年前から
約150万年前とされます。恐竜の絶滅が、約6500万年前ですから、
それよりもずっと新しい生物です。人類の誕生を約400万年前とすると、
時代がかぶっていることになりますが、ほとんど接点はなかったでしょう。

次に、メガロドンの大きさですが、映画の設定は体長23m、体重20t。
ただし、実在したメガロドンの体長には諸説あります。
これは、サメが軟骨魚類であり、化石は歯しか残らないためです。
かつては、体長40mあったのではないかという説もありましたが、

現在は否定され、最大でも12m程度ではなかったかと考える研究者が
多いようです。だいたいジンベイザメの最大クラスと同じくらいですね。
ちなみに、映画『ジョーズ』に登場したのは、現存するホオジロザメですが、
最大で6mほどですから、メガロドンはその倍くらいの大きさです。

メガロドンの歯の化石


あと、メガロドンの体型は、ホオジロザメの巨大版として復元されることが
多いんですが、近年になって、その近縁性は否定されるようになりました。
ですから、メガロドンがどんな姿をしていたのか、正確にはわかりません。
また、ホオジロザメがメガロドンの子孫ということでもありません。

次、メガロドンはなぜ絶滅したのか? これにはいくつかの説があります。
まず、メガロドンは4m程度の小型のクジラを餌にしていたと考えられますが、
そのクジラ類が海水の冷たい海域に適応して逃げ込んだため、
餌がなくなったから、という説。サメは魚類で変温動物なので、
冷たい海まで追いかけていけなかったということですね。

他の説として、メガロドンの絶滅の時期と、現生するシャチやホオジロザメの
登場の時期とが重なっており、メガロドンはこれらとの生存競争に負けて
絶滅したのではないかとする説です。うーん、もしこれが正しいとしたら、
メガロドンってあんまり強くなかったんですね。

少し話を変えて、動画サイトなどには、シャチとホオジロザメのどちらが強いか、
比較する映像などが出ています。体の大きさはほぼ同じですが、
戦えばシャチが圧勝します。シャチはサメを襲って食べますが、
サメがシャチを襲うことはありません。
(病気や外傷で弱った個体を、サメが食べることはあるかもしれません)

これは、魚類の中でも軟骨魚類であるサメと、哺乳類であるシャチの体の
つくりの違いが最大の原因です。下の図を見れば一目瞭然ですが、
シャチは太い背骨、強靭な肋骨を持っていて、
体当たり一発でホオジロザメを殺すことができると言われます。

サメとシャチの骨格


また、運動性能もかなり違います。シャチの最大速度は時速70km、
ホオジロザメは、大型魚類の中では速いほうですが、それでも時速30kmと、
シャチの半分しかありません。さらに、体の柔軟性も大きな差異があり、
ホオジロザメはゆっくりとしか向きを変えることができませんが、
シャチは上昇・下降、急転回など自由自在です。

水中でキリモミ状に回転したりすることもできます。これに対し、
サメは腹を上にすると動けなくなってしまいます。シャチが、
戦法としてサメを上向きにして弱らせる様子が、動画サイトには出ていますね。
さらに知能の面、サメは単独行動することが多いのに対し、
シャチは群れをつくって集団で狩りをします。

宙返りをするシャチ、サメにはこのような動きはできません
ダウンロード

このあたりのことから類推すると、メガロドンの泳ぐスピードは遅く、
動きも鈍かったのではないかと考えられます。ですから、より小回りの利く
ホオジロザメやシャチの登場によって、メガロドンが生存競争に破れて
淘汰された可能性は十分あるんじゃないかと思います。

さてさて、メガロドンは現在も生き残っているのか?
ちなみに、メガロドンはUMAではありません。UMAの定義は完全な未知生物ですが、
メガロドンは既知の絶滅生物です。うーん、どうでしょう。
メガロドンとされる写真や目撃証言はいろいろあります。

下の画像などがそうです。前にいるのがクジラで海が血に染まっていて、
後ろに背びれが見えるのがメガロドン。背びれの長さは1.8mとされていますが、
比較対象物もないですし、これだけではなんともいえないですね。
次の画像は、前にある潜水艦と比較はできますが、
一匹の個体ではない可能性もあります。

メガロドンとされる画像
名称未設定 1

この他、乗っていた船が海中の何かに衝突し、後で調べてみると、
巨大な歯形がついており、ホオジロザメの何倍もの大きさの歯が刺さっていた。
そういう話もいくつかありますが、確証とはいい難いものです。
また、目撃証言の中には、オンデンザメなどの既知の巨大ザメを
メガロドンと見誤っている場合もあるでしょう。

さてさて、ここまで否定的なことを書いてきましたが、
生き残っていない、という証拠もないわけで、オカルトフアンとしては、
もちろんメガロドンが生き残っていたほうが夢があります。
いつか、動かぬ証拠が発見されるかもしれませんね。では、今回はこのへんで。
 

 
 
 
 
 
 

今晩は。私鉄関連の仕事についている山根ともうします。
よろしくお願いします。これから話すのは、僕が小学校の4年と
6年のときのことです。今からはもう20年ほど前の。
本当にあったことか? と聞かれると困ってしまいます。
僕以外には見ていないことですし、証拠のようなものもありません。
子どもが頭の中でこしらえた幻覚かもしれないんです。
ただ、2人の人と2匹のウサギが亡くなってるのは事実です。
まず、そのことをお断りしておきます。当時、僕は北関東の◯県、
◯市に住んでまして、家は規模の大きい造成団地の中にありました。
JRの職員だった父が、そこの建売住宅を買ったんです。引っ越したのは
僕が4歳のときということで、その前の記憶はほとんどありません。

小学校はその団地に付随して建てられたもので、クラスのほとんどの
子が団地の住人でした。たしか1学年4クラスだったので、
けっこう大きいほうですよね。校舎は新しかったですが、コンクリートの
四角い箱のような建物で、あたたかみはあまりなかった気がします。
あ、すみません、話がなかなか前に進まないで。小学校の4年になると、
児童会活動に所属します。全員ではありませんが、〇〇委員会というのに
学級から選ばれて入る子がいるんです。その年の後期、
僕は生物委員というのになりました。仕事は動植物の世話で、
具体的には花壇の水やりや球根掘り、それと校舎の裏手にあるウサギ小屋の
管理です。小屋も新しくて立派でした。広さは畳3枚くらいで、
全面に稲わらが敷いてありました。檻は緑の細い鉄パイプを組んだもの。

ウサギは10匹くらい。全部がオスです。つまり、学校で繁殖することは
ありません。そもそもこのウサギ、団地内にあるショッピングモール内の
ペット屋さんが、何年か前に自分の子どもが通ってたとき、
学校に寄贈してくれたものなんです。格安で手に入るルートがあるらしく、
ウサギの寿命はそれほど長くないですが、少なくなると補充して
くれてました。もしかしたら実験用のものなのかもしれません。
あともう一つ、ウサギ小屋の後ろ側はまばらな林になっていて、
20mくらいでグランドの野球のバックネットに突きあたります。
その林の中に「古墳」と呼ばれていた場所があったんです。そうですね、
直径3mくらいの円形の土盛りで、上には何もなく短い草が生えてました。
戦国時代の武将の墓だって話もあったけど、今から考えれば変ですよね。

柵も何もなかったんですが、それ、生徒の間で、踏むと祟りがあるとも
言われてたんです。いや、全員が知ってたわけじゃなく、女子なんかは、
そんなのがあること自体知らない子も多かったと思います。
僕はやらなかったけど、男子の中にはわざと上にあがるやつもいました。
はっきりした祟りはなかったと思いましたが、このことが、この後の話に
何らかの関係はあるんじゃないかと考えてます。
それで、生物委員会では2人組になって仕事をするんですけど、
僕が組になったのは樹生っていう隣のクラスの委員で、男子同士でペアに
なるんです。仕事は、朝学校に来たら始業までにホースで花壇の
水やりをします。それと、ウサギの餌と水やり。放課後は、フンなどで
汚くなった稲わらの取り替えですね。大変なことはなかったです。

というのは、山田さんという校務員さん、当時はまだ用務員さんと
言ってた気がしますが、その人が餌や替えの稲わらを全部用意して
くれてたからです。汚れたわらも、指定された場所に積んでおくと
片づけてくれました。山田さんは50歳くらいで、体の大きな人だったけど、
生徒にはすごく優しく、言葉も丁寧でした。樹生とは、それまで口を
きいたことがなかったんですが、すぐに仲良くなったんです。
家も比較的近いことがわかったので、放課後よく遊ぶようになって、
僕の誕生会のときには違うクラスだけど家に呼んだんです。
で、あれは10月のことでした。その日の朝、委員会の当番だったので
外で樹生を待ってたら、時間になっても来なかったんです。
しかたなく一人で仕事をしました。学校に入って隣のクラスをのぞいたら

先生がいたんで、樹生はどうしたか聞きました。そしたら、
親戚に不幸があってお休みの連絡が入ってるって言われました。
放課後になって委員会に顔を出したら、担当の先生が、樹生は休みだから、
誰か手伝いをつけようかって言ったけど、一人で大丈夫ですと答え、
鍵を借りてウサギ小屋に行ったんです。中に入り、餌の食べ残しを
容器ごと外に出しました。それから熊手で稲わらを集めてると、
「おーい」って声がしました。檻の外に樹生がいたんです。
「え、お前、休みじゃなかったのか」 「早く終わったんで学校に来た。
 手伝うよ」こう言ったんで、「そうか、じゃ、俺、水捨ててくるから、
 樹生は稲わらやっててくれ」外に出て樹生に鍵を渡したんです。
そのときは・・・特に変わりない いつもの樹生だと思ったんですが・・・

僕が外の水飲み場から戻ってくると、樹生が中から檻の鉄棒を片手で
つかんでグラグラ揺すってました。囚人の真似をしてふざけてると思って、
「やめろよ、壊れるぞ」って言いました。樹生は歯をむき出して笑い、
「ほらああ」と間のびした声で言って、もう一本の手を後ろから出したら
白いウサギの耳をつかんでたんです。ウサギは弱くて、ちょっと乱暴にすると
死んじゃうので、「おい、やめろ!」と言うと、ますます笑いながら
「ほおらああ」片手でウサギの頭、片手で胴体をつかんで首をぐるりと
ねじったんです。「ゴキキ」って音がはっきり聞こえました。「あー!!!」
叫ぶと、「どうした?」って声が後ろからして、山田さんだと思いました。
「あ、山田さん、中で樹生が」 「誰もいないぞ」 「え!?」
檻の中はひと目で見渡せるんですが、たしかに誰もいなかったんです。

わけがわかりませんでした。樹生がウサギの首を折るのをはっきり
目撃した・・・でも、そうじゃなかったんです。その日の夜、
母親が僕の部屋に入ってきて「大変、お誕生会に来た樹生くん、
 事故で亡くなったってニュースでやってる!」って言いました。
急いで居間に下りていくと、親戚の葬儀に行った帰り、父親の運転してた
車が高速で側壁に衝突し、一家四人が死傷・・・亡くなったのは樹生だけ
だったんです。翌日、学校に行くと担任の先生からその話があり、
次の日に全校集会で詳しい説明がありました。その放課後です。生物委員会
担当の先生から呼ばれて、理科室に行くとこんな話をされたんです。
「ウサギが一匹、あのほら、バックネット近くの土盛りの上で死んでるのが
 見つかってな、お前の当番のときに逃げ出したりしたか」って。

あの後、山田さんといっしょに作業をして、死んでるウサギはいなかったし、
引数も数えてました。山田さんには、樹生を見たことについて詳しくは話して
なかったんです。樹生の葬式には僕も出ました。翌年、5年生のときは
僕はクラス委員になり、企画委員会というのに所属しました。
これはいろいろ忙しく、剣道のスポ少にも入ったんで樹生のことは
忘れかけてましたが、ウサギ小屋には近づかないようにしていました。
それが、6年生の後期、学級会でまた生物委員に選ばれてしまったんです。
6年生の中でも推薦されて、僕が委員長になりました。仕事内容は
前と変わらなかったんで楽でしたが、ウサギ小屋に近づくのはやっぱり
怖かったです。必ず、ペアになってる生徒といっしょにいました。その子には、
「委員長なのに、なんだかウサギが怖いみたいだね」って笑われました。

で、また10月なんです。放課後というのも同じ。僕が水を捨てて
戻ってくると、カキカキーンという金属音がしてました。檻の鉄の戸が
ズレる音です。樹生のことを思い出しながら小屋を見ると、中に山田さんが
入ってたんです。山田さんはあの日の樹生と同じく歯をむき出しにして笑い、
隅でおびえているウサギの一匹をつかむと、首筋をガッと口に咥えたんです。
ウサギは「キー」という声を上げ、山田さんの両目がぐるんと裏返って
白くなり、「ゴギ」という音がしました。ボタボタとウサギの口から
血がこぼれ、そこまで見て僕は後ろに尻餅をつき、怖くて目をかたく
つむりました。そのとき、「おい、どしたん。ズボン泥だらけだぞ」って
声が聞こえ、目を開けるとウサギ小屋には誰もおらず、ペアの子が驚いた顔を
してたんです。最後まで山田さんは来ず、作業は僕らだけで済ませました。

・・・この後どうなったか、もうおわかりだと思います。僕が学校から
出たとき、救急車のサイレンが近づいてきて、校門に入っていきました。
翌日に聞いたところでは、脚立に登って木の枝を剪っていた山田さんが
誤って転落し、喉から胸の中に深く尖った枝が突き刺さり、
声を出せず地面で血だらけになってたのを生徒の一人が見つけ、
先生方に知らせて救急車が呼ばれた・・・山田さんはその日のうちに
病院で亡くなったということでした。樹生のときも、山田さんのときも、
小屋の中でウサギを殺したのは僕の幻覚なんでしょうか。2人とも
違うところにいたのはたしかです。あと、この後、あの古墳の上で
死んでいるウサギ一匹が発見されました。ウサギの短い毛皮には、
たくさんの噛み跡がついていて、赤白まだらになっていたそうです。

 

 


 

 

 

 

 

 

あの、名前は山根って言います。中学3年生です。よろしくお願いします。
今、僕、冬休みなんですけど、休みに入る前にすごく変なことが起きて・・・
12月の最初の週の金曜日に、期末テストがあったんです。
その金曜の朝です。僕、テストの日は普段より早い時間に学校へ行くように
してるんです。はい、社会の年号とか、数学の公式とか、
そういう大事なことを教室で確認するんです。
それでですね、僕、自転車通学で、いつも土手の上の道を通っていくんです。
土手って言っても、車は通れないけど、ちゃんとした舗装道路で、
通学路なんです。それで、その日の朝の7時ちょっと過ぎくらいでした。
いつもより30分以上時間が早かったから、通る人はほとんどいませんでした。
そこを自転車を漕いでいくと、前のほうがすごくキラキラしてたんです。

最初は何だかわかりませんでしたけど、たくさんの透明な丸いものが、
風にのって漂ってたんです。はい、シャボン玉だと思いました。
大きいのも小さいのもあって、どれも朝日をうけて虹色に光ってましたよ。
どっから流れてくるんだろう、と思って見てると、
土手の下から風に吹き上げられてくるんです。ただ・・・
ちょっとありえないくらい大量なので、人が吹いて飛ばしてるんじゃない
と思いました。自転車を止めて、手すりから川をのぞき込んでみると、
大量のシャボン玉が、前方の川面の上を飛んでて、
対岸のほうから流れてきてたんです。はい、対岸はくすんだ色の高い塀が
続いてて、それ、化学肥料の工場のものなんです。よく見ると、
シャボン玉はその工場の塀をのりこえて出てきてるみたいでした。

変なこともあるなあと思いながら、また走っていき、
土手の上の道の前のほうにシャボン玉が流れてるところに来ました。
このまま進めばシャボン玉に突っ込んじゃうと思いましたけど、
そのときは、たいしたことだと思わなかったんです。スピードをあて通り抜けました。
いや、体にあたった感触はほとんどなかったんですけど、
顔の前に1個大きのがきて、頭を下げてそれをよけようとしたとき、
かすかに顔にしぶきがかかった気がしたんです。特別、においとかはしませんでした。
けど、右の目がチクチクって痛んだんです。ああ、石鹸?が入っちゃたかな
と思いました。たいしたことはなかったです。そのまま学校に着いて教室に入ったら、
僕みたいに早く来て最後の確認をしようとしてるクラスメートが何人かいました。
カバンを置いて、トイレに行きました。はい、目を洗おうと考えたんです。

トイレの鏡を見ても、目は赤くなったりはしてなかったです。
冷たい水で顔を洗って、しゃきっとしたところで、教室に戻って最終チェックを
始めました。大事なところだけをまとめたノートを作ってて、
それを見てたんです。そうしてるうちに、だんだんに教室に人が増えてきて、
同じ土手の上を通ってる友だちが来たので、「シャボン玉たくさんあったよな?」
って聞きました。でも、友だちは「何だそれ?」って反応だったんです。
朝のホームルームが始まり、1時間目になりました。最初のテスト科目は
数学でしたね。僕、あんまり数学得意じゃなかったんです。
計算問題はいいけど、応用問題や図形の証明が苦手で、
いつも時間がなくなっちゃうんです。そのときも、最初に計算問題を全部やったら、
残りが20分くらいになりました。それで、応用問題はどれも難しくて、

3つ、わかんないのが残っちゃったんです。時間がないので、
ああ、これはダメだなって思ってふっと顔を上げたら・・・
前の席の生徒の頭がふくらんで見えたんですよ。ほら、テストのときって、
ふだんの座席から、出席番号に並び変えるじゃないですか。それで、僕の前の席は、
普段あまり話したことがない男子で、成績は学年でトップクラスだったんです。
その人の頭が、ゴムボールを押しつぶしたみたいに、横に広がってたんです。
「えっ!」あっけにとられて見てると、今度は少しずつ縦方向にも
ふくらんでって・・・そのときです、数学の問題の答えがわかったんです。
それも、3つとも同時にです。自分で考えたっていうより、
急に解き方が頭の中に流れ込んできた感じです。
必死になって用紙に解答を書き込んで、全部終えたときチャイムが鳴りました。

それで、テスト用紙回収のときに見たら、前の人の頭は普通だったんです。
テストは、2時間目英語、3時間目社会って進んでいきましたが、
休み時間は何でもないのに、テスト中は前の人の頭がふくらんで伸び縮みするんです。
いや、前の人だけじゃなく、テスト中だからあんまりまわりを見ちゃいけないんだけど、
他の人もそうだと思いました。夢中になってテストをカリカリ書いている頭が、
普段の倍くらいにふくらんで伸び縮みしてる・・・
もちろん変だとは思いましたけど、誰にもそれは話しませんでした。
休み時間は何でもないんだし、みんなトイレに行ったり、
参考書を見たりで忙しそうで。それと、もう一つ、変っていうか、
その日のテストはすごくよく書けたんです。いつもは、わからなくて無解答になってる
部分があるのに、そこまで全部埋めることができてて、

これが不思議なんですけど、数学のときと同じで、なんか答えが頭の中に流れ込んでくる
気がしました。社会なんか、まあ出ないだろうと考えて、
あんまり勉強してないとこが出題されたんですが、その答えが頭に浮かんだんです。
自分でも記憶にない言葉なのに・・・そういう具合で、午前中の4時間が終わり、
給食をはさんで5時間目の理科になったんです。理科は得意なほうだったんで、
どんどん書いてって、最後の問題を残して、けっこう時間があまってました。
それで、まわりの生徒なんですが、どの人もますます頭が大きくなって・・・
ほら、お祭りで売ってる宙に浮く風船があるじゃないですか。あれくらい大きくなって、
ふらふらと揺れてたんです。でね、テスト監督の先生が前にいますよね。
その先生の頭は普通で、生徒の頭が大きくなってるのに気がついてる様子がないんです。
それで、これは僕にだけそう見えるんだろうって考えました。

で、理科の最後の問題なんですが。これがなかなかの難問で、
解けなかったんです。前と同じように答えが頭に流れ込んでくることもなくて。
まあでも、1問くらいいいやと思ってました。それまでの出来がよかったので、
今回はかなり順位が上がるだろうなって考えて・・・
それで顔をあげると、前の人の頭がすごく大きくなってたんです。
いや、気球みたいで、直径1m以上あったと思います。それだけじゃなく、
両側の前のほうにいる生徒の頭も天井につくくらい大きくなってゆらゆらゆら・・・
急に、前の生徒の頭が「ボムン」みたいな音をたてて爆発したんです。
あっちでもこっちでも「ボムン」 「ボムン」 「ボムン」 「ボムン」
その音に終了のチャイムの音がかぶさって、すごく頭が痛くなりました。
それで、手で自分の頭をさわった瞬間に、ボムンって。

そっからのことは覚えてないです。気がついたら、保健室に寝かせられてたんです。
しばらくして、うちの母親が来ました。保健室の先生と担任が母親に、
「テストで緊張しすぎたのかもしれません」みたいな話をしてました。
それから母親に連れられて、総合病院の救急に行ったんですが、
検査をいろいろ受けても、特別異常はなかったんです。
後から母親に聞いた話だと、先生方が救急車を呼ぼうとしてたときに、
僕の意識が戻ったみたいでした。テストも終わったので、土日はゆっくり休みました。
そのときに、何で友だちの頭があんなふうに見えたのか、
もしかして僕の頭もふくらんでたのか考えて。でも、いくら考えてもわかりませんでした。
ただ、もしかしてなんですが、ほら、朝にシャボン玉を見たでしょう。
あのときに、変な化学成分みたいなのを吸い込んだのかもしれないって。

それで、月曜日に登校して教室にいたら、まだホームルーム前なのに、
担任が顔を出して僕を呼んだんです。職員室に連れていかれて、
テスト用紙を見せられました。はい、担任は社会の先生なので、僕の社会の答案です。
それがですね、解答欄は全部埋まってたものの、見たこともない、
日本語どころか英語でもない、ミミズののたくったようなのが書かれてたんです。
「これ、どうしたんだ? あの日、具合が悪くなって倒れたけど、
 それと関係あるのか?」って聞かれて、返事のしようがありませんでした。
後になってわかったんですが、5教科全部がそうだったんです。
必死になって、あの日に起きたことを説明しました。信じてもらえなかったですけど、
僕がふざけてるわけでもないということで、期末テストはノーカウント。
中間テストと平常点で成績をつけるってことになったんですよ。

 

 


 

 

 

 

 

 

変な夢をずっと見てたんです。そうですね、1ヶ月ちかく続きました。
毎晩というわけではありませんが、3日に一遍くらいの頻度で。
いいえ、医者には行かなかったです。だって夢ですし、
僕自身は特に体の具合が悪いというわけでもなかったんです。
どんな夢かというとですね、木造の校舎がまわりにある校庭のようなところに
いるんです。毎回そこが始まりの場所なんです。校舎は荒れ果ててまして、
廃校になってからずいぶんたつような感じで、生徒のいる様子は見あたりません。
夢の中には僕と、それから姿の見えない不思議な生き物、
それしか出てこないんです。・・・生き物の話はおいおいしていきます。
それで、その学校なんですが、小学校とかじゃなく農業高校じゃないかと
思うんです。ビニルハウスの残骸や畜舎がありましたから。

僕が校庭から校舎の手前へと、何も植わってない花壇の中を歩いていくと、
木造りの小屋が見えてきます。それと獣の臭い・・・これは夢なんですが、
臭いがわかるっていうか、獣の臭いを嗅いでる気がするんです。
僕はこれまで、犬猫はじめ動物は飼ったことがなくて、どちらかというと苦手なんです。
だけど、なんというか使命感みたいなのに突き動かされて、夢の中で
行動しているんです。まず小屋の横にまわると、飼料入れの木箱が置いてあります。
その横に写真が積まれてるんです。それが、気味の悪いことに遺影なんですよ。
お葬式のときに飾るあの黒枠のやつです。
それを一枚一枚取り外して、残った額は一ヶ所に積み上げます。
写真はみな若い女の人でした。たぶん僕と同じ高校生から20代の前半くらいの人。
プリント用紙だけになったものを飼料箱に入れて小屋の前に行きます。

小屋の戸には、餌を入れてやる細長い四角い穴が下のほうに開いてます。頑丈で
分厚い木の板なんですが、そこだけ飼料箱の大きさぴったりに切られているんです。
ええ、だから中にいる獣の姿は見えないんです。でも気配が伝わってきます。
大きな動物が動く音、戸板に裏側からガリガリ爪を立てたり、地面を這ったりする。
息遣いもですね。ただ、鳴き声は聞いたことがありません。
それで、飼料箱をそおっと地面を滑らせるようにして穴に差し込んでやる。
それだけなんですが、やり終えたときにすごい安堵感と充実感があるんですよ。
自分がとても世の中に役立っているみたいな気持ちです。
わけがわからないですよね。夢なんてそんなものと言われればそれまでですが。
そこで夢は終わりです。その後は朝まで目が覚めませんね。
夢を見ている時間は、というか夢の中での時間は10分もないでしょう。

そういう夢を3日おきくらいに見ていました。
で、なぜだかわかりませんが小屋の中の生き物が餌をやるたびに成長してることが、
姿が見えなくてもわかるんですよ。え、写真ですか?それが毎回違ってました。
別の女の人の遺影にかわってるんです。見覚えのある顔はなかったんですが・・・
この間、ストーカーによる殺人事件がありましたよね。
テレビでも何度も報道された、レースクイーンなんかをやっていたモデルの人。
あの人が殺された夜に見た夢に写真があったと思います。
ちょっと自信がないんですが、同じ人じゃないかと。
いえ、テレビに何度も顔が映ったから、
それを覚えてて夢に見たというわけじゃないはずです。
だって、その夜にはまだ事件の報道はなかったですから。

夢のことは人に言ったりはしなかったです。
変な内容で馬鹿にされたりするかも、ということもあったんですが、
それよりも、これは言ってはいけないことだっていう感じが強くしたんです。
夢の中で別に禁じられたりしていたわけじゃないんですが。
・・・そうやって、10回近く餌をやりました。
写真を入れた後、小屋の中の獣は満足そうに喉を鳴らすようになってきました。
それで、昨晩のことです。いつもと同じように餌を小屋に入れたとき、ドンと強く、
小屋の中から戸に大きなかたまりがぶつかる音がしました。
板戸がぐらぐら揺れたんです。そして声が聞こえました。
「足りない、まだ少し足りない」って。
そうですね、大人の男の人の声だと思いました。子どもではないと思います。

普通なら夢が終わる場面なんですが、えさ箱のところに戻ってみました。
すると新しい遺影が一枚だけあったんですよ。
見覚えのある顔でした。僕の高校の同じ学年の女子です。
クラスは違ってます。その人は女子バレー部のキャプテンで、
下級生の部員に対して集団でひどいイジメをしている、という話がありました。
・・・女子のことですから、僕はほとんど気にしてなかったですけど。
いえ、口をきいたことくらいはあります。僕は男子バレー部ですから。
とにかくこれも小屋の中にいれなくちゃいけないと思って、大急ぎで額を外しました。
額はもう自分の胸のあたりまでになってましたね。1回に20枚くらいで
10日、200枚の写真を小屋の中の生き物に与えたわけです。
写真一枚だけ持って小屋の前に戻り、そうっと写真だけを穴に差し入れました。

「ゴガーッ」と中の生き物が鳴いた声が聞こえました。
虎やライオンに似てなくもなかったですが、わかりません。僕がびくっとして
後ろに下がったときに、穴からちらっと腕のようなものが見えたんです。
それが・・・想像してたような獣の腕じゃなくて、僕の高校の制服のブレザーに
思えました。そのとき、上のほうから「おーい」と呼ぶ声が聞こえました。
見上げると、ボロボロの校舎の2階の窓から、僕に向けて手を振ってる
人たちがいました。それが、どういう姿なのかよく見えなかったんです。
そんなに距離があるわけじゃないのに、白い人たちとしか。
とにかく呼ばれてるんだから行かなくちゃと思いました。校舎の入り口を
見つけて、土足のまま埃の溜まった廊下を通って階段を上りました。
さっき手を振っていただろうと思われる教室の戸を開けて中に入りました。

そしたら、拍手の音に包まれたんですよ。中には20人ほどの人がいました。
その人たちは・・・全員がブタの着ぐるみを着てたんです。
あの幼児番組なんかに出てくる全身着ぐるみ、だぶだぶした布でできてる。
顔だけがものすごく大きくてリアルな豚の顔なんです。
それをつけた、男とも女ともわからない人たちが、
みんな僕のほうを向いて手を叩いてるんです。拍手は長く長く続いて、
とても誇らしい気持ちがしてきたんです。その中の一人が、
「おめでとう、君のおかげでまた夢喰いが一頭生まれた。もう夢は見ないよ」
そう言って窓の外を指し示しました。歩み寄って見おろすと、
あの小屋の板戸が倒れていて、黒々とした中が見えました。
いや、何かがいるようには見えなかったです。

夢喰いというのは、もうどこかに逃げていったんだろうと思いました。
ここで夢は終わりました。気がつくと朝になっていて、
こんな季節なのに汗をびっしょりかいていました。
部屋から階下に降りていくと、家族がテレビを見ていて、
母が「たいへんな事件があったわよ」って言ったんです。
ええ、もうおわかりですよね。あのバレー部のキャプテンが殺されたんです。
夕方7時頃、一人で帰宅途中に小路で全身を刃物で刺されたんです。
犯人はそのまま逃走してまだ捕まっていないということでした。高校から、
登校に注意し、できれば保護者に送ってもらうようにというメールがきていました。
学校の中も大騒ぎで、先生方が噂を沈めるのに必死でしたよ。
授業を早く切り上げて全校集会も・・・