今晩は、よろしくお願いします。僕は大学生で、
クラシックギター同好会っていう地味なサークルに入ってるんですけど、
「先輩って、オカルトとかそういう方面に詳しいですよね?」
って聞いてきたんです。「オカルト? いや、そんなでもないけどな」
「でも、今読んでるの、超常現象の本じゃないですか」・・・たしかにそのとき、
その手のコンビニ本を読んでました。「まあ、興味はあるよ」そしたら石塚は、
「自分のアパートの部屋、ちょっと変なことがあるんで見えもらえませんか」
それで、授業が終わってから石塚の部屋に行ってみたんです。
入るのは初めてでしたが、比較的新しいアパートの1階の一室でした。
「いい部屋じゃないか、しかも片付いてるし。で、どこが変なんだ?」
「あそこです。あの天井の隅っこ」指差した真下に行って見上げると、
たしかに変でした。外に面した窓がある左上の天井部分なんですが、
そこだけ三角のガラスがはまってるように見えたんですよ。
イメージできますでしょうか。「うーん、なんだこれ? ガラス?」
「ええ、ガラスっぽいですよね」 「いつからこうなってたんだ?」
「それがですね、この部屋に入って半年過ぎたくらいですが、
最初はこうjではなかったと思うんですよ。気づいたのが3日前です」
「うーん・・・」 「猫がいましてね」 「猫?」
「ええ、ノラ猫です。この窓の下をいつも通る白猫がいまして、
餌でつったら部屋に入ってくるようになりました。
体は触らせてもらえなかったですけど。その猫がですね、
あの天井の隅に向かって立ち上がり、手でひっかくような
真似をよくやってたんです。変なやつだなあと思ったんですが、
でも、そのときはガラスみたいになってなかった」 「うん、それで?」
「その猫が部屋に入ってるとき、ちょっと外に出て戻ってきたらいなくなってて、
それ以来姿を見せないんです。ほぼ毎日、この窓の下を通ってたのに」
「ノラなんだろ。どっかで車に轢かれたとか保健所につかまったとかかも」
「ええ、そうかもしれません。でね、ベッドに寝っ転がって、そういえば
あいつが来てたとき、よくあの天井のほうを引っ掻いてたよなあって見たら、
こうなってるのに気づいたんです」
「うーん、ガラス、でもあんなとこにガラスをはめる意味なんてないよな。
手を伸ばしてそのガラスに見えるとこに差し入れてみました。
そしたら、けっこう高い天井でぎりぎり先端が届いたんですけど、
それがガラスを通り抜けて、しかも屈折してるように見えたんです。
ほら、プールの水に足だけ突っ込むと、
でね、石塚に肩車をさせて、その天井の隅に近づいたんです。
そしたら・・・なんと言えばいいのかなあ。
って感触があって、手のひらが暖かく感じられたんです。
あと、シャボン玉って、日に当たると虹色に輝いてますよね。
ガラス面にあたる部分がそんなふうになって、色が渦を巻いてたんです。
その状態で壁や天井板も触ってみました。
あれを四分の一くらいの大きさにして、色を白くしたようなもの。
木の実かもしれませんが、球根という印象が強かったです。
「あー、なんだこれ、こんなのどこにもなかったよな」僕がそう言うと、
石塚が「あ、先輩、天井がもとに戻ってます」それで見ると、
たしかにさっきまでガラスがはまってたようだったのが、なくなってたんです。
「うーん、不思議だ? これが原因だったのかねえ」
「かもしれないですけど・・・どうしましょう、これ」
「ここ、芽みたいなのが出てるから、こっちを上にして植えてみたらどうだろ」
「外にですか?」 「いや、植木鉢みたいなののほうがいいかもだな」
「じゃあ、ホームセンターで買ってきてやってみます」
その日はこんな感じで終わったんです。
で、翌日、石塚に会って話を聞いたら、安い植木鉢を買ってきて中に入れ、
腐葉土をかけてかるく水をやったって言ったんです。
ええ、どうなるかの興味はありましたけど、
それから1ヶ月くらい変化なしということで、
僕もだんだんそのことは忘れていったんです。でね、秋近くなったある日、
石塚が「先輩、あの植木鉢、芽が出ました」って言ってきて。
「天井のほうはどうだ?」って聞いたら、「それは元に戻ったままです」って。
発表会に向けてギターのほうが忙しくなってたので、
「やっぱ植物だったんだな。もっと伸びたら見に行くよ」って言いました。
それから2週間くらい、石塚の姿を見かけなかったんです。
石塚は1年なんで、アンサンブルのメンバーには入ってなかったんですけど、
どうしてるか気になったので、電話してみたものの連絡がつかず、
練習の帰りにふらっとアパートに寄ってみたんです。
インターホンを鳴らしても返事がなく、ドアノブを回して押したら、
鍵はかかってませんでした。それで「いないのか、入るぞ」って言いながら、
中に入ると、石塚はぼんやりした顔でベッドにもたれて床に座ってたんです。
「なんだいるのか。どした、体の調子でも悪いのか?」そしたら石塚は、
気怠いような動きで、机の上を指差しました。鉢植えがあって、
そっから50cmくらいの植物が生えてたんです。
植物の葉はチューリップに似てて、でも茎はもっと左右にねじ曲がってて、
先端に青くて硬そうな大きなつぼみがついてましたね。
「これ、あれか? うわ、すごい伸びたなあ」
机に近寄って鉢を持ち上げると、かなりの重さがありました。
顔を近づけると、ほんの少しだけですが、生臭いような臭いがしたんです。
「これ、花が咲くんだろうなあ」 「・・・ええ、たぶん」
こんなやりとりをしてその日は終わったんです。
でね、翌日から石塚は練習に来ましたし、まずまず元気もあったので、
「 鉢植えの花が咲きました。大輪の猫でした。かわいいけど怖いです 」
・・・変な内容でしょう。で、こっちから返信しても返事は返ってきませんし、
電話も不在で通じなかったんです。気になったので翌朝早く行ってみました。
数枚落ちてるだけでした。でね、気になったので部屋の天井の隅を見てみたんです。
そしたら、前に一度見たのと同じように、またガラスがはまったようになってて・・・
それから石塚はずっと行方不明です。ご両親が捜索願を出して警察が探してるんですが、
見つかってはいません。ええ、この話は警察にもしましたよ。メールも見せたものの、
あんまり取りあってもらえなかったです。部屋の隅は・・・
あれから入ってないんですが、たぶんあのままなんじゃないかと思います。
え? また球根があるかもしれない?? ・・・それって、もしかして???
