怖い話します(選集) -6ページ目

怖い話します(選集)

ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

※ このブログでコメント等にはお返事できません。
お手間ですが、「怖い話します(本館)」のほうへおいでください。

今回はこういうお題でいきます。グロ画像を多数含みますので、
苦手な方はスルーしてください。さて、みなさんは、死体保存方法と
いえば、いくつ思いつかれるでしょうか。じつはこれ、
けっこうたくさんのやり方があります。

イタリア 2歳の少女のミイラ


まず、一番歴史が古いのは「ミイラ」でしょうね。古代エジプトでは、
3500年ほど前からミイラ作成が始まっています。
それと、ミイラには計画的につくられたものと、
偶然に遺体がミイラ化してしまったものとがあります。

下の画像は、中国の「馬王堆漢墓」から発掘された、紀元前2世紀の為政者の
妻のミイラです。発掘が行われたのは1972年で、
このときには、まるで生きているように見える状態だったと言われますが、
年月がたって劣化が進んでいるようです。これはもちろん、意図して
ミイラ化されたわけではなく、遺体が置かれた条件がよかったからでしょう。

「馬王堆漢墓」のミイラと復元図
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エジプトのミイラは、内臓が抜かれ、別途に壺に入れて保存されますが、
自然にできたミイラは、乾燥したり湿屍化しているものの、
内臓などの痕跡は残っています。上の馬王堆のミイラも、筋肉組織、軟骨、血管
まで、ほぼ完璧に残っていました。ちなみに、同じ墓で発掘された
夫と見られる男性の遺体は、骨の断片だけだったんです。

さて、次の方法は「剥製」です。ただ、剥製が厳密な意味での遺体保存かどうかは、
判断が難しいところもあります。というのは、一般的な剥製は、
内臓や骨はすべて取り除かれ、残っているのは皮膚や毛皮だけの
場合が多いんですね。人間を剥製にしたケースは、アメリカで、
映画『悪魔のいけにえ』のモデルとなった、エド・ゲイン事件などがあります。

次は「冷凍保存」です。ただし、昔は人工的な冷凍保存技術はありませんでしたから、
発見された遺体は、みな偶然によって保存されたものです。
有名なところでは、下の画像は「ジュジャイジャコの少女」と呼ばれるもので、
今から500年前の、インカ帝国時代の生贄の少女です。

「ジュジャイジャコの少女」
najaja (5)

他の2体の生贄の子どもといっしょに見つかったんですが、
発見場所が標高6800mのアンデス山中の凍土の中だったので、
冷凍保存されていたんですね。ただ、これをミイラとする意見もあり、
その判断も難しいところです。あと、アルプス山中の氷河から見つかった
「ジ・アイスマン」と呼ばれる5000年以上前の遺体もよく知られています。

「ジ・アイスマン」
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この冷凍保存ですが、現代ではビジネスとして行われるようになってきています。
「クライオニクス」といって、病気で亡くなった人物を冷凍カプセルに入れて、
医療技術の進んだ未来で蘇らせようとするもので、世界中で約400人ほどが
保存されています。ただし、高額な費用がかかる上、
当然ながら、未来で確実に生き返るという保証はありません。

次は、「ホルマリンなどの保存液に漬ける」もの。下の画像は、
19世紀ポルトガルの、ディオゴ・アルヴェスという名の犯罪者の頭部です。
農民を多数殺害し、略奪した罪に問われました。ホルマリン漬けの
医学標本は多数あり、医療の進歩に役立っています。

犯罪者の頭部のホルマリン漬け
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次は、「エンバーミング」によるもの。エンバーミングは、遺体を消毒や保存処理、
また必要に応じて修復することで長期保存を可能にする技法のことで、
西欧では早くから発達していました。下の画像は、旧ソ連のエンバーミング技術に
より保存されている、ウラジーミル・レーニンの遺体です。
現在でも、毎年定期的に手入れがなされているようです。

ウラジーミル・レーニンの遺体
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次、近年になって、「プラスティネーション」と呼ばれる画期的な遺体保存法が
登場しました。遺体を構成している水分と脂肪分を、プラスチックなどの
合成樹脂に置き換えるもので、ドイツ出身、「死の医師」の呼び名を持つ、
グンター・フォン・ハーゲンスにより考案されました。

ハーゲンスは、中国に遺体処理の工場を作り、そこで生産された標本を
世界各地で展示する興行を行いましたが、これについては、重大な人権侵害がある
という議論が起こっています。どうやって遺体を入手したのか、
遺体を展示することについての本人の意志確認はなされているのか。

いくら遺体とはいえ、性器をむき出しにし、セックスのポーズをとらせるなどの
ことはどうなのか、等々の疑問ですね。また、これは証拠があるわけではないのですが、
この展示に使われた遺体は、中国で弾圧された宗教団体「法輪功」の
処刑者なのではないかという話もあります。いずれにしても、ハーゲンスが中国に
工場を開設したのは、死体の入手しやすさが大きな要因であったのは間違いないでしょう。

「人体の不思議展」


さてさて、最後に遺体の保存法として「神の力」をあげておきましょう。
キリスト教では、神に祝福された聖人の遺体は腐敗しないとされ、
「不朽体 Incorruptibility」と呼ばれます。聖人は未来での生を先取りしているため、
神の恩寵によって遺体が不朽のものとなっているというわけです。

下の画像は、インドにある、日本でも有名な宣教師、聖フランシスコ・ザビエルの不朽体。
足の指がグズグズになっているのは、信者によって噛み切られたり、
接吻を受けたりしたためです。不朽体は、防腐処理されていてはならないのが原則ですが、
実際には、移動の際などに石灰などで処理されている場合が多いんですね。

フランシスコ・ザビエルの不朽体
najaja (3)

最後の画像は、フランスで奇跡の治癒力を持つ「ルルドの泉」の発見と
聖母出現に関わった、聖ベルダネッタの遺体です。彼女は35歳で亡くなりましたが、
遺体は腐敗せず、聖人として認定されました。ただし現在、遺体の露出部には
蝋製のマスクがかぶせられています。では、今回はこのへんで。

聖ベルダネッタの不朽体 顔や指など見えている部分は蝋製
najaja (4)

 

 

 

 

 

 

 

今ねえ、困ったことになってるんですよ。でもこれ、俺が悪いんですかねえ。
もう何がなんだか自分でもわからなくて・・・ 
ああはい、順を追って話します。俺、季節派遣である工場に勤めてて。
で、こないだの夕方7時くらいですね。
今ほら、日が長いからちょうど夕暮れが迫ってきた時間帯で・・・
いや、ぼんやりしてたとか、自分ではそういうつもりはないんですけどねえ。
シフトが終わって部屋に戻るため、自分の軽自動車を運転してたんです。
人通りも車通りも少ない、長い直線の道です。
突然、ガードレールをくぐって目の前に犬が飛び出してきたんです。
白い小型犬。あわててブレーキを踏みました。でも、あれ、
誰が運転してたって、絶対避けようがないタイミングですよ。

でね、ああ轢いたって思いました。いや、俺ね、動物好きだし、
小さい頃、実家で犬を飼ってたこともあるし。
やっちまったなあ、って思って胸がドキドキして、
とりあえず確認しようと思って、車を路肩に寄せて停まったんです。
後続車はなしでした。それで、自分ではまったく衝撃とか感じなかったんです。
まず道路を見ましたけど、犬の姿はなし。でも、小さい犬だったから、
大きく遠くまで飛ばされてるかもしれないと思って、
道路端の側溝や草の中とかも見たんです。けど、やっぱ姿はどこにも見えなくて。
その次に、車のほうを見たんですけど、へこんでるところや、
血がついてるところもなくて。ホッとしました。
ああ、たぶん小さいから、車の下をすり抜けてどっか行ったんだろうなって・・・

だってそう考えるしかないじゃないですか。それでね、車に戻ろうとしたとき、
電信柱脇に立ってる看板が目に入ったんです。
あのほら「ひき逃げの目撃情報を求めてます」ってやつ。
警察が設置したものなんでしょうね。それ、ざっと読んだら、
2年ほど前に、8歳の女の子がその場でひき逃げされてたんです。
こんな直線でひき逃げねえ、あの犬みたいに、その子も飛び出したんだろうかって
思いました。え? ああ、もう2年前もだから、
その場所には、花束とかお供えとか、そんなものはなかったです。
それで、アパートの駐車場に戻ってきて、念のためにと思って、
屈んで車のバンパー下を見たんです。そしたら・・・
暗くなってはっきり見えなかったんですけど、下のところに、

何か黒いものがこびりついてて・・・「!?」
それで、車内から懐中電灯を出して照らしてみたんです。髪の毛のかたまりでした。
立ち上がって足先でこすって下に落としました。それを懐中電灯でよく見たら、
毛のついてるほうが下になって、毛が生えてるほうの部分が見えて。
それが真っ赤な肉の色をしてて、「うわっ、何だこりゃ」ってなりました。
「やっぱ犬を轢いてた?」でもですね、一瞬見ただけだったけど、
たしかに全身白い犬だったんです。あとね、さっき髪の毛って言ったけど、
人間のものにしか思えなかったんです。そんなに長くないけど、
男のではない髪の毛。そんとき、気持ちが悪いんで、足で蹴とばしちゃったんです。
うまく近くの草むらの見えないとこに落ちたんで、部屋に戻りました。
それからは、いつもどおり発泡酒飲んでテレビ見て寝たんですよ。

でね、夜中の2時過ぎでした。部屋のドアチャイムが鳴って。
それで目が覚めました。寝つきはいいほうなんですけど、ずっと鳴り続けてたんです。
指で押しっぱなしにしてるんだと考えました。でもですね、
俺ほら、季節工だからこっちに知り合いは少ないし、
それに、そんな夜中に訪ねてくるのもありえないし。ドアまで行って、
安アパートだからのぞき穴みたいな洒落たものはついてないんで、
ドアに向かって怒鳴ったんです。「何ですか?今何時だと思ってんですか?」って。
そしたら、くぐもった女の声がかすかに聞こえてきて、
でも低くて、何言ってるのかわからなかったんです。
いや、間違いなく女でしたよ。それでね、ドアチェーンはあったから、
またチャイムを連打されればたまらないと思って、

ドアを細めに開けました。アパートの外の廊下は電気ついてるんだけど、
人の姿はなし。「あれれ」と思いました。だって、
声を聞いて1秒後にドア開けたんですから。思い切ってチェーン外して
外に出ました。でもね、廊下はシーンとしてて、やっぱ人の姿はなくて。
首をひねりながら、部屋に戻って寝直したんです。それで朝・・・
お湯沸かしてお茶一杯だけ飲んで、仕事に出ようとドアを開けたら、
ドアの下に紙が一枚落ちてたんです。拾い上げて見ると、
昨日、道路脇で見た「目撃情報を探してます」のやつだったんです。
張り紙よりはずっと小さくて、文章も違ってたけど、同じ女の子のものでした。
「これ、昨晩やっぱ誰か来てて、そんときに入れたんだろうか」
廊下に出たときは下までは見なかったですからねえ。

で、朝からゾーッと嫌な気持ちになりまして。なんか俺、ひき逃げして、
それを咎められてる気になったんです。でもですよ、俺、その女の子をひき逃げした
なんてことは誓ってないですよ。だって2年前はこの街にいなかったんだから。
それに白い犬も、死体なんてなかったでしょ。でね、その紙はクシャクシャに丸めて、
部屋のゴミ箱めがけて放り捨て、仕事に出かけたんです。
車に乗るとき髪の毛のことを思い出したんですが、草の中は見ませんでした。
でね、同じ道を通るから、反対車線からあの犬が出てきた場所を見たら、
電信柱の下に、花束らしきものが置かれてたんです・・・
その日の仕事帰り、前の日とほぼ同じ時間帯でした。よっぽど道を変えてやろうかとも
思ったんですが、それもなんだか癪で、ゆっくり犬の出てきた場所を通ると、
花束はそのまま残ってて、真新しいものに見えましたね。

ね、わけわからないでしょ。でね、部屋で買ってきた弁当を食べてると、
ドアチャイムが鳴って。これは8時過ぎでした。出てみると、
隣の部屋に住んでる学生さんだったんです。でね、こんなことを言うんですよ。
「今日の3時ころ、僕、大学から戻ってバイトに行く準備してたら、
 男の人が訪ねてきて、〇〇さんのことを聞いてきたんです。どこに勤めてるのかとか。
 マズイことがあるかもしれないと思って、はっきりは教えなかったんですけど」って。
学生さんの話では、男は40代くらいで、娘さんのひき逃げ犯を探してるって
言ってたってことでした。学生さんには礼を言って、冷蔵庫の缶ビールをもたせて
帰しました。でね、朝ほら、チラシをゴミ箱に放ったでしょ。
そのことを思い出して、探してみたけど見つからなくて・・・
翌日です。まだ花束はあの場所にありました。
 

でね、会社の昼休みに、直属ではない上の人に呼ばれたんです。会社の
事務のほうに電話がかかってきて、俺のことを根掘り葉掘り聞いてきた人がいるって。

個人情報だってことを盾に断ったが、お前何かトラブルを抱えてるのかって聞かれて。
「いえ、何もないです」そう答えるしかなかったです。
だって俺、ホントに何もしてないじゃないですか。そんなことがあって、
帰り道、あの道を通ったら、あの電信柱の横、花束のある場所に人が2人立ってたんです。
その日はちょっと遅かったんで、はっきり見えなかったけど、中年くらいの男女が。
俺が通り過ぎるとき、男のほうがこっちを指さしてた気がします。
でね、部屋に戻るなり、固定電話に警察から連絡が入ったんです。
「ちょっとお聞きしたいことがあるから明日○○署に来てもらえないか」って。
口調は丁寧でしたけど、これ、もしかして参考人ってことか?って思って。

仕事はね、何とか休めました。俺、働かないと、その分だけ給料減るシステムなんです。
言われた警察署に顔を出したら、ある夫婦が3日前にそろって自殺をして、
現場に俺の名前、住所、電話番号を書いた紙が落ちてたって言うんです。
で、その夫婦の名字が、あのひき逃げされた女の子と同じで。3日前に自殺??
昨日会社に電話かけた人、その前の日、アパートの隣の部屋を訪ねてきた男。
さらにその前の日の夜中に来た女・・・それが自殺した夫婦? まさかそんな。
でね俺、警察に「その人たちって、前に娘さんを交通事故で亡くしましたか」って、
よっぽど聞こうかと思ったんです。でもね、疑われることになるだろうと思って
やめたんです。なんか、俺がやってもいないひき逃げの犯人にされかかってる
気がしました。理不尽ですよねえ。でね、警察が終わって会社に出て、
その帰り、俺、本当に犬を轢いちゃったんです。小さい白い犬でした・・・

ダウンロード

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃の奇妙な体験ってけっこうあるよな。皆の話を聞いてて、
ずっと気になってたことを書いてみる。
毎年3月が近くなると「クラス替えアンケート」のことを思い出すんだけど、
俺以外にこんな体験した人っているかな?

俺が小学校4年生のときの話で、
俺が当時かよう小学校はけっこうな大規模校で毎年クラス替えがあった。
春休み中、3月の終わりに先生方の離任式があって、
そのときに体育館に新しいクラスの名簿を張り出すんだけど、
親友や好きな女の子と一緒になりたいとか、
毎年すごくドキドキしたことを覚えている。
その年、3学期の2月に入ってすぐ俺に一通の封書が来た。
「クラス替えアンケート」という文字が表に大きく印刷され、
教材会社の主催になってたけど、
これまで調べた限りではその名前の教材会社は存在しないんだ。

中身はどんな内容かというと、俺の小学校の4年生の中で、
絶対に同じクラスになりたくない人の名前を一名書いてくださいというもので、
それを出した人には文房具のセットが当たるかもしれないということだった。
当時俺は雑誌の懸賞に応募するのが趣味だったし、
返信用のはがきが入っていたので、特に変だとも思わず、
同学年で一番嫌ないじめっ子の名前を書いて出してやった。

実は俺はその名前を書いたやつと家が近所で、
登下校でよく嫌がらせをされていた。
別のクラスだからまだよかったものの、
同じクラスになれば本格的なイジメを受ける可能性があって、
絶対に同じクラスにはなりたくないと思っていた。
5年生は6クラスあるから可能性は低いんだけど。

その後、すっかりそのアンケートのことは忘れていたんだけど、
3月に入ってすぐに同じ名前の教材会社から大きな封筒が届いた。
それで前のアンケートのことを思い出したんだけど、
内容は、俺に文房具セットが当選したというもので、
そこまでは不思議はないものの、
その文房具セットが送られてくるには条件があって、
一つやってほしいことがあると書いてあった。

それから、俺が名前を書いてやったいじめっ子とは、
同じクラスにはならないだろう、ということも書かれていて、
まだクラス替えの先生方の会議も行われていない時期のはずだったので、
それはちょっと不思議だった。その封書の中には一つ、
厳重に和紙でくるまれたお守りのようなものが入っていて、
その表には、俺の住んでいる地域から遠く離れた県名と、知らない小学校名、
それから5年生という文字とやはり知らない男の子らしい名前が
気味の悪い赤い字で大きく書かれていた。

それを俺の住んでいる地域にある神社、
これは古くて由緒があるけれど大きなところではなくて、
ほとんど普段は参拝する人もいない忘れ去られたようなところなんだけど、
そこの境内にある松の木に3月8日の午後9時以降に
釘で打ち付けてほしいという内容だった。
それをやったら懸賞のセットを送ってくれるということみたいだった。

これはすごく不思議で、
最初は仲のよかった中学生の兄に相談しようと思ったけど、
封書にはこのことは誰にも話してはいけないと書いてあったのでやめにした。
神社は自転車で5分程度のところにあり、
そのお守りのようなのを釘で木に打ち付けるのは難しいことではない。
雪の降る地域でもないし、寒いけど、
9時過ぎに15分ほど家を空けてもまず親に気づかれることはなさそうだった。
その封書とお守りは自分の勉強机に入れておいた。

3月8日になった。おれは手紙の依頼通りにやることに決めていて、
夕食後9時を過ぎてから、そのお守りと釘とカナヅチを持って、
グランドコートを着て、誰にも言わず自転車で神社に出かけた。
その神社は住宅街のやや小高い岡の上にあって、
俺は下で自転車を降りて幅の狭い石段を登っていった。
石段にも神社の境内にも一つずつ街灯があったので、暗いけど足元は見えた。

もちろんまったく人影はなく、さすがに気味が悪くて早く終わらせようと、
コートのポケットからお守りと釘とカナヅチを取り出し、
走って何本か鳥居をくぐり神社までの参道からわきに入って、
おみくじが結びつけられたりしている松の木を一本選んで、
自分の頭の上くらいの高さに名前が書かれているほうを表にして、
真ん中に強く二・三度釘を打ち付けた。

すると手の中でそのお守りが微妙に動いた感覚があって、
俺は思わず手を離したけど、お守りは木に固定されて落ちなかった。
そのとき10mほど離れた神社の脇から急に人が出てきて、
こっちに向かって大きな声で「見届けた」と言った。その人の姿は暗くて、
あとで思い出してみてもどんな服装だったかもわからなかった。
声は男のものだった。俺はもう完全に怖じ気づいていたので、
そのまま後ろも見ないでカナヅチを放り出して走って石段を下まで降り、
自転車に飛び乗って家に帰った。

ここから書くことはあまりない。俺がアンケートに名前を書いたいじめっ子は、
その1週間後に自転車に乗っているときにトラックにひかれて死んだ。
封書などは指示どおり近くの川に流した。
4月に入って有名なデパートから立派な文具セットが送られて来たが、
封書にあった教材会社名はどこにもなかった。その後一回も連絡はない。

神社には何年も立ち寄らなかったので、
木に打ち付けたものがどうなったかわからない。
カナヅチをなくしたので親父に後でしかられた。
一番気になるのは、そのお守りに名前があった知らないやつだが、
どうなったかはもちろんわからないし調べてもいない。

改めて書いてみるとやっぱり奇妙な体験で、
すべて自分が想像で作り出したことのような気もする。
文房具セットは兄にずいぶんうらやましがられたけど、
たんに懸賞に当たっただけなのかもしれない。
こんな経験をした人って他にいるんだろうか?  

 



今回はこのお題でいきます。よく「気合をかける」とか「気合を入れる」
と言われますよね。このときの「気合」って何でしょうか?
ネット辞書を見ますと「 1、精神を集中させて事に当たるときの気持ちの勢い。
また、そのときの掛け声。2、 呼吸。いき。」
と出てきます。
では、気合術とは何なのか?

ここでひとまず「気合術」を定義しておくと、「相手に直接ふれることなく、
声や動作を用いて、行動を自由に制御する方法」こんな感じですかね。
では、こういうことは実際にできるんでしょうか?
youtubeには、中国の気功師が、声をかけただけで遠くにいる人を転倒させる
ような動画が出てきていますが、自分から見ればかなり怪しいものなので、
今回、中国関係のものはのぞいて考えてみます。



さて、自分は小学校では道場、中高では部活動で柔道をやっていて、
団体戦ですが、国体に出たこともあります。
柔道だと、声を出して試合することはあんまりないですね。
ただ、小学校のときの道場の師範には、技をかけるときに「ヤー」などと
声を出しながら行うと、そうしないときよりも力が入るというのは教わりました。

これは科学的にも実証されていて、特に重量挙げなどの力を使う種目では、
大声を出しながらバーベルを挙げた場合と、そうでない場合では、
はっきりと数値に違いが表れています。ある研究では、出す声が「うー」
のときが一番 成績がよかったそうです。

ただし、柔道の場合、技をかけるときは相手の道着をつかんでいるので、
上に書いた気合術の定義からは外れています。あと、道場の先生には、
組みながら相手の呼吸をはかって、相手が息を吐いたときに技をかけるとよい
とも教わりましたが、それは、どうやっても自分にはできなかったですね。

気合を入れる松本薫選手


さて、自分が通っていた中学校の道場はひじょうに古い建物で、
平屋建ての右側が柔道場、左側が剣道場になっており、間に壁がなかったんです。
で、柔道部はたんたんと練習してるんですが、剣道部はつねに、
「きえ~~~」とか「あぎょ~~」とか叫びながら稽古していて、
それがうるさくて、練習の後に頭が痛くなることがありました。

これ、剣道部のやつらは防具の面をつけてるので、それが耳栓になって、
横で聞いている柔道部よりうるさく感じないんですよね。
剣道のこの叫び声を「気勢」と言うんだそうです。なぜ声を上げるかというと、
大きな声を出すと、自分の体内でこの声が反響し、特に頭蓋骨内で、
脳が活性化され、集中力が高まるということらしいですね。
 

ここまで、重量挙げと柔剣道を例にして、「声を上げる効果」について
見てきましたが、あくまで自分の力を十分に発揮するためのもので、
相手に対する効果というわけではありません。もちろん、多少は
威嚇する効果もあったでしょうが、それは相手もやってるので同じです。

では、相手を支配する気合術というのはないんでしょうか?

さて、松山主水(もんど)という人物をご存知でしょうか。
あまり知られていないと思いますが、江戸時代初期の剣豪の一人です。
江戸初期は、たくさんの浪人があふれ、その中で、剣技によって身を立て、
名を高めて仕官をめざそうと、全国を武者修行にまわる者がいました。
有名な、二刀流の宮本武蔵もその中の一人です。



松山主水は、めでたく熊本細川藩の江戸屋敷に採用され、
藩主の細川忠利に重用されて、千石という知行を得ます。
主水の剣の流派は「二階堂剣法」といい、
源義経から伝わるものとされ、その奥義は「平兵法」と呼ばれました。
あれ、義経が元祖なのに、平というのは変ですよね。

これは、初伝を「一文字」、中伝を「八文字」、奥伝を「十文字」とし、
これら「一」「八」「十」の各文字を組み合わせると「平」の字になることから
きているようです。また、主水は「心の一方」あるいは「すくみの術」という
技も使い、これが今回のテーマである気合術と関係がありそうなんです。

江戸時代には参勤交代の制度ができましたが、百を超える藩の行列が
江戸城を目指して、たいへんに混み合いました。
そこで幕府の下士が交通整理にあたりましたが、
主水が細川藩の行列の先頭に立ち、列の前に来るものに対して、短く声を発し、
手のひらを下向きに前に突き出すと、みな身がすくんで動けなくなったり、
ひっくり返ったりしたと書き残されています。このため、細川藩の行列だけは、
いくら混雑してても、すいすいと進むことができました。

どうやら、「心の一方」は、瞬間催眠術のようなものだったんですね。
主水の働きを目撃した諸大名家の人々は、「主水はまるで魔法使いのようだ。
細川家はとんだ重宝な術者を持ったものだ」と噂し合ったそうです。
また、主水は気合術だけでなく、体術にも優れ、七尺(2、2m)の塀や、

二十二尺(6、6m)の堀を、助走なしで
跳びこえることができたということです。

 

さて、これほどの力を持った主水ですが、病気で高熱を発して
寝込んでいるところを、恨みを持った刺客に襲われます。
布団の上から刺されたものの、刺客に、「心の一方」をかけて
動けなくしてから斬り殺し、その後、自分も息絶えたと言われます。
(動けないところを、主水の小姓が斬ったという説もあり)

 

さてさて、最後に、細川藩といえば、晩年の宮本武蔵が客分として
招かれていましたが、主水と武蔵には、接点はなかったようです。
ただし、主水の一番弟子であった吉之丞という人物が、
細川家に仕官を求めた宮本武蔵に試合を挑んだところ、武蔵は恐れて
逃げたという逸話が残っていますが、どこまで本当かはわかりません。


宮本武蔵


ということで、主水の話が真実ならば、気合術のようなものはあったことに
なりますが、残念なことに現代には伝わっていないようです。
これについては、機会があればさらに調べてみたいと思います。
では、今回はこのへんで。

 

 

 

 

 

 

bigbossmanです。1週間ほど前、自分が大学のときに卒論を指導して
いただいた先生の退官記念パーティーに出席しました。
といっても、自分が卒業した大学の主催ではありません。
先生は定年退官後、別の大学に名誉教授として招かれ、
そこで74歳まで教鞭を取られてたんですね。すごいことだなあと
思います。自分は大学では史学、中でも考古学を専攻したため、
そのパーティは考古学関係の大先生が大勢来ておられ、
自分が占い師をやってることを知っている先生方が多かったので、
冷やかされることしきりでした。ま、他にそんな人はいませんからねえ。
当時の同期や先輩後輩の中には、このブログのことを知っていて、
読んでくださっている方もそれなりにいました。

で、2次会の途中で先生が帰られることになったので、若輩者の
自分ともう一人がタクシーでお送りすることになりまして、
その車内で先生は、「bigbossman君、君、オカルトのブログをやって
 るんだってんねえ」とおっしゃられ、大変恐縮しました。先生は続けて、
「いや、そういう弟子がいるのも面白いよ。私もね、長年発掘調査を
 やってるから、不可思議なことはいくつか体験しているから」
「あ、よろしければお聞かせください」ということで、
2日後に先生のお宅に伺い、聞かせていただいたのが以下の話です。
先生のご自宅は神戸のほうにあり、質素と言えるたたずまいでした。
「あれはね、私がまだ学生の頃、3年生だったな、大学が主催する
 発掘調査に下働きとして同行したときの話だよ」

現在の発掘調査は、ほとんどが地方自治体の教育委員会が主管して
いますが、昔は大学が主体となって行うことも多かったんです。
「滋賀県の前方後円墳、琵琶湖東岸の〇〇古墳ね。当時は、年代は4世紀
 半ば以降と見られてたが、最近は3世紀後半まで早まってる」
こう言われれば、さすがにどの古墳のことかはわかります。
「ははあ、このところ大和と近江の関係の重要性が強く言われるように
 なってきてますよね」 「そう。その発掘は表土をはがすとこまで
 終わって、作業員さんたちの手作業に入ったとこでね」
ここで少し説明させていただくと、古墳の発掘の場合、盛り土に木が
生えていたら、伐採して根を掘り起こし、表面の土を一定の深さまで
削ります。それは委託された建築会社が重機を使ってやるんです。

そこで測量をやり直し、作業員さんたちがスコップを使って手作業で
掘り進めていく。作業員は、近辺の主婦の方などのアルバイトが
多いですね。「で?」 「私と同期の仲間数名で、出てきた土器片
 などを洗浄し、スケッチし、番号をつけて整理分類してた」
「そのあたりは今と変わりませんね」古墳の発掘というと、
映画のインディ・ジョーンズを連想される方もいるかもしれませんが、
実際はきわめて地味な作業の積み重ねでなんす。「で?」
「当時は今と違って、夜間は警備保障なんかは頼まず、学生が
 仮設テントに泊まり込んでたんだ」 「ああ、なるほど」
「3人グループで交代してテントに泊まるんだが、発掘中の古墳を
 荒らしにくる者なんていない。だから、お酒を持ち込んでて、

 皆で飲んでから寝たんだよ」 「はい」 「そのときに夢を見た。
 これがなんとも恐ろしいものでね。気がついたら夜の古墳の上に
 いたんだが、体が動かない。正確には、手は動くが足がダメだった。
 真っ暗でわからないが、腰のあたりまで土に埋まってるんだと思った」
「夢の中なのに真っ暗ってことですか」 「そうだ。手で探ると、
 すぐに土にさわる。あと、体には薄いザラザラした布を着てる
 ようだったな」 「で?」 「とにかく寒いんだよ。それとだんだん
 心細くなってきた。夢とはわからないから、何で自分がこんな状態に
 なってるか思いもつかない」 「はい」 「そのうちに、動物の
 鳴き声が聞こえてきてね。ワオーンという遠吠え。それが重なって、
 たくさんの数がいるとわかる」 「野犬ですか」 

「そのときはそう思ったが、今から考えると狼だったのかもしれない」
「で?」 「そいつらがだんだん近づいてきて、タッタッという足音や、
 ハーハーいう息づかいが聞こえる。どうも円を描くように私の
 まわりを回ってるみたいなんだ。その円がだんだんせばまって、
 獣臭さがしてきた。もう、すぐそこまで来てる」 「怖いですね」
「息がかかるほどの近くにいる。これはダメだ、喰われるのか、
 そう思ったときに、ギャーという悲鳴が聞こえて目が覚めたんだ」
「それは先生の悲鳴じゃないんですね」 「ああ、テントに寝てた
 3人が同時に立ち上がり、私がカンテラをつけた。悲鳴を上げたのは
 仲間の一人だったんだな。それで、毛布をかけて寝てたんだが、
 3人とも腰から下が土まみれになってたんだよ」

「うーん、それで?」 「体には特にケガしたようなとこはなかったから、   
 3人で話をしたら、驚いたことに他の2人も私と同じ夢を
 見ていたんだよ。下半身を土に埋められて、周囲を動物に囲まれてる夢。
 どういうことなのかは誰もわからなかった。ただ、体についてるのは
 古墳の土とよく似てたな」 「不思議な話ですねえ。先生のグループの
 前後にも学生が泊まってたわけでしょ。その人たちは夢は見なかったんですか」
「私たちだけみたいだった」 「どうしてなんでしょうか」
「その翌日の発掘作業で、前方部に穴の跡が3つ見つかったんだよ。
 穴があったかどうかは、中の土の色が違っているのでわかるだろう」
「はい」 「穴は3つとも人の下半身が入れるほどの深さで、当時の見解では、
 古墳造営のときに出たゴミを埋めた穴じゃないかってことになった」

「うーん」 「ただ、私たち3人は、そこに人が埋められてたんじゃないかって
 考えたけどね」 「それ、おっしゃらなかったんですか」 「偉い先生方の前で
 夢の話はできないよ。今とは違って師弟関係が厳しかったし」
「惜しかったですね。現在の技術なら、残存脂肪酸なんかを測定して、
 人が埋まってたことを証明できたかもしれません」 「うん・・・
 その後も何度か宿泊したが、もう夢を見ることはなかったな。それで、
 〇〇古墳が特異な遺跡なのは知ってるだろう」 「はい、石槨と舟形木棺が
 見つかったものの、副葬品は一切なしで、おそらく木棺にも人は入って
 なかった」 「そう、よく覚えてたな。寿陵(生前にあらかじめ作っておく墓)
 だったのが、何かの理由で使われなかったとしても、上部を塞いでしまって
 るのは不自然だ」 「はい」 「そのあたりのことは今もわからないままだな」

「まだ続きがあるんですよね」 「ああ。当時ね、私はすでに女房と
 同棲してたんだ。4年のときに学生結婚したが。それで、発掘が一段落して
 部屋に戻ったとき、女房が、変なことを言い出したんだよ」 「なんと?」
「私の足が光ってるって。蛍光塗料を塗ったようとも、クラゲみたいに
 内部から光が出てるようにも見えるって。でも、私にはそれは見えなかった」
「はい」 「ただね、女房の言うことは信じたよ。女房はほら、京都のある
 神社の生まれだったろう」 「そうでした」 「だから、ときどき不思議な
 ことを言うけど、まず外れることはなかった」 「で?」
「お祓いを受けたほうがいいってことで、女房の実家に行ってわけを話したら、
 それだけでは足りないだろうって言われて、京都の山中で禊をした。
 胸まで滝壺に浸かることを何度かくり返したら、光は消えたみたいだった」

「うーん、解釈が難しい話ですね。後日談などはありますか」
「それが、嫌なのがあるんだ」 「ぜひお聞かせください」
「私と同じ夢を見た同期の仲間2人な。その2人にはお祓いの声は
 かけなかったんだよ。当時はそこまで気が回らなかった。で、卒業後、
 一人は有名なゼネコンに入って、工事で遺跡が出てきた場合の担当になった」
「ああ」 「で、3年後、立ち会っていた工事で重機の事故が起き、
 下半身不随になったんだよ」 「う」 「もう一人は、社教主事の資格を
 取って、ある県の教育委員会に勤めたんだが、5年後だったか、
 やはり発掘中の事故で下半身不随、2人ともケガから数年後、失意のうちに
 亡くなってる」 「うう」 「このことがあってね、私は古いものに
 対する畏れを持ち、慎重に行動するようになったんだよ」