3つの護りの話 | 怖い話します(選集)

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場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

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こんばんは。僕、佐藤と言いまして、〇〇市の県立高校の1年生です。
今からお話するのは、去年の、僕が中3のときの夏休みのことです。
ただ・・・人が1人、あ、いや2人か。亡くなってることは
確かなんですが、どちらも警察には事件性はないと判断されましたし、
もしかしたら不思議なことなんて何もなかったのかもしれないんです。
はい、当時、受験生でした。夏休みは実力を伸ばす大切な期間と
言われてて、でも、僕は塾の夏期講習とかには行ってなかったんです。
それと、家に自分の部屋はありましたが、エアコンがついてなくて、
とても暑くていられないので、毎日、県立図書館に通って
勉強することにしたんです。県立図書館は駅前通りにあって、
かなり規模は大きいです。僕は母に弁当を作ってもらって、

午前、午後と勉強してました。だいたい9時半には図書館に着き、
家に戻るのが、少し涼しくなってきた4時過ぎでしたね。
あと弁当は、1階に飲食スペースがあるので、そこで。
図書館で勉強するのは初めてだったんですが、2種類の人しか
いないんですよね。一つは、僕と同じように勉強しにきた受験生。
もう一つは、本を読んでいる高齢者の方。たぶん、家にエアコンがないか、
あっても電気代を節約してるんだと思います。勉強のほうは、
慣れなかったのは最初だけで、涼しいとまでは言えませんが、
汗が出ることもなく、私語もなく、すぐに没頭できるようになりました。
閲覧室の長机に座るとき、なるべく一生懸命勉強してる人の近くに
行くようにしてたんです。そうすれば、自然と自分も気合が入ると考えて。

それで、図書館に通いはじめて10日目くらいのことです。
たしか土曜日で、けっこう混んでました。その日は、僕より年上の
大学生くらいの男の人の横に座って勉強してたんです。
それで、その人のやってることがチラチラ目に入りますよね。
古い昔の本と、辞典を照らし合わせながら、ずっと熱心に大学ノートに
書き込みをしてました。その古い本、和綴じって言うんですか。
糸で横を綴ってあって、中には、僕にはまったく読めない字が筆で
書いてあったんです。思わず「ぜんぜん読めないや」と小さい声で
小言うと、その人が僕のほうを見て、「これは古文書だよ。書いてるのは
 変体仮名」やはり小声で答えてくれたんです。で、その日、
1階で弁当を食べていると、その人が階段を下りて来るのが見えました。

僕のほうに近づいてきて、「受験生なの? 毎日来てる?」って
気軽な感じで聞いてきたんです。「はい、そうです」と答えると、
僕と同じテーブルに座って、バッグから調理パンを出したんです。
そこで、いろんな話をしました。その人は〇〇大学の4年生で、
専攻は歴史。卒論を書くため、やはり毎日のように図書館に来ている。
僕の住んでいる市は城下町なんですが、江戸時代の初期に海岸近くの
松林を切り拓いて新しくつくられたんです。そのあたりの歴史を卒論の
テーマにして調べているということでした。それで、その人、
名字が僕と同じで佐藤だったんです。ええまあ、一番ありふれた名字
なんですけど、僕らの市は、その佐藤姓が全国でも特に多いんです。
僕が閲覧室で見た本の話を出すと「ああ、この県がまだ〇〇藩だった

 ときの家老だった人が書いたものだよ。日記なんだけど、
 どうやって城下を整備していったかがわかる」ということでした。
変体仮名のことを言うと、「あれ読むの大変なんだ。漢字のほうが
 むしろわかりやすい。同じ平仮名が何種類も書き分けられたりしてるから」
こんな話をしてくれたんです。それから親しくなって、ときどきですが、
昼に飲食スペースで話をするようになりました。で、また10日
くらいして、お盆を過ぎたあたりのことです。佐藤さんから こんな話を
聞いたんです。「卒論のほうはだいぶ進んだけど、まだよくわからないことが
 あるんだ。どうもこの町をつくるとき、霊的な護りを3つ置いたらしい」
「霊的な護り、ですか?」 「うん、風水って知ってるかな。簡単に言えば、
 町の東西南北にお寺や神社などを置いて、町全体の気の流れを

 よくすると同時に、悪いものが入ってこないようにする」 
「悪いものって?」 「ああ、疫病なんかだよ。それでね、ここの市は
 東が海だろ。だから残りの北・西・南に守りとなるものを造った」
「面白いですね、どこかわかったんですか」 「北は〇〇寺で、ここは
 歴代藩主の菩提寺。南は〇〇神社、江戸初期にできてるから間違いない」
「残りの西は?」 「それがよくわからなくてね、西のほうの開発は遅れた
 みたいなんだ。今はそれでも駅ができたから家なんかもあるけど」
「日記には書いてなかったんですか」 「いや、〇〇苑を造ったってなってる。
 苑というのは、ふつう池のある大きな庭園のことなんだけど、そんな史跡は
 残ってないよね」 「うーん、駅の西側ってことですよね。あ、でも
 あのあたり大きな溜池がいくつかあります。小学生のとき

 1回だけ友だちと釣りに行きました」 「そうか、一度見に行って
みたいな」 「じゃあ、明日でも僕が案内しますよ」 「え、でも
勉強 大丈夫かい」 「そのくらいなら なんとでも」ということで、翌日、
駅の西口で待ち合わせて、溜池を見に行くことになったんです。池のある
あたりまでは40分くらいで、歩いて行きました。市の西側は住宅地に
なってて、大きな道路がないため店なんかも少なくて、道を通る人も
あんまりいなかったです。溜池のあるあたりは草ぼうぼうで、
車の通れない、舗装してない道しかありませんでした。佐藤さんは「うーん、
 この溜池はいつからあるのか、昔の地図で確認しないと」みたいなことを
言ってました。僕が釣りに行ったことのある一番大きな溜池は、
縁がぐるりと土手になってて、下を見下ろすことができたんですが、

釣りをしてる人はいませんでした。一周で2kmはあったと思います。
ススキが茂ってて、下に降りるのは難しそうでした。半周ほどしたところで
佐藤さんが「あ、あれ!」と水面を指差しました。「何ですか?」 「ほら、
 車が沈んでるように見えないか」 「え、あ、そう言えば。でもここ、
 車じゃ来れない」 「いや、この土手も、軽自動車なら何とか通れない
 こともないよ」池の水は緑に濁っててはっきりしなかったですが、横倒しに
なった車がすぐ下のとこにあるように見えたんです。「新しいものか
 どうかもわからないな」 「そうですね。ずっとあそこにあるのかも」
「まあでも、いちおう通報しておいたほうがいいんだろうね」佐藤さんが
スマホで警察に連絡しましたが、特にその場で待ってろと言われることもなく、
戻ろうとしたときです。車の横の泥が急に濁って、何か大きなものが

浮き上がってきたように見えたんです。「え、魚?」 「どこ?」
泥のわいたやや斜め上の水面に白い顔が浮かびました。「あ、人の顔!!」
「え、どこに? わからない」それはすぐに濁った水の中に沈んだので、
佐藤さんには見えなかったみたいです。べったりと長い髪が頭をおおった
若い女の人の顔に僕には思えました。佐藤さんにそれを言うと、「うーん、
 そうかなあ」そんな反応でした。で、その日は帰ったんですが、
3日くらいして、家に警察から連絡があったんです。溜池のその場所には
確かに車が沈んでて、でも、それは廃棄されたものだろうということでした。
ただ、警察の潜水班が、その脇で人骨を見つけたんです。そのことで、
佐藤さんと僕は警察署に呼び出され、事情を聞かれたんですよ。
何もわからないと言うしかなかったです。警察の話では、その人骨は

おそらく女性で、数十年たった古いもの。事件性があるかはわからない。
車とは年代が違い、関係ないだろうということでした。その後、佐藤さんは
図書館に来なくなり、卒論が完成したんだろうと思ってました。夏休みが
終わって僕も図書館には行かなくなって・・・秋のことですね、予備校の模試を
受けるため、駅前にいると、バス停に佐藤さんらしき人が立ってたんです。
声をかけようかと思ったんですが、横に女の人がいて、佐藤さんの腕に
手をかけていたんで やめました。その人は赤い着物を着てて、顔が・・・
あの池の底から浮き上がってきた人と似ているように思えたんです。それから
冬が過ぎ、いよいよ受験シーズンに入った頃、佐藤さんが亡くなったんです。
全国ニュースとかにはならず、地元の新聞だけに出たんですが、あの溜池で
水死したんです。卒論のことで悩んでいて、自殺ではないかということでした。

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