魔の話 | 怖い話します(選集)

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ここはまとめサイトではなく、話はすべて自分が書いたものです。
場所は都内某所にある怪談ルーム、そこに来た人たちが語った内容 す。

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昨日の夜のことです。会社帰りに駅の地下に寄ったんです。
いやね、妻からケーキを買うのを頼まれてて。時間は6時を過ぎてましたんで、
そんなに混んでないかと思ったんですが、やっぱ並ばなくちゃなりませんでした。
ええ、自分みたいなサラリーマン風が多かったです。
ああ、この人たちもやっぱ家族に命じられて買いに来たんだろうなって。
でも、並んだって言っても10分かそこらです。
それ持って外へ上がろうとしたんですが、急にめまいがしまして。
めまいはすぐ治まったんですけど、頭が痛くなって・・・
ずーんと重い感じがして、立ってられなかったんです。
トイレの前の自販機とベンチのあるところまで行って目をとじ、
壁にもたれて休んでましたら、5分ほどでいくらかマシになってきました。

仕事で1日中パソコン見てますのでね。眼精疲労だと思います。
職業病みたいなもので、ときどきなるんです。
でね、目を開けたときに、駅構内と地下街の境目になってる裏の通路に、
黒っぽい異様なものがあるのに気がつきました。
どう説明すればいいでしょうかね。高さは女性の背より少し小さいくらいだから、
1m50ってところですか。クレヨン型って言うんですか。
円筒形の先が丸くとがってる形でした。
でもね、そんなにはっきりしてるわけでもないんです。
全体がぼやーっとにじむような黒さで、
煙突から出た煙が動かずにその場に止まってるようなものでした。
「え!」と思って1回目を閉じて、また開けてみてもやっぱりあるんです。

目をこらしてよく見ましたら、上のとがった先に顔があるように思ったんです。
2つの目と口、それが3つとも地の色よりさらに濃い黒色でね。
いや、オブジェとかそういうものではないです。
だって裏とはいえ出入り口の真ん中なんですから。
立ち上がって近くまで行こうかと思ったんですが、
そのとき背中に水を浴びせられた感じがしたんですよ。
小説なんか読んでればそういう描写が出てくることがありますが、
あれって本当だなと思いました。で、手の甲にぶわっと鳥肌が出たんです。
これは近づいちゃだめだと思いました。
何だかわからないけど、あおのそばへ行くと命にかかわる、そうわかったんです。
そのうちに電車が着いたんでしょう。

人がバラバラと降りてきたんですが、みなそれの前で一瞬足を止めるんです。
で、顔をしかめる。どうなんでしょうねえ、見えてないんじゃないかと思います。
でも、そこに何かがあるのはわかる。
だからね、通り抜けるときみな体を斜めにかしげて、
それに触れないようにしてこっちに入ってきたんです。
見てるぶんには面白い感じもありましたよ。
その入り口を3mほど過ぎてから振り返って首をかしげる人や、
すり抜けたとたんに体を犬みたいにぶるっと震わせる人もいて、
自分と同じように冷水を浴びせられた感じがしてるんだろうなって考えました。
その黒いものは濃くなったり、薄くなったりしながら立ってましたが、
また向こうから一人、40代くらいのサラリーマンがやってきたんです。

この人も無意識によけるんだろうな、と思ってましたが違いました。
その額の広い、やや小柄なサラリーマンは足早にそれに近づいてきて、
そのまま突っ込んだんです。・・・やはり少し顔をしかめましたけど、
足を止めずに歩き去っていきました。その後です。それに変化が起きたんです。
さっき話したように、それは黒色が濃くなったり薄くなったりするんですが、
色が黒と灰色のまだらになって回転を始めたんですよ。
あの、床屋にあるグルグル回る看板みたいな感じです。
でね、だんだん色がついてきたんです。
ベージュ色で、さっきのサラリーマンのコートと同じ色だと思いました。
形も変化していって、なんと1分くらいで、
さっきのサラリーマンそのままの姿かたちに変わったんですよ。

今までのことを見ていなければ、生きた本物の人間だと思ったでしょうね。
ただ・・・顔が、輪郭と髪型はそっくりでも、
目と口だけはさっきと同じ真っ黒い穴でしたね。
その形の変わったものは、しばらくうつむいて立っていたんですが、
やがて顔をあげて、両手で自分の首のあたりをつかむような動作をしたんです。
ネクタイを結ぶみたいな感じでした。
そっから30cmくらい足が宙に浮いたんです。
踊るように激しく手足をばたつかせて、
マリオネットという言葉が頭に浮かびかけましたが、
すぐそうじゃないことに気がつきました。
また両手を首のところにもっていって・・・これは首吊りの動作だと思ったんです。

そのとき、後ろのほうで「ああ、気の毒に」って声が聞こえました。
ふり向くと、全身ブランド品と思われる高価そうな洋服で着飾った、
60歳くらいの年配のご婦人が立ってたんです。
「あんたもあれが見えるんだね?」こう聞かれたので、
「はい、見えます」と答えました。「あれ、何かわかるんですか?」
「魔だね」 「マ?」
「悪魔の魔、魔物の魔、ということだよ。古い時代からいるもんだ」
こんなやりとりをしているうち、サラリーマン姿の魔?は、ぐったりと動きを止め、
少しずつ薄くなってきたんです。にじんでぼやけて人の形もわからなくなり、
ついに消えてしまいました。老婦人は魔のいた場所に歩いていき、
バッグから扇子を取り出し、小開きにしてその空間にかざしました。

そしてこっちを見て「行ったね」って言いました。
「もういなくなったんですか?」 「贄を食ったからね。贄、生贄のこと」
「生贄? さっきのサラリーマンのことでしょうか」
「たぶんね、今頃は頭の中は死ぬことしか考えてないだろう」
「え! 首吊り自殺ってことですか。追っかけていって知らせることはできませんか」
「できるだろうけど、死ぬ気は変えられないし、もしできたとしても、
 誰か別の人が代わりになるだけだよ」
「・・・死に神だったってことなんでしょうか」
「それとは少し違うけど、魅入られたら死ぬところはおんなじかね。
 とても古いものなんだよ。人間がこの世に現れる前からいる」
老婦人はこう言って扇子を閉じ、立ち去って行ったんです。